5話
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
ミリヤが教団の魔女に連れ去られてから、あかりはその場から動けずにいた。
「こんな橋の上でうずくまって何やってんだ」
その声に顔を上げてみれば、そこにいたのは。
「バルロット、さん……?」
彼女のローブは濡れたように光を反射していた。
「それは、血ですか……!?」
「ああ、心配すんな。この大体は、相手の血だ」
「え……?」
「瀕死の状態にはしたが、あと少しのところで逃げやがった。その間際にブツブツ呟いていたようだったが……。いや、それはいい。結局、あいつは見つけられなかったのか」
「ミリヤちゃんは自分の意思で教団に連れて行かれました」
「そうか」
「でも、それはバルロットさんが戦っていたあの教団の魔女にです」
「……何?」
「彼女に怪我はありませんでした」
「……なるほど。妙に手応えがねえ気がしたが、そのあたり、何かからくりがありそうだな」
そう言いながら、彼女はこちらに手を差し伸べてくる。
「学院には返してやる。後のことは自分で考えろ」
「……マゴちゃんも一緒に連れて行ってもらえませんか」
「連れて行ってどうすんだ」
「誰かが側にいてあげないと。あの状態で一人は危険な気がするんです」
「……まあ、お前は信用できそうだしな。いいぜ、どうせあいつが帰る家はもうねえんだ。好きにしろ」
「ミリヤの身柄を教団に奪われたじゃと!?」
あかりからの報告を受けたバームガルトの一声がそれだった。
「バルロット! この状況で外に連れ出せばどういうことになるか、お主ならわかったはずじゃろう!」
「でもその結果、彼女は自分の死を受け入れた。……良かったじゃないですか、守る手間が省けて」
「お主というやつは!」
「俺はあいつのことも許せませんよ。直接手を下していないからと、切り分けて考えることはできません。俺の家族が殺された要因は、教団、妹、そして、ミリヤ・スティールフォーレ。この3者が合わさってのことです」
「ただでさえ、レイギベルトの殺害で頭が痛いというのに……!」
そこで、バルロットは身を翻す。
「どこに行く気じゃ」
「決まっています。教団のところです」
「また、ここに運ばれてくる気か」
「そのつもりはありません」
「あそこで殺される気か」
「そのつもりもありませんよ。死ぬつもりで戦いに臨むのは愚か者のすることですから」
「お主のそれを人は無謀と言うんじゃ……」
バームガルトは頭を抱えた。
「あかり、ミリヤを助けたい気持ちは今もあるか?」
「それはもちろん。でも、彼女自身がいなくなることを望んでいる今、どう言葉をかけていいかわからなくって」
「つまり、助ける方法を考えるのと同時に、ミリヤが歪みをもたらす魔女ではないという証拠も見つけなければならないということじゃな」
その返答にあかりは目を見開いた。
「ミリヤちゃんを助けてくれるの……?」
「当然、公に行うわけにはいかん。するとすれば、秘密裏になる。じゃが、作戦を練るにしても、教団の動きを伺う必要がある。ミリヤは公開処刑されるとお主は言っていたな?」
「うん。それで国中の不安を和らげるって」
「なら、必ずやつらは明日か明後日あたりにその日を公表するはずじゃ。そして、おそらくそれはルクラット様の処刑と同日になるじゃろう」
「ルクラットさんの、処刑……!?」
「国中の不安を和らげるというのなら、そうするはずじゃ。……もちろん、ルクラット様が処刑されることなど、わし自身としても到底許せるものではない。わしはあの方に命を救ってもらったのだからな」
ということは、ミリヤとルクラットの二人を救い出すことになる。
それは相当な困難になることが予想されるだろう。
だが、見過ごすことなどできはしない。
「その日が公表されるまでは、迂闊に動けん。こちらの動きに気付かれれば、処刑日が早まるじゃろうからな。そして、それは当然、お主にも言えることじゃぞ、バルロット」
「その者たちが助けられるかどうかは、俺には関係ありません」
「家族を襲った魔女に心当たりはあるのか」
「……魔術教団第2席、シュトラープケ。やつによるものだと聞いています」
「教団長がノクス・ヴェーレに身柄を拘束されている今、実質的なトップは第2席のそやつじゃな」
「それなら、第1席がトップなんじゃないの……?」
「教団は教団長が第1席を兼ねているんじゃ」
「そうなんだ……」
「────他の誰にも邪魔されず、そやつと一対一でやりあえる場を整えると言ったらどうじゃ」
「……!」
「お主に傷を付けたのは第3席と聞いたぞ。つまり、お主はそのシュトラープケと戦う前、邪魔に入ったそやつにやられたのではないか?」
「……」
「お主にとっても悪い話ではないはずじゃ」
「……俺が戦うのはあくまで復讐のためです。救出ではありません。そのことはゆめゆめお忘れなきようにしてください」
そこで、バームガルトはため息をついた。
「とりあえずの方針は決まったが……。大変なのはこれからじゃ。明日に備えて、各自ゆっくり休むように」
「今日は私もここで寝ることにするよ」
ミリヤが寝泊まりしていた寮の一室。
今はもう空き部屋となってしまったこの部屋。
そこでマゴットが生活できるよう、あかりはバームガルトに頼んだのだった。
だが、彼女から返答はない。
ただ、ベッドに腰を掛け、虚ろな目をしたまま俯いている。
「ちょっと狭いかもだけど、一緒に寝るのは別に初めてじゃないしね」
そう微笑みかけるが、やはり返答はない。
まあ、それも当然の話ではある。
家族の死。
それは自分の責任だと突きつけられ。
さらに、知らないうちに自分は家族に守られていたことを知った。
彼女は後悔に苛まれている。
そんな彼女の口が開く。
「────生きていて、ごめんなさい」
絞り出したその声からは、これまでの快活さは見る影もない。
色を失くしたそれはもはや、ただの音と言っても差し支えなく。
辛うじてこの耳に届き、鼓膜を震わせるのだった。
「……ごめんなんて、言わないで」
あかりはそっと彼女を抱きしめた。
「みんな、マゴちゃんのことが大好きなんだから。お父さんとお母さんだって、マゴちゃんが私たちを連れてきたとき、あんなに喜んでいてくれていたじゃない」
「でも、家族は私のせいで殺されて……」
「違う。違うよ、マゴちゃん。マゴちゃんの家族は選択をした。選択をしたうえで殺されてしまったんだよ。何もできないまま、殺されてしまったわけじゃない」
「何が、違うんですか……?」
「少なくとも、そこには意思がある。『家族を守る』という意思が。なら、私たちはその意思を蔑ろにしちゃいけない。……ミリヤちゃんのことは恨んでる?」
「……ミリヤさんが悪いとは思えません。突然魔女になって何もわからないままで、一番辛いのはきっと、ミリヤさんのはずです」
「そっか」
「悪いのは、私です。ミリヤさんが教団に狙われていることを知りながら家に招待した、私が悪いんです」
「マゴちゃんは優しいね」
「そんなことはありません。……私は、自分勝手でした。自分のことしか、考えていませんでした。落ちこぼれ扱いしてきたやつらを見返すなんて。そんなことよりも、もっとするべきことがあったはずなのに……」
「後悔って、きっと消えない。でも、消えないからこそ、これからの選択に強い意味が生まれるんだと思う」
「……」
「だから、後悔しよう。今夜はたくさん後悔をしよう。たくさん後悔して、たくさん自分を責めて……。それで、明日が来たら、少しだけ顔を上げてみよう。大丈夫、私が隣にいるから」
「あかり、さん……」
「そして、一緒の目線で私も見たいんだ。────マゴちゃんが顔を上げた先で、何を見ているのかを」




