4話
「さすがに4人だと狭いですね……」
翌日。
一行はトラックに乗り、影の国へと向かっていた。
「マゴちゃんがあかりにもうちょっと痩せてくれだってさ! 全く、失礼しちゃうよね!」
「断じて言ってないです! 運転手と助手席しかないんですから、体の幅以前に人数の問題ですよぅ!」
「あ、じゃあ私が車になるからマゴちゃんは一人で私たちを先導してよ」
「ひ゛と゛り゛に゛し゛な゛い゛て゛え゛ぇ゛」
「ああもう、うっさいうっさい」
セトとマゴットの2人がそろうと騒がしくなることを思い出した。
今思い返すと、お茶会メンバーの面々がお上品に見えてしょうがない。
いや、こっちの精神年齢が低すぎる気もする。多分そうだ。というかそういうことだ。現にミリヤは大人しくしているし。
「ミリヤちゃんごめんね、騒がしくて」
申し訳なさそうに目を向けると、彼女はころころと笑っていた。
「あ〜面白い! 私、こんなに笑ったのは本当に久し振り!」
その様子を見て、あかりにも笑みがこぼれた。
あぁ、良かった。
あんなことが起きたのだから、彼女は笑顔を見せてくれないのではないかと危惧していたが。
ただやかましいだけだと思った彼女たちも意外に役に立っているじゃないか。
「面白いと言ってくれた良い子の君には特別にこのじゃ◯りこを進呈しよう」
「わ~い、ありがとう!」
セトはミリヤの口元に一本運ぶ。
「もぐもぐ……。ん、美味しい! これは日本のお菓子?」
「そうだよ。海外でも人気って聞くよね、じゃ◯りこ」
「他にも日本から色々と持って来てるからね~」
そう言って、セトは足元のカバンから何種類かのお菓子の箱を見せてくる。
「そ、それはまさか◯ッキー!?」
「マゴちゃんも食べたいの? しょうがないなぁ。ほら、あ~ん」
「え、そんないきなりこんな場所で/// お二人も見ていますし///」
「……運転して両手が使えないから気を遣ってあげたんだけど、じゃあいいや」
「でも食べたい……。うぅ~~、背に腹は代えられない! わかりました、わかりましたよぅ!」
そう言って、こちらにずいっと顔を突き出してくるマゴット。
だが、その様子はどう見ても。
「んっ♡」
「なんでキス待ち顔!? 口開ければいいだけじゃん!」
思わずあかりはツッコミを入れた。
「え!? ◯ッキーを食べる時にあげる側ともらう側がいる場合は、日本ではこうするのが普通って聞きましたけど!?」
「多分◯ッキーゲームのことだと思うけど、なんか勘違いしてる!」
「このスケベ商人が!」
「ひどい! エセ貴族って言われたの実は根に持っていたんですか!?」
「そんなことよりマゴちゃん前見て! このままだと木にぶつかっちゃう!!」
ミリヤの言葉に目を向ければ、いつの間にかトラックは大きく道を逸れており、道路脇に生えている1本の大木へまっしぐらだった。
「くお~~!! インド人を右に!」
「ハンドルね! さっきから知識が偏りすぎでしょ!」
「やばいやばいやばい! 避けきれないよ!?」
「いや~~~~!!」
ミリヤは悲鳴とともに頭を抱える。
すると。
「おぉ、おぉおおぉおぉおお!?!?」
大木の幹は突然あり得ないほどしなりだし、大きな音を立てながらへし折れた。
結果的にトラックは直撃せず、残った根に乗り上げてから数メートル進んだ先で停車する。
「木が折れた……!?」
「いやいや、そんないきなり!?」
「……ミリヤさん?」
そんなマゴットの問いかけにミリヤの方を見る。
彼女は両手で顔を覆っていた。
指の隙間から覗くのは、今も小刻みに震えている瞳。
「ねえ、ミリヤちゃん。もしかして」
「……祈っただけなの」
「……」
「この木が、倒れないかなって」
「そっか」
「……魔術を使いたいとは思ってない。それなのに……! ねえ、お姉ちゃん。私また……」
次第に息が荒くなっていくミリヤ。
だが、それはマゴットによって遮られることになる。
「ありがとうございます、ミリヤさん!」
「……え?」
「魔術で私たちを守ってくれたんですよね!」
「守った……? 私が、みんなを……?」
その言葉が信じられないといった様子。
「魔女になったのってつい最近なんですよね? それなのに、もう自分の意思で使えるようになって! すごい才能です!!」
「違うの! 私は魔術でどうにかしようと思っていたわけじゃ……! またこの力は私の意思とは関係無しに……」
瞳が潤み始めたミリヤの顔に、マゴットはメガネをかけさせる。
「そんな才能の塊であるミリヤさんにはこれなんてどうでしょう!」
「何、これ……?」
「どうですか? 面白くないですか?」
しばらく目をぱちくりとさせていた彼女の顔はやがてひきつったものへと。
「なんか、みんなが下着姿に見えるんだけど……」
「はぁっ!?」
「そうなんです! それはかけるとなんとなんと!! それにためた魔力を使い切るまで『服が透ける』メガネなんです!!!」
「マゴちゃん! あんたなんてものを!!」
「今ならお友達価格で特別に本体100万円! そして、50万円追加で下着も透けさせることもできますよ!!」
「追加オプション制!? ってか、こんなところで商売魂発揮すんな!!」
黙り込んだミリヤはある人物を見続けていた。
その先にいたのは。
「ん~? どしたの?」
「オプションつけてないのに、セトさんが裸に見えちゃってるんだけど……」
セトが着ているのはワンピース。
かけているメガネは『服が透ける』魔道具。
そこからわかること。
つまり彼女は。
「ノーパンスタイリスト!?」
「──ふっ、悪いねマゴちゃん。ミリヤに追加オプションは払わせないよ」
「そんな!? まさかこれを見越して!?」
「まぁ、締め付けられる感覚が嫌なだけなんだけどね。私は何ものにも囚われない自由な存在なのさ──」
「……」
げ ん
こ つ
「──私が言いたかったのは、魔術は怖いものだけじゃないっていうことですよ」
よく焼けた餅のように膨らんでいるたんこぶ。
今も湯気が昇っているそれを手で抑えながら、マゴットは涙目でそう語る。
「う、うん……」
「うぅ、下着履きます……」
同じくたんこぶが出来上がっているセトを横目で見ながら、ミリヤは頷く。
没収したメガネを手に、あかりは腕を組んで2人を睨みつけていた。
「……ミリヤさんが魔術を使いこなせるようになるには、魔術に対する抵抗感をなくす必要があると思うんです」
「抵抗感……」
「マゴちゃんが言っていることは一理あると思うよ。自分が使える魔術を受け入れることは、使いこなしていくための一歩だね」
「あー。言われてみれば、いつの間にか私もこの魔法を受け入れてるな。まだ使いこなせてはいないんだけど」
「あかりお姉ちゃんはどうやって受け入れたの……?」
「この力で私たちを助けてほしいと周囲から頼られていたっていうのはあるかも」
「頼られていた?」
「うん。東の魔女の殺害現場の時間を巻き戻して、真犯人の証拠を見つけてほしいって。なんというか、これがただ何かを脆くするだけじゃないっていう考えを持てたみたいな?」
「自分の魔術がどんなことに使えるか。使い道を考えていくと良いよ」
「魔術の、使い道……」
「あかりの場合は、東の魔女と同じものだから、どういったことに使えるのかがすでに判明していた。自分でどういった力なのかを解明せずともデータが蓄積していた。でも、それは例外だから、大抵は解明のプロセスを踏む必要がある。試行を繰り返し、自分の魔術がどういうものかをよく理解しないといけない」
「試していく中で、誰かを傷つけてしまう結果になったとしても……?」
「────もっとより多くの誰かを傷つけてしまう結果にしないためにはね」
「……」
わからなくても、使ってみないといけない。
いや、わからないからこそ、使ってみないといけない。
「大丈夫ですよ、ミリヤさんは魔術学院への入学を推薦されているんですから! 安全に自分の魔術を知ることができる環境があそこには整っていますし!」
「魔術の学校か……。一から学ぶ機会なんて私にはなかったから羨ましいよ」
「そうなの?」
「そうだよ。だから、勉強したら私に教えてね。ミリヤちゃんが私の先生になってさ!」
「私がお姉ちゃんの先生に? ふふっ」
「いいなぁ、学校生活」
「あかりは高校中退だしね」
「うぐぅ!? べべべ、別に自主的に辞めたわけじゃないんだから、中退じゃないでしょ!?」
「あ、そっか。そもそも人間としての痕跡が消えているんだから、入学すらしていないことになるのか」
「してますぅ! しっかりとその記憶はここにありますぅ!!」




