7話
「ここにいるんだな」
その確認に対し、彼女たち全員が首を縦に振った。
影の国から遠く離れた場所。
高緯度に位置する切り立った山脈の麓。
一つの洞窟の前に四人は立っていた。
教団に囚われてしまった姉。
彼女を救うための術がここにあると聞いた。
この洞窟の奥にいるという魔女の力によって、男である自分にも擬似的に魔術を行使できるようになると。
「代償は、坊自身の名前さね」
「わかってる。むしろ、安すぎるくらいだ」
「では参りましょう、ダレン様」
「ああ」
その奥へと、四人は足を進めていく。
道中、ダレンはこれまでのことを振り返った。
────────
その日も、いつも通り猟に出ていた。
だが、帰った自分をいつも通りに「おかえり」と迎える姉の声は聞こえてこなかった。
嫌な予感がした。
影の国の手先から身を隠すため、彼女が外出することはほとんどない。
出るとしても、事前に行き先を伝えておく約束になっていた。
見つけたのは、机上に置かれた手紙。
縋り付くようにその文面に目をやれば、湧いてきたのは確かな怒りだった。
内容はこうだった。
町を包み込むほどの強大な魔力を感じた。
かつて、自分たちを救い出してくれた者たちに危機が迫っている。
だから自分が彼女たちを助けに行かなければならない。
その時が、来たのだと。
そして、その最後にはもうこの世にはいない母親の口癖が。
何もかもを失った彼女の唯一の宝物。
口にしたとき、彼女は母親の温もりを感じるのだという。
老いていく自分とは対照的に、あの頃と変わらぬ彼女の容姿。
そのときの表情は、幼い少女が誕生日に買ってもらったぬいぐるみを大事そうに抱きしめるようなもので。
それを見た瞬間。
自分も若返ったかのような気持ちになれるのだ。
だが、このときばかりは、その言葉を恨んだ。
……男である自分には、そんな魔力は感じられなかった。
止まっていたはずの歯車はすでに動き出していたことを悟った。
何がだめだった。
何がいけなかった。
何が歯車を進めてしまった。
苛む無力感。
思い当たる節といえば、日本から来たというあの魔女。
やはり、あそこで始末しておくべきだったのか。
そんなとき、ドアをノックする音が聞こえた。
姉が戻ってきたのか。
急いでドアノブに手をかける。
だが、その希望は早々に打ち砕かれることになった。
「久し振りさね、坊」
「茨の、魔女……!」
そこには、母親が生きていた頃、城で自分たちの世話をしてくれていた魔女がいた。
確か、最後に会ったのは。
そうだ、あの日本から来た魔女を始末しようとしていたときだ。
それを彼女に邪魔されたのだ。
「ここに来ているのは私だけじゃないさ」
そうして、彼女の後ろから出てきたのは、2人の魔女だった。
その姿は忘れもしない。
なぜなら、紛れもない彼女たち3人の手によって自分たち姉弟は、命を奪われることなく、国外へと逃げ出すことができたのだから。
一人は城での菓子職人。
そして、もう一人は当時の副学院長。
だが、遠く昔の記憶だからか、名前を思い出すことはどうしてもできなかった。
「……一体、何のようだ」
確かに彼女たちには感謝している。
むしろ、感謝してもしきれないくらいだ。
だが、その一方で、もう魔女とは関わりたくない気持ちがあった。
魔女という存在によって、自分たちの人生はめちゃくちゃにされたのだ。
そっとしておいてほしかった。
二人で細々と暮らしていければ、それでよかった。
「私たちは、坊に謝らないといけない」
それなのに。
それすらも許されないのか。
そんなささやかな生活さえ。
望むことすら。
「────お姉さんが、私たちを庇って教団に囚われた」
……世界はどこまで俺を追い詰めれば、気が済むんだ。
「私たちは、教団に捕まったお姉さんを救い出そうと思っているんだ」
「だから、俺にも協力しろと?」
救いたい気持ちはある。
当たり前だ。
しかし。
「俺にできることなんて、何も無いだろ……」
「そんなことはない。私は知っている、坊が普段『猟』と称して何を狩っているのかを。……人に害を為す魔女を、狩っているんだろう?」
「……」
「けど、その銃だけじゃお姉さんを救い出せない。だから、坊にも魔術を使えるようになってもらいたい」
「長年生きて、ボケたのか。男に魔術は使えない。常識じゃないのか」
「だから、常識じゃない力を使うのさ」
「どういう意味だ」
「可能にする魔女を私たちは知っている」
それはとても信じ難い発言だった。
だが、彼女がこの期に及んで、つまらない嘘をつくような魔女ではないことを知っている。
「……俺でも、役に立てるのか」
「あくまで擬似的なものになるけどね。でも、そのためには対価を支払う必要がある。それは坊の名前さ」
「そんなもの、大したことじゃないだろう。問題はそれにより、どれほどの力が得られるということだ」
「それについては、安心していい。私たちが証明済みさね」
証明済み。
ということは。
「……まさか、俺がお前たちの名前を思い出せなかったのは──」
「ああ、そうだよ。すでにその魔女に自分の名前を支払っているのさ。オーガルフェルデン率いるクーデターに乗じて現れた、────西の魔女に対抗するために」
────────
「……あいつはお前たちに何か言っていたか」
「ようやくこれで、自分も誰かを守れるって。そう、言っていたわ」
思えばそれが、彼女の心残りだったのだろう。
自分と山奥で暮らしながらも、ずっとその思いを抱えていた。
ならば、助けに行ったのは必然か。
むしろ、それを引き止めてしまっていたら。
とはいえ。
「残される方の気持ちも考えてほしいものだな……!」
全く、魔女というやつは。
どいつもこいつも身勝手で……!
本当に、嫌になる……。
そんなことを考えていると、四人は開けた場所へと出る。
「何だ、ここは……」
その場所は、氷かと見紛う青白い結晶で埋め尽くされていた。
ひび割れた上方から差し込む陽光が乱反射して、空間全体を眩く照らしている。
まるで、光が満ちているような錯覚を覚えた。
聖域。
およそ人間が立ち入っても良い場所ではない。
そう思わせるような。
そのとき。
ベレー帽を被った元副学院長の魔女が前に出た。
「彼女はあそこにいます」
指差す先を見て、再びダレンは驚愕した。
最奥部には山のように積み重なった結晶。
その頂上で、何者かがいた。
だが、その体には。
「あれは、生きているのか……?」
背中から腹部へ。
そして、結晶へと一直線に長剣が刺さっていた。
身長以上の長さに伸びている水色の髪。
長く垂れ下がった前髪で、表情は伺えない。
出血はないことから、この状態になってから随分と時間が経過していることが見て取れる。
もはや、風景と一体化しているとっても過言ではない。
「おーい、なーちゃん! 起きてもらえるかな?」
その女に対し、声をかける。
なーちゃん?
なーちゃんとは一体何だ。
それに返答するとは到底──
「……だるい」
自分の耳を疑った。
確かにその声が聞こえてきたのは、剣が突き刺さっている方からだった。
「私たちは、彼女のことを名無しの魔女と呼んでいる」
「名無しの魔女……」
「彼女こそが、私たちの秘密兵器。名前を魔力に変換できる魔術を扱えるの。名前っていうのは、いわばその者の魂。魔力に変換されたところで、元が魂なら、本人に扱えない道理はない。つまり、男であるダレン様にも扱えるようになるっていうわけ。まあ、魔力には当然限りがあるんだけどね」
性別による魔術の制限を、魂の変換によって突破するというのか。
「その魔術の本質は、魂の変質。名前を失った者は存在そのものが揺らいでしまうのさ。その名前の影響力があればあるほどね。けれども、それに比例して、得られる魔力量も莫大なものとなる」
なるほど。
かつての北の魔女の苗字を持つ自分であれば、相当な魔力量を望めるということか。
だが、それには前提条件がある。
「……それができるのは、あいつが協力的であるならの話だろ」
吐き捨てるように言ったダレンは疑いの目を名無しの魔女に向ける。
「私だよ私! 久し振りだね! 覚えてるかな~!?」
「……目を開けるのがだるい。喋るのがだるい。生きるのがだるい」
「ま、まぁまぁ! そんな事言わずにさ!」
「だるいだるいだるい。何もかもがだるい」
同じ体勢のまま、声だけが聞こえてくる。
その様子から、こちらに応じる気配が全くないことは手に取るようにわかった。
「せっかくの再会を喜ぼうよ~!」
「喜べない。────ハンブラッドが死んだから」
ダレンは自分の耳を疑った。
彼女が今口にしたのは、母親の名前だ。
「どうして、その名前を……」
「彼女はハンブラッド様と古くからの友人でね。もっとも、最初に知り合ったときにはすでここから動けなかったらしい」
莫大な魔力を保有している魔女は、死の概念が消えるというが。
そもそも、どのような経緯でこのような状態のまま過ごしているのだろうか。
その疑問を察したようで、茨の魔女は微笑んだ。
「彼女がこんな風になっている原因。それは彼女が────西の魔女に手を出したからさ」




