7話
「強制的であれ何であれ、魔女になるには他の魔女の意思が必要さ」
翌日、緊急で開かれた魔女のお茶会。
そこで、あかりとマーガレットはミリヤの魔女化について相談していた。
「魔女の自然発生なんて、少なくとも私がこれまで生きてきた中では聞いたこともないさね」
この中では一番年長だという茨の魔女の言葉に、考え込むあかり。
となると、ミリヤを魔女にしたのは、やはり夢で会った少女なのか。
「それにしても、魔術学院が直々に推薦に来るなんてね」
「そういえば、あのローブを纏った魔女。推薦担当者だとか言っていましたけど、マーガレットさんの知り合いだったんですか?」
憎む、憎まないとか。
そんな話をしていたような気がする。
その問いかけに、マーガレットは表情を曇らせる。
「実は私たち3人はさ、元々影の国で働いていたんだ。先代の北の魔女がクーデターを起こしてその地位に就いてから、離れたんだけどね。彼女はそのときの上司でさ」
「なるほど、そういうことだったんですね」
「北の魔女が変わったことで、幹部には大きな入れ替わりが生じた。逆らえないように役職を下げられ、魔術を制限されながらも、彼女は何とか残ることができた。だから、簡単に逃げ出した私のことを憎んでいるんじゃないかと思っていたんだけど。ほら、ここまで育ててやったのに自分と一緒に残らないなんて、この恩知らずめってさ」
「役職を下げられて推薦担当者? ということは、マーガレットさんも魔術学院で働いていたんですか?」
そこで、お菓子の魔女が口を挟む。
「働いていたも何も、彼女は元副学院長だし」
「ふ、副学院長!? ってことは、あの魔女は……」
「元学院長よ」
「そ、そんなすごい魔女だったんだ……」
「私はともかく、バームガルト学院長はとてもすごかったんだよ」
「誰の噂をしておる」
「どわひゃい!?」
特徴的な古臭い喋り方。
声がする方に目を向けると、あかりの後ろの窓。
それを開けた女が外からジト目でこちらを見つめていた。
「が、学院長!?」
「『元』じゃ、『元』。そやつが今言っていたじゃろう」
「どうしてこんなところに……」
「邪魔するぞ」
その女、バームガルトは、宙へと浮き上がり、そのまま小柄な体を窓へと滑り込ませる。
家の中に侵入してきた彼女にお茶会3人組は唖然としている。
その中で、あかりだけが抗議の声を上げた。
「本当にお邪魔なんですけど!」
「そうぷりぷり怒るな。ほら、これでどうじゃ」
そこで、フードを脱ぐ。
すると、頭のてっぺんには、普通の人間ではありえないものがあった。
「耳……!?」
それも、獣の。
形状的には、狼のようにつんと立ち上がっている。
「お主のところでは珍しいじゃろう。魔女になった際、こうして特異な体質が発現し、見た目に現れるのは」
ああでも、とバームガルトは付け加える。
「協会はヴァストヴェーレとも接触していたんじゃったな。インパクトではあちらには負けるかの」
「どうしてここでヴァストヴェーレが出てくるの……?」
「ん? 天ヶ崎れいの翼を見てはいないのか? 『天使様』の翼を。大きな事件だったと聞いたが」
「あぁ、そういうことか。ん~、会ったことはあるけど、生えていた覚えはないんだよね。事件が終わった後、そういう話だけ聞いた」
「む、そうか。まあ、やつらは普段翼を隠すこともできるからな」
「あなたは消せないんだ」
「人間には奇異な目で見られるが、何も悪いことばかりじゃない。なぜなら──」
「なぜなら?」
「こうしてお主の心を絆すことに成功しているからじゃ!!」
「くっ!?」
「気になっているんじゃろう!? 触りたいんじゃろう!? この耳が!?」
「うぅ!?」
「ほれほれ、ぴこぴこさんじゃぞ~?? もふもふしておるぞ~~??」
旗あげゲームのように動く彼女の柔らかそうな耳に視線が釘付けのあかり。
「いいのか? 本当にお邪魔なのか? わしは!」
「う、うぅ~~~~~~~~!!!」
「……それで、バームガルト様はどうしてここへお越しに?」
おずおずと話を切り出すマーガレット。
バームガルトは、表情の蕩けたあかりの膝上に座って、耳を触られ続けている。
かつての学院長のあられもない姿にお茶会メンバーの表情は引きつっていた。
それら全てを意にも介さない様子で、彼女は焼き菓子を口に運ぶ。
「ミリヤ・スティールフォーレの高熱が治まり、両親の付きっきりの看護が終わるまでは手出しができん。だが、いちいち影の国に戻るのも面倒じゃ。だから、ここに滞在することにした」
「どうしてそんなにも人間を恐れているんだい?」
「ん? お主は……」
声をかけてきた茨の魔女に視線を向ける。
「そして、お主も……」
次にはお菓子の魔女にも。
「これはこれは、また懐かしい顔ぶれじゃな」
「ん? もしかして全員知り合いだったりするの?」
正気を取り戻したあかりは尋ねる。
「とは言っても、直接話したことはないねえ」
「?」
「この二人は、オーガルフェルデンの前の北の魔女、アデンスフィア直属の魔女だったんじゃ」
「そうだったんですか!?」
「私はただお菓子を作っていただけだけどね~」
ひらひらとお菓子の魔女は手を振る。
「話は戻るが、別にわしは人間を恐れているわけではない」
「と、いうと?」
「人間に迷惑をかけるなという北の魔女の勅令じゃよ。魔女との対立に繋げないためにも、回収の際に両親と接触するのは避けるべきじゃ」
「とはいえ、ミリヤちゃんをこのままにしていると、想定外の被害を招く危険性があるとおっしゃるんですね」
「あやつが消える両親の悲しみとそれ以外の者たちの命。天秤をかければどちらを取るかは火を見るよりも明らかじゃ」
「ちょっと待ってよ」
あかりは手を止める。
「何じゃ」
「魔女になる際の魔力暴走ってどれくらいの確率で起きるものなの? それに、発生したときの被害ってどれくらいを見込んでいるの?」
その問いかけを。
「わからん」
バームガルトはいとも容易く切り捨てた。
「なっ!?」
「わからんからこそ、最悪の事態を想定して行動する必要がある。なにせ、あのような魔女のなり方をわしも知らん。それに、あの町は『天使様』の息がかかった町じゃ。暴走まで行かずとも、何がどう影響するかが全く見えん」
そこで、マーガレットがあかりに声をかけてくる。
「あかりっち。残念だけど、バームガルト様の言い分は正しいと思う。大丈夫、この方は悪い魔女じゃない。それは私が保証するから」
「……」
「あかりっち? あかりっち、あかりっち……。お主、もしかして、浜野田あかりか?」
「私のことを知っているの……?」
「知っているも何も、お主の回収も北の魔女からの勅令じゃ! ますます早く戻る必要が出てきたか……」
「────崩れ落ちた白亜の塔は」
夜半。
女は町を悠然と歩いていた。
片手には、身に合わぬほどの大剣。
それを、引きずりながら。
金属と舗装された地面との接触音が響く。
「風にさらわれた祈りの残響を抱き、月光の下でかつての誓いを黙して語る」
首に下げられた十字架の首飾り。
それが、鈍く月光を反射していた。
「その石片に触れた者は、忘れ去られた名を夢に見る」
そして、到着したのは橋の中央。
それまで引きずっていた大剣を両手で持ち、斬り上げる。
すると、橋の中央に1本の線が走っていた。
それだけにとどまらない。
これまで大剣を引きずってきた全てに。
否、女は大剣を用いて「描いて」いた。
「そう。塔は崩れてなお、誰かの帰還を待っている」
大剣を欄干に立てかけた女は水面に映った月を見下ろす。
ガーターベルトに取り付けたナイフを手に取り、手のひらに突き立てる。
溢れ出す血液。
それを水面の月に垂らす。
広がる赤。
それが、月全体に広がったとき、地面に描かれた「魔法陣」が起動する。
すると、頭上の月。
真なる月も赤く染まりゆく。
「全ては、教典の示すがままに────」




