2話
「マゴちゃんの、実家……?」
思わず声に出てしまっていた。
脳裏に浮かぶのはハルトローベ家の顔。
今でも鮮明に思い出せる。
お父さん。お母さん。妹たち。そして、マゴット。
影の国に着いた私たちを温かく迎え入れてくれ、家族とさえ言ってくれた。
優しい人たちだった。
そんな彼女の家が、襲われた……?
「てめえはあのときの……」
あかりに気が付いたバルロット。
だが、その表情は曇ったまま。
「……悪かったな」
「え……?」
意外にも出てきたのは謝罪の言葉だった。
何を言われるのかとヒヤッとしたが。
「まさか本当に浜野田あかりだとは思わなかった。あいつと、知り合いだったとはな……」
あいつ。
それはマゴットのことだろう。
「……だがな、それも帳消しだ」
「どういう、意味ですか……?」
彼女は体を掴んでいた3人の手を解くと、こちらに近づいてきた。
そして、あかりの目の前に立った。
「──お前たちが家を訪れたことで、俺の家族は襲われたんだからな……!」
それで、教団に襲われた……?
顔から血の気が引いていく。
「一体何があったんですか……? マゴちゃんたちは無事なんですか!?」
あかりがそう聞いたのと同時だった。
突然彼女はうめき声を出しながら、床にうずくまる。
「大丈夫ですか……?」
そこで、あかりは目にした。
包帯に滲み出していく赤。
それは明らかに腹部からの出血だった。
「げほっ! ごほごほっ! ──ゴボッ!」
乾いた咳が湿り気を帯びた瞬間。
口元を抑えた指の隙間からも溢れ出る血液。
たちまちに包帯は赤に埋め尽くされ、床に吐き出されていく血溜まりがその範囲を広げていく。
「また傷口が開いちゃいました!」
「だから、あれほど言ったのに……!」
「口よりも手を動かして! 応急処置が先!」
3人はバルロットに向けて手をかざし、治癒魔術を発動させる。
彼女の体は緑色の光に包まれた。
だが。
「あークソ! この傷、呪いの込められた刃で切られているから治りが遅い!」
「3人じゃ間に合わないよ!」
「他の人たちを呼んできたほうが良いですよね!?」
「バカ! 1人でも抜けたらその間に死んじゃうってば!」
「わしも手伝う! しっかりしろ、バルロット!」
「ありがとうございます! バームガルト様!」
バームガルトもそれに加わる。
しかし、彼女はあまりにも血を失いすぎていた。
傷が塞がった段階で意識を取り戻して暴れ出したため、ここに運ばれてきた時点から、血液量は回復していない。
そしてこの二度目の出血だ。
先に血液量を回復させようにも、傷を塞がなければ、溢れ出ていくばかり。
だが、4人がかりでも、未だ傷は塞がらず。
徐々に光が消えていく彼女の瞳。
あかりは覚悟を決めた。
「私にやらせてください」
「あかりお姉ちゃん……!?」
「あかり、お主まさか……」
あかりはバルトロットの体に触れる。
「ちょっと! 一体何をするつもり!?」
覚悟を決めるため、深呼吸をした。
そして。
「────傷口が開く前まで、体の時間を巻き戻します」
これほどの傷。
そして、血液までとなると、その負荷は多大なものになるだろう。
もちろん、これまでにやったことはない。
だが、そんなことを言っている場合ではない。
彼女にはハルトローベ家に何があったのかを話してもらわなければならない。
時計を想像する。
逆側へと針を回していく。
瞬間。
ガツンと。
頭に硬い物で殴られたかのような衝撃が走る。
「ぁ……ぁあ……」
構うな。
回せ。
回していけ。
「あぁあ……!」
せり上がってくる吐き気。
めまいがして、世界がぐらぐらと揺れていく。
まるで、脳が絞られているかのようだ。
だが、回せる。
回していける。
それなら、後は自分の気力次第だ。
なら、行ける……!
「ぁぁあぁああぁぁああぁあ!!!」
そして。
ガチャリと。
最後の力を振り絞り、針を一周させた。
同時に、全身から力が抜けていく。
バルロットの横に並ぶかたちで床に倒れ込んだ。
「(成功、したのかな……?)」
だが、それを確かめるほどの体力は残っていなかった。
遠くで声が聞こえている。
みんなが自分に呼びかけてくれているのだろうか。
感覚を失った手で鼻を拭うと、そこには血が付着していた。
霞んでいく視界で、あかりが最後に思ったのは。
「(あ、鼻血……)」
────そんな、取るに足りないことだった。
目を覚ますと、そこには白い天井が広がっていた。
左手に感じる温もり。
そちらへと目をやれば、ミリヤが両手で握ったまま眠り込んでいる。
心配で、ずっと付き添っていてくれたのだろう。
特に自分の体に異常は感じられない。
だが、あのときの体への負荷は過去一番だった。
やはり、時を巻き戻す事象によって、その度合は変わってくるようだ。
気絶したのは、魔力が尽きたからなのだろうか。
それについては、未だに確信が持てなかった。
「……そうだ、お姉さんは!?」
すると、隣からベッドの軋む音が。
そこには、仰向けへと体の向きを変えたバルロットがいた。
ため息をついた彼女の目は開いており、起きている様子が伺えた。
「……どうやら俺は生き長らえちまったようだな」
「よかった……」
「いっそ、あそこで死んでいた方がよかったのかもしれねえけどな」
「え……?」
「なんでもねえ。それより悪かったな、二度も迷惑をかけちまった」
「いやいや、迷惑なんてことはないですけど!」
口調が荒い割に、変に素直なところがあるんだよな、この人。
こちらの調子が狂ってしまう。
「お姉ちゃん……?」
そのとき、ミリヤが目を覚ました。
寝ぼけ眼をこすっていたが、あかりの姿を確認すると、目を見開く。
しばらくの間黙り込んでいたが、次第に目を涙で潤ませながら、飛びついてくる。
「お姉ちゃん!」
「わわっ!」
「無事でよかったよ~!」
「……心配かけちゃったよね。ミリヤちゃん、ごめんね」
「ううん、無事なら良いの。それより、あれがお姉ちゃんの魔法なんだね」
「とはいえ、見ての通りで使いこなせているわけじゃないんだけどね」
「4人がかりでもうまくできなかったことを、お姉ちゃんは1人でやってた。すごいよ。うん、やっぱりすごい。私も早くあかりお姉ちゃんみたいになりたいなぁ!」
そこで、何かを思い出したようで、手を叩く。
「あ、そうだ! 急いでバームガルトさんに伝えてこないと!」
「────お前が、ミリヤ・スティールフォーレか」
バルロットが声をかけてきた。
「マゴちゃんのお姉さん、ですよね」
「バルロット・ハルトローベだ」
「バルロットさん……」
そこで、あかりはミリヤが緊張しているのを感じた。
「……あの、バルロットさん。さっき、こう言っていましたよね。私たちが家を訪れたことで、家族が襲われたって……」
「……」
黙り込むバルロット。
しびれを切らしたミリヤは質問を続ける。
「あれって一体、どういうことですか……?」
そこで、彼女はほうと息をついた。
それから、力のある目つきでこちらを見つめてくる。
その雰囲気に気圧され、思わず二人は息を呑んだ。
「これが何かわかるか」
そう言って彼女が見せてきたもの。
それは。
「羽根……?」
あかりは疑問の声を上げる。
「そうだ。なら、これが『誰の』か、わかるか」
「まさか……」
ミリヤの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「もしかして、私の……?」
「でも、それがどうしたって────」
「────教団は影の国に落ちていたこの羽根を追って、うちまでやって来た」
「え……!?」
「ヴァストヴェーレがいなくなった今、影の国で白い翼を持つ魔女はいない。そして、例の町に落ちていたものとも形状が一致している。つまりこれは、ミリヤ・スティールフォーレのものにほかならない。そう判断した教団は国中を探し回り、そして、この羽根がうちの前にも落ちていることを発見した」
「……!」
「……そうして、教団はうちに押し入った。そして、あいつらを問い詰めたんだ。ここにお前が来ているはずだ。どこへ行ったんだとな」
彼女はその羽根を握り潰す。
「だがな、────あいつらはお前を庇った」
「私、を……?」
「ここにお前は来ていない。どこに行ったかも知らないと主張し続けた。……どれだけ体を痛めつけられようと、どれだけ家を破壊されようともだ」
「どうして、そこまでして……」
「その中であのバカ親父はしきりにこうも言っていたらしい『俺は家族を守る』とな」
「家族……」
『いつでも帰って来いよ! 俺たちはもう家族なんだからな!』
「ッ────!」
「その表情、どうやら思い当たるところがあるみてえだな」
「でも、そんなの。だって、会ったのだって前の日が初めてだったのに。ただの冗談みたいなものじゃなかったの……?」
「その理由を俺は知らねえ。だが、結果として、あいつらはお前を庇ったんだよ」
「……それで、みんなはどうなったんですか……?」
震える声でミリヤがそう尋ねると、彼女は立ち上がった。
「────それは、これからお前の目で確かめてみろ」




