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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 3章
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6話

────魔術教団本部 地下施設内


「処刑は6日後に執行予定だ。それまでの間、お前はここで1日1日、生まれた罪を悔いながら過ごしていけ」


その言葉とともに、扉が閉められる。

後に残された静寂は、うるさいほどに静かで。

どうにも落ち着けそうにはない。


石造りの冷たさは、空虚なこの身にひどく染み込む。


「寒い、なぁ……」


宙に浮かんだその言葉は、誰に届くこともなく、霧散した。

暗闇。

扉に隙間はなく、一切の黒が支配するこの室内。

希望が差し込む余地など、どこにもないのだと思わせた。


ならば当然、これまでのことへ焦点が狭まる。

未来のことなどもう、見る必要がないのだから。


いや、希望。

ある意味ではそれは存在するのかもしれない。


「これ以上、苦しまなくてすむようになるんだもんね……」


死ぬこと。

怖くないと言えば嘘になる。

死後、自分がどうなるのか。

それを想像して母親に泣きついたことだって。

だが、それ以上に、今の苦痛が耐え難かった。


上手くいかない人生だったと思う。

交通事故による脚への障害。

それが奇跡的に治ったかと思えば、自分は憎まれるべき存在で。

自分が原因で、たくさんの人が死んでしまって。


……一体、前世でどれだけの罪を重ねたら、こんなことになるのだろうか。

悔しいのは、自分が。


「──その罪を、知らないこと」


夢で会ったあの子は、それを知っているのだろうか。

知っていたから、私を魔女にしたのだろうか。

なら、あの子は。


「……神様、なのかな」


「────誰が神様なの?」


ふと。

隣から声が聞こえた。


「……誰?」


暗闇の中、手探りで壁に触れる。

そのまま手のひらでなぞっていくと、四角の小さい穴が空いていた。

つまり、この部屋は隣の部屋と繋がっていたということだ。

だが、何のために。


「あなたの処刑仲間っていうところかな」

「え……?」

「私も処刑されるんだって」

「それは一体、どうして……?」

「──教団の魔女を殺しちゃったから」

「……」

「ねえ、ちょっとお話しようよ、処刑までの暇つぶしに。ずっと一人で退屈してたんだ」

「でも、生まれた罪を悔いながら過ごせって、さっきの魔女が」

「ぷっ、あはは! これから死ぬっていうのに、そんなの律儀に守ってどうするの?」

「それは、そうだけど……」

「あぁ、でも。発言には注意した方がいいかもしれない。ここでのお話は聞かれちゃっているみたいだから。希望をまだ、あなたが持っていればの話だけどね」


話を聞かれている……?

ということは、隣同士の部屋。

そして、この穴が空いているのは……。


「残念だけど、私はあなたとは全く関係ないよ。教典に記されている歪みをもたらす魔女ともね」

「……! 私のことを、知っているの……?」

「あなたは有名人だからね。それより、神様って誰のこと?」

「私が夢で会った女の子。その子が私を魔女にしたんだと、思ってる。私の前世での罪を知って、歪みをもたらす魔女にしたんじゃないかって」

「そっか。随分と現実離れした話だね」

「でも、そうでもないと、今の状況がうまく説明つかなくて」


そこで、会話が途切れる。

再び押し寄せる静寂がどうにも好きになれなくて、言葉を続けた。


「……どうして」

「うん?」

「どうして、教団の魔女を殺しちゃったの……?」

「──どうしてだと思う?」

「え?」

「時間はまだまだあるんだし、クイズだよ」


ミリヤは考えた。

明るいその声からして、おそらく、後悔の類ではない。

だとすれば。


「誰かを守った……?」

「鋭いね、正解だよ。私は守るために殺したんだ。だから、後悔なんて何一つ無いんだ」

「じゃあ、このまま処刑されてしまうことも受け入れてるの……?」

「そうだね、もちろん痛いのは嫌だけど。でも、自分の行いで守ることができた命がある。だから、私は胸を張って処刑台に立てるよ」


諦めとは違う落ち着き。


「────そうやって、私の命も繋いでもらったから」


彼女はこの部屋でなお、希望を胸に抱いていた。

今の自分にとって、それはあまりにも眩しかった。


「私も同じことができて、誇らしい気持ちなんだ」


だからこそ、彼女という存在に興味が惹かれた。

どういう人生を歩んだら、こんな場でも輝きを放つことができるのか。


「繋いでもらったって、どういうことですか……?」


無意識に言葉遣いが敬語になっている自分に驚く。


「それにはまず、私の生い立ちから説明しないといけないね。ちょっと長い自分語りになっちゃうけど、それでも大丈夫?」

「はい、お願いします」


そうして、一拍置くと、彼女は語り始めた。


「私は、この影の国の中心部で生まれたんだ。母親、私、弟の3人家族でね。父親はいなかった。ううん、存在はしていたんだけど、殺されてしまった」

「誰に、ですか……?」

「──母親に」

「……!」

「影の国の中心部って、男の人は入れないっていう話は知ってる?」

「……はい。その理由はいまいちよくわかっていないけど……」

「それはね、正確に言えば間違いなんだよ」

「え……?」

「『男の人扱いされていない男の人』なら入ることができるんだ」

「ごめんなさい。ちょっと意味が、わからなくて」

「だったらこれはどうかな。『人間扱いされていない男の人』なら、入ることができる」

「人間扱い、されていない……?」

「奴隷、ペット。言い方は何でもいいよ。とにかく、そういう存在なら、いることが許された。それを支配している者がいるから。あらかじめ定められた役割、それだけのために生きているから」

「そんなのって……」

「じゃあさ、中心部に居続けないといけない魔女って、どうやって自分の子孫を残すんだと思う?」


まさか。


「そう、その『男の人』と子どもを残すんだよ。優秀な遺伝子を持った男の人を影の国へと拉致し、子どもを作る目的でのみその生存を許す。そうして、私たちが生まれて、役目を果たしたその『男』は殺されたんだ。そのまま生きていると、父親として。人間として、その存在が確立してしまうから」


そんなことって。


「人権が認められると、その男を巡った諍いの発生が予想される。ひいては、政治にも影響を及ぼすかもしれない。これは、北の勢力において、魔女たちが魔女たちのための国を保つために定めた掟なんだ」


その話を聞いて、鳥肌が立つのを覚えた。

それは単に、彼女の父親が殺されたからだけにとどまらない。


「なら……」


彼女が先ほど、自分で言っていた。


「弟さんは、どうなったんですか……?」

「そう。それこそが、命を繋いでもらったことに結びついてくるんだ」


ゴクリと喉が音を立てた。


「この中心部において、生まれたのが男の子だった場合、大抵は中心部から離れた場所で生活してもらったり、家族総出で、国の外で生活をしたりするということが考えられるんだけど。私の家はちょっと特殊でね、そういった選択肢がなかったんだ。────男の子が生まれた場合、その男の子は間引く必要があった。そうでないと、周りの者に示しがつかないから」


その声には、懐かしさが。


「でも、私の母親はそれができなかった。本能なのかな、子どもを産んでいない私にはわからないけど。生まれた子どもの顔を見た瞬間、こう思ったんだって。あぁ、自分のこれからの人生はこの子たちのために捧げていこうって」

「……」

「それから、弟の存在は隠されていたんだけど。でも、結局それもバレちゃって。その行いに不満を抱いた者、以前から不満を抱いていた者が結託して、私の母親は殺された。殺されて、そして、────新しい北の魔女が生まれたんだ」

「殺されて、新しい北の魔女が生まれた……? ちょっと待ってください。ということは、あなたのお母さんは……」


「うん、そうだよ。私の母親は『北の魔女』だったんだ」


隣の部屋にいるのは、かつての北の魔女の娘。


中心部に居続けなければいけない母親。

掟を守らないと、周りの者に示しがつかない。


断片的な違和感が一つの答えに繋がった。


「そのクーデターの最中、母親に庇われるかたちで、私と弟は当時の国を抜け出したの。そうして、二人でこれまで人目を忍んで、山奥で暮らしていたんだけど……。でも、やっぱり心の中では自分もいつか、そうしなきゃって思ってた」

「それで、自分が死ぬことになっても、ですか……?」


「だって、私も欲深くて、頑固な魔女だからさ」


そう言って、彼女は笑った。


「母親の口癖だったんだ。つまりさ、死んだはずの彼女は生きているんだよ、今もこうして私の中でね。命の話じゃないよ。その人の思いの話。思いは連綿と受け継いでいくことができる。私は、私が守った者たちの中で生き続けることができるんだ。そう考えたら、死ぬのは怖くない」


彼女は強い。

そう思った。

自分が信じるもののために生きている。


……真実を知って。

自分のことを信じられて。

そのうえで、この人生に自分なりの答えを見出すことができれば。

彼女のように強くなることができるのだろうか。


「あぁ、でも──」


少しだけ、興味を抱いてしまった自分がいた。


「──誰かと幸せになったダレンの姿は見てみたかったなぁ」

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