6話
────魔術教団本部 地下施設内
「処刑は6日後に執行予定だ。それまでの間、お前はここで1日1日、生まれた罪を悔いながら過ごしていけ」
その言葉とともに、扉が閉められる。
後に残された静寂は、うるさいほどに静かで。
どうにも落ち着けそうにはない。
石造りの冷たさは、空虚なこの身にひどく染み込む。
「寒い、なぁ……」
宙に浮かんだその言葉は、誰に届くこともなく、霧散した。
暗闇。
扉に隙間はなく、一切の黒が支配するこの室内。
希望が差し込む余地など、どこにもないのだと思わせた。
ならば当然、これまでのことへ焦点が狭まる。
未来のことなどもう、見る必要がないのだから。
いや、希望。
ある意味ではそれは存在するのかもしれない。
「これ以上、苦しまなくてすむようになるんだもんね……」
死ぬこと。
怖くないと言えば嘘になる。
死後、自分がどうなるのか。
それを想像して母親に泣きついたことだって。
だが、それ以上に、今の苦痛が耐え難かった。
上手くいかない人生だったと思う。
交通事故による脚への障害。
それが奇跡的に治ったかと思えば、自分は憎まれるべき存在で。
自分が原因で、たくさんの人が死んでしまって。
……一体、前世でどれだけの罪を重ねたら、こんなことになるのだろうか。
悔しいのは、自分が。
「──その罪を、知らないこと」
夢で会ったあの子は、それを知っているのだろうか。
知っていたから、私を魔女にしたのだろうか。
なら、あの子は。
「……神様、なのかな」
「────誰が神様なの?」
ふと。
隣から声が聞こえた。
「……誰?」
暗闇の中、手探りで壁に触れる。
そのまま手のひらでなぞっていくと、四角の小さい穴が空いていた。
つまり、この部屋は隣の部屋と繋がっていたということだ。
だが、何のために。
「あなたの処刑仲間っていうところかな」
「え……?」
「私も処刑されるんだって」
「それは一体、どうして……?」
「──教団の魔女を殺しちゃったから」
「……」
「ねえ、ちょっとお話しようよ、処刑までの暇つぶしに。ずっと一人で退屈してたんだ」
「でも、生まれた罪を悔いながら過ごせって、さっきの魔女が」
「ぷっ、あはは! これから死ぬっていうのに、そんなの律儀に守ってどうするの?」
「それは、そうだけど……」
「あぁ、でも。発言には注意した方がいいかもしれない。ここでのお話は聞かれちゃっているみたいだから。希望をまだ、あなたが持っていればの話だけどね」
話を聞かれている……?
ということは、隣同士の部屋。
そして、この穴が空いているのは……。
「残念だけど、私はあなたとは全く関係ないよ。教典に記されている歪みをもたらす魔女ともね」
「……! 私のことを、知っているの……?」
「あなたは有名人だからね。それより、神様って誰のこと?」
「私が夢で会った女の子。その子が私を魔女にしたんだと、思ってる。私の前世での罪を知って、歪みをもたらす魔女にしたんじゃないかって」
「そっか。随分と現実離れした話だね」
「でも、そうでもないと、今の状況がうまく説明つかなくて」
そこで、会話が途切れる。
再び押し寄せる静寂がどうにも好きになれなくて、言葉を続けた。
「……どうして」
「うん?」
「どうして、教団の魔女を殺しちゃったの……?」
「──どうしてだと思う?」
「え?」
「時間はまだまだあるんだし、クイズだよ」
ミリヤは考えた。
明るいその声からして、おそらく、後悔の類ではない。
だとすれば。
「誰かを守った……?」
「鋭いね、正解だよ。私は守るために殺したんだ。だから、後悔なんて何一つ無いんだ」
「じゃあ、このまま処刑されてしまうことも受け入れてるの……?」
「そうだね、もちろん痛いのは嫌だけど。でも、自分の行いで守ることができた命がある。だから、私は胸を張って処刑台に立てるよ」
諦めとは違う落ち着き。
「────そうやって、私の命も繋いでもらったから」
彼女はこの部屋でなお、希望を胸に抱いていた。
今の自分にとって、それはあまりにも眩しかった。
「私も同じことができて、誇らしい気持ちなんだ」
だからこそ、彼女という存在に興味が惹かれた。
どういう人生を歩んだら、こんな場でも輝きを放つことができるのか。
「繋いでもらったって、どういうことですか……?」
無意識に言葉遣いが敬語になっている自分に驚く。
「それにはまず、私の生い立ちから説明しないといけないね。ちょっと長い自分語りになっちゃうけど、それでも大丈夫?」
「はい、お願いします」
そうして、一拍置くと、彼女は語り始めた。
「私は、この影の国の中心部で生まれたんだ。母親、私、弟の3人家族でね。父親はいなかった。ううん、存在はしていたんだけど、殺されてしまった」
「誰に、ですか……?」
「──母親に」
「……!」
「影の国の中心部って、男の人は入れないっていう話は知ってる?」
「……はい。その理由はいまいちよくわかっていないけど……」
「それはね、正確に言えば間違いなんだよ」
「え……?」
「『男の人扱いされていない男の人』なら入ることができるんだ」
「ごめんなさい。ちょっと意味が、わからなくて」
「だったらこれはどうかな。『人間扱いされていない男の人』なら、入ることができる」
「人間扱い、されていない……?」
「奴隷、ペット。言い方は何でもいいよ。とにかく、そういう存在なら、いることが許された。それを支配している者がいるから。あらかじめ定められた役割、それだけのために生きているから」
「そんなのって……」
「じゃあさ、中心部に居続けないといけない魔女って、どうやって自分の子孫を残すんだと思う?」
まさか。
「そう、その『男の人』と子どもを残すんだよ。優秀な遺伝子を持った男の人を影の国へと拉致し、子どもを作る目的でのみその生存を許す。そうして、私たちが生まれて、役目を果たしたその『男』は殺されたんだ。そのまま生きていると、父親として。人間として、その存在が確立してしまうから」
そんなことって。
「人権が認められると、その男を巡った諍いの発生が予想される。ひいては、政治にも影響を及ぼすかもしれない。これは、北の勢力において、魔女たちが魔女たちのための国を保つために定めた掟なんだ」
その話を聞いて、鳥肌が立つのを覚えた。
それは単に、彼女の父親が殺されたからだけにとどまらない。
「なら……」
彼女が先ほど、自分で言っていた。
「弟さんは、どうなったんですか……?」
「そう。それこそが、命を繋いでもらったことに結びついてくるんだ」
ゴクリと喉が音を立てた。
「この中心部において、生まれたのが男の子だった場合、大抵は中心部から離れた場所で生活してもらったり、家族総出で、国の外で生活をしたりするということが考えられるんだけど。私の家はちょっと特殊でね、そういった選択肢がなかったんだ。────男の子が生まれた場合、その男の子は間引く必要があった。そうでないと、周りの者に示しがつかないから」
その声には、懐かしさが。
「でも、私の母親はそれができなかった。本能なのかな、子どもを産んでいない私にはわからないけど。生まれた子どもの顔を見た瞬間、こう思ったんだって。あぁ、自分のこれからの人生はこの子たちのために捧げていこうって」
「……」
「それから、弟の存在は隠されていたんだけど。でも、結局それもバレちゃって。その行いに不満を抱いた者、以前から不満を抱いていた者が結託して、私の母親は殺された。殺されて、そして、────新しい北の魔女が生まれたんだ」
「殺されて、新しい北の魔女が生まれた……? ちょっと待ってください。ということは、あなたのお母さんは……」
「うん、そうだよ。私の母親は『北の魔女』だったんだ」
隣の部屋にいるのは、かつての北の魔女の娘。
中心部に居続けなければいけない母親。
掟を守らないと、周りの者に示しがつかない。
断片的な違和感が一つの答えに繋がった。
「そのクーデターの最中、母親に庇われるかたちで、私と弟は当時の国を抜け出したの。そうして、二人でこれまで人目を忍んで、山奥で暮らしていたんだけど……。でも、やっぱり心の中では自分もいつか、そうしなきゃって思ってた」
「それで、自分が死ぬことになっても、ですか……?」
「だって、私も欲深くて、頑固な魔女だからさ」
そう言って、彼女は笑った。
「母親の口癖だったんだ。つまりさ、死んだはずの彼女は生きているんだよ、今もこうして私の中でね。命の話じゃないよ。その人の思いの話。思いは連綿と受け継いでいくことができる。私は、私が守った者たちの中で生き続けることができるんだ。そう考えたら、死ぬのは怖くない」
彼女は強い。
そう思った。
自分が信じるもののために生きている。
……真実を知って。
自分のことを信じられて。
そのうえで、この人生に自分なりの答えを見出すことができれば。
彼女のように強くなることができるのだろうか。
「あぁ、でも──」
少しだけ、興味を抱いてしまった自分がいた。
「──誰かと幸せになったダレンの姿は見てみたかったなぁ」




