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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
5/52

4話

ガタン ガタン ガタタン ガタン


規則性のある振動が体に伝わる。

心地の良い温かさを上半身に受けながらも、微睡みの淵にいる意識は徐々に釣り上げられていく。


ああ、またか。


変な体制で後ろに寄りかかっていたために生じたのであろうか。首への凝りは意識が覚醒していくにつれ、徐々に本来の感覚へと戻っていく。振動と凝りの不快さに背中を押されるようにして、おもむろに瞼を持ち上げる。


「久しぶりだね、あかり」


目の端で少女を捉える。隣に座っている彼女は、相も変わらずの笑顔を浮かべていた。

無言のまま半開きの目で見つめていると、表情を崩さぬまま小首を傾げる。


「最近の生活はどう? 何か変化はあった?」

「変化しかない」

「あはは、そうだよね」

「色々と聞きたいことはあるけど」

「うん」

「あの力は一体何? 私の体はどうなっちゃってるの?」

「そうだね。この前は時間がなかったから、一方的に私が話して終わっちゃったもんね」


先ほどから不思議と怒りは湧いてこなかった。もったいぶった話し方をする少女に対して、確かに思うところはあったけれど、どこか達観している自分がいた。それはきっと、これが夢の世界であることを自覚しているからだろう。根拠はない。だが、そんな確信を抱いていた。一回目では気が付かなかったどこか現実味のないこの世界。そんな世界で感情的になるのは、何となく馬鹿らしい気がした。


「あれは紛れもないあなた自身の力」

「私自身の、力? きっかけは何?」

「きっかけなんてないよ。あれは始めからあなた自身の力なんだから」

「でも、これまでそんな兆候はなかった。どうして最近になって……」

「この世界があなたの存在を確定させているから」

「この、夢の世界が?」


そうあかりが問うと、少女は目を丸くする。


「どうしてここが夢の世界だと思うの?」

「別に根拠があるわけじゃない。でも確信めいたものを感じてる」

「……そっか。それなら戻っても、ここでの出来事を忘れないでいられるかもね」

「……?」


少女がそう言うと、電車は徐々にその速度を落としていき、やがて完全に停車する。

どうやら駅に着いたようだ。正面の窓には広がる海が。背後には、無人の駅があった。色褪せた駅名標からは何も読み取ることができない。

よくありがちな田舎の駅。そういえば、近頃は地方に住んでいる親族に顔を見せていないなんて、場違いなことを考えてみて。


「そうだよ、ここは夢の世界。そしてこの世界が、あなたがあなたであることから逃さない」

「逃げようとしたつもりはないけど」

「そうだね、あかりはこのままの生活がいつまでも続けばいいのにって思ってる。だから、無意識のうちに力を押さえつけているの。でも、無理に押さえつけられた力は限界を迎え、時々その反動で溢れ出てしまう」

「言っている意味がよくわからないけど、こんな生活はもう懲り懲りだって思えば、私はこの力を制御できるってこと?」


ガタと大げさな音を立てながら開いていくドア。ぼんやりとその動きを目で追いかける。


「うん。でも、焦る必要はないよ。言ったでしょ、その力は始めからあなたのものなんだから。使えるようになるのは時間の問題」

「ねえ、私これからどうなっちゃうの?」

「大丈夫。あなたは本来のあなたに戻るだけ。怖いことなんて何もないよ」


立ち上がった少女はこちらに一瞥を投げかけた後、軽やかな足取りで外に出ていく。


「本来の私って何? こんな力を持った私にどうしろっていうの?」


不安になったあかりは、少女を追いかけた。

だが、外に出る直前で扉は閉まってしまう。一枚の扉を隔てて、あかりは少女と向かい合った。そこで、自身の目を疑う光景と出会う。


扉のガラス越しに見る空が夕焼け色に染まり、太陽が水平線に沈みかけていたからだ。一瞬前までは真昼間だったはず。それこそ、一回瞬きをするまでは。紙芝居めくったときのように、唐突に場面が切り替わった錯覚に陥る。他の窓を見るが、そのいずれもが赤に染まった景色を映し出していた。

そんなあかりを、少女は変わらず笑顔のまま見つめていた。外から差し込む光により、こちらを向いている彼女の顔は逆光により少々の不気味さを纏うものとなる。

そこで、あかりの視界がブレた。体から急速に力が抜けていく。強烈な睡魔。前回と同じ状況だ。


「それは、あかり。あなたが一番よく知っているはずでしょ?」


手足の先から感覚が薄れていき、扉に寄りかかるかたちで体がずり落ちていく。支えようと窓ガラスに触れた指先が、耐えきれずに音を立てて、指紋を塗り伸ばしていく。


「何を、言っているの……?」


下から睨みつけるあかりと、上から笑顔で見下ろす少女。

車内を照らす赤い陽光が、段々と角度をつけて、水平へと近付いていく。それに伴い、窓枠の影がこちらへと伸びてくる。


「あなたが、言っていることは、最初から何一つ、わからない……!」

「時を進めるのはあなたの役割だから。私は同じ時間を一緒に歩むだけ」

「だから……何を……」


顔を上げていられない。その場に座り込み、床に頭を突いてしまう。必死に何かに祈るような体勢で落ちてくる瞼に抗う。


「私はまだそっちには行けないけど、安心して。助けてくれる協力者を用意したから」

「協力、者……」

「答えを急ぐ必要はないよ。夜はもうそこまで降りてきているもの」

「ぁ……」

「次に会えるのを楽しみにしているよ、……あかり」



────世界が、暗転する。





目覚まし時計のアラームで目を覚ました。

仰向けの状態のまま、慣れた手つきで腕をおろし、一発で時計のボタンを掌で押して音を止める。カーテンの隙間から除く光が一日の始まりを告げていた。


「……朝か」


もぞもぞと布団の中で動き、横向きになる。腕を枕にし、深くため息をついた。

はっきりと夢の内容を覚えている。まったく、ひどい夢だった。自分の夢のはずなのに、置いてけぼりにされてしまっている。

この夢を見たのは初めてではない。そのことを思い出した。だが、今回と前の夢のどちらもが昨晩の夢に含まれていたのか、昨晩とそれ以前の日の二日に分けてこの夢を見ていたのか。後者だとすれば、どうして自分は前に夢を見ていたことを忘れていたのだろう。ということは、前者が正しいのか。

やめよう。寝ぼけた頭では、現実味のないことでも真剣に考えてしまう。

にしても。


「暑い」


スマホを取ろうと伸ばした右手に違和感を覚えた。


ああ、そうだ。右手にも手袋をしたんだっけ。

途端に膨らむ憂鬱。

いつもなら、寝ぼけ眼でスマホで動画をぼーっと眺め、時間ギリギリに家を出るというのが定番だが。

完全に目が覚めてしまい、今日はそうした気になれなかった。


「さてと、今日も学生やりますか」


誰に聞かせるわけでもなくそう一人呟き、立ち上がって気だるげに伸びをする。

そして、とりあえず顔を洗おうと、一階への階段を降りた。

いつもなら、母親が朝ご飯を作ってくれている音と匂いがするのだが。今日はやけに静かだ。


「お母さん?」


リビングを覗いてみるが誰も居なかった。朝ご飯すら用意されていない。

まだ寝ているのだろうか。


珍しいこともあるものだと思い、洗面所へ向かおうとする。


「あかり!」


背後から聞こえるその声に、思わずビクッとしてしまう。


「お母さん!?」


そこには母親がいた。それに食卓の上には朝ご飯が用意されている。


「何ぼーっとしてんの、早く顔洗ってきなさい」

「あれ、でも今……?」

「今日日直だから早く行かないと行けないんでしょ?」

「あ、そうだった! でも、ん? ん~??」


果たして寝ぼけていただけだったのだろうか。

例の夢のせいで、意識ははっきりしていると思っていたのだが。





「おはよう、あかり」


朝の日直業務を終え、自席で今日の小テストの勉強をしていると、隣から声をかけられた。


「おはよ、ななみ」


机から目を離し、顔を合わせて挨拶をする。

もうそんな時間だったかと思い、時計を見る。

しかし、視界の端に映るななみは一向に座る気配がない。


「どうしたの?」


ななみの顔をもう一度見ると、苦虫を踏み潰したような顔をして立ち尽くしている。


「それはこっちのセリフだよ……」

「ああ、これか」


極めて平静に、右手を見せる。


「まさか、そっちも火傷したなんて言わないよね……?」

「いやいや、そういうわけじゃないよ。こっちは火傷してない。片方だけ手袋しているなんて逆に目立つなって思ってさ。両手ともしているなら、ファッションだってみんな思ってくれそうじゃない?」

「じゃあ、ちょっとその右手見せてみてよ」

「え?」


予想外の返答に間の抜けた返事をしてしまう。


「ま、まあいいけど……」


そうしてあかりは自分で手袋を外し、右手を見せる。


「ね、なんともないでしょ?」

「うん、ならいいんだけど……。でも、誰かに嫌なことされてたりしたら遠慮なく相談してね。あかりは嫌なことがあっても一人で抱え込んでしまうところがあるから」


図星だった。

どうしてこうも言い当ててくるのだろう。さつきやなおにもそう思われているのだろうか。自分のことを知ってくれていて嬉しいと思うのが半分。複雑な気持ちが半分。

ななみには全てを打ち明けてもいいのではないか。そんな気持ちが頭をよぎる。ななみなら、一緒に考え、悩んでくれるのではないか。


「……あのさ、ななみ」


意を決して口を開いたとき。


「ななみ……?」


ななみはあるクラスメイトを見つめていた。というよりも、会話に耳を澄ませているようだった。

その先が男子生徒だったら、微笑ましかっただろう。

だが、その先は女子生徒の集まりだった。


あかりも耳を澄ませてみる。すると、聞こえてきたのは夢を見ていないことについて。つまり、例の噂のことだった。


「そんなに夢のことが気になる?」

「うん。だってこんなに多くの人が夢を見ないなんてことある?」

「ななみも見ていないの?」

「かれこれ数ヶ月は」

「そんなに? 見ていたことを忘れていただけじゃないの?」

「自分だけだったらわかるけど、他にも大勢見ていないなんてそんなことあるのかな。なんかすごい嫌な予感がするよ」

「まさか。ただの偶然でしょ? だって、私は昨日も夢を見てるし」

「どんな夢だった?」

「意味不明な夢だった」

「みんなが見ていないのに見る夢。それって重要な意味があるんじゃないかな。詳しく聞かせてほしい」

「なんか、女の子と電車に乗ってて、会話をしている夢だったよ」

「女の子?」


そこで、始業開始のチャイムが鳴った。


「そうそう、詳しい話はお昼にするね」


あかりは、ななみに自分の全てを話す決意をした。

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