3話
飛行魔術を行使するバルロットの手を握り、真っ暗な空に浮かぶあかりとミリヤ。
彼女たちはハルトローベ家へと向かっていた。
誰もが口を閉ざしたまま。
まるで、マゴットのトラックに乗って、影の国へと入ったときのように。
その後に向かったのは、まさしくこれから向かおうとするハルトローベ家だった。
それを思い出しながら。
空を飛んでいる。
バームガルトのときは、重力を操る魔術によるものであったため、引っ張られているような感覚だった。
もっといえば、落ちているというような。
しかし、今回はそれとは違う。
自分が思い描いていた空を飛ぶ感覚そのものだった。
本来であれば、それに興奮や感動を覚えるような状況のはずなのだが。
夢のような浮遊感。
それだけが生々しく、この身に訴えかけてきている。
胸騒ぎがした。
何か、知ってはいけないようなことを知ろうとしているような背徳感。
それを感じながらも、彼女が纏った黒いローブが風に靡くのをただ見つめることしかできなかった。
「嘘……」
目にしたミリヤの第一声がそれだった。
あかりは思わず目を逸らしてしまいそうになるのを抑える。
「これがその結果だ」
バルロットは言い放つ。
その声は、とても低く、とても冷たかった。
「そん、な……」
──あるはずのものがなかった。
「こんな、ことって……」
あとに残ったのは、崩れて重なり合った残骸。
家だったもの。
焼け焦げた、家だったものがあった。
そこで、あかりは気が付いた。
その残骸の脇で誰かがうずくまっているのを。
周囲は暗いため、はっきりとは見えない。
だが、あかりは勘づいていた。
その正体が誰なのかを。
「マゴちゃん……?」
その呼びかけに、影はびくりと体を震わせた。
そして、おもむろにこちらの方を向く。
柱の歪んだ電灯が明滅しながらその姿を照らした。
「あかり、さん……」
ぞくりと、冷たいものが背中をなぞる。
やつれたその姿。
生気のない目。
生命が宿っているかを疑ってしまうような。
どれくらいの間、ここにいたのだろうか。
「死んじゃいました」
かすれた声。
「みんな、死んじゃいました……」
「ぇ……?」
自分の喉からはそんな間抜けな声しか出てこなかった。
「何もかも、焼かれて……」
本当はもう、察しているはずなのに。
「骨が、見つかったんです……。全員分の、骨が……」
そのみんなが、誰を指すのかも。
「お父さんも、お母さんも、妹たちも。みんな、死んじゃいました」
「そんな……」
「あかりさん、どうしてこうなってしまったんでしょうか……?」
彼女の前にバルロットが立つ。
「──てめえのせいだ」
「……」
「てめえがこいつらを連れてきたからだ」
「ゎたし、の……」
「直接の原因は教団だ。けどな、教団がここに来る原因を作ったのはてめえだ。つまり、てめえが家族を殺したも同然なんだよ」
マゴットの首を掴み上げる。
「やっぱりてめえは早々に死んでおくべきだった。自分勝手な行動で俺たちがどれほど振り回されて来たか……!」
「っくぁ……!」
「てめえがあいつらのためになったことが何か一つでもあるか?」
「ぐぅ……!」
「それでも、手を差し伸べ続けたあいつらの結果がこれだ! これじゃあ、死んでも浮かばれねえよ。なぁ、こんな末路なら、あいつらは一体何のためにこれまで生きてきたんだよ! なぁ!?」
「ぅぅう……!」
「生まれてきたこと自体が間違いだったんだ、てめえは」
「ぅぅぅぅううううう……!」
目の前の光景に圧倒されていたあかりは我に返ると、その腕を掴もうとする。
だが、その前にバルロットは手を離した。
地面に倒れ込むマゴット。
「自分が商会に借金してる金額がいくらなのか、知ってんのか」
「けほ、けほけほ……」
「知らねえよな……。いつか返せばいいからって、目を背けてんだもんなぁ!」
「……」
「じゃあ、その利子を家族が支払ってることなんて、当然知らねえよな」
「どういう、ことですか……?」
「どうして何度取り立てが来ても差し押さえされず、支払期限の猶予申告だけで切り抜けられるのかと疑問に思ったことはないか」
「ぁ……」
「てめえがいつか返すなんて寝言言ってる間、あいつらは毎月利子だけ払ってたんだよ。元金はてめえの責任だって、あいつらはわかってた。けどな、利子だけでも払わなきゃ、てめえはとっくに潰れてた」
利子だけを支払うというのは、借金の責任は自分で取らせつつも、破滅だけは避けさせたいという意思の表れか。
「そんな、ことって……」
バルロットの握りしめた拳は、怒りに震えていた。
「それでもてめえは、何も知らずに生きていた。それどころか、目を逸らしていた! 増え続ける借金。それに伴い、当然利子も増え続ける。そうして生活が立ち行かなくなってきたあいつらは俺に頭を下げてきたんだ。俺たちが支払う必要はないと何度言っても、そのまま下げ続けた。……自分の親のそんな姿を見たくなかった俺は、それ以降、利子を折半で支払い続けてきた。このことを言うのは止められていた。せめて自分たちが死ぬまでの間は言わないでやってくれってな」
「あ、あぁ……」
「そんなあいつらにてめえは何をしてやれた? それに見合うだけのことはしてきたと言えるのか?」
マゴちゃん……。
「違うよな。むしろお前は踏みにじったんだ。そこにいるミリヤ・スティールフォーレを連れてきてな」
そうして、ミリヤを指差すバルロット。
ミリヤとマゴットの視線が交差する。
瞬間。
マゴットの体が横に吹き飛んだ。
バルロットが彼女の体を蹴り飛ばしたのだ。
それを理解するには少し時間がかかった。
「殺しはしない。殺してなんてやるもんかよ。てめえは一生この罪を背負っていけ」
地面に伏したまま、身動き一つしない。
「……俺はこれから教団に復讐しに行く」
「そんな、無茶です! だって、学院に運び込まれたのも──」
「無茶かどうかなんて関係ねぇよ!!」
言葉を挟んだあかりの鼓膜がビリと震えた。
「……そうでもしなきゃ、耐えられねえんだよ」
そこで、彼女の目に涙が滲んでいることに初めて気が付いた。
「俺が今までしてきたことは何だったんだよ。ノクスヴェーレからの推薦を断り、学院卒業後は商会へと入った。ハルトローベ家が目立つことを許さなかった商会のやつらに俺は脅されたんだよ。家族全員と自分の将来を天秤にかけさせられた。そんなもの、選ぶまでもなかった。なのに、そんな家族は殺されちまった。なら、俺はなんのために……!」
マゴットは、うめき声すらも上げない。
「俺の人生は、一体誰のための人生だったんだよ……!」
ミリヤは言葉を失っていた。
ただただ、目の前の光景に圧倒されていた。
マゴットの家族が殺された?
殺したのは、教団だ。
だが、教団は自分の行方を探してここに来た。
なら、大本の原因は自分だ。
彼女の元気を失わせている。
そして、彼女の姉が泣いている。
自分がここに来なければ。
いや、それだけじゃない。
町のみんなが死んだのも。
自分の両親が死んでしまったのも。
「あ、あぁ……」
なら、きっと。
レイギベルトさんが殺されたのだって。
『──そうにゃ。あれもこれも、全てはミリヤのせいにゃ』
脳裏に、その声がよぎった。
彼女の言う通り、全ては一つに繋がっているのかもしれない。
歪みをもたらす魔女。
ああ、そっか。
そうなんだよね。
やっぱり、私は……。
「────生きていちゃ、いけないんだ」




