1話
「おぉ、お主も終わったか」
「バームガルトさん……」
事情聴取を終えたあかりが部屋を出ると、バームガルトが待っていた。
「ほれ」
そう言って彼女は小包を渡してくる。
中身を開けてみると、サンドイッチだった。
「腹、減ってるじゃろ」
「ぁ……」
時計を見ると、針は夜を指し示していた。
来た時は午前中だったはずだが。
「わしの部屋で一緒に食べるぞ。……まさか、一日に二度も事情聴取をされる羽目になるとは思わんかったな」
「……」
「まあ、これでも早く終わった方じゃ。お主はここ最近城にいたことが幸いしたの。退屈も無駄ではなかったというわけじゃな」
「……本当に、学院長は死んでいたの?」
「──そうじゃ」
「……誰かに、殺されていたの……?」
「そのあたりの話はわしの部屋ですることにしよう。お主らは知っておくべきことじゃからな」
お主『ら』と彼女は言った。
自分の他に誰か来るのか。
そう思えども、疲れ果てた頭にはそれが誰かを考える力は残されていなかった。
バームガルトの執務室に入ると、彼女のデスク前には大きな長机とソファがあった。
そして、そのソファに座っていたのは。
「ミリヤちゃん!?」
「あかりお姉ちゃん……!」
「わしはお主よりも先に聴取が終わったからな。呼んでおいたんじゃ」
彼女はあかりに座るように促し、自分は紅茶を入れに行く。
腰をおろしたあかりとミリヤの目が合った。
「……こんなかたちでミリヤちゃんと再会することになるとはね」
「うん、レイギベルトさんに案内をしてもらった日が最後だったよね」
「そのレイギベルトさんが……」
死んで、いた……?
「病気だったりしたのかな……」
「いや、あやつの死因は他殺じゃ」
二人の前にティーカップを置いたバームガルトは、ミリヤの隣に腰を降ろした。
他殺。
立ち上る湯気を眺めながら、その二文字を喉奥で呟いた。
やはり、そうなのか。
「心臓からごく僅かじゃが、魔力反応が検知された。つまり、魔術によって心臓の動きが止められていたんじゃ」
「偶然ではなく、明確な殺意があってのっていうことだよね……」
「だが、このことは他の者に言ってはならんぞ。犯人が判明していない以上、この情勢では教団による犯行という噂になることは容易に想像できる。そして、それはたちまちに過熱し、争いになりかねん。それこそが、この犯人の狙いかもしれんのじゃからな」
「バームガルトさんは、教団による犯行とは思っていないんですか……?」
ミリヤは震える声で尋ねた。
「教団の目的はお主のはず。学院内への潜入が可能なのであれば、真っ先に狙うのはお主であるべきで、わざわざ部屋に入ってまでレイギベルトを狙うのはおかしいじゃろう」
「そもそもあの部屋には争った形跡もなかったよね」
「……全く無抵抗のまま殺されてしまったんですか?」
「あやつが抵抗できない状態になるというのは考えにくい。となると、警戒していなかった状況での殺害と考えるのが自然じゃ」
警戒していなかった状況。
それは、自分を殺害するとは思えない、意外な者が犯人だったということなのか。
それとも────。
「犯行時間も気になるところじゃ。あやつはその直前、救護棟でわしから事情聴取をしている場におったからな。殺されたのは、その後ということになるが……。時間が短すぎる」
確かにそうだ。
バームガルトが目覚めたという報告を聞いて、救護棟を訪れた際、彼女はこう言っていた。
『今しがた事情聴取が終わったところでな。ちょうど良いときに来たの』
その後、彼女の執務室に向かう途中で、学院の職員と会って。
レイギベルトの執務室へと向かったのだ。
「学院内も安心できなくなった以上、授業は中止する。生徒たちには適当な理由をつけて、しばらくは寮の外に出ることを禁じる。ミリヤ、お主もじゃ」
「うん……。でも、もし私のせいで──」
「──お主は歪みをもたらす魔女ではない」
「……」
「だが、殺害されたという話が漏れれば、そう思う者も出てくる。それを防ぐためにも、この話は隠しておくんじゃ。生徒たちにはレイギベルトは病気になってしまい、しばらくの間不在だと伝えるつもりじゃ」
そこで、ミリヤをここに連れてきた意図を悟った。
他の生徒と同じようにレイギベルトは病気だと伝えられたとしても、彼女が変に勘ぐってしまい、自分を責めてしまう可能性がある。
それならばと、本来であれば秘めておくべき情報をこうして教えてくれたのだろう。
だが、それで彼女の不安の種が消えたわけではない。
これは、犯人が見つかるまでの応急処置に過ぎない。
「新しい学院長については、犯人が判明した後に、事の顛末を公表してから決めることにする」
「それまでは、空席のまま?」
「いや、──わしが代理で学院長の席に就くことになった。……これまでのように身軽に行動することはできなくなったが、仕方がない」
「そっか。でも、それならみんな安心だね」
そのとき、ドアをノックする音が聞こえる。
「バームガルト様、お取り込み中失礼します! ご報告があります!」
「どうしたんじゃ」
ドアを開けて入ってきたのは、学院の職員だった。
「商会側の者が単独で、教団に対し襲撃を仕掛けた模様です!」
「なんじゃと」
あかりは息を呑んだ。
数日前に発生した、教団側による商会への襲撃。
それに対する報復なのか。
だが、単独とはどういうことだ。
「ですが、当然返り討ちにあい、意識不明の重体となったため、救護棟で緊急の手当を行っております!」
バームガルトは苛立たしげに頭をかく。
「全く、次から次へと……。また考えることが出てきたか……」
「問題はこの先からです!」
「まだあるのか……」
「治癒魔術の途中で意識を取り戻し、再び教団を襲撃すると言って、暴れ出し始めました! 救護棟の職員も勝手がわからず困り果てている状況です!」
どうやら厄介な事態になっているようだ。
「あーわかったわかった。わしらが行く」
「え、私も!?」
「当然じゃ。仕事を手伝ってもらうと言ったじゃろ」
「あの、私もついて行ってもいいですか……?」
そう尋ねるミリヤ。
一人になるのが不安なのだろう。
バームガルトはしばらく無言で彼女を見つめていた。
やがて。
「……まぁ、下手に一人になるよりかは安全かもしれんの」
「ちょっと! 暴れないで!」
「その体じゃ無理だって! まだ簡易的な処置しかしていないんだから!」
「せっかく塞いだ傷口が開いたら、あなた死んじゃいますよ!?」
救護棟を訪れたあかりたちの耳に飛び込んできたのは、そんな大声だった。
見れば、止めようと必死に体を掴んでいる3人。
そして、その3人を引きずりながら、出口へと歩みを進めている者。
とても怪我人とは思えない力と気迫を感じさせた。
「ぶっ殺、してやる……!」
そう呟く包帯を全身に巻かれた女にあかりは見覚えがあった。
見た目は完全にマゴット。
だが、その鋭い目つきと荒い口調からするに。
「マゴちゃんの、お姉さん……!?」
「マゴちゃんにお姉さんがいたの!?」
驚愕の声を上げるミリヤ。
「うん。私も最近知ったんだけどね。商会で借金の取り立てをしているんだって」
「そうなんだ。一瞬、マゴちゃんかと思ったよ……」
確か、名前は──。
「お主、バルロットか!?」
バームガルトがそう呼びかけると、彼女は苛立たしげにこちらを向いた。
だが、その顔はすぐさま驚きの表情へと変化する。
「バームガルト、先生……!?」
「やはりか……」
「どうしてあなたがこんなところに……」
その口調はこれまでとは一変して、丁寧なものになっていた。
「それはこっちのセリフじゃ」
「ちょっと待って、二人は知り合いなの!?」
思わず口を挟んだあかり。
疑問が頭を埋め尽くしていく。
「あやつはこの学院の生徒だったんじゃ。成績も良く、品行方正。まさに優等生と言うべき生徒じゃった」
「え、そうなの!?」
今の姿からは全く想像ができないが……。
「将来も期待されていたんじゃが、卒業後は突然商会に所属してな……。一体どういうことかとみな首を捻っておったが」
「……」
「まあ、この際それはよい。……教団への単独襲撃とは、お主一体何を考えておるんじゃ」
そう尋ねると、バルトロットは眉間にしわを寄せ、歯を食いしばった。
「俺はどうしても許せないんです」
「教団をか?」
「数日前の教団側による商会への襲撃をご存知ですか」
「もちろん知っておるぞ」
「────その襲撃を受けたのが、俺の実家でした」




