13話
「お城でやることがなくて暇なんじゃないかと思ってのお誘いだったんですが、予想が的中したみたいですね! ふふん!」
マゴットが運転するトラックの中。
「……でも、リューベルクと会えなくて残念だったね」
「ほうあ!」
こちらの予想も的中したらしい。
彼女がここに来た本当の目的はそっちだろう。
あわよくば会えればと。
だが、先の発言も嘘ではないのが、憎めないところなのだが。
というか、なんだその声は。
「今夜は予定があるんだ。だから、その準備までに戻らないと」
「そうなんですか?」
「商会とのパーティーがあって、リューベルクの代わりに出席することになっちゃった」
「な、なんですとー!?」
途端に青ざめていくマゴットの顔。
「そ、そんなの絶対にあいつも来るじゃないですか! だめです! お母さんは許しませんから!」
「あいつ?」
「スージラメアですよ! 中心部を訪れたときに私とぶつかったやつです!」
「ああ、学生時代の同級生だっていう。それで、商会長の娘さんなんだっけ」
「あんなやつと会ってしまったら、きっと良からぬことを吹き込まれるに決まっています! 行かないといけないのなら、私も付き添います!」
「う~ん、流石にそれは難しいんじゃないかな。でも大丈夫だよ、ハルバドルさんと一緒にいるし」
「うぅ~。不安です、不安でしょうがないですぅ……」
「よくお似合いですよ! あかり様!」
そう言って拍手をしているのは、リューベルクの侍女。
パーティー用のドレスを着るのを手伝ってくれたのだが、あかりの顔は複雑だった。
フリルとレースがふんだんにあしらわれたロングドレス。
「(こんな派手なの着るなんて聞いてないんだけど……)」
配達の手伝いを終え、城に戻ってきたあかりは夜に向けて準備をしていた。
目の前の彼女は服飾系の魔術を使えるらしく、このドレスも彼女が作り上げてくれた。
サイズもピッタリで申し分ないのだが、もっと根本的な問題があった。
生憎と自分の性格はお嬢様とは程遠い。
「ほら、ご自分の姿を御覧ください!」
その声に応じて、三面鏡の方に目をやる。
瞬間。
ドキッと心臓が跳ねた。
ボリューム感を持たせながらも、リボンや髪飾りで上品にまとめられた髪。
パウダーを薄く重ねて演出される、陶器のように滑らかで、透明感を持った肌。
ほんのりとした薔薇色のチーク。
淡いピンク色のリップからはなんだか甘い匂いがする。
「これが、わたくしの姿ですの……? はっ!? 口調がお嬢様に!?」
「よくお似合いだ、あかり様」
いつの間にか入ってきていたのは、ハルバドルだった。
そこで、もう一度あかりの心臓が跳ねた。
男装の麗人。
その表現が最も的確に合うであろう姿をした彼女がそこにいからだ。
場の雰囲気に若干のめまいを感じながら、あかりは見えない空を仰いだ。
「(こんなの一度味わったらもう、庶民には戻れませんわ……)」
「(などということは、全くなく……)」
パーティが始まり、愛想笑いで何とかその場をしのいでいたあかり。
だが、それも段々と疲れてきて、今はバルコニーで一人、風を浴びていた。
商会長の家で開催されているこのパーティー。
その大きさは、城よりは小さいものの、大豪邸も大豪邸。
トイレに行くにも誰かと一緒でなければ、迷ってしまうと確信するほど。
最初は一緒にいると言ってくれたハルバドルは、偉そうな方たちと真剣に話し合っている。
本人から直接言われてはいないが、やっぱりその場にいて話を聞いているのも気が引けて。
ジュースの入ったコップを片手に、星の見えない夜空を見上げていた。
「ごきげんよう」
そんなとき、後ろから声を掛けられた。
「浜野田あかり様、でいらっしゃいますわね? お隣失礼しますわ」
「あなたは……」
「申し遅れました。わたくしは────」
「スージラメアさん、ですよね……?」
そう。
あかりの前に現れた女。
スカートの裾をつまんで、今まさにこちらへと挨拶をしようとしている女。
それは、マゴットの同級生にして、魔術商会長の娘であるスージラメア・レプシュネルだった。
「あら、わたくしのことをご存知でしたの?」
「覚えていませんか? 私たちは一度会っているんですよ。ほら、マゴット・ハルトローベとぶつかったときのことです」
最初は目をぱちくりとしていた彼女だったが、次第に渋い表情へと変化していった。
「まさか、あの落ちこぼれと一緒にいたのが、あかり様だったとは思いませんでしたわ……」
「あのときのことに何かを言うつもりはありません」
「……」
「……どうして、そんなにもマゴちゃんのことを嫌っているんですか?」
「彼女が身の程をわきまえずに、でしゃばるからですわ。飛び抜けた才能があるわけではないのに、抗って。大した才能もない身分の低い者は大人しく上の者に従っていればいいんですの。憧れるのは自由ですわ。でも、仮に無茶な努力をしてその地位に辿り着けたとして、生まれつきの気品さや高潔さは得られない。比較を原動力とした努力はそこで躓くことになる。そんな風に辛くなるくらいなら、始めから生まれつきの身分に安住して、相応の幸せを享受しているべきですわ」
清々しいほどの貴族主義だ。
まあ、貴族らしい生活がこの身に合わないことは今まさに実感しているところだけど。
「身分が低くても、才能がある人はいいんですか?」
「才能がある者というよりかは、その道で努力することを辛く思わない者というのが正しいかもしれませんわね。辛さを感じずに功績を積み上げ、いつの間にか高い身分に辿り着けていたのだとしたら、元からその地位がふさわしかったということですもの」
なるほど。
彼女は努力の全てを否定しているわけではない。
努力を『抗う努力』と、『自然な努力』の二種類に分けている。
そのうえで、前者を否定しているのだ。
全く考えがなく、マゴットを毛嫌いしているわけではないことはわかったが。
「才能かぁ……」
「心配なさらずとも、あかり様にはその才能がありますわ。つい最近魔女になったばかりなのに、魔法を扱えるなんて。これを才能と言わずしてなんと言いましょう!」
「あはは、ありがとうございます……」
「あら、お飲み物が空いていますわね。すぐに用意させますわ」
パチンと彼女が指を鳴らす。
すると、中から現れたのは、きっちりとしたスーツに身を包んだ。
「(え、男の人!?)」
「あかり様の飲み物が空いているから代わりを用意しなさい」
「承知いたしました、お嬢様」
そうして、中へと入っていき。
再び現れた顔を見る。
「(やっぱり、男の人だよね……)」
そうして、飲み物を注いでもらった後に、あかりは話を切り出した。
「ここって影の国の中心部ですよね……?」
「それがどうかされまして?」
「あれ、中心部は男子禁制みたいなことを聞いたような気が……。大丈夫なんですか……?」
「男子?」
「えと、男の人っていう意味です」
「それはわかりますわ。どうして今、それを気になされているんですの?」
「????? じゃあ、今ここに立っているのは?」
「ああ、これですの?」
「(これ!?)」
「これは人間のオスですわ」
「(人間のオス!?)」
理解が追いつかない。
人間って何。
オスって何。
別の言語を話しているような錯覚だ。
混乱しているあかりに対し、彼女は生暖かい視線を送ってくる。
「ははーん。なるほど、そういうことですの。あかりさんも好きですわね?」
「(どういうこと!?)」
そうしてあかりの耳に口を寄せて。
「後でとびっきり顔が良くて、テクニックのある者を送らせますわ。お楽しみくださいませ?」
「何か致命的な勘違いをされています!? 私が聞きたかったのは、その方は普通の男の人じゃないんですかということです!」
「これは私のペットですわ。名前はまだありません」
「そんな有名な小説の始まりのように言われても……」
「あ、もうこんな時間ですのね。他の方々にも挨拶をして来なければ。それではごきげんよう、あかり様。引き続きお楽しみくださいませ」
優雅にお辞儀をした彼女はそのまま男の人と共に中へと入っていく。
再び一人となったあかりは、目が点になったまま。
「どういうことなの……」
────────ほぼ同時刻。
「(ここがあの女のハウスですね……!)」
パーティーの会場であるレプシュネル家。
楽しげな声が聞こえてくる窓を睨みつけているのはマゴットだった。
「(ジャパニーズニンジャのアニメから学んだ技術。そして、憧れて購入したこのコスプレセット。まさかこんなところで使うことになるとは思いませんでしたが……)」
窓に鈎縄を引っ掛け、外れないことを確認する。
そして、縄に飛び乗り、徐々に登っていく。
「(うおお~! 待っていてください、あかりさん!)」
だが、身体強化の魔術を扱えない彼女の四肢には限界が近付きつつあった。
……現在、地上から1メートル。
「(あの貴族女から、あかりさんを取り戻すまでッ!!)」
己の限界を超えろ。
ロープ伝いに垂直に飛んだマゴットは、ついに地上から1.5メートルへと到達する。
だが、彼女は目にしてしまった。
バルコニーであかりと憎き女が話している光景を。
そして、あかりの頬に口づけを。
……いや、実際には耳打ちをしていただけなのだが。
彼女の方からはそう見えてしまった。
「(そ、そんな……。あかりさん……嘘ですよね……?)」
脳が粉々に破壊されていくマゴット。
手から力が抜けていき、ずるずると地上に落ちてくる。
そして、地面に尻もちをついた。
しばし、放心状態の彼女だったが。
その肩を誰かが叩いた。
「あぅあぅぁぅ……」
声にならない声を出しながら、背後を見るマゴット。
だが、そこにいた人物を目にした瞬間、彼女は絶叫した。




