11話
「あれは何をやっているの?」
ミリヤが目を向けたのは、中庭の中央に生えている一本の大木に各々の魔術を一人ずつ行使している学生たち。
飛ばした後は最後尾に並び直すのを繰り返している。
不思議に思ったのは、彼女たちが手に握っているもの。
それは。
「杖……?」
あかりは疑問の声をあげた。
「彼女たちは、自分の魔力を安定して放つことができるように練習しているんです。とはいえ、まだ駆け出しの魔女。そのため、あの杖を用いているんです」
「へえ、あの杖には魔力を安定させる効果があるんですか」
よく物語で見るのは、単純かつ簡単に魔術を行使するための補助的な存在としての役割。
そういった世界観では、杖なしの魔術行使は非常に高度な技術を要するため、一握りの魔術師しか使えないとか。
でも、現実にはそんなことはなく。
だって、協会の魔女で杖を持っているのを見たことも聞いたこともない。
「繊細な操作が可能になるため、安定させやすいというのが正しい表現になります。あの杖を通した魔力は出力を制限されるので」
「おお~なるほどです」
だが、その杖を用いてでも、慣れない魔力操作は難しいらしく、木に届くことなく魔力は消える。
そして、がっくりと肩を落として最後尾に並び直す学生。
そんな中。
「ついに、この私の出番かしら!」
意気揚々と声を上げたのは、フリフリのスカートにドリルツインテという、いかにもな金持ちのお嬢様感漂う学生。
ちらちらとこちらに視線を向けている。
「彼女はアンドレーゼ。この寮においての、学年1番の有力株です」
いや、こちら全員をというよりかは、学院長を見ている。
確かに、実力をアピールする良い機会だ。
優雅に立ち位置に着いて、右足を前へ、左足を後ろへ。
そして、杖を構える。
「いくかしら、いくかしら、いくかしら~~~~~!!」
その声をともに放たれた彼女の魔力。
鮮やかな青紫色をしたそれは、少しのブレもなく、一直線に目標へ。
そして、バチンと。
一際大きな音が鳴り響いたかと思えば、木には煙が立つほど焼け焦げていた。
その結果に学生含めた一同は大きく拍手をする。
どんなもんよと髪をかきあげ、身を翻すアンドレーゼ。
最後尾に並びなおす途中で、学院長へのウインクも忘れない。
かわいいな。
ドヤ顔かわいい。
「ふむ」
レイギベルトは口元に手をやり何かを考えている様子だ。
そして一言。
「ミリヤ、せっかくだ。お主も試してみるがよい」
「え!?」
突然の指名に驚くミリヤ。
「いや、でも私まだ魔力とかそういうのわからなくて……」
「ささっ、どうぞこちらを使って!」
ユースティアに差し出された杖。
困ったようにあかりを見上げるミリヤ。
「ものは試しだよ、ミリヤちゃん。何か掴めるものがあるかもしれないしね!」
「うぅ、あかりお姉ちゃんがそう言うなら……」
恐る恐る杖を取り、立ち位置へと向かうミリヤ。
学生たちはその様子をじっと見つめている。
そして、先ほどのアンドレーゼと同じ位置、同じポーズで杖を構える。
不安そうな表情を浮かべている彼女と目が合った。
あかりはガッツポーズでそれに応える。
依然として変わらずの表情だが、やる覚悟を決めたらしい。
一つ、目を閉じて。
二つ、深呼吸を。
三つ、体から杖に。
四つ、杖から目標に。
「お願い!」
そう叫んだ瞬間。
ボン、と。
────杖が爆発した。
そして、ミシミシと木は音と立てていき。
次にはズン、と。
倒れた音だけが残った。
その場の時が止まる。
みんな口を開けたまま眼の前の光景に固まった。
一体何が起きたのか。
だが、それは当の本人も同じようで。
「……素晴らしい才能だ」
レイギベルトが呟いて、拍手をする。
すると、それに合わせて拍手の数が増えていき。
やがて、その音が場を支配する。
「え……? ええ~~~!?」
受け止めきれていないミリヤの元へと、学生たちが駆け寄っていく。
「すごいすごい!」
「ねえ、今のどうやったの!?」
「もう自分だけの魔術を使えるの!?」
「あなた、名前は何ていうの!?」
その様子を見て、あかりの表情も緩んだ。
どうやら、ミリヤはたちまちに人気者になったらしい。
上手くやっていけそうで何よりだ。
だが、その一方で、その場に立ったままの学生が。
それは先ほど、みんなの視線を釘付けにしていたアンドレーゼだった。
顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えている。
それもそのはず、先ほどまで自分の独壇場だったはずなのに、今やポッと出のミリヤが注目を浴びているのだ。
まあ、安定した魔力の放出というこの授業本来の目的から言えば、アンドレーゼが一番なのは変わりないのだが。
いかんせん目立ちすぎてしまったか。
……彼女と仲良くできるかも、今後のミリヤの課題だろう。
にしても、かわいいな。
嫉妬かわいい。
というか、まさかミリヤにここまでの魔術の才能があるとは思わなかった。
もうすでに、自分の意思でも魔術を行使できるまで成長しているとは。
「才能とは、恐ろしいものですなぁ……」
そう呟いたあかりは、視界の端で何かがちらつくのを感じた。
そこに目を向けると。
「(あれ、マゴちゃん……?)」
二階の窓からこちらを見下ろしているマゴットらしき影が。
トイレは一階にはなかったのだろうか。
「ふい~、すっきりしましたよ! って、この状況は一体!? いつの間にかミリヤさんが人気者になっていますぅ!?」
「マゴちゃん!?」
後ろから聞こえてきた方へと視線を向ければ、そこにはマゴットが。
「え?」
「いや、だって今二階にいなかった!?」
もう一度振り返ってみるが、窓には誰もいなかった。
「……トイレは一階にあったので、私は二階には行っていませんよ?」
「あれ、おかしいな。見間違いだったのかな……?」
「ここは一体……?」
レイギベルトによる学院の案内は終わった。
はずなのだが。
彼女は最後に見せたい場所があるとのことで、あかりたちはとある一室の前に連れて来られていた。
「学院内の救護棟だ。国外でいう大学病院と考えればよい」
だが、どうした自分たちをここに連れてきたのか。
その理由には答えないまま彼女は扉をノックする。
「失礼いたします」
その言葉遣いにあかりは違和感を覚えた。
ここが学院内なのであれば、そのトップは彼女のはず。
その彼女が誰に対して敬うというのか。
それほどの存在がここに。
扉を開けたその先には、ベッドに横たわっている誰かがいた。
そして、その誰かを目にした瞬間、あかりの目からは涙が溢れ出る。
「バームガルトさん……!」
だが、彼女は目を閉じたまま動く様子はない。
「バームガルト様の命に別状はない」
「良かった……。本当に、良かった……!」
「だが、依然として意識は不明なままでな」
彼女はベッド近くの椅子に腰掛け、あかりたちにも座るように手で促した。
それに従い、あかりたちも腰を掛ける。
「学院の者が例の町でバームガルト様を発見した際、周囲一体には生き物の気配はなく、彼女一人がそのまま地面で横たわっていたそうだ。────傷一つないまま」
「傷一つないまま……? そんなはずはありません! だって、バームガルトさんは私たちを守って、あの赤い天使に……」
まざまざとあの光景が思い出される。
何本もの赤い槍が彼女の体を突き破って。
あれは、どう見ても致命傷だったが。
マーガレットは教団の魔女に殴られ、気絶していた。
となれば、茨の魔女とお菓子の魔女があの魔女と赤い天使を倒したうえで、バームガルトを治療したというのか。
「余も大体の事情は把握している。だが、実際に現場を見ていたそなたたちの目線から、改めて何があったかを教えてくれないだろうか」
あかりとミリヤは目を見合わせた。
そして、お互い頷いた後、これまでの出来事を説明し始めた。
「今日は付き合ってくれてありがとうね。あかりお姉ちゃん、マゴちゃん」
説明の後、あかりたちは学院から与えられたミリヤの部屋に集まっていた。
3年生までが過ごす寮の部屋が空いているとのことで、ミリヤの寮の所属が決まるまで、彼女はここで生活することになった。
あかりと共に城で過ごすことも可能ではあったが、あちらは教団が出入りすることができる。
そのため、当分の間は教団の者を一切立ち入らせないというレイギベルトの方針が立っているこちらで過ごす方が安全だ。
「明日からは授業を一緒に受けたりするんでしたっけ?」
「うん! 勉強するの楽しみだな~」
「ミリヤちゃんは偉いね、私なんて授業っていう言葉を聞いただけで抵抗感があるのに」
「えへへ。今はみんなと同じことができるっていうだけで嬉しいの!」
確かに、ミリヤはこれまで脚の障害のせいで、行動に制限があった。
そのため、みんなと同じことができず、次第に塞ぎ込んでいき。
だが、彼女が幸せだとは。
魔女になってよかったとはとても言えなかった。
それを言うにはあまりにも失ったものが大きすぎた。
「あかりお姉ちゃん。そんなに悲しそうな顔をしないで」
どうやら、顔に出てしまっていたらしい。
「私が今、こうして笑えているのはお姉ちゃんのおかげなんだよ」
「ミリヤちゃん……」
「だから、私もお姉ちゃんの力になりたい。立派な魔女になって、お姉ちゃんと一緒にこの世界を終わらせようとする西の魔女を倒すの! そして、この力で困っている人たちを助けて、魔女になって失ったものよりも得たことを増やしていくの。そうすれば、私に生まれた意味があるんだって、思えるようになるだろうから……」
それはつまり、現時点では自分のことを……。
「わかったよ、ミリヤちゃん。私たちはそれぞれの場所で、自分たちにできることを精一杯やろう」
「うん、それまでの間、一旦お別れ。マゴちゃんもこれまでありがとうね」
「いえいえ! 私はそんなお礼を言われることなんて!」
「マゴちゃんがいなかったら、私たちは影の国まで辿り着けていなかったから。それともちろん家族にもお礼を言っておいてほしいの! お父さんが私のことも家族だって言ってくれてね、とっても嬉しかった」
「ミリヤさん、立派になって……!」
鼻水ダラダラで号泣するマゴット。
それを見て、二人で笑って。
────私たちは、また会うためのさよならをした。




