8話
「西の魔女と関係が……?」
「ああ、確執があるみたいでね。私たちが西の魔女に対抗するため、名前を魔力に変換することに協力してくれたのもそういう経緯があるのさ」
「確執……」
「東の魔女によって、西の魔女の魔力が封印されたのは知っているかい?」
「……それで、西の魔女は弱体化しているっていう話だろう」
それは自分が生まれるよりもずっと前のはずだ。
「だが、封印するにしても、ある程度弱らせてからでなければならない。そして、封印のきっかけを作ったのが、彼女というわけさ。彼女は自らの名前を魔力に変換して、戦いをしかけた。けれども、彼女自身も反撃にあって、あの状態になってしまった」
「もっとも、その封印も東の魔女の死後、半分ほど解除されたっていう話だけどね」
「話を聞くに、協力には西の魔女との関係が必要なんじゃないのか? ……まさか、今回も西の魔女が現れると、嘘でもつくつもりか?」
「まさか。つまらない嘘で、関係を悪くするのはこっちも望むところじゃないもの。ちゃんと事実を伝えて協力を仰ぐつもりよ」
三人は、マーガレットと名無しの魔女のやり取りに目を向けた。
「ハンブラッド様が亡くなったのは、もう数十年も前の話なんだけど……」
「お前らの尺度で考えないで。こっちにとっては、昨日の出来事みたいなもんなの」
「そっかそっか。ごめんね。でも、そのハンブラッド様の御息女が今、影の国に捕まってしまって。助けるのに協力してほしいんだよね」
「……ハンブラッドの娘が?」
「そうそう。影の国の組織の一つである魔術教団に捕まっていて」
「でも、私はここから動けないし、お前たちも名前をすでに失っているわけだけど」
「そうだね。だから、スペシャルゲストに協力してもらおうと思っているんだ」
「スペシャルゲスト?」
そう言って、マーガレットがダレンを指差す。
億劫そうに顔を上げた名無しの魔女。
ダレンと彼女の視線が交差した。
「……まさか」
「そう、そのまさか! そこにいるのはハンブラッド様の御子息のダレン・アデンスフィア様なんだ!」
彼女は目を細める。
「……確かに、髪の毛の色も魂の色も彼女そっくりだけど」
「彼の名前を魔力に変換すれば、きっと────」
「やだね」
「へ?」
「やだって言った」
唖然とするマーガレット。
当然、すんなり行くとは思っていなかったが。
こうも一刀両断されるとも思っていなかった。
「お前らはこの魔術を軽視しすぎている。名前を失うことの恐ろしさをわかってない。名前の影響力に応じて存在そのものが揺らぐ。それが、かつての北の魔女の名を継ぐものであればなおさら。お前ら有象無象の存在とはわけが違う」
存在そのものが揺らぐ。
確かに、その意味を深くは理解していない。
だが、こんな状況だ。
それがどんなものであろうと、俺は……。
「……それに、私はあいつのいた痕跡を少しでも消したくない」
最後にそう呟いた声色は、それまでのようにこちらを突っぱねるというよりかは。
暗がりを恐れる少女のように。
とても、弱々しいものになっていた。
「でも、このままだと捕まっているルクラット様も殺されてしまうかもしれないんだよ。ダレン様も覚悟を決めてくれているし」
「私に頼らずとも、解決できる方法はあるはず。例えば────」
「────私が協力してあげるとか?」
声が聞こえた。
この場にいる者の声ではない。
そして、背後から徐々に大きくなってくる足音。
全て、四人が入ってきた方からだ。
背後に目を向ける。
その姿を見て、ダレンを除く全員が身構えた。
「どうして、お前がここに……」
「────西の、魔女……!?」
その名前に、ダレンの体が強張る。
彼は実際にその姿を見たことがない。
だが、それ以外の全員の反応からするに、おそらくは。
「『今日は』一人なんだねぇ?」
茨の魔女がそう尋ねた。
「ふぅん、知ってるんだ。ああ、そういえばあなたたちは浜野田あかりと接触してるんだった。むしろ、知っていて当然か」
「で、どうなんだい?」
「心配せずとも、あんなのと四六時中一緒にいたら、こっちの身が持たないわ」
西の魔女は友人と世間話をするかのように気軽に返答する。
そこに、ダレンが話を切り込んだ。
「西の魔女。まさか、お前があいつのことを捕まるように仕向けたのか……!」
「いいえ、それは違うわダレン・アデンスフィア。私たちがしたのは、浜野田あかりをあなたたちの家の周辺に日本から移動させたところまで。そこから先は関わっていない」
「なら、魔女の自然発生にも関わっていない、そう言うんだね?」
「ミリヤ・スティールフォーレだっけ? それについては、『少なくとも』、私は関わっていない」
「なら、それは協力者によるものなのかい?」
「さあ? そこまでは知らないし、興味もない。で? 本当に聞きたいのはそんなこと?」
そうだ。
方角を冠する強大な魔女。
どうしてその彼女がここにいる……?
「……私たちに対して復讐をしにきたってこと?」
お菓子の魔女の発言に対し、彼女の口元が歪む。
「そうだとしたら、会話なんてする間もなく、殺していると思うけど?」
「なら、一体何が目的だ」
「……数百年もここに縛り付けられているのに、私を前にしたら、一瞬で目の輝きを取り戻しちゃって。お可愛いこと」
「質問に答えろ」
「私はルクラット・アデンスフィアの救出に手を貸してあげにきたのよ。ほら、その証拠に──」
ぱちんと彼女が指を鳴らす。
すると、ガラスが割れたような甲高い音がその場に響き渡る。
振り返ったダレンは目を見開いた。
名無しの魔女の体、そして水晶に突き刺さっていた剣が消えたのだ。
支えを失った彼女は体勢を崩す。
だが、駆け寄ったマーガレットによって、抱きとめられた。
腕の中で苦しみ呻きながら、彼女の傷が徐々に癒えていく。
「どう? これで────」
瞬間。
光が西の魔女を円状に包み込んだ。
それは直径3~4メートルほどの大きさ。
視認した直後、耳を劈く轟音がその場に響き渡る。
同時に大地の揺れ、衝撃波がこの身を襲った。
何が起こった。
「────これで理解してくれた? あなたはもう私には勝てないってこと。そして、私が攻撃をする気はないってこと」
煙が晴れると、そこにいたのは無傷の西の魔女だった。
「くそ……」
手を彼女の方へと向けた名無しの魔女が苦々しく呟いた。
おそらくは、彼女が攻撃を仕掛けたのだろう。
「別にあなたたちと仲良しになる気はないわ。ただ、ルクラット・アデンスフィアを救出してもらいたいだけなのよ」
「そんなことをして、お前にどんなメリットがあるというんだ」
「まあ、私自身があなたのお姉さんに特段思い入れがあるとか、そういうことではないんだけれど」
「……?」
「彼女が生き延びることで、────多くの魔女が死にそうだから」
こいつは何を言っている。
ルクラットが生き延びることで、多くの魔女が死ぬ……?
「正直な話。私が手助けしなくても、彼女がこんなところで退場するのは誰かさんが許さないらしいけど。まあ、これはアピールっていうところかしら。私たちは見ているぞっていうね」
「……随分とヒントをくれるじゃないか。大盤振る舞いでありがたい限りさ」
「あら、私としたことが喋りすぎてしまったようね」
西の魔女は白々しい態度で肩を竦める。
「でも、それも協力者の指示だろう?」
「何のことだかさっぱり」
「随分と入れ込んでいるようだけど、よほどいいプレゼントをもらえる約束をしたようだねぇ。以前とは見違えたようさ」
「ふぅん?」
「まるで、────生きる希望を抱いているようさね」
西の魔女は視線だけをこちらに向ける。
そこには、それまでの余裕は一切なく。
何らかの強い感情を含んでいるように見えた。
「……もうすぐ、影の国は地上に姿を現す。その時が救出のタイミングとなるから、国付近で待機していろ。ルクラット・アデンスフィアは、魔術教団の地下に囚われている」
その声は低く、深く。
「────お互い、良い夢が見られるといいわね?」




