7話
目を開ける前に聞こえてきたのは、キーボードの打鍵音。
体を起こすと、マゴットがパソコンに向き合っていた。
だが、こちらの視線に気が付いたようで振り返ってくる。
「あかりさん! おはようございます!」
「おはよう、マゴちゃん」
「おはよ~。マゴちゃんは朝から元気いっぱいだねぇ」
「みんなおはよう~~」
セトとミリヤも続々と起き出した。
そこで、あかりは窓を見て気が付く。
「……あれ、外はまだ真っ暗? 体内時計的にはもう明るくなってる頃かと思っていたけど」
「影の国は1日中真っ暗なんです」
「時間間隔が狂いそうだね」
「すぐに慣れますよ!」
大きく伸びをして、手ぐしで髪の毛を整える。
「マゴちゃんは何をしているの?」
「ネット通販の発注チェックです!」
「そういえば、ネット通販でもハルトローベ商店っていう名前なの?」
「いんや、そしたら私も事前に気付いてるよ」
言われて、あかりはセトに漫画を配達したときのことを思い出した。
「確か、サイトの名前は……」
「hamazonです!」
「……なんて?」
「hamazonです!」
「「「……」」」
「最初に『H』をつけただけじゃん!? パクリじゃん!?」
「このスケベ商人が!」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! というか、セトさん! この『H』はそういう意味じゃありません! ハルトローベの『H』ですから!」
「しかも、ちょっと私の苗字と被っているし!」
「はっ!? 確かに!? ……あかりさん! 離れていても、心は一つですよ!」
「やかましいわ!」
キメ顔とともに親指を突き立ててくる。
そして、一部始終のやり取りを見ていたミリヤが一言。
「朝から元気なのは、みんなだね……」
「いつでも帰って来いよ! 俺たちはもう家族なんだからな!」
「みんな気をつけてねぇ」
涙を滲ませている父親に、笑顔で小さく手を振る母親。
「はい! どうもありがとうございました!!」
「ありがとうございました!」
深く頭を下げるあかりとミリヤ。
「セトちゃんも行っちゃうの~?」
「行かないで~!」
「生きていればきっとまた会えるよ! まったね~!」
セトも妹たちとすっかり仲良くなったようだ。
意外にも子どもに好かれるタイプだったとは。
「それじゃあ行きましょうか!」
「マゴちゃんも来てくれるの? 仕事は大丈夫?」
「俺が行けって言ったんだよ! 気にすんな、元から大して儲かっていないしな!」
「ま、そういうことです! 初めての場所で慣れない部分もあるでしょうしね!」
「ありがとうね」
「私たちの物語はまだ続きますよ~! ではでは! レッツゴ~!」
そうして名残惜しくも、ハルトローベ家に手を振りながら、一行は出発するのだった。
「じゃあ、私もそろそろこの辺で~」
そう言って、セトがあかりたちの歩く前に飛び出してくる。
マゴットの代わりに、父親が配達でトラックを使っているため、徒歩での移動だった。
「影の国を見終わったらどうするの?」
「そうだねえ。適当なタイミングで日本に戻ろうかなぁ」
「……またあんな怠惰な生活を送るつもり?」
「べ、別にやることはやってるし! 息抜きは必要でしょ!?」
「息抜きがメインになっていそうだけど……。まあいいや、了解。色々と物騒になってきているから、あんたも気をつけてね」
「お互いね! マゴちゃんもミリヤもばいばい! お元気で~!」
にへらととろけたような笑みを浮かべるセト。
彼女の独特な笑い方だった。
そして、ふわりと一回転をすると同時に、姿はそのまま消え失せた。
おそらくは、例の魔術で姿を消したのだろう。
残されたのは、寂しそうな表情を浮かべているマゴットとミリヤ。
「……また、会えるよね」
「きっと、また会えますよ」
「何をそんな落ち込んでるの!」
2人と肩を組むあかり。
「あかりお姉ちゃん……」
「また会えるに決まってる、だって私たちは家族なんだから! でしょ、マゴちゃん!」
「はい……。はい! あかりさんの言うとおりです! 別れは辛いですが、再開したときにまた笑えるよう私たちも頑張っていきましょう!」
ミリヤが一度別れた相手とまた会えるのか不安になるのも無理はない。
これからも当然一緒にいてくれると思っていた両親が突然亡くなってしまったのだから。
そして、あの町での出来事。
これからも続いていくと思っていた日常がいとも容易く崩れ去ってしまうものだと知ってしまった。
あまりにも、あっけなく。
だからそう。
無理はないのだ。
「さて、これからどうやってあの城まで向かうかですが……」
橋の上で立ち止まり、山の方を指差すマゴット。
一見しただけでもかなりの距離があることがわかる。
このまま徒歩で向かったらどれくらいの時間がかかるかわかったものではない。
「この川に飛び込んで向かいます!」
「か、川に飛び込む!? 冗談だよね!?」
ミリヤは思わず驚きの声を上げた。
「ふっふっふー。そう思いますよね、普通は!」
ドヤ顔のマゴットの隣に立ち、あかりは橋から眼下の川を見下ろす。
なぞるように上流へ目を向けると、山の方へと続いているようだ。
もう一度見下ろす。
水は濁っているのか、灯りに照らされていても、底が見えない。
だが、水面を見て、違和感を覚えた。
「この川、流れがない……?」
「そうなんです!」
ずいと顔を突き出してくるマゴット。
「そもそもこれは水ではないのです!」
「じゃあ、これは何?」
「これは北の魔女の魔法の一部。国の入口から中心部まで続いているんです。その途中で、いくつか駅のようなポイントが設けられています。そして、行きたいポイントに辿り着くにはこのチケットが必要になります!」
そう言って取り出したのは、黒い紙。
それには金色の文字が印字されていた。
「これはノルン・チケットといい、私が持っているのは、中心部が目的地のものです。もちろん人数分用意していますよ! これを持って川に飛び込むと、方向にかかわらず一瞬で目的地に辿り着けるというわけです!」
「一瞬で!? なにそれすご~い!」
興奮でぴょんぴょんと飛び跳ねるミリヤ。
「ちなみに、チケットを持たないで飛び込むとどうなるの? どこかへランダムに辿り着く?」
あかりの疑問に眉をひそめるマゴット。
「私もそこまで詳しくは知らないんですけど、二度と戻ってこれない可能性があると聞いたことがあります……」
「なにそれこわ~い!」
「でも、このチケットを持っていれば大丈夫ですし、便利なことに変わりありません! 問題はこのチケットが少し高価なことです。とてもじゃありませんが、あかりさんたちが払える金額では! そこで、こんな取引はどうでしょう!」
「取引? なんか嫌な予感がするんだけど……」
「私も北の魔女に会わせてください!」
「リューベルクに?」
「そうです! そこで、ハルトローベ商店の存在を知ってもらうこと! それが、家族から課せられた私のミッションです!」
そこで、あかりの脳裏には、ハルトローベ一家の目が光っている光景が浮かぶ。
なるほど、マゴットがついてきてくれた本当の理由はこれか……。
「そうでないと、私は夕飯のおかずが一品減らされてしまうんです……!」
「大したことないじゃん」
「大したことなんです! 私にとっては!」
「まあ、会わせること自体は別に良いんだけど。知ってもらっただけじゃ、商売繁盛には繋がらないんじゃない?」
「いえ! 『あの北の魔女が認めた店!』と言い張ることができます!」
その場合、認めたのはその存在だけ。
それでいいのかハルトローベ商店……。
「ではでは、取引成立ということで~! はい! そして、はい!」
1枚ずつチケットを渡される。
そして、欄干の上に立つマゴット。
「ほ、本当に飛び込むの……?」
不安そうな眼差しをこちらに向けてくるミリヤ。
あかりはその手を取る。
「大丈夫だよ、私も一緒だから」
「うん……」
「じゃあ、私が一番乗りで飛び込むので、その後に続いてください!」
そう言って、こちらを振り向く。
笑顔で、チケットを指の間に挟みながら。
彼女の体が後ろに傾いていく。
瞬間。
どくん。
心臓が一際大きく脈打った。
「────あかり、さん……?」
気が付けば、あかりはマゴットの体を抱きしめていた。
「……ごめん、飛び込むのはみんな同時にしよう」




