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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 2章 二代目東の魔女
34/77

3話

「まずは難易度が低くて便利な身体強化の魔術から。魔力を体に纏わせるだけ。そもそも、あかりは魔力を体の外に出すことはできる?」


翌日、あかりは施設の裏庭で魔術についての指南を受けていた。

『闘魂』の文字が入っているハチマキを額に巻き、引き締まった表情で腕を組んでいるなな。

色々ありすぎて、魔術の基本の基をよく知らないまま今に至ってしまった。


「ううん、出したことない」

「体の中の魔力の流れは感じる?」

「うーん、それもいまいちなんだよね。魔法を使うときは時計の針を回すのをイメージしているから」

「不思議」

「え?」

「魔法は魔術の延長線上に位置するもの。本来、魔術を極めた先にある。なのに、あかりはその過程を飛ばして、いきなり魔法を使えてる」

「謎が多いなぁ、本当に私の体どうなっちゃってんの……」

「でも大丈夫、その方が教えがいがある。身体強化の魔術マスターの先輩に任せなさい」


あかりは見た。

いつも通り無表情な彼女の目の奥にメラメラと火が燃えているのを。


「そう、力は自分がピンチのときに覚醒するもの」


彼女の両手が青色の炎に包まれていく。


「行くよ」

「え!? ちょっと、まっ────」


言い終わることなく、あかりの顔を彼女の拳が通り抜けた。

認識したときには風圧で髪がなびく。

全く反応ができなかった。


「次は当てる。防いでみて」

「こういうのって、ちょっと使えるようになってからじゃない!? 全く使えないのにさせようとするのは違うんじゃない!?」


そう言っている間にもななは構えをとっている。

止めてくれる気配はなさそうだ。


魔法ではなく魔術。

魔力の流れ。

その流れを体に纏わせ……。

いやいや、どうやれと! そんなん知らんし!


その間にも次の攻撃が飛んでくる。


魔術が使えないなら、やっぱり魔法を使うしかない。

けれども、当たった瞬間に何かをすることなんてできない。

なら、当たる前に。

相手と自分の間の時間を止める。

具体的にはその空気の時間。

これだ。

動かすことができるなら、止めることだってきっと。


カチリ。

回る針を押し留める。

すると、体全体に重力がのしかかってくるような感覚。

若干の吐き気を覚えながらななを見ると、少し驚いた顔をした彼女が今まさにチョップを振り下ろそうとしているモーションで止まっている。

できた。

負荷に耐えながら笑みを浮かべるあかり。

だが無慈悲にも。


「──甘い、黒瀬チョップ」

「ぎゃあ!?」





「はぁ、はぁ……疲れた……」


へなへなとその場にへたれこむ。

対してのななは呼吸を乱さず平然としている。

時間の止め方はわかったが、何回やっても簡単に破られてしまった。


「その魔法は汎用性が高いから、基礎魔術にこだわる必要はないかもしれない」

「魔法で、基礎魔術を、カバーするってこと……?」


肩で息をしながら何とか答える。


「大は小を兼ねる。でも、ネックなのは魔力消費の多さ。今みたいにすぐバテてたら、戦闘で使い物にならない」

「いずれにせよ、今すぐは無理。ちょっと休憩させて……」

「とりあえず、今日の修行はここまで。休憩したら、調査に行く。夢の消失の原因を探るために」

「でも、どうやって追うの? 手がかりとかあるんだっけ」

「消失地点は微量な魔力で包まれてる。それだけしか」

「でもさ、夢を見なくなったところで、別に支障はなくない? 寝れてはいるわけだし、体への影響はないでしょ?」

「問題は、術者がそれで何をしようとしているか。世界規模で起きていることだから、それ相応のことをしようとしているのかもしれない」

「夢って、そんなエネルギーがあるものなのかねぇ」


あかりは雲一つない青空を見上げた。

ふうと息をつき、しばし目を閉じて小鳥のさえずりに耳を澄ます。

その合間に紙をめくる音がする。

見れば、どこから取り出したのか、ななは雑誌を読み始めていた。


「意外。ななって雑誌とか読むんだ。ファッション雑誌?」

「これは魔術書」

「いや、どう見ても雑誌……」

「この魔術書を読むには一定の年齢に達していないといけない。あかりにはまだ早い」


それっきり黙り込み、真剣な顔をして読んでいる。

気になったあかりは背後に周りその雑誌に目を通した。

だが、内容を見て目を剥く。

なぜならそれは。


「ただのエロ本やないかい!」


そのとき、裏庭へのドアが勢いよく開かれ、焦燥しきった表情のまつりが出てくる。


「あかり、大変よ! って、あんたら二人して何してんの……」


すぐにげんなりとした顔へと。

バッドタイミング。完全に勘違いされてしまっている。


「違う違う! 私も入れないでよ!」

「……まあ、この際それはいいわ。それより」


流されてしまった。


「例の夢消失の件について、大変なことがわかったわ」

「大変なこと?」

「消失地は微量な魔力で包まれているっていう話をしたわよね」

「うん。だから、魔女の仕業なんでしょ?」

「その包んでいた魔力の流れが、ここ最近渦を巻き始めたの」

「渦?」


首をかしげながら、立てた人差し指で螺旋を描くなな。

その様子を見て、あかりは眉をひそめた。


「……ってことは、その魔力は中心に向かって移動することになる?」

「そう。その中心っていうのが、協会と提携している病院で、そこには現在朝狩あやめが入院している」

「え?」

「そして、渦を巻き始めた時期を正確に調べた頃、彼女が入院したのと重なったの」





指で弾かれたコインが回転しながら宙に浮かぶ。

落ちてきたそれを掴み、また弾く。


日差しの差し込む窓際でそれを繰り返していた女は手を止める。

長い前髪の間から覗く目が一点を捉えた。

そして、路傍に咲く花のようにささやかな笑みを浮かべる。


視線の先は、それまでベッドで寝ていた女。

顔や体の大部分は包帯で覆われているが、覆いきれなかった電撃傷がその痛ましさを物語っていた。

まぶたがおもむろに開かれる。


「おや。ついに起きられたんですねぇ、────あやめ様?」


上体を起こすと同時に状況を理解する。


「……私はどうやら、生き延びたらしいな」

「地獄の方が良かったですかぁ?」

「この状況は地獄に変わりない」


なるほどと女は笑う。


「生き残ったのは、私とお前だけか? れい」

「そのようですねぇ」


あやめは深くため息をつく。

顔に巻かれた包帯に触れる。

目が覚めれば、冷たい現実がそこに。


「憎いか、私のことが」

「どうしてです?」

「勝てると思って挑んだ相手にこっぴどくやられ、仲間を失わせた無能な私が」

「ああ。まぁ、仕方ないんじゃないですかねぇ? あんなのがいれば」

「……」

「慰めの言葉は必要なさそうですね。であれば、本音を言ってあげましょうか。感謝してますよぉ? あなたの無能さには。これでようやく私は元の立場として振る舞うことができるのですから」

「……どういう意味だ」


れいと呼ばれた女は背後にある何かを動かす。

そこでようやく気が付いたあやめは、ぎりと奥歯を噛み締めた。

起きたてのぼやけた視界。そして、日差しに隠れてよく見えなかったが、彼女の背には翼があった。


「ヴァストヴェーレ。あなたも名前くらいは聞いたことがありますよねぇ?」

「……」

「あなたが意識不明になってからのことを教えてあげましょう。北の魔女が殺され、新たな北の魔女が誕生しました。彼女は私たち、あえてこの言葉を用いますが、旧勢力の残党を根絶やしにしようとしています」

「結局私も、サヤとは何も変わらなかったということか」

「そして、そちらも新たな東の魔女が誕生しようとしている」

「サヤが戻ってきたのか」

「戻ってきたのは確かなんですが、次の東の魔女になろうとしているのは、浜野田あかりです」

「なんだと」

「あやめ様があれほど言ったから、自信を失くしちゃったんじゃないですかねぇ? まあ、浜野田あかりがなるのは妥当じゃないですかぁ? 東の魔女と同じ魔法が使えますし。推薦状もサヤさんが出したみたいですよ? あやめ様のところにも、ほら」


れいが指差したのは床頭台のうえにある封筒。


「一応は送られてきましたが、意識が不明なので、棄権とみなされてしまうところでしたよぉ? 向こうもそれを狙っているのでしょうけど。ちなみにあやめ様以外の協会の重鎮らはサヤさんの推薦ならと全員承認だそうです」

「そんなもの、実質サヤのことを承認しているのも同義だろう。認めないぞ、私は」


乱暴に手に取った封筒の上部を引きちぎって取り出した推薦状に向けて魔力を込めると、紙が燃えながら消えていく。


「どうしてそこまでサヤさんを目の敵にするんですかぁ?」

「一度裏切った者は何度でも裏切る。それだけの話だ」

「なら、そんなあやめ様に一つ提案があるんですけどぉ。私たちと手を組みません?」

「同じく、新勢力に対抗する者たちとして、か」

「そういうことです」

「断固拒否する」

「あらま」

「見誤るなよ、私のことを」

「いいんですか? 仲間が全員死んだ今、戦力を補充してあげると言ってあげているのに。願ってもないことだと思いますけど」

「見誤るなと言っている」


ふぅんと興味なさそうに呟いて、れいは病室の扉に手をかける。


「では、私たちの関係はここまでです。これまで情報提供ありがとうございました。……真っ直ぐにひねくれたあなたのことは嫌いではありませんでしたよ。どうかご壮健であられますよう」


この有り様を見て、何が壮健にだと言いたくなったが、会話を遮断するようにぴしゃりと扉が閉められる。

それを確認したあやめは天井を見上げた。


「……私、一人か」


自嘲しようとした瞬間、再び扉が開かれる。

れいが戻ってきたのか。

そう思って目を向けたあやめは表情を曇らせた。


「────浜野田あかり」


そこにはあかりがいた。

だが、サヤはいない。


自分が病室にいるとなれば、その立場から基本的に面会は拒絶されるはずだ。

それこそ、側近クラスでもない限り。

にもかかわらずここにいるということは。


「れい、最後に嫌がらせをしたな……」

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