12話
「ミリヤちゃん! ねえ、ミリヤちゃん!!」
「ぁ……」
「大丈夫!? どこか痛いところとかはない!?」
「うん、大丈夫……」
「良かった……!」
目を覚ましたミリヤの体は、今一度強く抱きしめられる。
「あかりお姉ちゃん……。ここは……?」
二人は周囲を見回す。
「わかんない。どこかの森の中みたいだけど……」
ひとまずは危機を脱したようではあるが。
あかりの表情は優れなかった。
「バームガルトさん……」
離れ際、彼女の体を貫いていたいくつもの赤い槍。
人間であれば、確実に致命傷だろう。
だが、彼女は強い。
きっと大丈夫だ。
そう希望を持とうとしても、脳裏に焼き付いたきょうかの最期が浮かび上がってくる。
次第に呼吸は荒くなり、歯がガチガチと震え出す。
「私は、また、同じことを……」
それに、他のみんなは。
あの後どうなった。
もっと不安を抱えているミリヤがここにいる。
だから、自分が安心させてあげないといけないのに。
ボロボロの仮面は、もはや顔に貼り付けることすら。
「みんなが戦ってくれていたのに……! マーガレットさんが倒れるまで、私はただ呆気に取られて。もっとできることがあったはず! やっと戦える力を手に入れたんだから! なのに。なのに……私は結局、同じことを、繰り返して……!」
「お姉ちゃん……」
「どうして、私に戦わせてくれなかったの……?」
今度は、ミリヤがあかりを抱きしめた。
「私ね、わかんないの。どうして私の体に翼が生えているのか。お母さんたちも、町の人たちも死んじゃったのか。マーガレットさんたちが戦っているのか」
「……」
「でも、あかりお姉ちゃんが助けてくれたから、私はこうして生きているんだよ」
「ミリヤちゃん……」
「だからそんなに、自分を責めないであげて」
『思い出して、繭園ゆらに怪我をさせられた私のことを助けたことを。あなたはあなたにできることを十分果たしてくれているじゃない』
彼女の言葉が、まりの言葉と重なった。
「そう、だね……」
「うん、そうだよ」
あかりは立ち上がり、深呼吸をする。
そうだ。
ここで立ち止まって悔やみ続けたところで、事態は何も好転しない。
今自分がするべきことは、彼女たちの行いを無駄にしないこと。
「よし!」
ぱちんと頬を叩いて気合を入れる。
「ありがとうね、ミリヤちゃん。なんだか私、生まれ変わった気分だよ」
「えへへ」
「とりあえずは、歩こっか。せっかく助けてもらったのに、こんなところで二人野垂れ死ぬなんて最悪な結末だしね」
「うん! それでこそあかりお姉ちゃんだよ!」
「歩きながら、私が知っているこれまでのことについて説明するね」
「これが今、私が知っていることの全てだよ。……でも、突然こんな話をされても信じられないよね」
「信じるよ」
「私も最初はさ────って、え? 今なんて……」
「信じる。だって、私を助けてくれたあかりお姉ちゃんの言葉だから」
「ほんとに?」
「それにあれが私を騙すための演技だとしたら、あまりにも大がかりすぎるから」
にしても、だ。
こんなにもあっさりと。
受け入れるスピードが速すぎやしないか。
「そっか、私魔女になったんだ……」
ミリヤはその事実を噛み締めている様子だった。
「でも、そのエルダビューラ? っていう魔女を通じて魔女になった一部が天使様の正体だというなら、私にはどうして翼が生えているんだろう。もしかして、夢の中で会った女の子がその魔女なのかな?」
そこで、あかりはハッとする。
あの夢の少女がエルダビューラだという発想はなかった。
だが、サヤたちの話では、彼女の髪色は金色と聞いている。
色が異なっていることから、その線は薄いのではないかと思い直した。
「そもそも、私たちはどうやって魔女になったの? どうして私たちなの? それに、夢で会ったあの子によるものだとしても、お姉ちゃんと同じで、私も魔力をもらった覚えなんてないよ?」
結局、それについても謎なままだ。
「……全部夢で、起きたら何もかも、元通りになっていたりしないかな」
「……」
「お父さん、お母さん……。嫌だよぉ、置いていかないでよぉ……。言う事聞くから。良い子になるから、帰ってきてよぉ……」
ボロボロとこぼれる涙。
これは夢なのではないか。
何度自分もそう思ったことだろう。
だが、朝になって目を覚ませば、そこにあるのはあまりにも冷たい現実だった。
結局、成り行きでここまで来てしまったが。
ミリヤの姿を見ていると、自分の中にもこみ上げてくるものがある。
「こんな力、私は欲しくなんてなかったのに……」
ずきりと、胸が痛んだ。
「人を、殺しちゃったんだよね。それも大勢……」
否定はできなかった。
「私、人殺しなんだよね」
「──そうだね」
絞り出した言葉は自分でも驚くほどに、ひどく冷たかった。
「……っ!」
「でも、その行動には道理があった。お母さんを守りたかったんでしょ?」
「道理があったら、人の命を奪っても良いっていうの……?」
「良いか悪いかはわからない。でも、誰かを守ろうとして必死になってそれをしたのなら、その行いは誰にも責められないと私は思う」
「私はあの人たちに死んでほしかったわけじゃない。……怖いの、この力が。自分でも思っていないかたちで、またあんな風に誰かの命を奪ってしまったら」
「なら、するべきことは決まってる。力の使い方を覚えないと」
「どうやって……?」
「ミリヤちゃんはバームガルトさんに魔術学院への入学を推薦されている。そういった教育機関で学べば、きっと制御できるようになるはずだよ」
「そう、なのかな」
「ミリヤちゃん、聞いて。そのために、私たちはこれから影の国へ向かおうと思うんだ。北の魔女であるリューベルクに、教団が人間へ危害を加えたことを告発する。そして、行き場のないミリヤちゃんを保護してもらうの。そうすれば、あいつらも手出しはできないはずだから」
「うん……」
そうして、あかりは再び歩き出す。
時折聞こえてくるミリヤの嗚咽。
だが、彼女も後に着いてきてくれている。
私たちはひとりじゃない。
境遇の似通った2人がここにいる。
お互いを支え合って歩き続ければ、きっと道は見えてくるはずだ。
とはいえ、影の国の方向はわからない。
町に辿り着けたとしても、彼女の翼が気がかりだ。
またそこがヴァストヴェーレが祈りを集めていた場所だとしたら。
せめて、自分の意思で隠すことができれば。
歩くこと1時間程度。
2人は奇跡的に町を見つけることに成功する。
そこで、バームガルトは町近くの森に自分たちを飛ばしてくれたのだと思い当たった。
「どうかな?」
「いい感じ!」
到着すると、あかりはすぐに店に行ってリュックサックを購入した。
そして、背中に当たる部分を切って、そこからミリヤの翼を収納させる。
うん、我ながらいい発想だ。
これで彼女もこの町に溶け込める。
「さて、これからどうしようかなぁ。影の国の場所を知っている良い魔女に会えればいいんだけど……って、そうだ!」
そう言ってポケットから取り出したスマホ。
マーガレットに電話をかけようとしたのだ。
だが。
「画面割れてるし、電源もつかない……」
がっくりと肩を落とすあかり。
きっと今日の出来事のどこかでだ。
心当たりがあまりにも多過ぎる。
「大したお金もないしなぁ。数日の間に金策を見つけないと……」
そこで、ミリヤのお腹が鳴った。
彼女の顔が次第にみるみるうちに紅潮していく。
気が付けば、近くのパン屋から美味しそうな匂いがこちらに漂ってきていた。
「ち、違うの! 今のは──」
「お腹も減るよね。そりゃ当然だよ、こんな時間だし」
「……まだ、耐えられるもん。私、今日は食べなくても、大丈夫だもん」
恥ずかしいというよりかは、金銭的な面で気を遣ってくれているのだろう。
「だーめ。しっかり食べて、体力つけないと。あいつらが追いかけてきたときに逃げられないよ?」
「でも、お金が……」
そこで、2人は視界の端で何かがちらついているのに気が付き、そちらを向いた。
見れば、ミリヤよりも背の小さい女の子が大型のトラックから荷物を降ろそうとしているところだった。
おそらくは、配送の仕事なのだろう。
そして、自分の身長の半分はあろうかという段ボールを荷台を持ち上げる。
だが、相当重いらしい。
腕はぷるぷると震え、苦悶の表情を浮かべている。
彼女のことを手伝う者は運転席から出てこない。
「一人なのかな?」
「すごいなぁ、あの子。私よりも小さいのに」
千鳥足のように不安定な足取り。
だが、三歩進んだところで、盛大に転んでしまう。
「ふんぎゃ!?」
「あっ」
「転んだ」
見かねた2人は駆け寄る。
「おーい!」
「大丈夫ですかー?」
勢いよく転んだためか、帽子は脱げて、中にしまっていた長髪があらわになっていた。
桃色のツインテール。
これだけの量があの帽子の中に収まるものなのだろうか。
「くっそ~~! クーデターが起きていなければ、今頃私は日本で! 日本でッ……!!」
聞き覚えのある声。
そういえばこの外見も。
どこかで、会ったことがあるような。
「ん?」
「はい?」
顔を合わせる2人。
そして、目を大きく見開き、パクパクと魚のように口の開閉を繰り返す。
「ってマゴちゃん!?」
「あかりさんじゃないですか!?」
第二部 北の魔女編
1章 罪人の町 完




