3話
「おお~、これはすごい……」
歩いて1時間ほど。
二人はある一本の大木の前に立っていた。
幹にはドアが取り付けられている。
おそらくは幹をくり抜き、家にしているのだろう。
ファンタジー作品で妖精が住んでいそうな感じだ。
感嘆に声を漏らすあかりの隣で、茨の魔女はノックをする。
「はぁ~~い」
数秒後、間延びした声とともに出てきた女は虹色をした奇抜なベレー帽を被っていた。
ドアの奥からふわりと甘い香りが漂い、鼻腔を刺激する。
「いつもいつも、場所を貸してもらってすまないねえ」
「こっちこそ、来てくれてありがとうだよ~」
「一番乗りかい?」
「ううん? もうね、彼女も来てるよ~」
「意外だね。午前中だし、てっきり一番だと思っていたんだけど」
「まあ、彼女も彼女なりに不安を抱えていて、早く誰かと話したかったってところかな~。っと、ところでそちらの子は?」
彼女はこちらに視線を向ける。
「魔女だよね?」
「そうさね。名前はあかり」
「明かりの魔女?」
「あ、いや。名前があかりなんです。フルネームは浜野田あかり」
そこで、ぽんと手を叩く。
「ああ、そういうことか! ごめんねごめんね~。いつもそんな感じで呼び合っているからさ~」
「彼女のことは色彩の魔女と呼んでいる」
「よろしくね~。うん、新しい子が来て、あの子も喜んでくれると思うよ~?」
軽く握手を交わし、彼女は家へと手を向ける。
「さあさあ、立ち話も何だし、入って入って~!」
机にずらりと並べられたお菓子。
部屋に入ったときの甘い匂いの正体はこれだった。
注がれていく紅茶は茨の魔女が持ってきたものらしい。
「じゃあ、改めて自己紹介からね。私は色彩の魔女」
「私が茨の魔女」
「そして、私が────」
「おかしな喪女」
「そう、おかしな魔女……って、違う違う! 『お菓子の』魔女!」
声を出して笑う茨の魔女に向けて、突っ込みを入れている女。
それがこのお茶会の最後の一人、お菓子の魔女だった。
その異名のとおり、このお菓子は彼女が魔力で生み出したものらしい。
正直、すごくうらやましい魔術だ。
「それに、今喪女って言わなかった!? 誰がおかしなマゾで喪女の魔女じゃい!」
いや、マゾとは誰も言っていない。
唐突な性癖開示に苦笑いを浮かべるあかり。
「それであなたは?」
「あ、私はあかりです。浜野田あかり」
「どんな魔術を使えるの?」
「え? ああ、あの。えーと、強いて言えば、『時を操る』的な?」
その瞬間、全員が黙り込む。
「確かに今、時が止まったけど……」
「あ、ああ〜。そういう感じね〜?」
「いや、そういう感じじゃなくて!」
何か盛大に勘違いをされている。
確かに時を操るなんて、突然言われて信じられるはずもないけど!
「……前の東の魔女と同じ魔術なんです。でも、まだまだ未熟で、扱いこなせるかもわからないですけど……」
「ふーん、面白いねえ! じゃあ、あなたは魔法使いなんだ!」
「あれ、すんなり信じてくださっている……?」
「まあ、今いろいろな事態が巻き起こっているからね。そういったことがあっても別に不思議じゃないよ。君は東の魔女連合協会の所属なのかな?」
「はい。みなさんからはあまり良く思われていないかもしれませんけど」
3人は顔を見合わせる。
「まあ、別に私たち人間をいたぶっているわけじゃないしね」
「というか、協会の魔女と会うの初めてなんだけど」
「そういうこと。別に気負う必要はないさね」
ほっと胸をなでおろす。
人間と一緒に住んでいるルクラットは受け入れてくれると思って伝えた。
だが、彼女たちにもすんなり受け入れてもらえるとは思っていなかった。
「自己紹介も済んだことだし、お菓子も食べて食べて!」
「紅茶も良い茶葉を持ってきているさね」
「ん~♪ 相変わらずおいし~♪」
早速お菓子を頬張っている色彩の魔女。
団欒といった雰囲気にあかりも笑みがこぼれた。
「最近も結構忙しいのかい?」
茨の魔女が色彩の魔女に尋ねる。
「うんうん。いつの世も、心労は絶えないものだからね~」
「……?」
「彼女は普段、心理カウンセラーとして街で働いているのよ」
「人間と共存しているんですね……!」
「まあ、別に努めて人間と仲良くしようと思っているわけでもなく、私はただ純粋に好きなことをやっているだけだけどね~。それを言えば、カッシーだって、お菓子作りの教室を開いていたりするじゃん」
カッシー?
ああ、お菓子の魔女のことか。
「集まってくるのは主婦ばっかりで、恋の予感はしないけどね……」
「(こっちは邪な思いが混ざっている!)」
「それで、協会の魔女さんがどうしてこんなところへ来ることに?」
あかりはこれまでの経緯を説明した。
「そうなんだ。あの西の魔女がね~」
「北が東と手を組もうとするとか、今まででは考えられないわね……」
「それで、彼女は面識のある北の魔女を頼るため、影の国に行こうとしているってわけさ」
「ふんふん。でも、ここから徒歩は厳しいと思うよ? 乗り物に乗るにしても、お金とか持ってるの?」
「……日本のお金なら少し」
色彩の魔女はあごに手をやり、少し考える。
「そうしたら、アルバイトをしてお金を稼ぐのはどうかな?」
「アルバイトですか?」
「そうそう! そうすれば北の魔女を頼らなくても飛行機で日本に帰れるでしょ? 内容は私の仕事のお手伝い! ちょうど人手が足りなくて困ってたんだ~」
「……なるほど」
「それに、衣食住完備! 私の家を好きに使ってくれていいよ! 悪い話じゃないと思うけどなぁ」
「……! 乗りましたその話! いえ、乗らせてください!!」
「おうさ~! うんうん、元気そうで何よりだ。これからよろしくね~!」
ずいぶんあっさりと話が決まってしまった。
何か裏があるのではないかと勘ぐってしまいたくなるほどだ。
本当にここまで至れり尽くせりでいいのだろうか。
「じゃあ、まずは形式的な採用面接から! まずは、これまでの来歴を話してもらおうかな!」
「えぇっ!?」
「さあ、どうぞ!」
話すように促してくる色彩の魔女。
残る二人はものすごい勢いで彼女の両サイドに椅子を動かし、こちらと対面になる。
一人は穏やかに、もう一人は険しい顔とそれぞれの役割を決めている様子。
面接官のつもりか。
だが、全員目の奥には輝きを孕んでおり、どんな物語が待っているのかと期待に胸を膨らませているのがわかる。
この状況で、断り切る勇気はあかりにはなかった……。
「では、合格の場合1周間以内に電話をしますので……」
「採用前提でしょ!」
「冗談はさておき、お疲れお疲れ~~♪」
「ほんとうに疲れた……」
話し始めてからゆうに数時間が経過していた。
生まれてから魔女となり、今に至るまでの自分の全てを話した。
事あるごとに根掘り葉掘り質問されて、これは尋問かと錯覚してしまうほどだった。
「久し振りに充実したお茶会だったわね」
「お腹いっぱいさ」
ずかずかと踏み込んでくる彼女たちの辞書に遠慮の文字はきっとない。
「じゃあ、次はまた半年後ね。ばいばい~~」
「今度から、ゲストとして新しく魔女を連れてくるのも良いかも知れないさね」
楽しそうに去っていく二人の背中を見て、彼女たちが魔女であることを痛感した。
完全におもちゃとして弄ばれた感。
もしかして私を誘ったのも最初からこれが目的だったのか……?
なんたる屈辱ッ……!
だが、助けてもらった手前、文句は言えないッ……!
「さてさて! 明日はさっそく町に出て、一緒にお仕事をしてもらうよ!」
「でもあの、私現地の言葉わからなくって……。差し支えありませんかね?」
「そこは大丈夫! 現地の言葉を話せる魔術をかけてあげるから」
魔術、あまりにも便利すぎるだろ。
「あと、名前はなんてお呼びすればいいですか? 仕事中、色彩の魔女さんなんて呼べないですよね?」
「あははっ確かに! 私のことはマーガレット・シフォンって呼んでくれていいよ」
呼んでくれていい……?
「本名っていうわけじゃないんですか?」
「本名を教えるのって、私は結構抵抗があるんだよね~。昔いたとある魔女のせいなんだけどさ」
「名前に関する魔女だったんですか?」
彼女はこくりと頷く。
「本名っていうのはさ、いわばその者の魂。そして、それを呼ぶっていうのは、その者の魂に触れるっていうこと。だから、そうすることで親しくなれるわけでもあるんだけど。けど、それは同時にリスクでもある。容易にその存在を変質させることもできるからね」
「は、はぁ……」
「まあ、深いことは考えなくていいよ。その魔女はもう死んじゃっているからさ! なんというか……そう! これは癖みたいなものだから気にしないで!」
「癖、ですか」
「うんうん! でも、今の話を聞いて不安になったなら、あかりにもとっておきの名前考えたんだけど……」
なんだかすごく嫌な予感が。
「時を操るなら、トッキーとかどうかn────」
「遠慮させていただきます!! ええぜひとも!!」




