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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 2章 二代目東の魔女
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13話

北の魔女らの一人がその箱から取り出したもの。

それを見て、協会の魔女らはざわついた。


大量の金糸。

それらを掴み上げると、植え付けられた球状の何かが姿を現す。

否。

糸ではない。


「髪の毛」


その場にいる誰かが呟いた。


つまりは、その先にあるもの。

それは。


「何の真似だ」


思わず声に出ていた。


────人体の頭部。


「エルダビューラ・アルソフォン」


リューベルクはゆらりと体を揺らす。


「あなただったらご存知かも、と思ったのだけれど」

「知らないな」


ばっさりと切り捨てた。

動揺を悟られぬうちに。

協会側でその存在を知っているのは、自分を除きともえならあるいはといったところ。

だが、名を頭に巡らせている様子を見るに、その可能性は潰えたか。


「──ヴァストヴェーレの頭領」

「……」

「居場所を突き止めるのに随分と苦労させられたわ。でもね、こいつはまだ死んでいない。一回目は癒えぬ呪いをかけて。二回目は首を獲った。それでもまだ、死んでいない。こちらにいる残党は粗方狩り尽くし終わったわ。残党の目的は私への復讐もあるけれど、当面はこいつの復活だと思うの。そして、おそらく。そのために、あかりの肉体を利用しようとしているんじゃないかしら?」


癒えぬ呪いをかけられたという話は聞いていた。

だから、魔法を行使できるあかりの肉体および魂と融合させることでその問題を解決しようと。

だが、首を切られたという報告はまだ来ていない。

こちらを騙しているのか。


「……そんなものを見せて、一体こちらにどうしろと?」

「これは宣言よ。そちらに潜り込んでいるはずの残党に向けた。──私は一匹残らずあなたたちを狩り尽くす。だって、頭を失くした体が動き続けるのは、見るに堪えないもの」


彼女は見回しながら、身振りをつけて。

まるで劇を演じているかのように。


「どう? こんなことをされて、私のことがとっても憎いでしょう? でも大丈夫、すぐにみんな同じ場所へ送ってあげるから。あの世でみんな仲良く好きなだけ呪いの言葉を吐くといいわ!」


「そこまでです」


リューベルクの一人舞台を終わらせたのは、ともえだった。


「あなた方がこちらに来た目的は同盟であったはず。先程の言動は少々その趣旨からズレているように感じましたので、僭越ながら口を挟ませていただきました。ご無礼をお許しください」

「あら、これは失礼。つい熱くなってしまったわ。でも、こちらの真剣度合いが伝わってくれたなら重畳ね」

「そして、願えるのなら、本日のところはこの辺でお引き取りいただきたいのですが。この状況では一度仕切り直しが必要かと」

「……ええ、そうね。私たちも一度の話し合いで合意できるとは思っていないわ。ふふ、作戦を練り直さないと」


そう言って指を鳴らすと、彼女側の全員が立ち上がる。


「では、二度目はあやめの東の魔女就任式の後にしましょうか。予定はいつになるのかしら?」

「4日後だ」

「ふふ。そうしたら、一度戻るよりもこちらに滞在した方がいいわね」

「……わかった。滞在場所を提供しよう」

「ありがとう、あやめ。私、あなたのことは嫌いじゃないわよ?」


あなたのこと「は」か。


「そんな大切な式だもの。あかりにもぜひ来てほしいと思っているのだけど」

「同感だが、現在協会側で必死になって捜索しているところだ。余計な行動は混乱に繋がるため、謹んでいただきたい」

「ええ、滞在場所を提供してもらえるとのことだもの。大人しく、あかりの無事を祈っているわ。でも、その約束が無効になる状況があることをこの場で確認しておきましょう」

「やけに勿体ぶった言い方をするじゃないか」

「────それは、協会自体がすでにヴァストヴェーレに乗っ取られている場合。だって、これは東側と北側の約束。そうでしょう?」

「……なるほど」


そうして、リューベルクは話し始めたときと同じように膝を屈め、再度お辞儀をする。


「それでは、ごきげんよう」


総務の魔女に連れられ、今まさに会場を後にしている彼女らの背中を眺めながら、あやめは最後に一つ疑問を投げかけた。


「どうして、北の魔女を殺した」


リューベルクの足が止まる。

振り返った彼女は、先程までと何一つ変わらない穏やかな表情だったが。

いつか見た、一人で花を愛でていたときの表情と重なって。

そして。

その表情のまま。

一言。


「────だって、気に入らなかったから」





『私は確信しました。ネルヴァージ・ドルレスは生きています。────今も、朝狩あやめの中で』


サヤはあの日の言葉を思い返す。

だが、先程北の魔女と話していた様子からしても、これまでのあやめと異なる様子は見られなかった。


「それでは、今後についての話し合いを始めるのよん」


北の魔女らとの接見の後、サヤ、あやめ、ともえ、はるなの四人は協会内の一室に集まっていた。

あやめは深くソファに体を沈ませ、足を組む。


「始めに言っておくが、私は北の魔女と会った記憶はない。彼女が言うには、夢の中で浜野田あかり、私と会っていたというがな。あれは彼女自身の夢の話だろう。浜野田あかりにも確かめてみるとはっきりするだろうが」

「単なる個人の夢の出来事を引き合いに出しても意味がないことは北の魔女もわかりきっているはず。何か確信めいたものがあったから、彼女は話に出したんじゃないかしらん?」

「仮に真実だとして、それがどうなる? 何かこそこそ画策していたとでも?」

「ヴァストヴェーレがあかりを狙っているという話が真実味を帯びるのだ。行方不明なのは、やつらにすでに囚われている可能性も。こうなると、単にうちだけで完結する問題では収まらなくなってしまうのだ」


あかりと『まり』。そして、特務班の一人が、あやめのところに向かって姿を消した。

ネルヴァージ・ドルレスは北の勢力。

彼女は魂を別の肉体に移す魔術を研究していた。

ヴァストヴェーレの頭領であるエルダビューラは再起不能。

そして、その組織の生き残りの存在。


ネルヴァージがヴァストヴェーレだという話は聞いていなかった。

だが、夢の話を抜きにしても、ここまで話が繋がってしまうとそうとしか思えない。

だとすればはるなが言ったようにあかりは今、ヴァストヴェーレ側に囚われていることになる。

このことをともえに伝えなければ。


「私は北の魔女を危険視している。今後の関係性のため、あの場所では組める余地があるような発言をしたが。それぞれの目的が相容れない部分があることを除いても、同盟などもってのほかだ」

「……一応聞いておくけど、この中に現時点でヴァストヴェーレと少しでも関わりを持っている方はいたりするのかしらん?」


しばしの沈黙。

それを破ったのはあやめだった。


「大方、私のことを疑っているのだろうがそのような事実はない。この言葉が信じられないというのなら、はるなの部下に確かめさせてみるといい」


ただ、と付け加え。


「今の北の魔女と同盟を組むくらいなら、私はヴァストヴェーレと手を組んだ方がましだとは考えているがね、────ぐっ……!」

「……別に私はあなたを問い詰めたいと思っているわけじゃないのよん。じゃあこの話はここまでにして、次はあかりんの捜索についてだけど──って、ちょっと!?」


突然、頭を抑えて苦しみだすあやめに慌てる三人。

一瞬、どうしても頭をよぎってしまうのは、演技かもしれないという疑惑。

寄ろうとするともえを手で制し、あやめは服から瓶を取り出した。


「私のことはいい、話を続けろ」

「いや、そういうわけにも……」


睨みつけるようにともえを見上げるその顔。

そして、瓶から手に取り出した錠剤を口に放る。

飲み込んだ後もしばらく肩で息をしている彼女を見て、サヤの頭には別の可能性もよぎった。


もしかしたら、ネルヴァージはあやめを完全に取り込めてはいないのではないか。

今の苦しんだ行動はその証明。

原因はわからない。

そもそも、意識は。

ネルヴァージとあやめのそれは別個に存在していて、あやめ側を抑え込んでいる状態なのか。

それとも、混ざりかかっている状態なのか。

いずれにせよ、助かる見込みはまだ残されているのかもしれない。





「脱走していた翡翠きょうか。いえ、本来の『白崎まり』を匿っていたあなたの処分は後にするとして────」


厄介事が増えた。

そう言うかのように、ともえはため息を付きながら人差し指で自分の頭を突く。


結局、あやめが頭痛を起こしてから話し合いの続行は不可能と判断し、お開きとなった。

その後、執務室へ帰ろうとするともえを呼び止めたサヤは、これまでの経緯を包み隠さずに伝えた。

東の魔女殺害については、西の魔女に同行していたあの魔女の魔術による可能性が濃厚だとして、『まり』自身の処罰は引き続き保留になる。

しかし、容疑者である彼女を協会に引き渡さず、その行方を秘匿していた処罰は逃れられないとのこと。

それ自体は構わない。

全ての責任については、彼らの上司である自分が取れば丸く収まる話なのだから。

その証拠を見つけるまで、『まり』をまたあそこに戻すのかという不安は残るが……。


「そう、ネルヴァージはあそこでそんな研究を……」

「やはり、私たちが直接あやめの本拠地に向かうべきだと思います。早くしなければ。あかりさんがエルダビューラ復活の依代になってしまったら」


滞在している北の魔女らに殺害されてしまうかもしれない。

そんな事態は絶対に阻止しなければ。

それまでに自分たちで解決したいところ。


「あの子がいるから、そんなことにはならないと思うのよん」

「あの子……。向かわせた特務班の一人のことですか?」

「ええ」

「悠長なことを……。連絡も取れない状況だと言うのなら、早急に対応するべきではないですか」

「あの子は特務班の中でも随一の実力者。そんな彼女を手こずらせるほどの相手がいる場所に私たちが行くとしたら、それ相応の戦力を整えてからにしないと二の舞いになってしまうのよん。ただし、その間も聖女や北の魔女らに睨みを利かせられる状態を保ちながら。そんなこと、現実的ではないわ」

「……他の特務班はどうなのですか」

「彼女たちにはそれぞれ他の任務を割り振っているから、そうそう簡単に呼び寄せられないのよん」

「これ以上に優先することがあるのですか」

「これ以上に優先することがあるのよ」

「……」

「それはそれとして、私もあの頭痛にネルヴァージの魂を引き剥がすヒントがあることに同意なのよん。だから、私たちの役割はそれを注意深く観察すること。これはこれから何度もあやめと接触することのできる私たちにしかできないこと。わかったら、あなたも仮眠を取りなさい。当分の間、休めるのはこれで最後なのかもしれないのだから」


そう言うと、大きな伸びとあくびをしながら、自分の執務室へと入っていくともえ。

サヤはその背中を無言で見送りながら、悔しさにただ奥歯を噛みしめることしかできなかった。

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