18話
大広間に置かれた大きな机。
それを挟んで両者は相対する。
東側はあかりを含めた5名。
対する北側はリューベルクとハルバドルの2名のみ。
数が少ないのは、威圧感を与えないというリューベルクの考えによるもの。
これは、北から東に対するお願いだという姿勢の現れだった。
「まずは就任おめでとう、あやめ。忙しいところ、このような時間をとっていただき感謝します」
あやめは椅子に深く腰をかけ、腕を組んでいる。
「こちらこそ。あなた方のおかげで聖女らの襲撃を受けることなく、無事に就任式を終えることができた」
「『あなた』にとっては、私とお話するのは初めてになるのかしら?」
「いや、私の中にはネルヴァージ・ドルレスのこれまで全ての記憶が残っている。だが、夢の中で会ったというのは依然として思い出せない」
「そう。それは残念だわ」
「ここにいるのは私たちのみ。それ以外の協会の職員は終わったことを告げるまで入らないように伝えてある。ぜひ肩の力を抜いて、外聞を気にすることなくお互いにとって有益な話ができることを願っている」
「そうね。あかりとも会うことができて、とっても嬉しいわ!」
そう言って、リューベルクはあかりを見た。
「無事で本当によかった」
「ありがとうね。いろいろと心配してくれて」
「それは当然よ! 私たちは親友なんだもの! ねえ、驚いた? 私が北の魔女だって知って!」
「そりゃあ驚くよ! まさか同い年の女の子がそんなすごい魔女だったなんて」
「ふふっ、困ったら何でも言ってね! 協力できることはするから!」
そこで、あかりは安堵した。
ああ、彼女はやっぱりあのときのリューベルクだと。
そう思ってしまうのも変な話なのかもしれない。
だが、あやめの件があったから、敏感になってしまうのだ。
「さて、再会のあいさつも済んだことだし、そろそろ本題に移ろうか。すまないが、あまり時間がないものでね」
「ええ、そうしましょう」
「同盟をするには、相容れない目的をお互いを持っている。その壁をあなたはどう解決するつもりだ?」
それに対し、リューベルクは口を開く。
「こちらの方針に『人間に迷惑をかけない範囲で』と制限をかけます」
言葉にした。
いとも簡単に。
その場の全員が息をのむ。
それはこれまでの歴史の否定。
もっと言えば、存在の否定。
そんなことをすれば、勢力内での反発も当然予想される。
地位が危うくなるだけだろう。
口先だけなのか。
一体何を考えている。
「……『迷惑』の定義は?」
「その者が不快に思ったり、不利益を被ること。そして当然、感じ方の操作や扇動、強制など、本来の意思に背かせての迷惑の否定は有効なものとみなさない」
「制限とは具体的に?」
「協会の法に基づいて罪に問い、然るべき裁判の後、収容施設に収監。詳しいやり方はそちらに従うわ。そのために────こちらの勢力内に東の魔女連合協会の特区を設けます」
「……」
「そちらの司法部門を誘致し、私たちは自勢力内で容疑のある者をあなたたちに受け渡す。その後の処遇は協会に任せる。裁判所や収容施設を特区内に設置することも許可するわ。どうかしら?」
「……そこまでする理由がわからない。ヴァストヴェーレはもう虫の息。現状のやつらと聖女には対処の労力に大きく差がある。対価に見合っていない」
この女は何を言い出している。
考えが読めない。
どこまでが本気だ。
「ふふっ、こんなことを突然言われても、信用できないわよね。どこまで本気か知りたい?」
「……?」
「……私が先代の北の魔女を殺害した理由。それは、」
何を、言い出すつもりだ。
「────協会と手を組むことを拒んだから」
その瞬間、時が止まった気がした。
呼吸すら忘れてしまうような。
「どうして、そこまでして……」
ようやく絞り出した問いかけ。
動揺が隠せなかった。
「だって、世界の脅威を前に、団結するのは当然のことでしょう? くだらないプライドで協力を拒んだ末に世界が滅んでしまうのは笑えない冗談じゃない」
「……西の魔女らか」
つまり、その脅威の全貌を彼女は知っているということなのか。
「何を知っている」
「強いて言えば、使命感?」
「それこそ笑えない冗談だが」
「あなたこそ、おかしいとは思わないの?」
「何がだ」
「夢の消失。西の魔女と協力関係の魔女。そして、あかりの魔女化」
「全てが繋がっているとでも?」
「そうよ」
「根拠がない」
「根拠はなくとも、そう感じているから、彼女たちは私に従ってくれている」
リューベルクは隣に座っているハルバドルに目を向けた。
「たとえば、彼女は先代の北の魔女の右腕で、とても厚い信頼を受けていた。にもかかわらず、こうして私についてきてくれている。それは、私たちの意思が一致しているから」
「彼女が頼りにされていたことはよく知っている、ネルヴァージの記憶でな。……だからこそ、洗脳されているとしか思えない」
「洗脳。まあ似たようなものなのかもしれないわね。これは私たちの本能に訴えかけてきているものだもの」
「どういう意味だ」
「それは、────」
「それは、何?」
この場にいる者の声ではない。
ふと、全員が声のする方を向く。
机から少し離れた場所に誰かがいた。
その人物を見て、サヤは目を見開く。
そして、それはあかりもだった。
「あなたは……」
「西の、魔女……!」
そこにいたのは、西の魔女本人と協力関係にある少女の二名。
すぐさまその場の全員が席から立って身構える。
「ほとんどの方は初めましてかな。お話は順調?」
「……何の用だ」
「同盟の話、していたんでしょう?」
「……!」
「私たちはそれが上手くいくお手伝いをしにきたの」
瞬間、少女の体が宙に浮く。
見れば、彼女の背後にある影が先の尖った何本もの槍となり、貫いていた。
過剰なまでのその太さは確実に死に至らしめるためのもの。
あかりは夢の中で覚えがあった。
これは、リューベルクの魔法だ。
だが。
少女の体はふわりと床に着地する。
傷跡はない。
まるで、彼女の体をすり抜けたかのように。
「────フェレネ」
呟くと、その場にいる全員が指一本すら体を動かせなくなる。
西の魔女が魔法を発動させたのだ。
おそらくは空間を固定した。
少女はこちらに歩みを進める。
コツコツと靴の音が響いた。
「面白いよね、影を操る魔法。でも、まだまだ成長途中かな。これからに期待だね」
歩みを止めた。
あかりの目の前で。
赤い瞳。
それが見つめてきて。
少女は衝撃の一言を口にする。
「────久し振りだね、あかり。元気にしてた?」
「……え?」
あかりだけが声を出すことができた。
だが、許可されたのはそれだけで、依然として体は動かせない。
「誰……?」
「ゆっくり話せないのは残念だけど……ってそんなに怯えなくても、命なんて取らないよ。ただ、みんなが手を取り合うためのお手伝いをしてもらおうと思って。ねえ、少しくらいいいでしょう?」
「何、言ってるの……?」
緊迫した雰囲気と無邪気な笑顔の懸隔さに脳が痺れていくのを感じた。
目の前の光景は現実なのかと脳が疑っている。
「だって、みんな仲良くが私のモットーだから」
少女の手があかりに触れた瞬間。
世界から切り取られたかのように音も無く。
あかりの姿が、消えた。
「いいよ、フェレネ。みんながしゃべれるようにして」
すると、先ほどのあかりと同じように全員口だけが動かせるようになる。
「そんな怖い顔しなくても、あかりは大丈夫だってば」
「あかりをどこにやったの!」
「言ったでしょう? 北の魔女さん。同盟のお手伝いをしにきたって。あかりは今、北の勢力圏のどこかにいるよ」
「……!」
「さあ、これであなたたちも来るしかなくなったんじゃない? ねえ、新しい東の魔女さん?」
「お前は何者だ」
「あかりのお友達よ。向こうがどう思ってるかはわからないけど、少なくとも私はそう思ってる」
そんなことより、と。
少女は話を続ける。
「今日来たのはそれだけじゃくてね。あなたたちに告げに来たんだ」
「何をだ」
「────宣戦布告。私たちからこの世界に対する、ね」
金色の髪が揺れた。
「私たちはこの世界を終わらせるために行動する。だから、あなたたちはこの世界を守りたいなら、私たちを倒さないといけない」
何かの詩を諳んじるように。
「でも、あまりにも簡単に終わってしまっては意味がない。そんなのはただの一方的な虐殺。機械的な処理と何も変わらないから」
あるいは、独白のように。
「だから、みんなで団結して、うんと頭を悩ませて、知恵を出して、準備をして。文字通り、死力を尽くして立ち向かってきてほしいの。そうでないと、私たちは証明できないから」
「……証明?」
「そう、証明。こんな世界は間違っているという証明。そこまで準備したのに、負けてしまうことなんてあってならないでしょう?」
「何を」
「努力が報われず、善良な者が凌辱される世界なんて、あってはならないじゃない」
「お前は、何を言っている……!?」
「そんなに難しいことは言っていないと思うけどな。私たちが勝ったら、この世界は間違っている。あなたたちが勝ったら、この世界は正しい。これ以上ないほどシンプルでしょう?」
少女が楽しそうに語る様子を西の魔女は黙って見つめていた。
それを見て、サヤは違和感を覚える。
「3年」
すぅと少女は指を立てる。
「3年間の準備期間をあげる。その間、私たちはあなたたちに一切手を出さない。だから、準備して。力を合わせて、あらゆる手段を使って、私たちに打ち勝てるほどの努力を積み重ねて」
そうして、今度はサヤの前に立った。
「この中であなた一人だけ、まだ明確な敵意を持てていない」
「……」
「敵意を持つべき相手なのか、見定めているっていうところかな。なら、教えてあげるよ。あの日も言ったように、私はあの子を操って東の魔女を殺させてはいない。あれは彼女の意思に依拠するものだから。でも────」
裂いたように鋭い口端から、白い歯が顔を覗かせて。
「────私はそれに間違いなく加担しているよ」
そう耳元で囁いたかと思えば、すでに二人の姿はなく。
声だけが残響のように、サヤの頭に響き続けた。
第一部 東の魔女編
2章 二代目東の魔女 完




