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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 1章 罪人の町
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8話

「あぁ、天使様。どうかミリヤをお救いください……!」

「天使様……!」


その声を聞き、彼女は目を覚ます。

燃えるような熱さは全て消え失せていた。


「ミリヤ!」


起こした体を抱きしめてきたのは母親だった。

その表情を見るに、自分はまた迷惑をかけてしまったらしい。


けど、どうして私は熱を出してしまったんだっけ。

その直前の行動がうまく思い出せない。

お母さんが夕ご飯を作ってくれるをいつも通り部屋で待っていて。

それで熱を出して……?


そこまで思ったところで、父親の視線に気が付く。

だが、彼の視線は母親のそれとは異なっていた。


「ミリヤ、お前……」


その目は細かく震えながらもミリヤを映し続ける。


「お父さん……?」

「その、背中のそれは……」


背中?

背中に何かが?

そこで、違和感に気が付く。

左側の肩甲骨あたり。


「天使、様……?」


そこには翼があった。

記憶が呼び起こされる。

いつからか、この町から姿を消した教会の天使様。

それに酷似した片翼。


「何、これ……?」

「ミリヤ、お前は天使様だったのか……!」

「え?」

「待っていろ! すぐに近所の人たちに伝えてくるから!」

「え、ちょっと……」


そう言って、急いで出ていく父親の背中。


「ああ、なんてこと……。私たちの子が天使様だったなんて……!」

「お母さん……?」


私があの天使様だった……?

そんなわけがない。

だって、そんな記憶は一切。


「────」


ふと頭をよぎるのは、夢で会ったあの銀髪の女の子。


「何? 聞こえないよ?」

「──」


何かを言っていたのを思い出した。

だが、その内容までは聞こえずじまいだった。

この翼には彼女が関係しているのだろうか。


その時、耳を劈く男の絶叫が聞こえる。

急いで窓から外を見た。

そこには。


「うそ……」


燃え盛るような赤色をした塊。

それが、獣のような形を成し、誰かに覆いかぶさっている。

あれは何だ。

何かの撮影?

にしては、べっとりと現実感が肌に張り付いてくる。


絶叫は続く。

時折、ごぼと咳き込むような音が混じりながら。

獣の下からは、これまた赤い液体がその範囲を広げて。

そして、その顔を動かしたとき、下にいる誰かが明らかになる。


「────おとう、さん……?」





「なに、これ……」


赤色をした大小様々な怪物が町を闊歩している。

今も響いている悲鳴は、複数。

聞いているだけで、息苦しさが増していく。

何が起きているのかは、何となく想像がついた。


異常な魔力量を感知したあかり一行はすぐに町を訪れた。

渦を発生させたそれとは異なる密度。

嫌な予感が頭をよぎる。


「これは、ミリヤちゃんの、せいなの……? だとしたら、私があのとき……」


バームガルトさんがミリヤちゃんを保護するのを遮ったせい……?


「悔やむのは後じゃ。とりあえずは、ミリヤとの接触が最優先。もちろん、お主らにも手伝ってもらうぞ」


彼女が声をかけたのは、茨の魔女とお菓子の魔女だった。


「私としては、人間がどうなろうが知ったことじゃないんだけどねえ」

「お願いします、茨さん」

「あかりっちにそう頼まれちゃ仕方ないさね」

「でも、私は戦闘向きの魔術じゃないわよ?」


バームガルトは腕を組む。


「そこで、班を2つに分けて捜索する。班分けは────」





「す、すごい……」


あかりは目の前の光景に圧倒されていた。

建物の壁を蹴りながら剣を振るい、いとも容易く怪物を切り捨てていくバームガルト。


あかりは彼女と二人一組でミリヤを探すことになった。

そして、二人は一番可能性の高いミリヤの家に向かっていた。


「感心しているだけでなく、お主も戦え」


そう言われて、あかりは唇を噛み締めた。


「ごめんなさい。私、戦ったことなんてなくて」

「何? お主は協会の魔女じゃろう。戦い方はそれなりに知っていると思っていたが」

「協会の魔女なのは、そうなんだけど……」


思い返せば、いつだって自分は誰かに守られてばかり。

自分の力でまともに戦ったことなどない。


「でも、この魔法でどうやって戦えば……」


触れることさえできれば、時を加速させて命を奪うことができるかもしれない。

だが、無防備で近付くのはあまりにもリスクが高すぎる。


「そうか。ならば、無理矢理にでも思いつかせてやろう」


瞬間移動のように素早い身のこなし。

そうしてあかりの後ろに現れた彼女は、背中を蹴り飛ばす。


「えっ、わっ、ちょっ……」


体勢を崩し、よろけるあかり。

千鳥足のように右左と大股で踏み出しながら、何とか転ばないように踏ん張る。

そうして、一つのビルを通り過ぎた先の曲がり角で目にした。

あかりの倍はあろうかという大きさをした熊の姿をした怪物が立ち上がっているのを。


「……へ?」


地響きのような咆哮。

髪の毛が逆立つような錯覚を覚えてしまうほどだった。


「ひっ、ひいいいいいいいいいい!!!!!」


四つ足でこちらに駆けてくるのを見て、あかりは背を見せて逃げ出そうとする。


「逃げるな立ち向かえ!」


叫んだバームガルトは、ビルの側面に両足をつけて立っている。

彼女の魔術によるものなのだろうか。

いや、この際そんなことはどうでもいい。


「そ、そんなこと言われたって、一体どうすれば!」

「自分で考えろ!」

「ひどい! ひどすぎますっ! ってうわあ!?」


怪物による前腕の一振りを身を屈めて何とか回避する。


「ちょっとくらい優しく教えてくれたっていいじゃん!! 学院長だったんでしょ!? そういうの得意なんじゃないの!?」

「お主は元々魔法が使えたんじゃろう! そんな者に普通のやり方で教えて、普通になられてもこっちが困る!」 

「魔法使い差別だ!」

「それに実戦に勝る経験などない!」

「始めからそうして! 死んだら! 元も子も! ないでしょって!!」


すでに息は絶え絶え。

こうして何度も相手の攻撃を躱せているのは奇跡と言ってもいいだろう。


懐に潜り込めば。

いやいや、そんなことしたらやっぱりあの攻撃を躱せない。

せめて。


そこで、あかりはちらとバームガルトが手に持つ剣に目をやる。


せめてあんな武器があれば。

でも、時を操る魔法。

それに関係する武器なんて。


そのとき、ある音があかりの耳に流れ込んでくる。


「これは、鐘の音……?」


振り返ると、そこにあったのは時計台。

時刻は正午を指し示している。

それを知らせる鐘だった。

瞬間、あかりははっとする。

あるじゃないか、関係するもの。

それがあれば、戦えそうなものが。


目を閉じて、イメージをする。

時計を。

そして。

その「針」を。


まぶた越しに暗くなる視界。

すぐ目の前に立っている。

だが、不思議と心は落ち着いていた。


前腕が振り下ろされる。

それとは逆方向から握った手を振り上げる。


「ほう、やればできるではないか」


バームガルトは満足気に目を細めると同時に、怪物は霧散する。


────振り向いたあかりが持っていたのは、時計の針のかたちを成した両刃の剣だった。





「これはまた見事な……」


三人の魔女が対峙していたのは、大型トラック3台程度の大きさをした赤色の竜。

尻尾を振る度、触れた建物の壁を削り取っていく。


「いや、そんな感想はどうでもいいのよ!」


茨の魔女の場違いな発言にお菓子の魔女がツッコミを入れる。


「まさか、竜種までいるとは。カッシーの魔術でも、難しそう?」

「小さいサイズならまだしも、あのサイズは流石に無理よ」


そう言って肩を竦める彼女の周囲には、飴、クッキー、チョコレートなど様々な種類の菓子が散らばっていた。

彼女は生物・非生物問わず、触れたものを菓子に変える魔術を使える。

自分では、お菓子を作るだけの大したことのない魔術だと謙遜しているが。

改めて見ても、十二分に強力な魔術だという印象は変わらない。

お菓子にして食べられるのを想像した瞬間、マーガレットの背中に冷たいものが走った。

……ある意味、一番敵に回したくない相手かもしれない。


「……なんか失礼なこと考えてない?」

「いや!? そんなことないよ、うんうん! きっとそんなことないから!」

「何か変じゃないかい?」

「そそそ、そんなことないってば!」

「いや、この町の話さね」

「あっ、ああ~~! そっちか~~!」

「全く、そのもう一つの方を聞かせてもらいたいところだけど……。で、変なのは町に人が少ない、でしょ?」

「ああ。どこかに避難しているのか。あるいは……と、こっちはあまり考えたくないねえ」

「……いずれにせよ、この竜は倒した方がいいと思うな」

「賛成ね」

「しょうがない。私の出番さね」


ゆったりとした足取りで、二人の前に出る茨の魔女。

腰からすらと取り出したのは、茨を模したレイピア。

彼女が指揮棒のようにそれを振るうと、竜の体に茨が巻き付く。

だが、見た目からして痛みを感じなさそうな竜は、暴れてそれを振りほどこうとする。

よじった体へ、さらに棘が食い込んでいく。


「──伏せ」


それを見た彼女が命令すると、それまでの荒々しい行動は一変する。

四つん這いになり、彼女に頭を差し出したまま動かない。


「良い子さね」


そう言って、竜の頭を撫でる茨の魔女。

対して、お菓子の魔女は眉をひそめる。


「茨の毒が有効だということは、そういうことよね」

「どうやら、考えたくない方が当たってしまったみたいだねえ」

「つまり、この怪物たちの正体は……」


頭から手を離すのと入れ替えに、彼女はレイピアを頭部に突き刺す。

霧散していく竜の姿を見つめる目は、柔和な表情とは裏腹に、どこか冷たさを感じさせた。


「ああ、────この町の『人間』さ」

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