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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
6/54

5話

「物を、脆くさせる力……?」


購買で買ったコッペパンを食べる手を止めて、ななみは疑問の声をあげた。

昼休み。あかりとななみはお互い昼食を取りながら会話をしていた。

いつもは教室で、お互いの机をくっつけて食べている。

しかし、真剣な悩みだとわかってくれるように、今日はいつもと場所を変えた。


「そう。始めは左手だけだったのに、今は右手にもその力が宿ってる。だから、暴発しても大丈夫なように手袋をしてるんだけど」

「それで、夢の中でその力について、女の子と話したって?」

「うん。まあ、いきなり全てを信じてとは言わないよ。現に私だって信じきれていないし。力はともかく、夢の出来事のことは」

「ちょっと、待ってよ。そんなことって……」


すうと息を吸い込む。

真正面から、ななみの目を見つめる。話を飲み込めず、細かく震えている目だった。


「この前、私が凭れていた欄干がいきなり崩れたことがあったでしょ」

「……!」

「あれさ、実は私が左手で触れたせいだったりするんだよね」

「じょ、冗談でしょ?」

「冗談だったらいいなってずっと思ってた。いや、今も思ってる」

「……」

「そして、今はこの力で誰かを傷付けてしまうんじゃないかって。取り返しのつかないことをしてしまうんじゃないかって。それが一番怖い。何としてでも、私はこの力を理解して制御しないといけない。はあ、もう力が無くなってたらいいのに」

「そっか。そうだったんだ」

「ほんとこんなこと相談できるのななみだけだよ」

「……相談したのは、本当に私だけ?」

「ん? ああ。そう言えば、猫にしたな」

「猫?」

「うん。先週、夜に学校へ忘れた小テストの教材を取りに来た時に会ったんだ。とっても可愛くてさ。今の私とななみくらいの距離でも全然逃げなくて。相槌を打つかのように合間合間ににゃーにゃー鳴きながら私の話を聞いてくれてね。こんな馬鹿げた話を話したところで、誰も相手にしてくれないだろうなってその時は思っていたから、とっても嬉しくて。不思議な黒猫だったなー。ななみにも会わせてあげたい。そうだ、放課後一緒に探してみない?」

「……ねえ、本当にそれってただの黒猫?」

「え?」


今度はこっちが困惑の声をあげてしまった。


「だって、おかしくないかな? それって。あまりにもタイミングが」

「いやいや、今の流れで話したから、繋がっているように感じてしまうだけでしょ?」

「じゃあ聞くけど、なんか他にその黒猫に対して感じたことはなかった?」

「感じたこと? うーん。目を離した一瞬で姿が見えなくなったりはしたけど。でも、猫って素早いし、周囲も暗くなっていたから別に不思議じゃないと思う。それに……いや。だって、猫じゃなかったら一体何だっていうの?」


それを聞いて、ななみは俯いて黙り込んでしまう。

困っているというよりかは、真剣に何かを考えている感じだった。


「……私の勘が正しいなら、あかりはもうその猫に会わない方がいいと思う。というか、会わないで」

「ななみ、どうしちゃったの? 何か変だよ」

「それに、夢の中で会ったっていうその女の子。それが、今回の夢騒動。その原因だとしたら……」

「何、言っているの……?」


まさかこの話をして、自分が困る立場になるだなんて思ってもみなかった。思い返してみれば、朝の出来事も変だ。一瞬別の世界に行ってしまったようだった。そもそもの話、この身に宿る力だってそうだ。全てがおかしい。そうだ。全てが。

そこで、あかりは思い当たる。


「もしも、現実だと思っているこの世界自体が夢の世界なのだとしたら……」

「あかり……?」

「そうだ。そうだよ! そうじゃなきゃおかしい! でも、なら一体どのようにしてこの夢から醒めればいい!?」

「あかり! 落ち着いて!」

「ななみの方こそ落ち着いてよ!」

「私は落ち着いてる!」


それは、ただ一度の言い合い。

けれども、ななみとこんな風に言い合いをしたのは初めてだった。その事実に気付いて、気まずさを覚えた脳は次第に冷えていき、冷静さを取り戻していく。

その末にあかりはしゃがみ込み、頭を抱える。


「もう嫌だ。私はどうなっちゃってるの。何を信じればいいの。どうすればいいの」

「あかり……」


ななみはあかりの隣に座って、心配そうに覗き込む。


「怖い。怖いよ。私はただ、みんなと一緒にいたかっただけなのに」

「それは、私もだよ」

「ねえ、ななみ。私これからどうすればいいと思う……?」

「大丈夫、あかり。私が付いているから。たとえこれが夢の中だとしても、私は一緒にいるよ」

「どうして私の言う事を信じてくれるの?」

「当たり前だよ」

「何で……?」

「だって、私たち親友でしょ?」

「しん、ゆう」

「それとも親友って思ってたのは私だけ?」

「そんなことない。そんなことない! 私だって親友だって思ってるよ。だから、だからこそ迷惑をかけちゃうと思って今まで相談できなかった! 変なやつだと思われて、距離を置かれてしまわないかなって!」


溢れ出す感情。今だったら、心の奥底にある気持ちも、全て吐き出すことができた。


「うん、親友だよ。私もなおもさつきも。四人で親友。だから、一人で抱え込まないで。悲しみは四分の一に。幸せは四倍に、って。これなんかどこかで聞いたことあるようなセリフだね」


そういって、ななみはポケットティッシュを差し出す。


「ふふ、こんなときに何を言ってるの」


笑いながら涙を袖で拭うあかりは、右手でそれを受け取る。そして鼻をかもうとした瞬間。

──それは手袋と共に粒子となり、風に流されて消え去っていった。


「そんな、どうして。手袋をしていたのに」


『怖い。怖いよ。私はただ、みんなと一緒にいたかっただけなのに』


『そうだね、あかりはこのままの生活がいつまでも続けばいいのにって思ってる。だから、無意識のうちに力を押さえつけているの。でも、無理に押さえつけられた力は限界を迎え、時々その反動で溢れ出てしまう』


「ぁ……」

「……」

「……私たち、親友だよね?」

「事態は思ったよりも深刻みたいだね」

「親友でいてくれるよね……?」

「当たり前だよ。それじゃあ、今後の方針を考えていかないと」

「約束、してくれる……?」

「もちろん」

「よかった。ななみが親友でいてくれて、本当によかった……」


けれども、この時の私たちは知る由もなかった。

知りたくもなかった。


私たちの「親友」は、この上ない繋がりを示すものだったけれど。


大人たちの都合の前ではあまりにも無力であり。

息を吹けば飛んでしまう紙切れのように無様であり。


自分たちが、どうしようもなく無力な子どもであるのを思い知らされることに。



────霜月ななみの転校が決まったのは、それから数日後のことだった。





「ねえ、ななみ。転校するって本当なの?」

「うん、お父さんの仕事の都合で」

「今年、この学校に来たばかりじゃん……」


朝のホームルームで、ななみの転校が告げられた。ここから遠く離れた地方に行くらしい。つまりは、会うことが絶望的になるということだ。今月末にこの学校から転校をするとのことで、告げられた瞬間、思考が停止した。現実を受け入れられなかった。この世界はやっぱり夢なんじゃないか。そう思ってしまうほどだった。


その後の授業の内容は覚えていない。ななみとは気まずくてうまく喋ることができなかった。あんな約束をした後だったから。それはななみも同じだったのだろう。休み時間も、昼食時も。お互い口をつぐんだまま、仏頂面をして。別に転校はななみが悪いわけじゃないのに。仕方がないことなのに。きっと、本当に悔しいのは、ななみのはずなのに。


こんなんじゃいけない。うまく話せないまま、転校の日を迎えることになってしまう。そんなの一生後悔するだろう。だから、勇気を出して、放課後に声をかけてみた。向こうも同じく話そうと思ってたみたいで。それでお互い、何だよって笑いあって。まずは、なおよりもさつきよりも、私と二人っきりで話したいって言ってきて。屋上へと上がって。本当は普段閉鎖されているのに、どこからともなくななみは鍵を取り出して。ちゃっかりしてるなと言って。真面目だと思っていた彼女の新たな一面を知ることができて。これからもっと一緒に過ごせれば、まだ知らない一面が見れるんじゃないかと胸が詰まって。


「ごめんね。せっかく力のことを打ち明けてくれたのに、こんなことになってしまうなんて」

「ななみだけ一人暮らしすることはできないの?」

「私も行かないとだめだって言われた」

「そんな……」

「ありがとう、あかり。私のために悲しんでくれて」

「悲しむよ、そりゃ。だって、この学校で一番仲良くしてたんだもん。でも、さらに短くなってしまった私たちの高校生活。これ以上悲しまずに、笑顔で過ごさないと。そう、わかってはいるんだけどさ……」

「あはは、だって知らせたの今日だもん。そんないきなりは無理だよ」

「ななみはどれくらい前から知ってたの?」

「私は昨日なんだけどね」

「大して変わらないじゃん。でもびっくりしたよ、まさか真面目なななみが職員室から屋上の鍵を盗んでくるなんて。お主も悪よのう」

「ここでの学校生活でできなかったことを後悔したくないなって思ったら、なんか吹っ切れちゃって」

「屋上が? まあ、憧れではあるよね」

「うん。ここでやりたいことがあってさ」

「ん? 来ることが目的じゃなくて?」


返答をせずに、ななみは唐突に緑色のネットフェンスを登りだす。


「ちょ! 何してんの!? 流石にマズくない? てか、危ないって!」

「ふふ、あかりも来れば?」

「パンツ見えるよ? 色んな人に」

「別にいいよ。転校するし」

「吹っ切れすぎでしょ。てか、そういう問題じゃないし……」


まさか自分がななみ相手に突っ込み側に回るとは思っていなかった。本当にこれまでの彼女と同一人物なのか疑ってしまう。まったく、新しい一面にはつくづく驚かされるばかりだ。こんなファンキーな一面があったとは。吹っ切れの力、恐るべし。

自分も行こうにも、登っている最中に力が発動したら、落ちて怪我をしてしまいそうだ。


そんなこんなで、フェンスの向こう側に降りたななみは手を広げる。まるで、この大空が全て自分のものだと主張するかのように。

風になびく髪の毛、制服。見渡す限りの住宅街。日常の中に溶けていたはずのものたち。そのどれもが、屋上という非日常の場所でそれぞれの色を放つ。


「あはっ、あはは! すごい解放感! 悪いことしてるって感じ!」

「悪いことしてるんだよ、今まさに……」

「ねえ、あかり?」

「ん?」

「私ね、幸せ」

「うん」

「この学校に来て良かった」

「うん」

「あかりと、さつきと、なおと出会えて良かった。こんなに楽しい場所があるんだって思えた」

「私もだよ」

「だからね、考えたの」

「うん」

「考えて。考えて。考えて。転校が嫌で。みんなと離れるのが嫌で。考えて。考えて。考えて。考えて。そうしたら、導き出された答えはあまりにもシンプルで。それこそ、思わず笑ってしまうほどに単純で」

「……ななみ?」


郷愁から今後の話に切り替わった。

そして、あかりは眉をひそめる。

言葉の重さに対し、その声調はあまりにも軽く。あまりにも、滑らかに流れすぎていた。

違和感。


「これ以上の幸せはないって。あかりはそう思わない?」


そう言って、彼女はこちらを振り返る。

吹っ切れた。

彼女の言ったとおりなのだろうか。

そう表現をするにはどうにも、言葉が意志で塗り固められ過ぎている気がした。

胸の中がざわつく。


「ななみ、そこ危ないよ。そろそろ戻ってきてもいいんじゃない?」

「あかりは、そう思わないの」

「思う! 思うから、ほら戻ってきてよ」

「戻ってどうするの?」

「え?」

「だって、私の幸せはここにあるんだよ? 戻って、不幸になれって、そう言うの?」

「ちょっと、変な冗談やめてよ」

「冗談? 何が? この世界が? 確かにふざけてるよね」

「まだ転校まで時間があるじゃん。思い出いっぱい作れるよ」

「ううん、私の思い出はここで終わり」

「なに、言ってるの……?」

「これは、この腐った世界に対する私なりの抵抗」


彼女がこれから何をするつもりか察したあかりはフェンスに手をつく。

だが、力が発動する気配はない。

焦燥で喉が乾いていく。


「ほら、言ってたじゃん! 叶えたい夢があるって! それはどうするつもり!? 今よりも幸せを感じることができるかもしれない!」

「そうしたら、これ以上の幸せはないって言ってたのは嘘ってことになるけど。あかりは本当はそう思っていなかったってこと?」

「違う! 今このときはこれ以上の幸せはないって思ってる! 確信してる! でも、この先もずっと不幸かなんてわからないじゃん! それに今以上はなくても、幸せを感じる機会はあるはずでしょ!?」

「薄っぺらい言葉だね。まるで、大人みたい」

「……っ!」

「意地悪なこと言ってごめんね。でも、不確定な未来より、今確かなことだけに目を向けてほしい」

「一体どうしちゃったの……」


必死でフェンスに縋り付くあかりを見て、ななみの表情が柔らかくなる。


「いつか来る終わりが確定的なものなら幸せのまま終わることは人類の悲願のはずでしょ? ここで私が死ねば私の中の世界は永遠に幸福なままなの。それを誰が咎められるというの?」

「ちょっと、待ってよ……」

「生まれるときを選べないのなら、せめて死ぬときくらいは選ばせてほしいな」

「待ってってば、ななみ!!」

「今までありがとう。さようなら、──あかり」


ななみの体が後ろに傾いていく。

似たようなことが前にも会った。あれは、橋の欄干が崩れていって、自分が川に落ちそうになって。そのときは、ななみが助けてくれた。

でも、今彼女と自分の間にはこのフェンスがある。

伸ばそうとした手をフェンスが阻む。

依然として、力が発動する気配はない。


やがて、ななみの体は視界から消える。

後には何かが弾けたような音が響いた。


その場に力なくへたり込む。何も変わらない空を見上げることしかできなかった。


「な、なみ……」


こんな。こんなのって。


「あ、ぁあ……」


あまりにも、突拍子がなくて。現実感がない。

夢の中。そう、これは夢なんだ。


「ぁぁああぁぁぁあああああああぁあぁぁぁあああああ!!!!!」


だって、そうじゃなきゃおかしい。こんなことが連続して続くなんて。

どうすれば、この夢は醒める? どうしたら、私はあの日常に戻れる? 

戻らないと、あの世界に。


「はぁ、はぁ……!」


噛み合わない。何もかもが。この体も自分のものではないみたいだ。

なら。


なら、この世界を消し去らなければ。


そうして、屋上の床に両手を突く。

床に亀裂が走っていく。


「あはっ、あははは!!」


ああ、よかった。ようやく思い通りに力を使うことができた。


ようやく、戻れるんだ。


あの世界へ。

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