9話
────影の城内会議室 円卓の間
「教典の消失、魔術学院長の殺害に続き、今回発生した新たな事件……」
円卓を囲み、相対しているのは、影の国内の各組織のトップ。
だが、それも4分の3が代理という現状。
自分は北の魔女の代理を。
バームガルトは学院長の代理を。
シュトラープケは教団長の代理を。
本人であるのは商会長のレプシュネルのみ。
それ自体がすでに異常なことであるが。
「────この国を保っている魔導書が消失した」
その言葉に、さらに緊張の糸が張り詰める。
「なっ!? あれは影の城で厳重に保管されておるはずじゃなかったのか!?」
「当然、そうしていたところだ。そのうえ、リューベルク様が床に臥してからは、私が毎日この目で存在を確認していた」
「ということは、昨日君が確認してから消えたということになるね」
「自然に消えたとは考え難い。となれば、盗まれたと考えるのが、自然でありんす」
「……消失したことによる影響は今のところ見られない。事前に魔導書に蓄えられたリューベルク様の魔力がこの国を保っている」
「つまり、魔導書はまだこの国にある、と」
「蓄えられた魔力量ではどの程度の期間保つ見込みなんじゃ」
「およそ1ヶ月程度。そうリューベルク様はおっしゃっていた」
そう。
彼女はそれまでには、試練を終えるつもりということでもある。
「東の魔女に協力を申し出るべきじゃ」
「そこまで信用して大丈夫なの? 新しい東の魔女ってなんか胡散臭そうなやつだったけど」
「わっちらに攻撃しておいて、よく『信用』などと言えたもの」
「君たちがミリヤ・スティールフォーレを放置しておいたから、こんな状況になっているんじゃないの? 少しは責任を自覚したら?」
「やめんか。……魔法が途切れたら、その隙を狙って来る者は必ずおる。万が一の場合に備えておくべきじゃ」
「聖女か」
バームガルトは頷いた。
「やつらは元々、東の勢力が分裂した組織じゃ。ならば、協会側にその情報提供をしてもらいながら、共に対処するべきと考えるが」
「確かに、向こうとしても聖女の存在は悩みの種であるため、好都合か」
「詳細を伝えて、協力を申し出るまで行かずとも、視察の日を早めればよい。その理由はあかりの引き取りとでもしておけばいいんじゃ」
「なるほど」
「にしても、一体何が起こっているんじゃ……」
ため息混じりに言葉を吐く。
「影の国そのものを揺るがす事態だ」
「だーかーら、言ってるじゃん! アデンスフィアの残党によるものだって!」
「ミリヤとルクラット様を処刑すれば、全て丸く収まるというつもりか?」
教団が公表した二人の処刑日は6日後。
その場所は教団の敷地内。
「必ずやつらは助けるために姿を現す。だから、そこをとっちめてやるっていうわけ!」
ノルヴィスも言っていた。
教典を盗んだのは、アデンスフィアの残党だと。
教典と引き換えに、ルクラット・アデンスフィアの身柄解放との取引に使われるのだと。
だが、そうなるとやはり奇妙な点がある。
「教典だけであれば、それでも説明がつく。だが、レイギベルト学院長の殺害と、魔導書の消失はどう説明する」
「ルクラット様を北の魔女にしようとしているんじゃない?」
「誰にもバレず、証拠も残さずにか? それができるのであれば、端からルクラット様を救出できるように思えるんじゃが」
「それにクーデターを起こす戦力も、わっちらの心を惹きつけるほど大層な目的も無いと思いんす」
「それは、その……教団長がきっと教えてくれるよ!」
となれば、真犯人は別にいるのか。
しかし、これだけ連続している事件の犯人がそれぞれ別個にいるとはどうも考えにくい。
とはいえ、これら全てを行える者がいるというのも……。
教典と魔導書の消失。学院長の殺害。
改めてその情報を羅列してみると、あることに気が付いた。
「……レプシュネル。次は、商会が狙われる可能性がある」
「それはどういう意味でありんすか?」
「────これまで発生した大きな事件の中に、商会だけが含まれていない」
会議終了後、ハルバドルはある部屋の前に立っていた。
だが、ドアノブにかけようとした手は、そのまま宙に浮いたまま。
「(リューベルク様……)」
そう。
そこは北の魔女であるリューベルクの部屋。
彼女は現在、自分と向き合っている最中だ。
だからこそ、迷っていた。
今のこの国の現状を伝えるかどうかを。
だが、ここで妨げることで、彼女に致命的な何かが起こってしまったら。
『……少し早すぎましたね、魔法を継承するのが。そして、北の魔女になるのが』
思い出されるのは、あのとき言われたノルヴィス教団長の言葉。
確かに、そうかもしれない。
気丈に振る舞える面はあるものの、その本質はまだ若く、幼い。
彼女の心は確実に蝕まれている。
この国の未来を背負うには、それはあまりにも。
だからこそ、自分が支えなければならない。
誰よりも、北の魔女を近くで見てきた自分だからこその役目。
むしろ、その信頼があるからこそ、彼女はこうして自分と向き合えているのだ。
その信頼に報いなければ。
『────あの子をよろしくね、ハル』
誰かの声が頭の中で響いた。
途端に湧いてくるのはそれ以外何も考えられなくなるほどの、ひどい憎しみ。
体が熱くなっていく。
それ以外考えられなくなっていく。
ああ。
こうなってしまうから、その『誰か』のことは、記憶の片隅に追いやったはずなのに。
そうだ。
あいつのせいで、リューベルク様はまだ成熟しないうちに北の魔女にならなければいけなかったのだ。
「レイシャルク・オーガルフェルデン……!」
────────
「何をお読みになられているのですか?」
それが、私と彼女の一対一での初めての会話だった。
確か、彼女が3歳の頃だっただろうか。
もちろん会ったこと自体はそれまでに何度もある。
だが、それは他にも何人かいる状態でだ。
彼女はとても内気だった。
自室で本を読んでいるのが好きな子だった。
城の中で、一対一で会おうものなら、視線が合った瞬間に走り去ってしまう。
そんな彼女があまりにも楽しそうに笑っているものだから、声をかけてしまった。
もっとも、私自身、子どもの扱いが得意ではないし、この大柄な体格と顔だ。
目つきも鋭いし、過去の戦いでついた傷もある。
感情表現も豊かな方ではない。
そして、何より、腰に携えた剣。
これらの要素が、彼女に威圧感を与えていたことは言うまでもない。
とはいえ、彼女の二人の姉君とは、それなりに仲良くやっているつもりだった。
だからこそ、彼女とも仲良くできるのではないかと、そんな淡い期待を抱いていたのかもしれない。
「お花の本を読んでいたの」
自分で聞いておきながら、返答があったことに意外性を覚える。
「花の本ですか?」
それが嬉しくなり、話を続ける。
通路から、彼女の座っている城の中庭へと近付く。
そして、彼女の隣から本を覗き込んだ。
「それは、冠ですか……?」
彼女は微笑みながら頷いた。
読んでいたのは、花の図鑑。
手に持っていたのは────影の魔術で作った黒いパンジーの花冠。
「ここでは咲かないから、私の力で作ってみたの」
確かにこの影の国では、日当たりの関係で、花が自生することは難しいが……。
驚くべきはその才能だ。
二人の姉君が同じ歳の頃でも、ここまで魔術を扱えてはいなかった。
「とても精巧で、美しいです」
「こんなに上手くできたのは今日が初めてよ」
「リューベルク様は花がお好きなのですね。その中では特にパンジーが?」
そう尋ねると、彼女は首を振った。
「ううん、そういうわけじゃないの。でも、あの子がこの花の写真をよく見ていたから」
「誰かへのプレゼント、ということですか……?」
「そうよ。あなたにも、こんなきれいなところがあるって教えてあげたいの」
そう言って、こちらを見上げる彼女の顔は、年相応の子どものそれではなく。
どこか、大人びているように見えた。
彼女が言う『あの子』とは一体誰なのだろうか。
いつの間にか友達ができていたのか。
「きっと、喜ぶと思いますよ。その子も」
「ありがとう。次はハルの分も作ってあげる」
「私の分も、ですか……?」
「ハルは、どんなお花が好きなの?」
そう言って、こちらに図鑑を見せてくる。
「花、ですか。考えたことがありませんでした」
「だったら、これなんかどうかしら。小さくても、とってもかわいい」
「こんなにかわいらしいものが、私に似合うでしょうか……」
「ふふっ、似合わないかも」
「えっ」
思わず間の抜けた声を出すと、くすっと笑った。
「でも、敵は動揺して、戦いは有利になるかもね」
「そ、そういう使い方ですか……」
彼女は肩を揺らして笑う。
その笑い声につられて、こちらも思わず笑ってしまう。
────影の国に花は咲かずとも、二人の笑顔は確かに咲いていた。




