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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
8/53

7話

「……結構、本気な感じですか?」


サヤと、そう名乗ったスーツの女性はずいっと顔を近付けてくる。


「本気も本気。大マジです」

「サヤ様。そういう風に言うと茶化していると思われますよ」

「……失礼しました。私としては、緊張をほぐすつもりだったのですが。まあ、こういうのは言葉よりも直接見せた方が早いでしょう」


そう言って立てた人差し指の先からには蝋燭ほどの小さな火がともった。


「うわっ!」


得意げな笑みを浮かべ、次には両手の全ての指先に火がともった。

確かにすごいな。

──見世物にしては。


「もっと大きな火を起こすこともできますよ。ここでは危険なので出しませんが」

「あはは……。す、すごいですね。良いものを見せてもらいました。これは紛れもなく魔女だぁ。マ、マサカゲンダイニモソンザイシテイタナンテー」


完全に魔女になりきっている。上手に手品ができてご満悦のようだ。そしてどこからか屋上で力を使った私のことを見て、どうやら『お友達』だと思われている様子。私の力もこんな手品の類であれば、どれだけかわいかっただろうか。

とはいえ、こういう輩は真正面から否定すると余計にめんどくさくなることは目に見えている。ならば、素直に受け入れてあげること。それが、話を前進させる有効な方法だ。うん、あかりかしこい。


それにしても、魔女て笑。

いや魔女て笑。


「そうでしょう、そうでしょう。話が早くて助かります」

「いやいや逆です。話が早いどころか、一片たりとも受けれ入れてませんよこの子」

「え、マジですか?」

「大マジです」


やばい、バレてる。自分のことを魔女だとか言っている脳内ファンタジアのくせに、意外と気付くぞ。なんとかしてごまかして逃げなければ。このまま相手のペースに飲まれ続ければ、「僕と契約して魔女っ娘☆あかりんになってほしいんだ」されてしまうのも時間の問題だ。そんな自分の姿、想像しただけで鳥肌が立ってしまう。


「いや~、魔術って実に良いものですね~! 助けてもらった上にこんなにいいものを見せてもらえるなんて私は幸せものだな~、あはは~。 では、そろそろ家に帰らないと! 親も心配していると思いますんで!」

「そういうわけにはいかないわ。魔女による人への被害を拡大させないことが私たちの方針だから」

「い、嫌だ! 魔女っ娘☆あかりんになるなんて!」

「魔女っ娘……? あかりん……?」

「そもそも私の力は、魔力だの魔術だのそういった力じゃないです。さっき見せてもらったような火を出せたりなんてしませんし」

「なら、あなたは自分が持っている力がどういうものか知っているの?」


あかりは自分の掌を眺める。


「私が持っているのは、触れたものを脆くする力です」

「いいえ、それは違うわ。あなたが持っているのはその程度の力なんかじゃない」


間髪入れずにまつりは否定する。


「いやいや。何も知らないでしょう。あなたは」

「知っているわよ。少なくとも、あなたよりはね」


その反応に、苛立ちで無意識に握った拳に若干力が入る。

思わせぶりな発言。何も知らないからって、好き勝手言って。


「なら、この力は何だっていうんですか」


魔女を演じているだけのただの一般人に対して、この力について尋ねても何の意味もない。そんなのはわかっている。

だが、言われっぱなしを我慢できる性分でもなかった。


「それを知りたいなら、私たちの仲間になって」

「取引っていうこと?」

「そう捉えてもらっても構わないわ」

「呆れた、結局知らないんでしょ。付き合ってらんない」

「であれば、あなたはその力で大切な人を傷付けることになるわよ」

「今度は脅迫? ごっこ遊びもほどほどにしてよ」


ぱんぱんとサヤは手を叩いて二人を仲裁する。


「はいはい、そこまでです。無理に引き入れるのは私の望むところではありません。元の場所に帰してあげると保証します。ですがとりあえず、もうお昼ですし昼食にしましょう。せっかくですし、あかりさんも食べていかれませんか?」

「別にいらない」


目を逸らし、拗ねた声でそう言い放つ。

だが、その瞬間。

あかりのお腹が鳴った。


「「「……」」」


本当に二日間も寝ていたのであれば、その間食事は取っていない。至極当然の生理現象ではある。だが、どうしてこのタイミングで。

羞恥に染まった顔を伏せる。

空腹には逆らえない。


「食べても、仲間になんてならないから……」


消え入りそうな声で言ったあかりを見て、サヤは微笑みながら頷いた。





「世界にいる魔女の勢力は4つに大別できます。東西南北。それぞれの勢力はそれぞれの方角を冠した魔女を筆頭に、組織を成しています」


食堂までの廊下の道中で、サヤは魔女に関する説明を始める。

そういう設定になっているのかとあかりは特段の反応もせず、話半分に受け流す。


「日本にいる魔女はこの東の勢力に属していることになります。つまりは、私たちもその一員です。そして、私たちの使命は、他の魔女が引き起こす人間への被害を未然に防ぐことです。その被害には明確な意志を持って行われたものだけではなく、力を上手く制御できずに暴走してしまったものも含まれます。あかりさん、私たちがあなたに力を使いこなしてもらいたいのはそういった理由があるのです」


窓から差し込む日差しが少し暑い。外を覗いてみると、木々が広がっていた。


「というか、ここはどこ? 学校からはどれくらい離れているの?」

「ここは私たちの活動の拠点です。都内にあるので、あかりさんの学校からもそう離れてはいませんよ。名目上は宗教法人の施設という形態を取っています」


宗教じゃん!?

私は今、宗教勧誘の真っ只中というわけか!


早く帰りたいという気持ちが急加速して膨らみだした矢先、無慈悲にも食堂の扉が開かれる。

とても今更、やっぱり帰りますとは言い出せない雰囲気だった。


「あ、サヤ様! ちょうど食事のご用意ができるところです~!」


その声とともに、美味しそうな匂いが漂ってくる。

扉を開けた先にあったのは、広いダイニングのような一室。まさに食堂というのにふさわしい部屋だった。

真ん中に置かれた長テーブルの上に配膳している小柄な少女はその手を止めて、こちらに屈託のない笑顔を見せる。


「今日はこことなつが当番でしたか。それにシチューとは。きっと、あかりさんも喜んでくれるはずです」

「えへへ、ありがとうございます! あっ! あなたがあかりさんですね! どうぞこちらに座ってください!」

「ど、どうも……」


少女に座ることを促される。そんな一点の曇りなき眼で見つめられてしまったら、座らないわけにはいかないじゃないか。

こんな中学生にも満たないような少女を使って勧誘してくるなんて、汚いぞ。あまりにもやり方が汚い。

というか彼女も、自分が魔女だと信じているのだろうか。


長テーブルには左右に4個ずつ、計8個の椅子が用意されていた。その一番奥にあかりは座る。そして、その列の奥から順にサヤ、まつりと腰をかけた。

目の前に置かれた料理に、食欲が最大限に刺激される。

立ち上る湯気の下には、シチューとご飯が別々の器に入って置かれている。

斜めに切られたウインナーに、人参、じゃがいも、ブロッコリーが入っているシチュー。

彩りもよく、見ているだけで唾液が出てきてしまう。


「よい、しょっと!」


少女のその掛け声とともに、あかりの前の席に山のように盛られたご飯が置かれる。

ま、前が見えねェ。

というか、重さで若干机が振動したぞ。

一体誰がやって来るというんだ。


「まつり、後の二人を呼んできてくれますか?」

「わかりました!」

「この場所では、私を含めて8人の魔女が暮らしているのです。家事は当番制で、2人組で行っています」


それがさも当然というかのような反応で、サヤは目もくれずに話し始める。


「今日の当番はなつとここ。双子の姉妹で、二人が作る料理はお店にも引けを取らないくらい美味しいんですよ」

「照れちゃいますね~。あ、私がここです!」

「……っ」

 

脱いだエプロンをまとめている先程の少女の後ろには、あかりたちが入ってきた扉とは逆方向であるキッチンの奥から出てきた別の少女がいた。

少女の後ろから顔を出して、こちらを訝しげに見つめている。


「こっちが、なつです!」

「……なつです」

「ど、どうも。浜野田あかりです……」


双子なだけあって、二人の容姿はよく似ていた。

わかりやすい見分け方は、片方にまとめられた髪型だ。

ここと名乗る少女は左側に。なつと名乗る少女は右側に髪の毛をまとめている。いわゆるサイドテールというやつだ。


「なつは人見知りだからこんな反応ですけど、今日はお客さんに料理を振る舞えるって知って、とってもウキウキしながら作ってたんですよ!」

「ちょ、ちょっと。ここってば……///」


控えめ少女の照れ姿、いとをかし。

やっぱこれだね。この反応からしか得られない栄養があるよ。

いやいや。

屈してはだめだ。私は魔女っ娘あかりんになんて……!


「さあ、ではみんな集まったことですし。まずは自己紹介としましょうか。まあもう名乗ったところではありますが、改めて私から反時計回りに」


そんなこんなで、この場に全員揃ったらしい。

こほんと喉の調子を整える。


「日向サヤです」

「赤内まつり」

「藍原ここです!」

「藍原なつ、です」

「白崎まりで~す」

「橙山ころもっす!」

「なな……。黒瀬なな」

「……浜野田あかりです」


最後の一人に至っては盛られたご飯で顔が見えないが、とりあえずのみんなの自己紹介が済んだ。


「ではみなさん。それでは」


「「「「「「「いただきます」」」」」」」


「わ~! あなたがあかりさんっすね!」


カチャカチャと鳴る食器の音の中で、橙山ころもと名乗った女性が目を輝かせながら話しかけてくる。

名字に恥じないその明るい髪色が特徴的だった。


「え、えぇ。まあ……」

「あかりさんが仲間になって、力を貸してくれるなんて百人力! っす!」

「いや、私のは別に魔術なんてものじゃ。というか仲間になるなんて一言も……」


仲間。そこで、あかりはふと思い当たる。


「あれ、さっきここに住んでいるのは8人って言っていたような。でも、今ここにいるのは、7人……?」


そう何気なく呟いた瞬間、明るかったはずの場の空気が一変し、沈黙が流れる。

何か余計なことを軽はずみで言ってしまったことに気付き、あかりは発言を後悔する。


「あ、すみません。何か変なこと言っちゃいましたか」

「いえ、あかりさんが気にすることはありません。それに、これから話そうと思っていたことですから」


覚悟を決めたようにサヤは息を吸う。


「私たちが所属している東の勢力は今、混乱の真っ只中なのです」

「は、はぁ……」

「先ほど、東西南北。それぞれの勢力はそれぞれの方角を冠した魔女を筆頭に、組織を成しているとお伝えしましたね。つまり、東の勢力は東の魔女を筆頭に構成されているというわけです」

「東の、魔女」


「その東の魔女がつい先日、何者かによって殺害されました」


殺害。

その一言で、空気が張り詰めたのを肌で感じる。

話が一気に不穏になった。


ちらと先ほど明るく声をかけてくれたころもの顔を見る。

スプーンを握りしめ、眉に皺を寄せた表情で、ぎりと歯を食いしばっている。

それら全てが彼女の心境をこの上なく表していた。


自分たちを魔女と名乗る集団。ただ、それだけの集団のはずだろう。

それとも、これも含めてただの設定、演技だというのか。もしそうなら、あっぱれだ。宗教団体ではなく、劇団として活動していくべきではないか。


だが、もしも。もしもこれが。全て真実なのだとしたら。

そんな考えが、あかりの否定の中に一滴垂らされる。

だが、そんなこと信じられるわけ。



「そして、殺害の容疑をかけられているのが翡翠きょうか。本来であればこの場にいるはずの、私たちの仲間です」

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