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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 2章 二代目東の魔女
36/77

5話

病院周辺を調査してわかったこと。

私たち以外の生き物は存在しなさそうなこと。

それ以外に変化はない。

建物の大きさも、位置も現実のまま。

鳥の鳴き声すら聞こえない。

燦々と照らす太陽。澄み渡る青空が次第に不気味に思えてくる。

夢の中だから、喉も渇かないし、お腹も減らないのは唯一良かったことだったけれど。


あかりの隣をあやめは文句の一つも言わずについてきてくれた。


「何か思い出せた?」

「思い出せない……。元の私はどんな感じだったんだ?」

「んー、結構鼻につく発言をしていたかな」

「……すまない」


いや、別に今のあやめを責めているわけじゃないんだけどとあかりは訂正する。


「でも、自分のことを顧みず私のことを助けてくれたし、ひなたさんに信用されていたのも本当だから、悪い魔女ではなかった」

「癖のある魔女だったんだな」

「うん。まぁ、協会内にはそれも霞んでしまうほどの癖のある魔女が他にもいるんだけど……」


『わよん?』

『にゃっはは~~! なのだ~~!』


「そうか。あかりは苦労しているんだな」

「みんなに助けてもらって、なんとかやっているけどね」


そう言って、二人で顔を見合わせて笑い合う。

まさか、こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。

いや、ここは夢で、今まさに見ているんだけど。

それは言葉の綾ってやつで。


「何か気になる場所はあった?」


尋ねられて、あやめは唇を人差し指の横腹でなぞる。


「特に変わったところはないように感じたが……」

「だよね」

「あかりの話だと、私はあの病院に入院していたんだろう?」

「うん」

「ならやはり、あの場所を確かめてみるべきだと思う」





こつこつと二人の靴の音だけが院内に響き渡る。

自分たち以外誰もいない病院を考えるとまず頭に思い浮かんでくるのはホラースポット。

頭を振って、いやいや夢の中だからと自分を落ち着ける。

それに魔女だし。

にもかかわらず、心臓を冷たいもので包まれているような感覚に陥るのはなぜだろうか。

ちらとあやめを見る。


「……あかりも感じるか?」

「な、何を!?」


そのとき、ロビーの奥の黒い影が動いた気がした。


「ひ、ひぃっ!?」

「どうした!?」


あかりの視線の先をあやめは振り返って見つめる。


「な、な、な……なんかいた気がする!」

「……とりあえずは私のいた病室に行ってみよう」


周囲にびくびくしながら、へっぴり腰の状態で歩いていくあかり。


「あかり」

「今度は何!?」

「その、そんなにくっつかれると歩きにくいんだが……」

「仕方ないでしょ!」


あやめの腕に抱きつくような形で歩くあかり。

恥ずかしがっているような余裕はない。

仕方ないかと前を向くあやめ。

しばらくそうして歩き、階段を昇って、あやめのいた3階へ。

少しして、足が止まる。


「あ、あやめさん……?」


かと思えば歩き出す。

そして、止まる。


「……」

「……おーい、あやめさん?」


二歩歩いては止まる。

そこで、あかりも気が付いた。

自分たちとは別の足音が着いてきている。

その事実に鳥肌が立ち始めたあかりの耳元であやめが囁く。


「3、2、1で振り返るぞ」


こくりと頷く。

3、2、1。

二人は振り返る。


「誰も、いない……?」

「誰だ! 出てこい!」


だが、返答はない。


「……いるのは確実だ」

「勘弁してくださぁ~~い」


そこで、笑い声が聞こえた。

それは手で抑えた口から漏れ出てしまったというような女性の声だった。

夢の中でこれまで会ったのは謎の銀髪の少女、セト、西の魔女。

だが、いずれもこんなことをするような性格だっただろうか。


「走るぞ、部屋までの案内を頼む」

「へ?」


ぽかんとしたあかりの手を引き、あやめは走り出す。

後ろには誰もいないのに、着いてくる足音の数は増えていく。

それは、背後だけではなく、壁から。そして、天井からも。


「あそこ! あの一番奥の部屋!」


勢いよく扉を開ける。

その先には。


「何よ、これ……」


広がる一面の黒。

全てに塗りたくられたそれらのせいで、遠近感が掴めない。

室内の形も、物の配置もわからない。

困惑する二人の正面から、笑い声が聞こえてきた。


「誰だ!」


あやめが叫ぶ。

すると、カーテンが開かれるように窓から黒が退いていき、差し込み始めた日差しが明らかにする。

正面に立っていた何者かの正体を。

背丈はあかりよりも少し小さいくらいの白髪の女。

明らかに日本人ではないその容姿。

薄い生地のワンピースを着た彼女は手を重ね合わせながら笑っている。

そして、ひとしきり笑った後、呼吸を整えて。


「ごめんなさい。最初はちょっと驚かせてみようと思っただけだったの。でも、あなたの反応があまりにも面白かったから」

「一体どちら様?」

「私はリューベルクよ」

「魔女、だよね……?」

「ええ、もちろん! あなたたちの名前も教えてくださらない?」

「浜野田あかり。こっちは朝狩あやめ」

「あなた、歳はおいくつ?」

「17だけど」

「同い年! 私たち良いお友達になれそうね!」


目を輝かせ、手を取ってくる。

あかりは愛想笑いで応える。


「あなたは?」

「わからない」

「あやめは記憶を失くしているの」

「それは現実世界でも? それともこの夢の世界だけ?」

「ここが夢の世界だって認識できてるの!?」

「ベッドに入って寝たらこの場所にいたっていうことはそういうことでしょう?」


ということは、その服装は寝間着ということか?

普段着にしては、生地が薄すぎる気がしていたが。


「夢の中といえど、まさか憧れだった日本に来ることができるなんて思わなかったわ!」

「憧れ?」

「そうよ? 私、日本の文化って素晴らしいものだと思っているの! アニメ大好き!」

「何のアニメが好きなの?」

「特にあれが好き! あの『心臓を掲げよ』っていうセリフ!」

「ハートキャッチ!? 掲げない掲げない! そんな猟奇的な話じゃないからあれ!」





公園内の噴水が見えるベンチに三人は座っていた。

自販機であかりが買った飲み物を飲みながら。

どうやら電気は通っているらしい。お金を入れれば購入することができた。

とはいっても、疲れを感じるわけではないし、先の通り、喉が乾いているわけでもないのだが。

こうすることで、なんというか精神的に落ち着いた。


「結局、こっちと状況は同じかぁ。ここに来た理由も覚める条件もわからないと」

「でも、来ることができてよかったわ、とっても楽しいもの! 案内してくれてありがとう、あかり!」

「そりゃあ何よりですけど……」


調査ついでにした即興の日本紹介だったが、リューベルクはご満悦のようだ。


「街の状況も病院周辺と変化なしと。いよいよ手詰まりかも」

「少し流れを整理してみよう。原因をもう少し考えたい」

「うん。世界各地で発生している夢の消失事件。消失地域は微量の魔力で覆われていた。地域の夢が消失し終わると、覆っていた魔力は消える。そして今回、包んでいた魔力が病院で意識が不明だったあやめを中心に渦を巻き始めた。意識を取り戻したあやめは私をかばい、他の魔女から攻撃を受けてしまった。あやめの傷を治すために私が体に触れて、気が付いたら私たちはここにいた」

「渦の中心だった私と体に触れたあかりがここにいるというのは流れとしてなんとなく理解できるが、リューベルクはどうしてここに来たんだろうか」

「夢の消失に何かしらの関係があると考えるのが筋だけど」


彼女は首を振る。


「消失しているという事件は知っているけれど、それ以上は何も」

「前回消失した地域に住んでいるとか?」

「確か、前回も日本じゃなかったかしら。私が住んでいるのは全く関係がない北の方だし」

「そっかぁ」

「まぁ、焦らずに探していきましょう?」

「そういうわけにもいかないんだよ。あやめが助かっているか心配だし、襲ったやつもまたいつ来るか……。それに、そっちも今大変なんでしょ? 北の魔女が死んだとか聞いたけど」

「大変だから戻りたくないのよ」


現実逃避か。

まあ、わからなくはないけど。


「ねえ、あそこは何?」


指をさした方に目を向ける。


「あぁ、ゲームセンターね。外国にもあるんだっけ?」

「ありはするけど、入ったことがないわ! 行ってみましょう!」

「わ、わ! ちょっと!」


手を引いて走り出すリューベルクに浮かぶ満面の笑み。

この状況を最大限楽しもうとしている。

その無邪気さにどこか懐かしさを感じてしまう。

よろけながらも体勢を立て直すあかりも気付けば笑みが溢れていた。





やれやれといった形で着いてきたあかりだったが、気付けばノリノリで遊び方を教えていた。

はしゃぐ二人とそれを一歩下がったところから見ているあやめ。

クレーンゲーム。メダルゲーム。アーケードゲーム。プリクラ。

代表的なところは大体網羅したはずだ。


「これはどう遊ぶの?」


周囲に誰もいない不気味さも貸し切り状態という喜びに変換されてきた頃、そう尋ねられた。

そういえば、協力系のゲームは一緒にプレイしたが、対戦系のゲームはしていなかったな。


「エアホッケーて言って、この上で円盤を打ち合って、相手のゴールに多く入れた方が勝つゲームだよ」

「面白そう! ぜひみんなでやりましょう!」

「でもこれやるなら四人じゃないと」

「大丈夫よ、私が二人になるから!」


そう言うと、足元から黒い影が彼女の形になりながら浮かび上がる。

これでこの場には合計4人が揃う。

そこで、あかりは先程の病院での出来事を思い出した。

彼女はどうやらこの魔術で驚かせてきたらしい。


「私もやるのか……?」

「行くよあやめ! 今こそ我ら協会の意地を見せるとき!」

「さあ、どこからでもかかってきなさいっ!」

「では、いざ尋常に……」


「「デュエル!」」





「あー楽しかった! 日本って最高ね!」

「やばい、熱中しすぎた……」

「いや、まあ。楽しかったなら、何よりだよ」

「あやめごめん……って、なんか体が光ってますぅ!?」


見れば全員の体が徐々に光の粒になって消えていく。


「よくはわからないが、これで戻れるということか……?」

「ゲームセンターで遊んだことが条件ってこと!? んな馬鹿な!?」

「今度は実際に観光地を巡ったり、美味しいものをいっぱい食べたいわ!」

「でも、覚めるときってこんな明確に演出されるものだったっけ? って、おわっ!?」


突然勢いよく抱きついてくるリューベルク。

ふらつきながらもなんとか受け止める。


「本当にありがとうあかり、あなたは私の親友よ! また会いましょうね!」

「……私もこんなに楽しかったのは久し振りだよ」

「起きても絶対に忘れないように覚えておかないと!」

「そうだね、せっかく会ったもんね」


そこでぴたりと彼女の動きが止まる。


「……?」

「……」

「どうしたの?」

「ねえ、あかり」

「ん?」

「私、すぐにでも戻らないといけない用事ができちゃった」

「え、あぁ。うん……」


先ほどとは真逆の落ち着いた声。

その変わりように困惑する。

気の障ることでもしてしまったのだろうか。

彼女の指が首筋に触れると、ぴしりとガラスに罅が入るような音がした。


「何を、したの……?」

「大丈夫よ。かけられていた魔術を解除しただけだから」

「知らないうちに私魔術をかけられてたの!? 一体誰から!?」

「こうして触れ合わないと気付けないほどこの魔術はあなたの魔力に擬態していた」

「なんですと!?」

「あかり。あなた、狙われているわ」

「え……?」

「でも、どうしてあかりなのかしら」


魔術をかけたのが何者なのかはわからないが、自分にかけたとなればその理由はおそらく。


「────もしかして、あかりが次の東の魔女だったりする?」


息を呑んだ。

東と北の関係性は良くないと聞く。

自分がその候補だと知られれば、ここで彼女が敵対することだって。


「ふふっ! それもまあ、すぐにこの目で確かめることになるのだけど」

「どういう、意味……?」


「だって、東の魔女の就任式に私も出席するんだもの!」

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