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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 3章
79/83

2話

「マゴちゃんの、実家……?」


思わず声に出てしまっていた。

脳裏に浮かぶのはハルトローベ家の顔。

今でも鮮明に思い出せる。

お父さん。お母さん。妹たち。そして、マゴット。

影の国に着いた私たちを温かく迎え入れてくれ、家族とさえ言ってくれた。

優しい人たちだった。

そんな彼女の家が、襲われた……?


「てめえはあのときの……」


あかりに気が付いたバルロット。

だが、その表情は曇ったまま。


「……悪かったな」

「え……?」


意外にも出てきたのは謝罪の言葉だった。

何を言われるのかとヒヤッとしたが。


「まさか本当に浜野田あかりだとは思わなかった。あいつと、知り合いだったとはな……」


あいつ。

それはマゴットのことだろう。


「……だがな、それも帳消しだ」

「どういう、意味ですか……?」


彼女は体を掴んでいた3人の手を解くと、こちらに近づいてきた。

そして、あかりの目の前に立った。


「──お前たちが家を訪れたことで、俺の家族は襲われたんだからな……!」


それで、教団に襲われた……?


顔から血の気が引いていく。


「一体何があったんですか……? マゴちゃんたちは無事なんですか!?」


あかりがそう聞いたのと同時だった。

突然彼女はうめき声を出しながら、床にうずくまる。


「大丈夫ですか……?」


そこで、あかりは目にした。

包帯に滲み出していく赤。

それは明らかに腹部からの出血だった。


「げほっ! ごほごほっ! ──ゴボッ!」


乾いた咳が湿り気を帯びた瞬間。

口元を抑えた指の隙間からも溢れ出る血液。


たちまちに包帯は赤に埋め尽くされ、床に吐き出されていく血溜まりがその範囲を広げていく。


「また傷口が開いちゃいました!」

「だから、あれほど言ったのに……!」

「口よりも手を動かして! 応急処置が先!」


3人はバルロットに向けて手をかざし、治癒魔術を発動させる。

彼女の体は緑色の光に包まれた。

だが。


「あークソ! この傷、呪いの込められた刃で切られているから治りが遅い!」

「3人じゃ間に合わないよ!」

「他の人たちを呼んできたほうが良いですよね!?」

「バカ! 1人でも抜けたらその間に死んじゃうってば!」

「わしも手伝う! しっかりしろ、バルロット!」

「ありがとうございます! バームガルト様!」


バームガルトもそれに加わる。

しかし、彼女はあまりにも血を失いすぎていた。

傷が塞がった段階で意識を取り戻して暴れ出したため、ここに運ばれてきた時点から、血液量は回復していない。

そしてこの二度目の出血だ。

先に血液量を回復させようにも、傷を塞がなければ、溢れ出ていくばかり。

だが、4人がかりでも、未だ傷は塞がらず。

徐々に光が消えていく彼女の瞳。


あかりは覚悟を決めた。


「私にやらせてください」

「あかりお姉ちゃん……!?」

「あかり、お主まさか……」


あかりはバルトロットの体に触れる。


「ちょっと! 一体何をするつもり!?」


覚悟を決めるため、深呼吸をした。

そして。


「────傷口が開く前まで、体の時間を巻き戻します」


これほどの傷。

そして、血液までとなると、その負荷は多大なものになるだろう。

もちろん、これまでにやったことはない。

だが、そんなことを言っている場合ではない。

彼女にはハルトローベ家に何があったのかを話してもらわなければならない。


時計を想像する。

逆側へと針を回していく。

瞬間。

ガツンと。

頭に硬い物で殴られたかのような衝撃が走る。


「ぁ……ぁあ……」


構うな。

回せ。

回していけ。


「あぁあ……!」


せり上がってくる吐き気。

めまいがして、世界がぐらぐらと揺れていく。

まるで、脳が絞られているかのようだ。

だが、回せる。

回していける。

それなら、後は自分の気力次第だ。

なら、行ける……!


「ぁぁあぁああぁぁああぁあ!!!」


そして。

ガチャリと。

最後の力を振り絞り、針を一周させた。

同時に、全身から力が抜けていく。

バルロットの横に並ぶかたちで床に倒れ込んだ。


「(成功、したのかな……?)」


だが、それを確かめるほどの体力は残っていなかった。

遠くで声が聞こえている。

みんなが自分に呼びかけてくれているのだろうか。


感覚を失った手で鼻を拭うと、そこには血が付着していた。

霞んでいく視界で、あかりが最後に思ったのは。


「(あ、鼻血……)」


────そんな、取るに足りないことだった。





目を覚ますと、そこには白い天井が広がっていた。

左手に感じる温もり。

そちらへと目をやれば、ミリヤが両手で握ったまま眠り込んでいる。

心配で、ずっと付き添っていてくれたのだろう。


特に自分の体に異常は感じられない。

だが、あのときの体への負荷は過去一番だった。

やはり、時を巻き戻す事象によって、その度合は変わってくるようだ。

気絶したのは、魔力が尽きたからなのだろうか。

それについては、未だに確信が持てなかった。


「……そうだ、お姉さんは!?」


すると、隣からベッドの軋む音が。

そこには、仰向けへと体の向きを変えたバルロットがいた。

ため息をついた彼女の目は開いており、起きている様子が伺えた。


「……どうやら俺は生き長らえちまったようだな」

「よかった……」

「いっそ、あそこで死んでいた方がよかったのかもしれねえけどな」

「え……?」

「なんでもねえ。それより悪かったな、二度も迷惑をかけちまった」

「いやいや、迷惑なんてことはないですけど!」


口調が荒い割に、変に素直なところがあるんだよな、この人。

こちらの調子が狂ってしまう。


「お姉ちゃん……?」


そのとき、ミリヤが目を覚ました。

寝ぼけ眼をこすっていたが、あかりの姿を確認すると、目を見開く。

しばらくの間黙り込んでいたが、次第に目を涙で潤ませながら、飛びついてくる。


「お姉ちゃん!」

「わわっ!」

「無事でよかったよ~!」

「……心配かけちゃったよね。ミリヤちゃん、ごめんね」

「ううん、無事なら良いの。それより、あれがお姉ちゃんの魔法なんだね」

「とはいえ、見ての通りで使いこなせているわけじゃないんだけどね」

「4人がかりでもうまくできなかったことを、お姉ちゃんは1人でやってた。すごいよ。うん、やっぱりすごい。私も早くあかりお姉ちゃんみたいになりたいなぁ!」


そこで、何かを思い出したようで、手を叩く。


「あ、そうだ! 急いでバームガルトさんに伝えてこないと!」

「────お前が、ミリヤ・スティールフォーレか」


バルロットが声をかけてきた。


「マゴちゃんのお姉さん、ですよね」

「バルロット・ハルトローベだ」

「バルロットさん……」


そこで、あかりはミリヤが緊張しているのを感じた。


「……あの、バルロットさん。さっき、こう言っていましたよね。私たちが家を訪れたことで、家族が襲われたって……」

「……」


黙り込むバルロット。

しびれを切らしたミリヤは質問を続ける。


「あれって一体、どういうことですか……?」


そこで、彼女はほうと息をついた。

それから、力のある目つきでこちらを見つめてくる。

その雰囲気に気圧され、思わず二人は息を呑んだ。


「これが何かわかるか」


そう言って彼女が見せてきたもの。

それは。


「羽根……?」


あかりは疑問の声を上げる。


「そうだ。なら、これが『誰の』か、わかるか」

「まさか……」


ミリヤの顔がみるみるうちに青ざめていく。


「もしかして、私の……?」

「でも、それがどうしたって────」


「────教団は影の国に落ちていたこの羽根を追って、うちまでやって来た」


「え……!?」

「ヴァストヴェーレがいなくなった今、影の国で白い翼を持つ魔女はいない。そして、例の町に落ちていたものとも形状が一致している。つまりこれは、ミリヤ・スティールフォーレのものにほかならない。そう判断した教団は国中を探し回り、そして、この羽根がうちの前にも落ちていることを発見した」

「……!」

「……そうして、教団はうちに押し入った。そして、あいつらを問い詰めたんだ。ここにお前が来ているはずだ。どこへ行ったんだとな」


彼女はその羽根を握り潰す。


「だがな、────あいつらはお前を庇った」

「私、を……?」

「ここにお前は来ていない。どこに行ったかも知らないと主張し続けた。……どれだけ体を痛めつけられようと、どれだけ家を破壊されようともだ」

「どうして、そこまでして……」

「その中であのバカ親父はしきりにこうも言っていたらしい『俺は家族を守る』とな」

「家族……」


『いつでも帰って来いよ! 俺たちはもう家族なんだからな!』


「ッ────!」

「その表情、どうやら思い当たるところがあるみてえだな」

「でも、そんなの。だって、会ったのだって前の日が初めてだったのに。ただの冗談みたいなものじゃなかったの……?」

「その理由を俺は知らねえ。だが、結果として、あいつらはお前を庇ったんだよ」

「……それで、みんなはどうなったんですか……?」


震える声でミリヤがそう尋ねると、彼女は立ち上がった。


「────それは、これからお前の目で確かめてみろ」

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