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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 2章 
69/77

8話

目を開けると、三人は室内にいた。

手に持っていたはずのチケットはいつの間にか無くなっている。

床には川があった。

おそらく、これは自分たちが飛び込んだのと同じもの。

この川を渡ってここに辿り着いたのだろう。


「は~い、ではこちらへどうぞ~」


気が付けば、眼の前には駅員といった格好をした女が出口へと誘導してきた。


「ノルン運行局。北の魔女直下組織の一つなんです。チケットを専売しています」

「帰りのチケットの購入はいかがされますか~?」


緩い喋り方で話しかけてくる。


「今買った方がいいの?」

「いえ、結構です! 行きましょう! 早く行きましょう!!」

「……なんでそんなに焦っているの?」

「あああ、焦ってなんていませんよ! 時間は待ってくれませんからね!」


明らかに焦っているマゴットに対し、疑問の表情を浮かべるミリヤ。


「どーせ大方、チケットが高額ではないことがバレてしまうからとかでしょ?」

「ぎくぎくぎくぅ!?」





停留所を出ると、あかりたちはすでに壁の中にいた。

自分たちはあの距離を本当に一瞬で移動したらしい。

全く、リューベルクの魔法には驚かされることばかりだ。


「歩いている人たちは全員魔女なの?」

「いえ、中には人間もいます。ですが、その方たちも魔女になることを志している方がほとんどです!」


町を往来している者たち。

店先で会話をしている者。

カフェでお茶をしている者。

元気に駆け回る子どもたち。


結構な人数がおり、栄えている様子がうかがえる。

だが、その全てが女性だった。


「男の人を見かけないけど……」

「中心部は男子禁制なんです!」

「どうして?」

「それはもう、痴情のもつれであれやこれやと政治が乱れるのを防ぐためですね!」

「ふーん。痴情のもつれ、ねえ……」


そこで、今度はミリヤが質問をする。


「ねえ、マゴちゃん。さっき、魔女になることを志しているって言ってたけど、他の魔女に頼んで魔力を分けてもらえば、誰でも魔女になれるんじゃないの?」

「確かにその通りです。魔力を分けてもらえば、魔女にはなれます。ですが、優秀な魔女になるには、優秀な魔女から魔力を分けてもらう必要がある、と! 信じられています! だから、みんなこぞって魔術学院に入学をしようとしているわけです!」

「へぇ、そうなんだ」

「まあ、私は結局のところ、努力次第だと思っていますけどね! 努力で未来がa beautiful star です!血筋だとか優秀な魔力だとか、古いんですよ考え方が!」

「魔術学院ってそんなに優秀な魔女たちが揃っているんだ」

「それもありますけど、歴代の北の魔女の魔力を貯蔵していると聞いています。それには量に限りがあるから、素質があると認められた者にしか与えていないんです──ってうぎゃ!?」


喋ることに夢中になっていたマゴットは、前から歩いてきた相手とぶつかってしまう。

体格の差か、弾き飛ばされるように転んでしまった彼女に2人は駆け寄る。


「いてて……」

「マゴちゃん大丈夫?」

「怪我はない?」


「ちょっと! 心配よりもこの高貴なわたくしへの謝罪が先ではなくて!?」


3人が見上げると、そこには派手な装飾を施した緑色のドレスを纏った女がいた。

暗いというのに、日傘と思わしきものを差している。

そして、彼女の後ろにはお付きと思われる女が2人。

見るからに身分が高そうだ。


「全く、これだから教育の行き届いていない下民は────ってあら?」


女はこちらを見て何かに気が付いた様子。

全く思い当たる節のないあかりとミリヤはぽかんとした表情。

その一方で。


「……げっ」


マゴットは不快感をあらわにしていた。


「あらあらあら~? どなたかと思えば、『あの』マゴット・ハルトローベさんじゃありませんの~~~??」

「スージラメア……」

「様をつけなさい、この落ちこぼれが」

「……」

「風の噂では、家を捨てて日本に飛び出したと聞いていたけれど。この有り様を見るに、それも失敗して尻尾を巻いて帰ってきたってことかしら~~?」

「……違います! 北の魔女が変わって、あなたたちが好き放題するから、うちの経営が厳しくなって一旦帰ってきたんです!」

「はっ! 勘違いも甚だしいですわね。いいこと? わたくしたちは北の魔女が変わって不安定なこの影の国を支えるために多額の投資をしているんですのよ」

「支える? 『依存させている』の間違いじゃないですか? それに、上乗せした仲介手数料の徴収額と投資額を公表しないからどれほど中抜きしているかだってわかったもんじゃありませんし!」

「……相変わらず、むっかつくやつですわね。まさにああ言えばこう言うの具現化。まぁ、それもすぐに言えなくなりますわ。倒産しかけてお金を借りに泣きついてくる姿が楽しみですこと! ふん!」


そうしてその場を去っていく足音。

小さくなっていく背中に向けて、マゴットは舌を出していた。


「マゴちゃん、今のって……?」


「スージラメア・レプシュネル。私の学生時代の同級生にして、落ちこぼれ扱いしてきた張本人。そして、魔術商会のトップである商会長────レプシュネル家の長女です」





「こんなにストレスがたまったときは暴食です! 暴食! 今日限りで、私は暴食の魔女になります! お二人も好きに食べていいですからね!!」


鼻息を荒くしながら意気込むマゴット。

机の上には、「影の国バーガー」、「影の国パスタ」、「影の国ピザ」、「影の国プリン」、「影の国ソフトクリーム」などなど大量の御当地グルメが並んでいる。

……もっとも、「影の国」といってもただ見た目が黒いだけなのだが。

若干その見た目に引いている2人をよそに、彼女はいただきますと一応言ってから貪り始めた。


3人が訪れているのは、レストラン。

マゴットが知り合いと会ってから、定期的にその場で叫び出したり、地団駄を踏むなど明らかに様子がおかしかったので、あかりが提案したのだ。


にしても、だ。

絶対こんなに食べられないだろ……。

あかりがそう思っていた矢先。


「食べ切れる量かは重要ではありません! 視覚的に満たされているかが重要なんです!!」

「うわぁ!? ちょっと、心の中を読まないでよ!? しかも、結構最低な発言してるし! フードロス反対!」

「てか、歯が黒い!!」


顔を上げたマゴットの歯は真っ黒に染まっていた。

血走った目も相まって、若干。

……いや、結構な狂気を纏っていた。


「こんなに頼んでお金の方は大丈夫なの?」

「ご心配なく! あてはありますので!」


そう言うと、スマホを取り出し、どこかへと電話をかけ始める。


「はい! ええ、はい! いつもの額を口座に振り込んでおいてください!! ……っと、これで大丈夫です!」

「今の電話はどこへ……?」

「魔術商会のキャッシングサービスです!」

「ちょ、借金じゃん!? しかも、魔術商会ってまさにストレスをためる原因となった知り合いが牛耳っているんじゃなかったっけ!?」


しかも「いつもの額」とか言っているあたり、結構な常習だ。


「憎んでいながらも、依存してる……」

「ノン! こっちが利用してやっているんです!」

「うん、意味がわからん!」

「返済は大丈夫なの……?」

「将来数倍にして返済してやりますよ! 私の輝かしい未来に震えろ! ふはは!」

「だめだこりゃ……」


ご両親には申し訳ないが、これはもう手の施しようがない。

そう思ったとき。

複数の足音がこちらに近付いてくるのが聞こえた。


「ひぃ! 取り立ては待ってください! ちゃんと返しますから!」


その音を聞いただけで、今までの威勢はどこへやら。

頭を抱えて震え出すマゴット。

震えているのは自分の方じゃん……。


近付いてきたのはこのような大衆的なレストランには似つかわしくない、高貴そうな雰囲気を纏った女たち。

取り立て、なのか……?

そう疑問を抱くあかりの前で、彼女たちは跪いた。


「浜野田あかり様でいらっしゃいますね?」

「あ……、ええまあ。はい……」

「ご無事で何よりです。そして、ようこそ影の国へお越しくださいました」

「え……?」


「我々は北の魔女の命により、あなた様をお迎えに参りました」

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