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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 2章 
66/77

5話

「着きましたよ! ここが影の国への入口です!!」


だが、眼前に広がるのは見渡すばかりの緑。

というか。


「ただの森にしか見えないけど……」

「そうですね、実際ここは森です。ですが、これを持っていると~~!」


マゴットが取り出したのは一枚のカード。

漆黒のそれを見て、セトはなるほどと呟く。


「それが、入国許可証ってことか」

「いえす! 北の魔女から配布されたこの入国許可証がなければ、この森に入っても影の国へは行けないのです!」

「全員が持っている必要はないんだ」

「はい、誰か一人でも持っていれば大丈夫です!」


ではではとマゴットは再びアクセルを踏む。

鬱蒼と茂る木々の中を抜けていく。

やがて、重なった葉同士の隙間から、差し込む陽光が消えていき。


────周囲一帯は暗闇に包まれる。


静寂に包まれたその中で、トラックのエンジン音だけが。

誰かが息を呑む音が聞こえた気がした。

一言も発さない車内で。

高まる緊張。

そして、走ること1分程度。

ついに。


「──着きましたよ」

「おぉ!」

「ここが……」

「影の、国……?」


走り続けるトラックの窓から見える景色。

時間にしては昼過ぎのはずだが、いつの間にか周囲は夜のように黒い夜空が広がっていた。

一定の間隔で設置された電灯の間をあかりたちは抜けていく。

正面を向いて、目に飛び込んできたのは。


「壁、だよね……?」


そう。

遠くに見えるのは山とその上部を覆う高い壁だった。

さらに、その壁から顔を覗かせている微かな光。

それは。


「────お城?」


ミリヤが呟く。


「影の国の中心部は城郭都市なんです! ……とはいえ、これら全ては歴代の北の魔女が使い回してきた国のテクスチャを影の魔法で上書きしているだけなんですけどね」

「位置的にはこれまでと変わらないの?」

「いえいえ。これまでの国は見えないように魔術がかけられていたそうですが、オーガルフェルデン家が北の魔女になってからは、国自体を影に沈ませているんです!」

「そっちの方が消費する魔力が少ないから?」

「それもあるのかもしれませんが、一番は──」

「防衛的にかな。見えないようにしたところで、そこにある事実は変わらない。位置がバレれば攻め込まれるリスクがあるから」

「なるほど」

「一応、壊しても影の魔法ですぐに修復されるので、いくらでも暴れ放題ですよ!」

「いや、暴れるつもりはないけど……」

「……本当に、ファンタジーの世界みたい」


両手を合わせながら、目を輝かせているミリヤ。

その様子を見ながら、あかりは思う。

本当にこんなことを一個人の魔力で。

未だに信じ難いことではあるが。


「そういえば、入国審査的なものはないの?」

「ここに入ることができれば、それでOKです! 何があっても、北の魔女の魔法の範囲内だからすぐに対処できますしね!」

「私たちは北の魔女の腹の中ってことだね!」

「なんか嫌な表現だなぁ」


セトの発言に対し、あかりは城を見つめながらぽつりと呟いた。

おそらくはあそこにリューベルクはいるのだろう。

私が入国したことには気付いているのだろうか。





「そしてここが~~! 我らがハルトローベ家です!!」


影の国へ入国してから、さらにトラックを走らせ、 辿り着いた場所。

そこには店舗一体型の家があった。

見た目からするに、1階が店、2階が家なのだろう。


「これがマゴちゃんのお家なんだね! すごいすごい! ハルトローベ商店って書いてある!」


ドアに書いてある文字を指さして、ミリヤは興奮混じりにそう話す。

日本人であるあかりには読めない現地の言葉だ。

内装を見せるための大きなガラスからは、大小さまざまな商品と思われる物が、机の上に並べられているのが見える。

家の脇にトラックを止め、4人は家の前に立つ。

すると。


「おう、マゴット。帰ったのか」


ドアを開けて声を掛けてきたのは、彼女と同じ桃色の髪をし、同じくらいの背の男性だった。


「あっ、お父さん! ちょうどいいところに!」

「(お、お父さん!?)」


あかりは内心驚いた。

なぜならそこにいたのは、マゴットと同程度の見た目年齢の男だったからだ。

兄か弟かと思ったが。


そこで、あかりはミリヤの方へと視線だけを向ける。

彼女は目を丸くしていたが、両手で口を抑えていた。

よし、反省を生かせて偉いぞ。

だが。


「もしかして『お父さん』っていう名前をした『おとうt──ヘアッ!?」


怪獣や宇宙人と戦う某巨人さながらの叫びを上げ、横腹を抑えて膝を突くセト。

あかりが肘打ちをしたのだ。


「……ん? 何か言ったか?」

「いえ何も!!」

「何も!!」


背筋を正し、そろって否定するあかりとミリヤ。


「というかマゴット。この子たちは?」

「何を隠そう、彼女たちは私のお友達です! 私の住んでいる家を案内しに来ました!!」


そこで、父親の動きが硬直する。

数秒後、はっと我を取り戻した彼は、急いで家の中に戻る。

そして、外にいるあかりたちにも聞こえるほどの大声で。


「母さ~~~~~ん!! 大変だ、マゴットが初めての友達を連れてきたぞ~~~!!!!」





「お友達になってくれて、ありがとうねぇ」


そう言って、こちらにお茶を差し出してくるのは、マゴットの母親。

やはり、見た目的には彼女と同じくらい。

醸し出される余裕のある柔らかい雰囲気だけが年上だと納得させる材料だ。


あかりたちは2階に通されていた。

机の両側で向き合い、椅子に座っている。


「ありがとう、ありがとう……っ!」


涙を拭いながら感謝をしてくる父親。

胸を張り、ドヤ顔のマゴット。

体に纏わりついてくる彼女の(さらに)小さい妹たち。


「この子変わっているでしょう? それで、友達ができたことなかったみたいだから」

「本気を出せばこんなもんですよ! 3人程度朝飯前です!!」

「あ、あはは……」


もうなんか、いろいろとカオスだ。


「ぜひ、今日はおもてなしをさせてくれッ! この後のご予定は大丈夫か!?」

「あ、えと。大丈夫です!」

「よし! 今日はパーティだ母さん! 盛大にやろう盛大に!!」

「はいはい」

「こうしちゃいられん! 色々買ってくるから、君たちはゆっくりしていてくれ!!」


そう言って急いで部屋を出ていく父親。

慌ただしいところが娘と似ている。

そんなことをぼーっと思っていたあかりに母親が声をかけてくる。


「ごめんねぇ。最近あんまりいいニュースがなかったから、異常なほど舞い上がっちゃってるみたいで」

「いえ、大丈夫です。というか、こちらこそすみません。急に来たのにおもてなしまでしていただいて……」

「……この子とは、上手くやれてる?」


母親の視線を辿ると、マゴットと2人の妹は黒猫に戻ったセトと戯れていた。


「セトさん!? 黒猫に戻れたんですか!?」

「う~にゃんにゃん♡」

「猫ちゃんだ~!」

「黒猫ちゃんだ~!」


「はい。色々と助けてもらっています。この影の国に辿り着けたのも彼女のおかげで」

「みんなはここの生まれじゃないの?」

「そうなんです。私たちはこの影の国の外から来ました」

「随分と若いけど、あなたも魔女みたいね?」


ミリヤに視線が向けられる。


「うん。そう、みたい……」

「みたい?」

「ミリヤちゃんは魔女になってまだ数日なんです。だから、そもそも魔女っていう実感がまだ湧いていなくて」

「そうなの。苦労しているのね。今、猫に変身している彼女も魔女よね?」

「はい、私たちは全員魔女です。お母さんも魔女なんですか?」

「一応ねぇ。でも、私には魔術の才能がなかったから。代わりにみんなには立派な魔女になってもらいたいわぁ。──そして、この店を紹介してもらうの!」


意外と商売根性たくましい。


「……っていうのは半分冗談だけど」

「(もう半分は本気なんだ……! ってこの展開、マゴちゃんのときもあった気が!)」

「西の魔女からこの世界を守ってもらわないとね」

「……そうですね。そのために、東と北は同盟を結びました」

「でも、肝心の北の魔女は大丈夫なのかしら?」

「それって、一体どういう意味ですか……?」


カチャリと手に持ったマグカップを彼女は置いた。


「────最近、体調が悪くて部屋から出られないって噂だけど」

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