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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 2章 二代目東の魔女
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17話

「本当に北の魔女だったんだ……」


来賓席に座っているリューベルク。

あかりの視線に気が付いた彼女は笑顔で小さく手を振ってくる。

彼女の左右には、部下と思われるこれまた高貴そうな面々が座っていた。

数えてみると彼女を含めて10人。

聖女らも襲撃し辛いことだろう。


今日はあやめの東の魔女就任式当日だ。

協会本部の大広間。

幹部席の一つにあかりは座っていた。


正直、どうして自分がこの席に座っているのかは甚だ疑問だ。

実力も地位も伴っていない。

魔法だってその一端をちょびっと使えるっていうだけだし。

だが、新しい東の魔女直々のご指示となれば仕方がない。

仕方がない、が。


「(緊張する~~~~~~!)」


え、なにこれ。


こんな大勢と対面することなんて、中学校の卒業式が最後だ。

卒業証書を受け取るため、体育館の壇上に上がったあのとき以来。

一分もかからなかったあの時でさえ、心臓が口から飛び出してしまいそうなほど緊張したのに。


だが、当然ながら、あかりの姿を見ているのはこの場の者だけではない。

収容人数の関係上、出席できなかった者用の中継用のカメラもこちらに向いている。

一体どれほどの人数に自分のこの醜態は晒されているのだろうか。


「やっぱり、あかりさんは北の魔女と会ったことがあるのですか……?」


隣のサヤが話しかけてくる。

緊張の様子は微塵も感じられない。


「……めちゃくちゃ場慣れしてますやん」

「え……?」

「いや、なんでもない。というか、やっぱりってどういうこと?」

「彼女がそう言っていたのです。夢の中であかりさんとあやめに会ったことがあると」

「そうなんだよね、あれは一体何だったんだろう? それに、あの夢の中であやめだけが記憶喪失だったし、目が覚めた後も覚えていなかったし……」


そう言いながら、まだ姿を見せないあやめのことを思う。

彼女の本拠地で起きた一連の出来事。

あのときの彼女は、ネルヴァージだとかいう、別人だったらしいが。

殺されそうになったのだ。

未だに抵抗感は拭えない。


「はい、静かに。そろそろ始まるわよん」


ともえにそう言われると同時に、広間内は拍手に包まれる。

開いた扉から入場してきたあやめを見て、あかりは背筋を正した。


あやめが東の魔女になることに疑問はない。

むしろ、少しホッとしている自分がいる。

自分がそこに立っている未来もあり得たのだ。


みんなの期待に応えられずに申し訳ない気持ちはある。

しかし、それには時期があまりにも早すぎると思った。

私には、まだ『覚悟』が足りない。

それは誰に言われるまでもなく、自分自身が痛いほど理解している。


壇上に立つあやめは一礼をした後、マイクを手に持った。


「この度、二代目東の魔女に就任する朝狩あやめだ。ヴァストヴェーレによる先日の被害対応で忙しい中、こうして集まっていただき、多大なる感謝を申し上げる」


天ヶ崎れいが起こした被害は甚大だ。

現にまつりたちもその対応に追われて、ここに来ることはできていない。

見れているかも怪しい。


被害について、あやめの管理責任を問う声も多かった。

だが、憂慮すべき事態の連続で、東の魔女という統率者の存在は急務。

当然なるものと思っていたサヤは立候補せず、あやめの就任を承諾。

つまりは、代替の存在を新たに見定めて擁立するほどの時間は残されていなかった。

そうなると、繰り上げ的に彼女と唯一同じ立場であるあやめに任さざるを得ず、反対意見はやがて鳴りを潜めた。


「────我々は今、岐路に立たされている」


そう言って始まった彼女のスピーチは20分ほどで終わりを迎える。

原稿なしに一人ひとりの目を見て語りかける彼女の言葉は生きていて、あかりの心に響くところがあった。

それに対し、悔しさや嫉妬が湧き上がることはなく、ただただ純粋に尊敬をするばかりだ。


「ご清聴いただきありがとう。では続いて、私と共にひなた様の遺されたこの協会を支える幹部メンバーを紹介する。まずは、総務部門。宇名崎ともえ」


あやめがともえに視線を送ると、彼女はその場で立ち上がり、たおやかにお辞儀をする。

普段の彼女の言動からは想像ができないほど、気品を感じさせる所作だった。

まじかよ。


「司法部門。来栖川はるな」


対照的にはるなは拗ねた子どものように、ササッとお辞儀をして席につく。

これもこれですごいな。よくというか、さすがというか……。


「実働部門。日向サヤ。そして、────浜野田あかり」


はい!?


衝撃で途端に真っ白になる頭。

顔が引きつっていくのがわかった。


サヤに促され、先二人と同じようになんとかお辞儀をして、席につく。

それがよほどぎこちない動作だったのか、リューベルクはころころと笑っている。


「これまで、所属人数の多さで二名としてきた実働部門における統率責任者の体制は継続する。だが、彼女は魔女としての知識、経験が成長過程だ。よって、彼女がみなを率いるのに相応しい存在となるまで、そのもう一人を私が一時的に兼任する。その間、彼女には日向サヤの補佐官に就いてもらう」





「あ~、びっくりした」

「すみません、あかりさん。あやめから聞いているものだと……」


就任式後の控室。

サヤに深く頭を下げられたあかりは慌てた。


「いやいや! 直接伝えてこなかったあやめが悪いんだよ!」


あの席に座っていた意味をようやく理解する。

てっきり、ひなた様の魔法を使える枠かと思っていた。

だが、よくよく考えてみれば、自分だけ紹介されないのにあの席に座っているのは不自然極まりない。


「でも、サヤさんをサポートするっていう立場なら、別にまつりたちと変わらないよね? あそこで私の名前を出す意味ってあった?」

「おそらくは──」

「──北の魔女に対する牽制」


話に入ってきたのは。


「ともえさん」

「いずれ統率責任者の地位に就くことをあの場で言うことによって、そうやすやすと関わらせない。そういう意味がこめられていたんじゃないかしらん?」

「そんな意味が……」

「あかりんに前もって言わなかったのは、何らかのかたちで北の魔女に伝わって、あの場で言うことを妨げられないようにだったり、かもねん?」

「なんか、水面下の駆け引きっていう感じがしますね……」


そのとき、机の上に置かれたお菓子の入った籠が持ち上げられる。

目を向けると、それを抱えたはるながつまんだクッキーを頬張っていた。


「問題は持ち込んできた同盟の話なのだ」

「あ、やっぱり提案してきたんですね。あやめはどうするつもりなんですか?」

「方針に相容れない部分があると断るでしょうねん」


まあ、当然か。


「相容れない部分があることは向こうもわかりきってる。それを覆す何かを用意しているに決まってるのだ」

「北の魔女はあえてそれをあの場で言わなかった。ネルヴァージをいい気分にさせて、例の『手土産』の話が出るように誘導した。そういうことですよね」


サヤの言葉にはるなは頷く。


「というかそもそも、向こうの規模はどれくらいなんですか? 同盟を提案してくるくらいだからこっちと同じか小さい?」

「────圧倒的に北ね。というか、四つの方角の中で最大規模。最低でも協会の五倍くらいはあるわ」

「そ、そんなに……?」


それを自分と同い年のリューベルクがまとめあげている。

まったくもって信じ難い話だった。


「まあ、向こうは見かけの数は立派だけど、戦力として数えられるほどの魔術を扱える者となるとその数はだいぶ減るのだ」


質より量、みたいな感じなのだろうか。

いや、違う。

こちらの目的は「魔女による被害を拡大させないこと」。

対して、向こうの目的は「魔女として振る舞うこと」。

成り立ちからして、日頃から戦闘に備えておく意識が薄い。

その違いか。


「とはいえ、戦力的には向こうが圧倒的に上なのは間違いがないのよん」

「でも、そうなると向こう自ら同盟を申し出るメリットって薄いような。西の魔女とヴァストヴェーレの対処が目的だとしても、わざわざ向こうから申し出るほどかと思えてしまって……」

「そこなのだ。今の状況は少なくとも見かけ上は北の魔女がこちらに同盟を『お願い』している状態。体裁的に良くない。それは、北の魔女自身が構わなくとも、部下が止めるはず。────そうせざるを得ないほどの理由がない限りは」

「……いずれにせよ、ここで答えは出なさそうですね」


はるなはお菓子を全て平らげ、紅茶を啜る。


「そう言えば、翡翠きょうかを匿っていたサヤの処分はどうなるのだ? こっちに話が来ていないということは総務の方で判断するのだ?」

「いえ。それについては就任式後、正式に東の魔女になったあやめが判断するとのことなのよん」


あやめ本人による判断。

その言葉に心がざわついた。


あかりはサヤの方を見る。

彼女はじっと床を見つめていた。

それは刑の執行を待つ罪人のようで。


「……まあ、心配しなくても重いものにはならないと思うわよん。嫌がらせをして楽しんでいるような余裕はないし、批判が起きたときに彼女をかばってくれる仲間ももういないから」


それはサヤに対する、悪気のない純粋な慰めの言葉だったのだろう。

だからこそ、あかりの心はズキリと痛んだ。

『もういない』。

それは、死んだということ。

名前も顔もよく知らないけど、どこか遠い誰かの話ではない。

自分の所属している組織の者が、戦いの末に殺されて。

それが当たり前になってしまっているこの魔女の世界。

いずれ、この痛みも鈍くなっていくのだろうか。

それが、今は何よりも恐ろしかった。


「私はそろそろ行くのだ。じゃあ、また後で」


カチャリと飲み終わったティーカップを置くと、控室からはるなは出ていく。


「あれ、この後って……」

「北の魔女との二回目の会談です」

「そっか。じゃあ、今日はリューベルクとは話せなさそうだね。いろいろと心配してくれてたから、お礼を言いに行きたかったんだけど」


まあ、別にそれは今日でないといけないことではない。

さっき目が合ったから。

そんな大したことのない理由でそう思っただけだった。


「何言っているの? あかりんも一緒に出席するのよん?」

「え!?」


走る衝撃。

予想外の言葉にわたわたと手を振るあかり。


「いやいやいや! 私、補佐官ですし! 相応しくないですって!」

「いずれ幹部の地位が約束されているんだから大丈夫よん。それに知り合いがいれば、向こうも話やすいんじゃないかしら?」


もっとも、緊張するような性格には見えなかったがとともえは口の中で呟いた。


「えぇ……」


対するあかりは緊張で、急速に喉が乾いていく。

こういう場の礼儀も作法も知らないが、相手に失礼のないよう振る舞えるのか。

喉を潤そうとしたあかりはそこで気が付いた。


「あれ、私の紅茶なくなってる……」

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