14話
「なに……? 今の声……」
体も冷えてきたため、スージラメアの後に続いて部屋に戻ろうとしたあかりの耳に飛び込んできた声。
それは明らかに誰かの絶叫だった。
だが、室内を見回しても、誰も気にしている様子はない。
聞こえていないのか。
この声量なのに……?
だが、自分には聞こえている。
聞こえてしまったからには、このまま無視をするのも気分が悪い。
もしも誰かが襲われているのであれば、すぐに向かわなければ手遅れになることもある。
そう考えたあかりはすぐさまバルコニーから飛び降りた。
着地時には魔法を発動して、安全に着地する。
そして、念の為、剣を出現させて手に持った。
耳を澄ませる。
すると、右の方で物音が聞こえた。
「あっちか!」
現場に辿り着いた時、あかりの目に映った光景。
それは信じ難いものだった。
「マゴちゃんが、二人……!?」
そう。
そこには、二人のマゴットがいた。
一人は腰が抜けているようで、地面に座り込んだまま後退りしていた。
そして、剣先を突きつけ、鋭い眼光を浴びせているもう一人。
服装からすれば、怖い顔をしている方が本物っぽいが。
これは一体……?
「ようやく見つけたかと思えば、こんなところで何をこそこそしてやがるんだ。スージラメア様にくだらない嫌がらせでもしに来たか」
「違います! 違うんです!」
「それにてめえ、また商会から金を借りやがったな? 返す目処も立っていないくせに、恥に恥を上塗りして、一体どこまで堕ちれば気が済むんだ」
「それは……もちろん返します! これから私は成功するんですから!」
「いつまで家族の足を引っ張るつもりだって聞いてんだよ、俺は。てめえの言う成功はいつなんだ。あいつらの苦しみはいつまで続くんだ」
「……」
「返せ。体でも何でも売って、今すぐに返せ。それができないなら、死ね。首をくくって死ね。自殺したら俺が臓器を全て売っ払って、借金を返済しておいてやるよ」
そう言いながら、もう一人の方へと歩み寄っていく。
「いや、その必要もねえな。この状況からすれば、殺したって誰も文句は言わねえだろ。ははっ、ようやくこれでてめえみたいな間違いを消す大義名分ができたっていうわけだ。待ちわびたぜ、この時をよ」
「だからそっちの方は違いますって!」
「違わねえ、たとえ違くても周囲にそう思わせればいい」
「そんな無茶苦茶な!」
怯えている方のマゴット。
その彼女と、ふと視線が合った。
「あかりさん!? ──ぐぅっ!?」
その腹部が思い切り蹴り飛ばされ、体が思い切り近くの木に叩きつけられる。
「か、はっ……!」
「マゴちゃん!?」
「あ? 何だてめえは」
苛立たしげに向けられた視線。
だが、それは興味深いものを見るようなものへと。
「……なるほどな。こいつと手を組んで悪事を働こうとしていたっていうわけか」
その剣先がこちらへと向く。
それを見て、あかりも両手で剣の柄を握りしめた。
「げほっ、待ってくださいお姉さん! その方は浜野田あかりさんです! 傷付ければあなたもただではすみません!」
お姉さん……?
「浜野田あかりがてめえなんかと関係があるわけねえだろうが。よって嘘だ。まとめて殺す」
「あかりさん! ここから逃げてください!」
そのとき。
マゴットに似たその女は、耳に手をやる。
「ちっ、なんだ!」
「~~~~!」
「……なんだと?」
「~~~~~~!」
「おい、そっちの方角は……」
「~~~!!」
「くそ!!」
切羽詰まった顔でそう叫びだしたかと思えば、こちらの方に目をやることなく、空へと飛び立った。
助かった、のか……?
いや、そんなことより。
「マゴちゃん!」
今も咳き込んでいるマゴットに駆け寄る。
「げほげほっ。よかった、です……。あかりさんが無事で……」
「待ってて、すぐに治すから……!」
急いでその体に触れ、時を巻き戻す。
ズン、と体に負荷がかかる感覚。
何度使っても、この感覚は慣れそうにない。
「ありがとうございます、あかりさん……」
表情から苦痛が消えたマゴットは感謝を述べた。
それを見て、あかりは会話をしても問題ないと判断する。
「ねえ、マゴちゃん。今のって……」
「バルロット・ハルトローベ。私の姉です」
「お姉さんがいたんだ……」
「はい、私たちは4人姉妹なんです。あの人は商会の取り立て部門に所属していて……。おそらく私がお金を借りたことを聞きつけ、接触を図ろうとしていたんでしょう」
「取り立てだからあんな荒っぽい性格になってるんだ」
「いや、あれは元からです……」
「そ、そっか……。でも、随分と焦っていたみたいだけど、何かあったのかな」
「まあ、どう考えても私より取り立てを優先するべき相手はいますからね。全く、取り立てのくせに私情を持ち込むなんて言語道断ですよ!」
「というか、マゴちゃんはなにゆえここに……? そして、その格好は一体……」
「そ、そうですよ! お姉さんのことよりもそっちの方が大事です!」
相変わらずとことんめげないな。
だいぶきついこと言われていたけど。
それに、暴力まで振るわれていたし……。
そんなことを考えていると、彼女の顔が近付きつつあることに気が付いた。
「──マゴちゃん?」
「……」
じりじりと距離を詰めてくる。
「何!?」
「ハァ……!」
「だから何!?」
「ハァ、ハァ……!」
「ちょっと、無言やめてよ!」
その距離はすでに息がかかるほど近く。
あかりは後退りしようとするが、背後には木。
荒い息。
赤い顔。
ぐるぐるとした目。
明らかにまともな状態ではない。
「寝取られたらッ! 寝取り返すまでッッ!!!」
そう叫び、口をすぼめてくるマゴット。
だが。
「ヘブンッ!?」
────その横っ面にあかりの平手打ちが炸裂する。
「マゴちゃん、正気に戻って! 急にどうしちゃったの!?」
「……わらひは、ひょうきれふ(私は、正気です)」
「病気なんだ! やっぱり!」
「はっはひっへ、ほういうひひれふか!?(やっぱりって、どういう意味ですか!?)」
「この場合ってどこの時を巻き戻せば……? でも、そもそもいつからそうなったのかわからないし……」
「ひょうき! はほも! へんほうへいほうふうほう──(正気! まとも! 健康正常通常──)」
「いや、どうやら平常運転っぽいな……」
仕方なく、腫れ上がる前に左頬の時間を戻すことにした。
「あかりさん、さっきスージラメアにキキキ、キスされていましたよね!? だから、その……!」
「キスなんてされてないけど」
「はい、ダウト! この目でちゃんと見ているんですから!」
「と、言われても……」
「あかりさんは、やつのメロメロチッスで魅了されている可能性があるんです! だから、上書きしないといけないんです!!」
「チッス言うな。……もしかして、耳打ちされたときのことを言ってる?」
「へ?」
目が点になるマゴット。
その背後から、何かがこちらへと近付いてくる音が聞こえる。
「あかり様!」
「ハルバドルさん!?」
正体はハルバドルだった。
だが、彼女の顔はひどく焦燥感に駆られている。
その原因を察したあかりはひどく申し訳なさを感じた。
「すみません。勝手に会場を抜け出してしまって……」
「いや、状況は把握している。……先ほどの商会の魔女があかり様に手を出そうとした瞬間に、配置した伏兵が迎え撃つように備えていた」
「って、え!? 配置した、伏兵……!?」
そのとき、ぞくりと背中に冷たいものが走る。
周囲からは一切その気配は感じなかった。
だが、考えてみれば、当然だ。
要人たちが集まる中、何の備えもしていないわけがない。
だからこそ。
もしもあの場面で、マゴットの姉に電話がかかってきていなかったら。
……危なかったのは彼女の方だったのかもしれない。
「それよりも、緊急事態になった。私はそれを伝えに来たのだ」
「……え?」
「パーティーは打ち切りだ。我々も早急に城へ戻る必要がある」
「一体、何が起きたんですか……?」
ハルバドルはぎりと歯を食いしばった。
「────教団が商会側に対し、襲撃を仕掛けた」




