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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 3章
81/85

4話

「ミリヤちゃん!?」


気が付けば、隣にいたミリヤがどこかへ走り出していた。

あかりは迷っていた。

ミリヤ、マゴット、バルロット。

どれから対処していけばいいのか。

どのように対処していけばいいのか。


ただえさえ、自分だって何が起きているのかうまく飲み込めていないというのに。


だが、分裂はまずい。

とにかく、集団で固まっていないとまずいことだけはわかった。


そうでなければ。


「────かわいそう。かわいそうねえ。姉妹喧嘩なんて、かわいそうだわ!」


声に目を向ければ、細身の少女がいた。

スカート型かつその丈が短いオーバーオールに長いブーツ。

袖部分は膨らんでいるかのようにゆったりとしている。


その手には、彼女の身長以上の槍を握っていた。

そして、胸元には、十字架の首飾り。

正体など言われずともわかっていた。


「魔術教団……!」


起こり得る最悪の事態が起きてしまった。


「そうなのそうなの! 私は魔術教団第3席、メルルっていうの!」


第3席。

あの町で会ったヴァイラーヌは第5席と言っていた。

その彼女よりも高位。

それが戦闘力を指し示すものなのであれば、こちらに勝ち目はない。


「よう。……こっちから向かう手間が省けたな」


バルロットの表情は先程とは一変し、不敵な笑みが浮かんでいた。

その目は獲物を狙う狩人の目へと変わっている。


「こっちに乗り込んできたときは何事かと思ったけど……。私が付けた傷はもう回復した? したの?」

「あぁ、おかげさまでな。そして、こう俺に叫んで来やがる。早くてめえを殺させろってな! そのせいで塞いだ傷口が開いちまったくらいだ!!」

「あはは! 勝てない、勝てないよ! 何度やっても結果は同────」


言い終わることなく、彼女の体が見えないほどの速度で吹き飛んだ。

後に聞こえるのは複数の衝撃音。

そして、倒れていく木々。

彼女の手にはいつの間にか剣が握られていた。


「それじゃあリベンジマッチといかせてもらうぜぇ……!」


話から推測するに、このメルルという魔女がバルロットを返り討ちにしたらしい。


加勢するべきか。

どうする。

一体どうすればいい。


「……お前は逃げ出したあいつを追えばいい」


こちらに視線を向けずに彼女はそう言い放つ。


「これは俺の戦いだ。手出しなんかすんじゃねえぞ。むしろ、手なんか出しやがったら、ただじゃおかねえ。あぁ、寝っ転がってるこのバカのことも心配すんな、殺しやしねえよ。こいつは罪を背負い、苦しみ続けなければいけねえからな」

「……」

「わかったら、さっさと行きやがれ!」


それでもなお、迷って立ちつくしていたあかりを見かねて、叫んだ。

依然として、マゴットが動く様子はない。

あかりは歯がゆい気持ちを抱えながらも、それを振り切り駆け出した。





「ミリヤちゃん!」


彼女を追いかけてあかりが辿り着いたのは橋の上だった。

その姿を見つけて駆け寄り、膝に手をつきながら肩で大きく呼吸を整える。


あの町で行方不明になったときも、彼女のことは橋の上で見つけた。

同じような佇まいで、ミリヤは眼下に流れる黒い川を見つめている。

だが、これは水ではない。

リューベルクの魔法だ。


『ちなみに、チケットを持たないで飛び込むとどうなるの? どこかへランダムに辿り着く?』

『私もそこまで詳しくは知らないんですけど、二度と戻ってこれない可能性があると聞いたことがあります……』


ふと、その会話を思い出した。


「まさか……」

「────ねえ、あかりお姉ちゃん」


こちらを見た彼女の顔は涙に塗れていた。


「ありがとう」


無理矢理に作った笑顔。

それは、痛々しさを感じさせた。


「お姉ちゃんには、たくさんのありがとうがあるの」

「ミリヤちゃん……」

「追ってきてくれてありがとう。魔術学院に入学させてくれてありがとう。マゴちゃんとセトさんに会わせてくれてありがとう。あの町で助けてくれてありがとう。マーガレットさんと、訪問に来てくれて、ありがとう……。とっても。とってもとっても、私は楽しかったんだ。脚が不自由だった頃を忘れてしまえるほどに。──本当に、楽しかったなぁ」


自分の胸元を握りしめ。


「でもね、だめなの。もうだめなの。こんなに良くしてもらっても、私は何一つとして返せない。それどころか、いるだけで災いを引き起こして。マゴちゃんの家族だって……」

「……違うよ。この状況を引き起こしたのは、教団。それは揺るがない。ミリヤちゃんは悪くない」

「でも、私がいなければ、教団は行動を起こさなかった」

「自分がどうして魔女になったかを知りたくないの?」

「知りたい。知りたいよ。もちろん知りたい。でも、それ以上に私は、私がここに存在していることを許せない」

「……」

「私のせいでみんなが傷つくのはもう、嫌なの……」


「それは殊勝だね! 殊勝な心がけだね!」


そう言いながら誰かがこちらに歩いてくる。

ライトに照らされたその顔を見て、あかりは焦燥に駆られた。


「嘘、さっきの教団の魔女……!? バルロットさんは……?」」


先程バルロットと戦闘を開始したはずの教団の魔女がいた。

もうすでに彼女を倒して、こちらに来たというのか。


「さて、どうなったでしょう。でしょう?」


魔術教団第3席、メルル。

そう名乗っていた彼女は楽しそうに槍を1回転させた。


あちらに加勢するべきだったか……!


そんなことを考えていると、あかりの隣から、彼女の方へとミリヤが一歩足を進めた。


「私が死ねば、全て丸く収まるんだよね」

「うん。そうだよ、そうだね。だって、ミリヤは歪みの魔女だから!」

「私が、歪みの魔女だから」

「ちょっと待ってよ! その歪みの魔女がミリヤちゃんのことだっていう証拠はない! 死んで全てが収まるなんて保証も!」

「歪みはね、新たな歪みをもたらすの! 歪みの連鎖を断ち切るためには、大元のミリヤが死なないといけない!」

「だからその大元がミリヤちゃんだっていう証拠がないじゃん! 大元はミリヤちゃんを魔女にした存在でしょ!?」

「もう、いいよ」

「いや、だって────」

「もう、いいの」

「……」

「私が歪みの魔女じゃないっていう証拠もない」

「だから、それを確かめてから──」

「確かめた結果、私が本当に歪みの魔女だったら?」

「それは、これから考えていけばいい! 今結論を出すのにはあまりにも早すぎる!」

「その間に、死んじゃった人たちの命は? もう、戻って来ないんだよ……?」


『悪い芽は早いうちに摘んでおくのが定石ですにゃ、あかり様』


なんであいつの言葉が今更……!


「私が歪みの魔女だったのかどうかは、私が死んでから確かめればいい。……死んだところで、もう失われた命は戻ってこないけど。これからそうなる可能性が少しでも減るのなら、安いものだもん」

「……それは逃げだよ、ミリヤちゃん」

「逃げ? 何が逃げなの? みんなの命を守ろうとすることの、どこが逃げなの!?」


感情的にそう叫ぶミリヤ。

だが、頭の良い彼女なら、本当は理解しているはずだ。


「ミリヤちゃんは、真実を見つけることから逃げてるよ。だから、自分のことを信じられていない。そんな状態で出した答えなんて、何の価値もない」


自分でも、ひどく残酷なことを言っていると思った。


「……私がリューベルクさんに話していたことを言ってるんだよね。確かに言ったよ、あのときは。この罪を背負っていけるようにって。でも、あのときとは状況が違うの! あのときは、私は命の重さをよくわかっていなかった! 事態に飲まれるだけだったから! でも、知ってしまったの! 自分の意思でお姉ちゃんについて行って。マゴちゃんと、マゴちゃんの家族と触れ合って! お話をして、一緒にご飯を食べて! それで、こうして失ってしまって。マゴちゃんとお姉さんが傷付いているのを見て。それが、どれほど重いものなのかを、私は知ってしまったの……」


こんな幼い少女に対し。

全てを背負って、自分が納得できる答えを見つけろと。


「……そうだよ。あかりお姉ちゃんの言う通り、これは逃げだよ。私は楽になりたいだけ」

「ミリヤちゃんは一人じゃないよ。私たちがいる。みんなで考えよう、何ができるか。どうすればいいか。みんなの力を合わせればきっと──」

「お姉ちゃんは、まだ私に苦しめっていうの……?」

「……」

「もう、生きているのが、辛いんだよ……」


掠れた声で気持ちを吐露する。

そんな彼女に対してかける次の言葉は出てこなかった。

今、どんな言葉を彼女にかけても、それは彼女を苦しめる刃となる気がした。

前を向かせる。

それは言い換えれば、諦めることを許さないということなのかもしれない。

ある意味で、これは脅迫なのかもしれない。


彼女を助けたい。

その気持ちが、彼女を苦しめている。

優しくすればするほど、それが彼女を追い詰める。


「あ、終わった? 話はもう、終わった?」

「うん、これで終わりにして」


諦めること。

それもまた、自由ではある。


「わかった! でもね、あなたのことは公開処刑するんだって! 公開処刑! だから、ここでは殺さないよ!」


でも、そんなの正しくない。

正しくないけど。


「そうして、国中の不安を和らげるんだって! だって!」

「そっか。それが私の役目なんだ。これで、ようやく誰かの役に立つことができるんだね……」


そこで、彼女は寂しげに微笑む。


「お姉ちゃん」


そうしてこちらを振り返る。

私はただ、黙って見ていることしかできなくて。


「────大好きだよ」


これから一生、その笑顔が脳裏にこびりついて離れないことを悟ったんだ。

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