10話
「話せなかった話せなかった話せなかった話せなかった話せなかった────」
「また話せる機会はあるって……」
リューベルクたちは退席し、代わりに学院を案内してくれる者が来てくれることに。
到着するまでの間、3人はそのまま応接室で待機していた。
「というか、ミリヤさんだって初めて北の魔女に会ったはずなのに、どうして話せていたんですか!? 相手はあの北の魔女ですよ!?」
「えっと、うーん……?」
「むしろ、北の魔女に対する先入観がないからじゃない?」
「あかりさんもあそこまで堂々と話せるなんて聞いてないですよぅ。あかりさんってやっぱりすごい方なんですね……」
「いや、別に私自身は大したことないけど……。最初に会ったとき、北の魔女だって知らずに接していたからその流れで来ちゃっているだけ。……って、あれ。もしかして、結構失礼なことしちゃってるかな?」
「でも、失礼だと思っていたら、あんな風に笑い合えてはいないと思うよ?」
「そっか、ならよかった」
「ちなみに、最初に会ったというのは一体いずこで?」
「──夢の中」
「「夢の中?」」
2人は疑問の声を上げる。
「うん。今の東の魔女と、北の魔女と私の3人は同じ夢の中にいたことがあって、そのときにね。あー、しまった。そのこともセトに聞けばよかった」
そこでガチャリと。
ドアが開かれる。
「ほう、そなたがミリヤ・スティールフォーレか」
現れたのは、金色の長髪に羊のような渦巻き状の角をもった中性的な顔立ちをしている女だった。
じっとりとした視線でミリヤを見つめる。
「初めまして?」
「魔術学院の方?」
「あああ、あな、あなたは……!」
目をパチクリとさせる2人をよそに、マゴットはあわあわと口を手で覆う。
「レイギベルト学院長……! 魔術学院のトップのお方ですよぅ! ほら、2人もボサッとしてないで、早く頭を下げてください!」
「よいよい、堅苦しいのはなしだ。それで、そなたが浜野田あかりだな。顔を見るのは久し振りだが、元気そうで何よりだ」
「会ったことがあるんですか!? あかりさん!」
「東の魔女の就任式、ですか……?」
レイギベルトはゆっくりと頷く。
確信はなく、接触したとすればそこだろうと思っての推測だったが、当たってよかった。
あのときは緊張しまくっていたから、全員の顔を見ている余裕はなかった。
「そしてそなたは……」
最後に目を向けた先。
マゴットはピンと背筋を伸ばした。
「……まあ、誰でも良いか。大した魔力を持っていないしな、興味もない」
「わァ……あ……」
「泣いちゃった!」
「学院は7年制で、全寮制だ。特段、入学の年齢制限は設けていない。学ぶ機会は年齢かかわらず平等に与えられるべきだと考えているからだ。学生は3年生までは共通の寮になるが、4年生を迎えると同時にそれまでの成績などを考慮した適正に応じて、3つの寮に振り分けられる。そして、以降の学生生活は寮内の生徒たちと送ることになる」
あかりたちを先導しながら、レイギベルトは学院の案内を始める。
まさか、学院長直々に案内されるとは思ってはいなかった。
「振り分けられる寮にはそれぞれ象徴となる色と動物がいる。緑は眠れる鹿。赤は月喰いの狼。黒は星詠みの猫だ。3年生までは共通のカリキュラムだが、4年生以降からはそれぞれ学ぶ分野に違いが現れる」
「それはどんな風にですか?」
「例えば緑は古代魔術、赤は戦闘魔術、黒は概念的魔術といった感じだ」
「なるほど……?」
「それぞれ、過去、現在、未来に関する魔術といったイメージを持っていればよい。だが、過去から未来は一つに繋がっている。そのため、寮同士は普段の研究分野は異なれど、魔術の発展のためにはいずれも欠かせず、密接な結び付きが必要となる。普段から友好的な関係を築いている必要があるというわけだ。幸い生徒たちもそれをわかっているのか、寮の垣根を超えた積極的な交流を図っている。寮同士で敵対しているといったことはないから安心するがよい」
石造りの学び舎を歩いていく。
まさにファンタジー作品で見るような内装だ。
それにしても、天井。
あまりにも高すぎない?
「本来であれば、4年生を迎えると同時に、元々人間だった学生は成績順に良質な魔力を与えられて魔女となる。だが、そなたはすでに魔女になっている状態での入学だ。つまり、4年生からの編入となる。そこで問題となるのが、ミリヤがどの寮に所属するかだが……」
ミリヤの顔が引き締まる。
「……そなた自身で選ぶが良い」
「私、自身で……?」
「簡易的なものにはなるが、余がこの場で適正判断を行ってもよい。だが、そもそもの特殊な出自からして、適正判断の枠に当てはめること自体が妥当ではない気がするからだ」
「でも、来たばかりだし、私どこがいいかなんてまだわからなくて……」
「1周間の猶予を与える。その間に様々な寮生と触れ合い、自分が良いなと思った寮を選ぶがよい。……まあ、どうやらこちらから出向く手間は省けるようでよかったではないか?」
周囲を見渡すと、あかりたちが今いる大ホールの3方向の出口から多くの視線。
緑、赤、黒の色をしたローブを纏ったミリヤと同年代くらいの少女たちがミリヤを興味津々な眼差しで見つめていた。
おそらくはそれぞれの寮生なのだろう。
「それで、次の場所はだが────」
そうして、レイギベルト学院長による学院の案内は続いて。
食堂。図書室。教室。寮。
当初は、不安ばかりが支配していたミリヤの瞳には、いつしか期待が満ちていき。
やがて、笑顔も垣間見えるように。
「さて、ここが最後の場所だ」
4人が訪れたのは、中庭に通じる扉前だった。
「最後の、場所……」
「実際の授業を見学してみるがよい」
「……!」
ミリヤの顔がぱあっと明るくなる。
だが。
「その前にちょっとお手洗いに行ってきます〜!」
そう言って、そそくさと小走りでその場から離れていくマゴット。
ひどく内股走りになっていることから、これまで我慢していたが、限界が来たというところか。
「さて、行くぞ」
マゴットの方を見向きもせず、扉を開く学院長。
相変わらず、彼女には辛辣、というか。
まあ、彼女も立ち直りが早いから大丈夫だと思うが、後でしっかりと慰めてあげよう。
魔女の養成機関という側面もある学院からすると、努力していない魔女としてみなされてしまっているのだろうか。
それとも、魔術商会と対立しているからなのか。
うーん、わからん。
「わあ! 魔術の練習!? すごいすごい!」
扉を開けたその先に広がっていたのは学生が魔術の練習をしているところだった。
学生のたちの纏っているローブの色は赤。
確か、戦闘魔術の分野を学んでいるんだったか。
「彼女らは4年生。今年、魔女になったばかりの新米だ。お主がこの寮に編入するとすれば、彼女たちと共に学ぶことになる」
「あ、学院長! お疲れ様です!」
そうこちらに声をかけてきた女。
顔はペストマスクに覆われており、確認はできない。
その近付き難い雰囲気とは裏腹に声は明るかった。
「おお、ユースティア女史。入学予定の生徒に校内を紹介しているのだ。授業を見学させてもらうぞ」
「はいはい! 全然お構いなく! 君が入学予定の子ですか?」
「あ、はい! ミリヤ・スティールフォーレって言います!」
「私はユースティア。この魔術実践の授業は、私の担当です。これからよろしくね!」
「彼女はこの学院の研究者でありあがら、同時に教師を務めてもいる」
「今はいくつかの班に分かれて、基礎魔術の実践をしているところです」
見回してみれば、確かに学生たちはいくつかの班に分かれていた。
「あれは、何をしているの?」
そう言って、ミリヤが指をさしたのは、箒に跨っている学生たち。
「あれはまさか……」
「そう、そのまさか。空を飛ぶ練習です」
その表情は様々で、歯を食いしばっている者。目を閉じて静かにしている者。飛び跳ねている者。
だが、誰も数ミリすら浮けてはいなかった。
「あの箒は魔道具なんですか……?」
「ええ。穂先の部分から魔力を勢いよく放出させることで空を飛ぶことができる代物です」
なるほど。
魔力をこめたら、ふわっと浮けるわけじゃなく、飛行機のエンジンのようなものなのか。
「自分で空を飛ぶのには高度な技術が必要ですが、これを用いることで、比較的簡単に飛ぶことができます。まあ、そもそも魔力を放出できなければ、という話にはなりますが」
「箒なのには意味があるの? その形状じゃないといけないの?」
「だって、そっちの方が魔女っぽい! 一度は憧れたこと、あるんじゃないですか?」
「そっちの方がやる気が出るからっていうことじゃないかな、ミリヤちゃん」
「そういうことです。せっかくなら、楽しみながらやりましょう!」
親指を立てて語るユースティア。
その隣を物凄い勢いで何かが通り過ぎる。
「わ〜〜〜〜〜!! 止まって止まって〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
その声の方へと目を向けると、箒に乗った学生が、壁に沿って上空へと急上昇していた。
おそらくは、魔力をうまく制御できずに暴走しているのだ。
だが、それを見ているユースティアは全く慌てていない。
「ちょっと! あれどうにかしないとまずいんじゃないですか!?」
慌てて声をかけるあかりのことをレイギベルトは制した。
「まあ、見ているがよい」
「え。いや、だって……」
瞬間。
ぱちんと、ユースティアが指を鳴らした。
すると。
「わっ、ちょ、えっ。わ~~~~~~~!?!?」
ぴたりと動きが止まる箒。
そして、重力に従い、地面に真っ逆さまの学生。
それを。
「よっ、と」
ユースティアは両手で難なく受け止めた。
胸を撫で下ろすあかりとミリヤを見ながら、レイギベルトは微笑んだ。
「このように暴走したとしても、抑え込むことのできる環境がここにはあるというわけだ」




