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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 2章 
64/77

3話

「それで、じゃ。わしがアカウント名を夢の魔女としている件についてじゃが……」

「そういえばそういう話だったっけ」

「ノブリス・オブリージュ! ノブリス・オブリージュ!」

「お姉ちゃん! マゴちゃんがまだ戻ってこれてないよ!」

「放っておきなさい」

「……結論から言うと、わしは夢に関する魔術が使えるわけではない」

「じゃあ、どうしてそんな名前を?」

「──商会の魔女と繋がるためじゃ。わしは影の国に行きたいんじゃが、いかんせん道のりがわからん。様々な通販サイトでこの名前を使って購入することで、いずれ商会の魔女の目に止まる。そうして、興味を持った魔女が接触を図るため、直接配達に来るはずだと考えたんじゃ」

「それで、直接影の国への行き方を聞こうとしていたと」

「そうじゃ」

「私たちと目的地は同じみたいだね」

「そもそもあなたは誰? なんか私たちのことを知っているみたいだったけど」


だが、女は腕を組んで、きっぱりと一言。


「知らん」


流れる沈黙。


「いや、さっきのあの反応」

「知らん」

「いやどう見ても」

「知らん」

「無理があるでしょ」

「知らんったら知らん!」


こいつ、あくまでしらを切るつもりか。


「ねえ、なんで話し方を変えたの?」


ミリヤの素朴な疑問。

だが、女は依然として。


「これがわし本来の喋り方なんじゃ」

「息をするように嘘つくじゃん」

「嘘という証拠がどこにある」

「……全く、これまでの話もどこまでが真実なんだか」

「ノブリス・オブリージュ!」

「マゴちゃん、そろそろ目を覚まして。おそらくこいつ、貴族なんかじゃないよ」

「そそそ、そんな!? なら、私が信じてきたノブリス・オブリージュとは一体……!?」


そこで、ミリヤが耳に口を近付けてきた。


「というか、あの喋り方ってバームガルトさんと一緒だよね」

「……言われてみれば確かに。どうりで聞き馴染みがあると思った」


そして。

ミリヤは無邪気な笑顔で一言。


「正直、──『キャラが被ってる』よね」


再び流れる沈黙。


ミリヤちゃん。

それは思っていても、言っちゃいけないやつや。


恐る恐る女の方を見る。

聞こえていたのか、いないのか。


彼女は天井を見上げだした。

聞こえていなかったのか?


……いや、よく見るとしきりに瞬きをしている!

そして、めっちゃ目が泳いでいる!! 

確実に! 確実に動揺している!

絶対に聞こえちゃってたよこれ!!


その様子を黙って見守るあかりたち。

そして、女は覚悟を決めたように目を閉じ、咳払いを一つ。


「──誰と誰のキャラが被っているん『だってばよ』」


「(さらに話し方を変えた……!?)」

「(さらに話し方を変えました……!?)」

「(さらに話し方を変えちゃった……!?)」





「それにしても、な~んか初対面の気がしないんだよなぁ」

「あ、それわかります! 何なんでしょう、この感覚は」

「ななな、何のことかさっぱり! 私は人畜無害な妖精さんなんだってばよ!」

「正体を現せこのエセ貴族!」


そう言って人差し指を突きつけるマゴット。

腕を組み、記憶を辿るあかり。

だが、いまいちピンとは来ない。


「……仮に万が一、いや億が一私がそのエセ貴族だったとしても、食べさせてもらったことは事実じゃん! 嘘でも救われたことは事実じゃん!!」

「なんか開き直っちゃった!」

「何を~~~! こうなりゃ実力行使です!!」


そう言って、女に掴みかかるマゴット。


「待って待って待って!! 待ってってば!?」

「これが私のノブリス・オブリージュだッ!」

「意味分かんないんだけど!?」


揉み合いになる2人。

すると、マゴットの胸元からひらりと何かが床に落ちた。


「なんか落ちたよマゴちゃん」

「はっ!? それはあかりさんたちと撮った大切な写真!」


代わりに拾ったあかりは何気なく写真に目を通す。

そして、これはあのときのかと思い出した。

東の魔女殺害の重要参考人として身柄を拘束してきた協会。

そこを抜け出した後に赴いた彼女が借りていてたアパート。

そこで撮った写真だ。

映っているのは、あかりとマゴット。

そして、────


「(……セト)」


────のはずだったのだが。


「ん?」


そこに映っているのは目の前でマゴットと掴み合っている女だった。


「んん?」


何度見比べても、同一人物にしか見えない。

だが、彼女とは初対面のはず。

一緒に撮った覚えなど……。


『もちろんただのカメラじゃありませんよ? 撮られた人の状況が、リアルタイムで写真に反映されていくんです! 例えば、子どものときに撮った写真なら、成長していくにつれて、大きくなっていくように。それが写真を持っていれば、遠く離れていてもわかるんですよ!』


「まさか……」

「……」


「セト、なの……?」





「セトさん!?」


掴んでいた手を離し、思わず飛び退くマゴット。

女はしばらく俯いていたが、やがて観念したように顔を上げて。


「や、やあ。久し振りだね、あかりにマゴちゃん……?」

「でもでも、セトさんって猫のはずじゃ」

「ようやく自分の体を取り戻せたんだよ。あかりが魔女として成長してくれているおかげでね。いや~実はこんな美少女で悪いねえ。嫉妬させちゃったかな?」

「こっちが本来のセトさんということですか……」

「というか、あんたこんなとこで何やってんの」

「さっきも言ったとおりだよ。影の国に行くために商会の魔女が来ないかなって待っていたんだ。ま、まぁ? ちょっとばかしこの生活が気に入りだして、目的を忘れかけてたっていうのも微粒子レベルであるかもしれないけどね??」

「……この家は? お金はどうしたの?」

「あ、ああ~! そこはほらちょっと、ね? 私も魔女だし、ちょちょいとね?」

「あんたねえ……」


再開の喜びより、呆れが上回ってしまう。

これがバレたくなくて、自分の正体を隠していたのか。


「ねえ、お姉ちゃん。この人は……?」

「名前はセト。私たちが夢で会った女の子が私を助けるために用意した協力者」

「フルネームはスェトスルーダ・ヴァキです。よろしくねん♪」


満面の笑みでこちらにダブルピースをするセト。


「……らしいんだけど、正直私もよくわかってない。改めて聞くけど、あんた何者なの?」

「私も君たちと同じ魔女だよ。あの子にあかりを助けてあげてって言われているただの魔女。でも安心して。体を取り戻しても、あかりの手助けはこれからもしていくつもりだから」

「夢で会ったあの女の子と知り合いなの……?」

「この子はミリヤちゃん。ある日突然、魔女になってしまった女の子。私と同じく、魔女になる前に夢であの子に会っているんだけど、何か知らない?」

「なるほどねえ。……おそらくは町を包んでいた魔力が渦となって、彼女の体に流れ込んだ影響じゃないかな」

「夢を消失させているあの魔力だよね……?」

「そうそう」

「そもそもあれって何なの? 渦になりだしたのもわからないし、どうしてミリヤちゃんに流れ込んだのもわからないし」


セトはソファーで伸びをしながら答える。


「あれはあの子の魔力だよ。渦になったのは、世界の重心が夢の世界へと傾きつつあるから」

「いまいち意味がわからないけど、どうしてそんなことをしているの?」

「夢を回収しているんだよ」

「何のために」

「うーん、それを私の口から言うのは野暮ってものかな」

「野暮?」

「現状で私の口から言えることとしたら、そうだね。ミリヤみたいに、町を包んでいた魔力が流れ込んで魔女になる事案は今後も出てくるということかな」

「……! それって、私がいる地域で発生することになっているの……?」

「それはあの子の気分次第だから確実にそうだとは言えないけど、可能性は高いんじゃないかな。もっとも、彼女の目的は夢の回収で、魔女を増やすことを望んではいないはずだよ」

「夢を回収する過程で意図せず魔女が生まれてしまうってことか……」

「マゴちゃんがいるってことは、あかりたちは影の国に向かうところ?」

「あんたも一緒に行く? 目的地は一緒だし」


そこで横を見ると、隣に座っているマゴットとミリヤが眠そうに目をこすり始めていた。


「うん、そうしようかな。でも、その子たちも眠そうだし、今日はここに泊まっていけば?」

「……本音は?」

「買った漫画が読みたいです! 先輩!」

「誰が先輩じゃ」

「この家にあるものは好きに使っていいからね! わかったらほら、今日は解散解散〜!」


そうして、あかりたちの背中を押し、廊下へ追いやる。

というか、そもそもここはお前の家じゃないだろ。

そう思ったが、快適な寝床を見つけられてホッとしてもいるあかりはそのツッコミを胸の奥へとしまうのだった。

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