16話
「ルクラットさんが、北の魔女の娘……!?」
日本からこちらへと飛ばされてきた当初。
見知らぬ山の中を彷徨い、困り果てていたとき、手を差し伸べてくれたのが彼女だった。
まさか、その正体が──。
「……その反応。やはり、お会いになっていたのか……」
「やはりってどういうこと……?」
「あの方の魔術は『魔力の吸収と解放』。着目するべきは、吸収した魔力を通じて、持ち主の魔術も行使できる点じゃ。そして、その魔術を行使して、わしのことを治療してくださった。あかり、お主のその──『時を操る魔法』によって、怪我をする前に時間を戻してな』
「魔法まで!? そんなことが可能なの……!?」
「それ故、あの方の魔術は逆説的に魔法の評価を得ている。それが、アデンスフィア家相伝の魔術なんじゃ」
吸収すれば魔法を使えるから、吸収する魔術自体も魔法とみなせるということか。
時を操る魔法を吸収したタイミング。
それは彼女の家で寝ていたときと考えれば、容易に説明はつく。
だが。
「信じられない。そんな雰囲気は一切感じなかったし、とても同一人物だとは……。そうだ! 私が会ったルクラットさんには、弟がいた! ダレンさんっていう弟が!」
その言葉に、バームガルトは目を見開いた。
「ダレン様のことまで知っておるとはの……」
本当なのか。
『坊たちはね、先代の北の魔女が起こしたクーデターに巻き込まれて親を殺されている』
そういう、ことなのか。
「……バームガルトさんの怪我を治して、意識を失わせて、ルクラットさんはどこへ行ったの……? さっき、主張するとか言ってたけど……」
尋ねると、彼女は大きくため息をついた。
「現在、教団に捕まっておる。あの町でミリヤを狙った教団の者たちを殺害したのは自分だと主張してな」
「そんな」
「そして、タイミングの悪いことに、ほぼ同時期に教典が消失した。それにより、ルクラット様が隠されていたマーガレットたちの存在が疑われ始めている。彼女の身柄を解放する取引のために教典を盗んだのではないかとな」
「教典が……? でも、マーガレットさんたちはそんなことしていないんだよね?」
「……そう信じたいがな。今何をしているかは全くわからん」
『お前たちはどうして俺たちの生活を脅かす! 俺たちは二人きりで、大人しくこんな山奥で生活していただけなのに! これ以上俺たちから奪うな!』
『これ以上、俺たちを追い詰めて何を得られる……!』
ダレンの言葉を思い出し、ズキリと胸が痛んだ。
あの日、自分が会ってしまったから。
自分が、彼女たちの歯車を狂わせてしまったのか。
「教団は一連の騒動の元凶としているミリヤを探している最中に、商会とも衝突したみたいじゃ。そのおかげで、教団長も身柄を拘束されているとのことじゃが──よっこいせっと」
話しながら、バームガルトはベッドから飛び降りた。
そして、大きく伸びをしながら、握りこぶしでトントンと腰を叩く。
「もう動いて大丈夫なの……!?」
「言ったじゃろう。意識を失っていただけで、体に異常はない。むしろ、こんなところにずっとおったら、体が鈍ってしょうがないわい」
そう言って、歯を見せて笑う。
「それに仕事がたんまりと溜まっておるはずじゃ。もちろん、お主にも手伝ってもらうぞ」
「私にも!?」
「色々と思うところはあるじゃろうが、現状お主は表立って行動するべきではない。となると、協会の視察が来るまで暇のはずじゃ」
「暇。暇……。まあ、暇ですけど……」
確かに、今朝そうぼやいたばかりだが。
なんというか、こう。
想像していたのは、掃除とかそういう、責任の度合いが小さいやつで。
「なんじゃ。マーガレットの手伝いはしていたくせに、わしの仕事は手伝えんというのか?」
それとこれとは、事情が違う気がするが……。
というか、どうしてそのことを。
だが、命を賭して守ってもらった手前、文句は言えない。
「お手柔らかにお願いします……」
「よし。そうと決まれば、わしの執務室へ向かうぞ。なに、安心せい。駄賃くらいは支払ってやる。それに耳もふもふもな!」
バームガルトの執務室へと向かう途中、彼女を目にした者たち全員から安堵の声が聞こえてきた。
「(すごい信頼されているんだなぁ……)」
改めて、彼女の存在の大きさを実感した。
「随分と楽しそうじゃが、そんなに労働が嬉しいか。なら、てんこ盛りにしてやろう」
「違いますー! ……ここがバームガルトさんの居場所なんだなって思ってただけ」
「ん、どういう意味じゃ?」
「学院内での今の立ち位置について、どう思ってる? 元は学院長だったんでしょ」
「どうも思っておらん。結果的にこれまでその地位に就いていただけで、わしがやることの本質は変わらん。これまでも、これからもな」
「これがプロ意識か……」
「ただの世話好きというだけじゃ。そんな大層なものではない」
「どうやったら、そんな風に自分に合った仕事を見つけることができるんだろう」
「そのためには、まず自分を知ることじゃな」
「自分を、知ること」
「自分の声に耳を傾けてみるんじゃ」
あかりは立ち止まり、自分の胸に手を当ててみる。
「お主は何がしたい? 何になりたい?」
私がしたいこと。
なりたいもの。
──東の魔女になること?
でも、それは周りに望まれたからで。
自分で心の底から望んだことではない。
多分、そういうことじゃない。
ならば、帰納的に考えてみよう。
これまでの自分の行動の共通点。
何か、核となるものはあっただろうか。
──誰かの役に立つこと?
方向性は合っていると思う。
だが、少し範囲がアバウトすぎる。
「誰か」とは一体誰だ。
もっと。
もっと、深く。
自分の源泉へ。
「っ……!?」
「どうした!」
「大丈夫、ちょっと頭痛がしただけ」
「……少し考えすぎたかの。自己分析は一朝一夕でできるものではない。お主はまだ若いから、これから色々なことを経験していくじゃろう。その際、頭の片隅で考えていれば、それで良い。それだけで随分と違うぞ」
常日頃から考えを整理しておけば、後々自分のことを見つめ直したときに楽になる。
もっともなことだ。
なんというか、これまであまり頭を使わずに日々を過ごしていたことに気が付いて、少し恥ずかしくなった。
そのとき。
「バームガルト様!」
こちらに一人駆け寄ってくる。
だが、その表情には焦燥の色が浮かんでいた。
「そんなに慌ててどうしたというんじゃ」
「大変です! 学院長が起きないんです! 大切な会議が始まる時間なのに!」
「あやつが昼寝で予定に遅刻することなど、珍しくもないじゃろう」
「そうなんですけど! でも、変なんです! いくら揺すっても起きなくって!」
「……まあ、あやつも疲れておるんじゃろうなぁ」
「いやでも、だからって許すわけにもいかないじゃないですか! 内部ならまだしも、外部との会議なのに……。このままだと学院の威信に関わります!」
「しゃーないのう。わしが一喝してやるとするか……」
「おーい、レイギベルト。起きておるか?」
「がくいんちょ~!」
学院長の執務室前に到着した3人。
律儀にノックをしながら声をかけるバームガルトの姿を見て、あかりは少し意外性を覚えていた。
彼女の性格を考えれば、いきなりドアを蹴破るような真似をしても不思議ではないと思っていたからだ。
案外、現在の学院長であるレイギベルトの立場を重んじているのか────。
バンッ!!
「邪魔するぞ~」
……そんなことなかった。
反応がないと見るや、扉を蹴飛ばした。
というか、断りを入れるのと、行動との順序が逆じゃない?
「流石です! バームガルト様!」
その行動に、付いてきた職員は目を輝かせている。
流石なのか?
「疲れておるのはわかるが、大事な会議の時間らしいぞ~。遅刻すると、学院の威信にかかわるらしいぞ~」
他人事のように言いながら、ズカズカと入っていく。
当のレイギベルトは、高級そうな椅子に座ったまま天井を仰いでいる。
どうやら、昼寝は本当だったらしい。
「レイギベルト~」
彼女は肩を揺する。
だが、依然として起きる気配はない。
職員が言っていた反応と同じだ。
「おい、いい加減にせい」
そうして、しびれを切らしたバームガルトが一際大きく揺すると。
バランスを崩した体はそのまま椅子ごと床に倒れた。
……うーん。これはちょっとやり過ぎな気もするが。
それでも起きる気配はない。
流石にバームガルトも思うところがあったのか、手を引いて体を起こそうとする。
だが。
「……ん?」
そのまま、彼女の動きが止まった。
「バームガルト様?」
しゃがみ込み、両手で包み込む。
「おい、これは……」
「どうしたの?」
こちらを向いた彼女の顔は鬼気迫るものだった。
「────こやつ、脈がないぞ……!」
第二部 北の魔女編
2章 影の国入国編 完




