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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 2章 二代目東の魔女
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6話

「あかりさん!」

「サヤ、さん……?」

「よかった……」


両手で包みこまれた自分の手。

安堵しきった顔でベッドの片脇にいる彼女を見て、あかりは夢から戻ってきたことを実感する。

天井を見上げる。

今ではもう見慣れた天井だ。

寝起きで霞がかっている頭に懐かしさが染み渡る。


初めて会ったときもこんな感じだったっけ。


彼女の両手にさらに手を重ね。


「心配かけちゃった。ごめん」

「いえ、いいんです。無事に戻ってきてくだされば」

「私は何日くらい寝ていたの?」

「そこまでの時間は。意識不明になったのは昨日ですから」

「そっか、ならよかった。結局、あの後はどうなったの? あやめは?」

「あやめはいつの間にか姿を消していました」

「生きてたんだ。よかった」


ほっと胸を撫で下ろす。

あれほどの怪我だったから、もしかしたらと思ったが。

魔女ってすごい。


「でも、どうして私なんかを庇ってくれたんだろう。東の魔女への就任だって不承認にしたって言っていたのに」

「彼女が憎んでいたのはあくまでも私に対してです。あかりさん個人に対してのものではありません」

「だからといって、自分の命を犠牲にしようとするなんて」

「あかりさん、その話なのですが。まだ続きがあります」

「続き?」

「彼女からあかりさん宛に手紙が届いています」


差し出されたのは古めかしい封筒。

赤いシーリングスタンプが目を引く。

こんなの洋画の中でしか見たことがない。


封筒を手に取る。

すると、封筒のみが燃え上がり、中の便箋が姿を現す。


「えーっと、なになに?」


内容に目を通していく。

要するに、どちらが東の魔女に相応しいかをよく見定めるため、あかりに自分の元へ来てほしいとのことらしい。

ご丁寧にサヤは来ないでほしいとの申し添えもしてあった。


「見定めるって言ったって、一体何をするつもりなんだろ」

「良い予感はしませんね。これまでの彼女だったら、見定めるまでもなく自分がなると主張していたはずです。どういう風の吹き回しでしょうか」


確かにそうだ。

でも、あえてそういったことをする理由があるのであれば。


どくんと心臓が脈を打つ。


それはおそらく──夢での出来事を話すためか。

彼女にも記憶は残っていた……?

会って確かめなければ。


「でも、これを無視したら、不承認のままだよね。少しでも可能性があるのなら行ってみるべきだと思う。……それに、お礼を言わないといけないしね」

「明らかに罠のような気もしますが……」

「そうだとしたら、私を庇った意味がなくない?」

「せめて、私も同行させてもらいたいところです」


「私にお任せください、サヤ様」


振り返れば、そこにはきょうかがいた。


「サヤ様が同行することで、あやめと衝突してしまうのは想像に難くありません。それは避けるべきでしょう。かといって、他の者は忙しくて中々手が空けられない状況。であれば、私が同行します。向こうには気付かれないように」

「……わかり、ました。ですが、危険が及んだ場合はすぐに連絡をしてください」

「はい」


忙しいという話を聞いてあかりは思い当たる。


「そういえば、夢の消失の件はどうなったの?」


サヤの表情がさらに曇る。


「依然として続いています」

「未だにあやめを中心に渦を巻いているの?」

「いえ、魔力はまた元のとおりに拡散しました」

「うーん、わからないことだらけだ……」





「うっわ、大きいな……」


ぱっと見でも10階はありそうな堅牢で大きなビル。

これがあやめの勢力の本拠地らしい。

社会に溶け込むため、こちらと同じ宗教施設という位置付け。

にしてはあまりにも大きさが違いすぎる気もするが。


新幹線に乗ってここまで来たが、きょうかの気配は一切感じなかった。

着いてきてくれてはいるのだろうが、周囲を見渡すと不自然になってしまいそうだからしない。

どこから監視されているのかわからないのだ。


「お待ちしていましたよぉ、浜野田あかりさん」


入口の自動ドアからこちらに歩いてくるのは、あの日あやめの病室に入ることを取り計らってくれた魔女。

特徴的な間延びした声。

長い前髪の隙間から金色の目がこちらを捉える。


「えっと、あやめの側近の……」

「申し遅れました。私は天ヶ崎れいです」

「あやめの体は大丈夫なの?」

「ええ、すっかり癒えています。こちらが心配になってしまうほどですねぇ」


それより、と。

彼女の視線があかりの後ろに向けられる。


「あなたもいい加減姿を見せたらどうですかぁ?」


木陰からきょうかが姿を現す。

それに対し、首を傾げるれい。


「あれ? 何だ。翡翠きょうかじゃないですか」

「魔力探知では見つけられないはずだ」

「ここの入口からは常に微弱の魔力を波状に散布しているんですよぉ。目には見えないものでも、何かあるくらいはわかるんです」


身構えるきょうかに対し、彼女は言葉を続ける。


「心配しなくても、あなたを囚えるなんてこと考えてはいませんよぉ。そんなこと、もうどうだっていい話ですから」

「どういう意味だ」

「もっと目を向けるべきことができたんですよ。さぁ、あやめ様がお待ちです」


身を翻し、中に入っていく彼女。

その後ろ姿を見て、二人は目を合わせた。





「よく来てくれた」


この建物の最上階にある見晴らしの良い部屋に二人は連れてこられた。

所謂社長室のような内装をしている。

目を引くのは部屋の隅に立てかけられたいくつもの大きな鏡。

部屋のどこにいてもいずれかには映る。

死角のない配置にはなにか意味があるのだろうと推測した。


「元気そうで良かったよ」


椅子に座っているあやめの体には傷跡ひとつない。

まるで、あのときの出来事が嘘だったかのように。


「おかげさまでな。……紫峰ことね。やつは随分と君に執着しているようだったが」

「そのことなんだけどさ」

「どうした?」

「あのとき私のことを助けてくれてありがとう」


あかりは頭を下げる。


「お礼はちゃんと言わないといけないと思ってさ」

「なるほど」


照れ隠しにあかりは咳払いをする。


「それで、本題なんだけど。私のことをここに呼び出したのはあのことでしょ?」

「あのこと、とは」

「夢のこと」


その言葉に彼女は眉を顰める。


「えっ、違うの!?」


予想外の反応に焦ってしまう。


「……ちょっと待って。あの夢のことは覚えてる?」

「夢?」

「ことねから攻撃を受けて、一回意識不明になったよね。それで、その傷を私が治そうとしたときに私も眠くなって。そうしたら、夢の中で私とあやめは会って……」

「一体何の話をしている」


てっきりそのことで自分のことを呼んだのだと思っていたが。

あれは本当に自分の中だけの出来事だったのか。

あやめは記憶を失くしていたり、おかしな部分はあったけれど。

確かめるためには、あのリューベルクという魔女にも会って話してみる必要がありそうだ。

とはいえ、彼女がどこに住んでいるのかも知らない。そもそも実在しているのか。

いや、それは後でいい。

そうであるならば。

あの夢のことを知らないのであれば。


「じゃあ、どうして私をここに呼んだの……?」


あやめの口端がつり上がる。


「東の魔女になるのは私だ。だから、────君には死んでもらわなければならない」

「あかり!!」


きょうかに突き飛ばされる。

瞬間。

先程まで立っていた床から天井にかけて光の柱が伸びる。

次いで、体を襲う轟音と衝撃。

高密度の魔力。

当たればひとたまりもないことは考えるまでもなく肌で理解する。


「なら、どうして……」


きょうかに肩を貸してもらいながら、立ち上がる。


「どうしてあのとき私のことを助けたの!?」

「ああ。あれか……」


椅子に座ったまま一歩も動かないあやめは机の上で手を組み、あごを乗せた。

さもどうでもいいといった様子で。


「────ただの気まぐれというやつだよ」


「あかり、逃げるぞ!」

「させませんよぉ?」


見れば、れいが出口を塞いでいる。

それどころか、複数の魔女に囲まれていた。

怯んでいると、首筋に冷たい糸を巻きつけられたような錯覚。

何かある。

目線だけを下ろすと、大鎌が首に添えられていた。

そのまま横に目線を移すと、華奢な体躯とは似つかわしくないそれを持った女が楽しそうに笑っている。

不気味なほどに白い肌。

スカート部分が大きく切り裂かれたようなドレスからは足が大きく露出している。

白一色。

その中で、唯一赤いその目がこちらを。


「そういうことか……!」

「きょうか?」

「彼女たちは北の勢力だ! ここはすでに乗っ取られている!」

「え……?」

「気付いたところで手遅れですけどねぇ?」

「あやめは北の勢力と手を組んでいたっていうこと……?」


彼女の顔を見る。

こちらを見据えるその瞳は相も変わらず。


東の魔女になるため、そこまでして……?


雑多な感情で息が詰まりそうになる中。

あかりは目の端に何かがちらつくのを感じた。


「……蝶?」


誰かが呟いたその言葉。


「……ほぅ」


いつの間にか少女がいた。

部屋の中央。

花があしらわれた色鮮やかな着物。

日本人形のようなその容姿。


「ああ、なるほど。入口で感じた違和感はこの子ですか」


れいは掻き上げた長髪を耳にかける。


「ここはあなたみたいな子どもが来ていい場所ではありませんよ。お母さんとはぐれちゃったんですかねぇ? 探してあげますから、自分のお名前ちゃんと言えますかぁ?」


ただの子どもではないとわかりきっているはずなのに、猫撫で声でそう話しかける。

煽っているつもりなのだろうか。


「……」


返答はない。

それどころかれいの方を見向きもしない。

少女は見ていた。

ただ、あかりの顔を。


「記憶にはないな」

「どうします?」

「異分子は速やかな排除を」


あやめが言い終わると、取り囲んでいたうちの一人が少女に襲いかかる。


だが。


途端にその魔女は膝を突き、倒れ込んでしまう。

それだけにとどまらず、時折びくりと体が痙攣をしている。


「ん~、ただの迷子ではなさそうですねぇ」

「……幻術か? 全員対策はしていたはずだが」

「それを簡単に貫くほどの使い手。骨が折れそうです。振り分けますかぁ?」

「ああ、そうするとしよう。あちらの準備も滞りなくな」

「わかってますよぉ」


ぱちんとあやめは指を鳴らす。

すると、壁にかけられたいくつもの鏡が光を放つ。

室内のすべてが包まれていく。


「さて、助けてもらった分の働きはしなくてはな」

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