12話
「…………朝か」
とはいえ、外はやっぱり暗いままなので、あくまで時計を見ての判断にはなるが。
くぐもった声を出しながら、体を起こした。
周囲を見回して思い出す。
ああ、ここは北の魔女の城か。
自分はその一室を貸してもらっていて。
「静かだ」
起きたときに一人なのは随分と久し振りな気がする。
ミリヤは学院で、マゴットは実家へと。
私たちはそれぞれの道へと別れていく。
願わくば。
いつかその道がまた、交わることを。
さて、これから自分はどうしようか。
ミリヤを保護してもらうという当初の目的は果たしたし。
サヤさんたちが視察に来て、それと合流するまでは一旦待機か。
だが、何もしないでいるというのも居心地が悪い。
寝ぼけ眼を擦りながらそんなことを考えていると。
扉をノックする音が聞こえてきた。
「あ、はい!」
「あかり様、朝食を用意したのだが、開けてもよろしいか」
「えっと、ちょっと、あの。少しお待ち下さい!」
慌てて身支度を整え、扉を開ける。
そこにいたのは、ハルバドルだった。
「あ、ハルバドルさん。おはようございます」
「ノックで起こしてしまったのであれば、申し訳ない」
「いや、ちょうどその前に目が覚めていたところなので!」
「だが、どうしても早めに伝えるべきだと思ったのだ」
「……え?」
「────リューベルク様がまた体調を崩された」
話を聞けば、リューベルクはまた部屋から出られない状態らしい。
「体調が悪い原因って何なんですか……?」
「……あかり様、私はあなたを信頼している。リューベルク様が信頼し、友情を抱いているあなたのことを」
「は、はい……」
「そのあなただけには知らせておくべきだと判断した。これから話すことはどうか他言無用にしていただきたい」
あかりは深く頷いた。
「実は、リューベルク様は体調が悪いわけではないのだ」
「……え?」
「オーガルフェルデン家相伝の魔法である影を操る魔法。それを使いこなすためには、ある試練を乗り越える必要がある」
「試練、ですか……?」
「その試練とは、『自身の影』に打ち勝つこと。そして、あのお方はまだ、その試練を成し遂げていない。これまでは、それでもさしたる問題はなかった。いずれ成し遂げる。それくらいの気持ちでも。だが、状況は変わった」
「西の魔女たちですよね」
ハルバドルは頷いた。
「彼女たちに対抗するためには、魔法を使いこなせるようになる必要がある。それは、『いつか』ではなく、『今すぐに』。なぜなら、西の魔女だけならまだしも、一緒にいた例の少女もおそらく魔法を行使できるはずだからだ」
「魔法使いだと判断できる根拠は一体……?」
「リューベルク様が魔法を使いこなせていないことは、ごく内々の者しか知らない情報なのだ。にもかかわらず、あの少女はそれを看破した。それは、彼女が魔法を行使できるからではないかと私は考えている」
『面白いよね、影を操る魔法。でも、まだまだ成長途中かな。これからに期待だね』
その発言をあかりは思い出した。
「それで、今リューベルクは自身の影と戦っていると」
「あかり様が城に近付いたことを知ったあの方は、一旦試練を中断された。それはもちろん、あなた様とお話をされるため。それほど重きを置いている存在であるあなた様になら、このことをお伝えしてもよいと判断した」
「すみません。そもそもの話なんですけど、自身の影っていうのは具体的にどんな存在なんですか?」
「自身が自分ではないと否定したり、抑圧していたりする人格の側面を指す」
「……歴代の影の魔法使いはどれくらいの時間で試練を成し遂げたんですか?」
「わからない。オーガルフェルデン家が北の魔女に就いたのは先代が初めてであるし、その先代が地位に就いたときにはすでに魔法を使いこなしていた」
「というか、使いこなせていないのに、この影の国を保っていられるなんて。使いこなせたら、一体どんな風になってしまうんだろう……」
「────いや、リューベルク様自身のみの力では、この国を保つまでには達せていない」
「え? でも、今まさにこの国は存在していますよね……?」
「それを可能にしているのが、この城で厳重に保管されている初代北の魔女が記したとされる魔導書だ」
初代北の魔女。
その名を聞いて、あまり良い気はしなかった。
なぜなら、彼女が記したもののせいで、あの町を巻き込んだミリヤを狙う事件が発生したからだ。
それは教典。
そして、それが教団の行動原理になっているとも。
「その魔導書には教典とは異なり、ある魔術式が埋め込まれている。それは、────魔力出力を安定させる術式だ。その術式を通せば、常に一定の出力で全くブレることなく、魔術の行使をすることができる」
出力の安定。
安定しやすくするというのは、杖の話で耳にしたが。
「術式には一切の無駄がなく、美しさすら覚えると聞く。見れば誰もが納得できるが、誰にも思いつくことはない。その洗練さは、まるで世界を騙しているかのようだと表現されるほどだ」
「ハルバドルさんはその式を見たことがあるんですか?」
「魔導書そのものは見たことがあるが、中身までは見たことがないのだ。先ほどの表現は、先代の北の魔女の発言を引用したに過ぎない」
「そんなにすごい式なら、どうして普及していないんでしょう。色んな物に書き写してしまえば良いんじゃないでしょうか?」
「その式は、書き写すことができないように幾重にも魔術が掛けられているからだ。それに、その本は熟練した魔法使いにしか開けない」
「つまり、試練を乗り越えていないリューベルクはまだ中身を見れていないということですか」
「その通りだ。だが、魔力を流せば術式自体は発動させることができるため、特段それが問題にはなっていない。あの方の魔力はこの術式を通じて、今もこうしてこの国を保っているのだ」
「でも、どうして初代北の魔女はそんな厳重にしたんでしょう。なんか、そこまでするような内容には思えないんですけど……。失礼なことを言っていたらごめんなさい」
「いや、それもごもっともな意見だ。我々もその真意までは掴めてはいないが……。……話が逸れた。そうした状況であるため、リューベルク様は、しばらく身動きが取れない。そこで、あかり様に一つお願いしたいことがある」
あかりは背筋を伸ばした。
何かしなくては居心地が悪いと感じていたところではあるが。
あまりにも荷が重いものだと、それはそれでちょっと困ってしまう。
「実は、今夜商会側とのパーティーが開かれる予定なのだ」
「パーティー、ですか?」
「もちろんただのパーティーではない。水面下では様々な思惑が交差するだろう。まあ、それは我々に任せていただくとして、あかり様にはリューベルク様の代わりにぜひ出席いただきたいと考えている」
「え、ええ!? いや、お誘いは嬉しいんですけど、私マナーとか全然わからないですし。それにそんなところに行くのは恐れ多いと言いますか。場違いと言いますか……」
「場違いなどとんでもない。あかり様は魔法使いであるし、同盟を組んでいる協会の重要人物だ。マナーについても特段気になさらずともいい。パーティー中は私が側にいて補助をしよう」
そんなとき、扉を叩く音が聞こえた。
「ハルバドル様、あかり様。少しよろしいでしょうか」
「どうした」
「来客です。昨日、あかり様と一緒にお越しになられていた方なのですが、あかり様を出せと」
「名前は」
「マゴット・ハルトローベと名乗っています」
「マゴちゃん!?」
急いでエントランスに向かうと、そこには仕事着姿のマゴットが。
「浜野田~~~~! 配達しようぜ~~~~~っ!!」




