2話
夢の魔女。
マーガレットさんたちは、自分たちのことを使える魔術+魔女という名称で呼び合っていた。
色彩の魔女。茨の魔女。お菓子の魔女。
その法則からすれば、夢の魔女は夢に関する魔術を使えるということになる。
だとすると。
頭に思い浮かぶのは、夢で出会ったあの少女。
自分とミリヤが魔女になったことに大きく関わっている彼女。
彼女には聞きたいことが山程ある。
真実に辿り着けるかもしれない。
そう思った途端、心臓が痛いほどに跳ね出す。
「あかりお姉ちゃん……」
それはミリヤも同じらしい。
胸を抑えながら、不安そうな顔を浮かべている。
「マゴちゃん、夢の魔女について何か知っていたりする?」
「夢の魔女、ですか? 特には知りませんけど……」
「もしかしたら、次の配達先が例の夢消失の事件と関わりがある魔女なんじゃないかって思うんだけど」
「うーん。もしそうだとしたら、漫画なんて読んでいる暇があるんですかね? しかも、自分はここにいるとわざわざアピールをする必要もよくわかりませんし」
確かにそうだ。
世界中を巻き込む大がかりな魔術の行使。
それには目的があるはずだ。
きっと、漫画を読むなどということよりも、よほど優先するべき目的が。
それに、自分が狙われることは普通に考えればわかるだろうに、存在を主張するとは。
挑発しているのか。
だとすれば、もっと大々的にするべきだろう。
こそこそとネット通販のアカウント名にする程度のものは、挑発とは言えないはずだ。
そこまで考えると、なんだか肩から力が抜けていった。
ただの人間の可能性だって十二分にある。
いや、その可能性が最も高いだろう。
だが、そうは思えども、頭の片隅に残った万が一の可能性を払拭することはできなかった。
「到着しましたよ! ここです!」
トラックを降りてみると、そこにあったのは立派なお屋敷。
こんなところに住んでいるようなお金持ちの人物がネット通販に本名ではなく、わざわざ夢の魔女と……?
「配達方法は置き配?」
「はい、宅配ボックスへの配達です!」
「……一応、なんだけどさ。チャイムを押して、顔を見てもいいかな?」
「え~~!? お金持ちっぽいから、ぜひお得意さんになってほしいので、下手なことはしたくないんですけどぉ……」
「ごめん。でも、私たちが魔女になった経緯に大きく関わっているかもしれないっていう可能性が万が一にでも残されているのなら、やっぱり私は見過ごせないよ」
「お願い、マゴちゃん。私も気になる」
「う~~~ん。……違ったら、すぐに引き下がってくださいよ?」
「「ありがとう! マゴちゃん!」」
インターホンを押すマゴット。
緊張の瞬間。
2人はカメラの映らない場所から固唾をのんで見守る。
複数人で映って、相手を警戒させないようにだ。
だが、出ない。
あかりとミリヤは彼女に向けて、両手を合わせてお願いのポーズ。
それを見たマゴットはため息をついて、もう一度押す。
同じく、出ない。
再び同じポーズ。今度は両手を震わせて強くお願い。
対するマゴットはこれ以上は無理だと全力で首を振っている。
──そのとき。
「なになになになに~? 配達? 配達なら、置き配ってしたつもりだったんだけどな?」
インターホンからは明らかに不機嫌そうな声が聞こえてきた。
女性の声だ。
「すごく重い荷物を多く購入されているため、置き配だと運ぶ時大変かと思いまして!」
「あ、気を遣ってくれてたんだ! ごめんね」
「私たちがお家の中までお運びいたします! いえ、運ばせてください!」
「それしてくれるとめちゃくちゃ助かるよ! 今行くからちょっと待ってて~!」
「(来たッ!!)」
ナイスだマゴちゃん!
引っかかった獲物を全力で引き上げようと彼女が釣り竿のリールを巻いている姿が見える見える。
声は出さずに小さくハイタッチをする2人。
額の汗を拭うマゴット。
数秒後、ゆっくりと玄関のドアが開く。
ごくりと喉が鳴る。
夢の魔女を名乗っているのは何者なのか。
「はいは~い。ご苦労さま~~」
そう言って出てきたのは、眠そうな目をした紫がかった銀髪の女。
見た目からすると少女。
それもあかりと同じくらいの。
背丈はあかりよりも少し小さいくらいだ。
だが、その姿に見覚えはない。
「(あの子じゃなかったか……)」
落胆する気持ち半分。安堵する気持ちがもう半分。
気持ちを切り替えるように息を吸う。
まだだ。
もしかしたら、夢に繋がる重要な情報を知っているかもしれない。
だが。
女はマゴットを見たまま、体が硬直していた。
「あの、どうかされました……?」
「ドウシテ」
「え?」
より一層困惑するマゴット。
「あの、アカウント名が夢の魔女っていうのには何か理由があるんですか?」
彼女の反応の理由はわからない。
だが、このままでは時間だけが過ぎていきそうだと判断したあかりは話を切り出した。
すると、女の首が小刻みに震えながら、こちらを向く。
まるで、壊れかけた機械人形のように。
「ドウシテココニ」
「……どういう意味ですか?」
だが、返答はない。
そのまま、お互い無言の膠着状態。
数秒の後、彼女はスローモーションのようにゆっくりと家の中へと。
徐々に玄関のドアが閉じていく。
そこに。
「ふんっ!」
あかりはストッパー代わりに自分の足を突っ込んだ。
「なっななな何!?」
「その反応、私たちについて何か知っていますよね!?」
「知らない! 知らないよ! だって、私たち初対面でしょ!?」
「怪しいにもほどがあります!」
「そりゃいきなりそんなことされたら誰でもこうなるって!」
ずびしとあかりは人差し指を女に突きつける。
「はい! あなたは魔女ですか、魔女じゃありませんか! どっちですか!」
「え、えぇ!?」
「3! 2! 1!」
「ままま、魔女ですぅ!?」
「はぁい! 魔女一名入りまぁす!!」
「ハイリマース!」
ノリノリのあかりとマゴット。
勢いについていけず苦笑いのミリヤ。
「わかったわかった! わかったよ! わかったから、ちょっと待って!」
そう言うと、深呼吸を1回。
そして、うんうんと何度か咳払いをする。
「────それで、何が聞きたいんじゃ?」
「(話し方を変えた……!?)」
「(話し方を変えました……!?)」
「(話し方を変えちゃった……!?)」
立ち話もなんだからと家の中に招き入れられたあかりたち。
見た目通りの豪華絢爛さを誇る内装を見ていると、まるで自分が貴族になったかのような気持ちに陥る。
そして、廊下を歩き、女はある部屋の前で立ち止まった。
ガチャリとドアを開ける。
そこは広々としたリビング──だったが。
「うわ」
「これは」
「す、すごいね」
その言葉たちは、感嘆からはかけ離れた意味合いだった。
机の上には大量のピザとコーラ。
ソファーにはお菓子のゴミや食べカス。
床には散乱した大量の漫画や雑誌。
「ほっほ、これが貴族の暮らしというものじゃ。お主らには少々刺激が強すぎたかのう?」
上品さとは対極の生活ぶりだ。
彼女の思い描いている貴族は、自分たちが思っている存在とはだいぶ異なっているらしい。
だが、そんなこちらの思いはつゆ知らず、誇らしげに胸を張っていた。
そんなとき、3人のお腹が同時に鳴ってしまう。
それを聞き逃さなかった女の片眉がつり上がった。
「ほ~~う?」
こんな状況でも、空腹には抗えない。
全員俯きながらもじもじしだすと、女はこれ見よがしに耳へと手を添え、横顔をこちらに近付けてくる。
「ほ~~~~~~~う???」
「「「……」」」
だって、仕方ないじゃん。
こんな美味しそうな匂いを漂わせているピザがあったら。
「全くも~う、しようのないやつらじゃ。ここいらで高貴なこのわしが、ノブリス・オブリージュとやらを披露してやるとするかのう?」
「ふう、食べた食べた」
「お腹いっぱいだよ~」
「もう動けません! 一歩も!」
机の上に置いてあったピザを全て平らげた3人は各々楽な体勢でソファーに体を預けていた。
「ほっほっほっ、良い食べっぷりじゃったぞ? お主ら」
あまりの空腹加減に恥も外聞も捨て、貪り食ったあかりたち。
「ここまでしてくれるなんて、さすが貴族!」
「高貴さが滲み出してるよ!」
「弱きを助け、強きをくじく! これこそがノブリス・オブリージュなんですね!」
「この場合、強きをくじくがどこにかかっているのかはよくわからんが、きっとそうじゃ! それがノブリス・オブリージュなんじゃ!」
「おお、これが!」
「これこそが!!」
「「「「ノブリス・オブリージュ! ノブリス・オブリージュ!!」」」」




