2話
「あ゛か゛り゛さ゛~~~~~ん゛!!!」
想像と寸分違わないマゴちゃんをあかりは抱きとめた。
あまりにも解像度の高すぎた自分の中のマゴちゃん像に苦笑いを浮かべる。
だが、思い直す。
そもそも彼女自体の解像度が低すぎるだけ、つまりは想像がしやすいだけなのかもしれないと。
「ごめん、心配させちゃったよね」
「ふ゛し゛て゛よ゛か゛っ゛た゛て゛す゛~~~~!!!」
協会に行った翌日、どうしても一人で行きたいところがあるとサヤに一日休みをもらったあかりはマゴットに会いに行った。
とはいえ、彼女の家の場所を覚えているわけでもないし、連絡手段があるわけでもない。
そんなあかりが取った手段は、一か八か彼女のSNSアカウントにダイレクトメッセージを送ってみることだった。
本人だと信じてもらうために出してみたのはセトの名前。そして、あかり、セト、マゴットで撮った写真。
そうして信じてもらい、数度のやり取りをして住所を教えてもらって、彼女の家に辿り着いた。
もうすでに地方に引っ越しているのかもと思ったが。
「……待っててくれたの?」
「当然じゃないですか! 戻って来る場所が無くなっていたら辛いですからね!」
「ありがとう、マゴちゃん。……でも、あれは何?」
そう言ってあかりが指差したのは部屋の隅に置かれた仏壇のような台。
その上には、写真フレーム。
中にはみんなで撮った写真が入っていた。
「私、マゴちゃんの中ではもう亡き者にされてた……?」
「ち、違うんです! あそこに置いて毎日あかりさんの無事を祈っていたんですよぅ! 死んでないことはあかりさんが写真の中にいることでわかっていましたから!」
「えぇ~? ほんとにござるかぁ?」
「ほんとにござる! ニンニン!」
にしても仏壇はいらないだろ。
まあ、からかうのはここまでにして。
「それであの日、私が黒い渦に吸い込まれた後から今に至るまでのことなんだけど────」
「えぇ!? あかりさんが東の魔女に!?!?」
事の経緯について説明を受けたマゴットは驚きの声を上げる。
当然の反応だ。
「うん、自分でもびっくりだよ」
「東の魔女と同じ魔法を持っていますし、いずれはと思ってはいましたが、こんなに早くだとは……」
「だからマゴちゃんと地方には行けなくなっちゃった。……ごめんね」
「いえ、良いんですよぅ! それに親友が東の魔女になるなんて私も誇らしいです!」
再び抱きしめてくるマゴット。
親友。
その言葉が胸をチクリと刺した。
嫌なわけじゃない。
むしろ嬉しい。
ただ、あの日々のことが想起させられただけだ。
あかりも抱きしめ返した。
だが。
マゴットは不敵な笑みを浮かべる。
「(計画通り……!)」
それは、人を殺せるノートを持った誰かのように。
「(これは僥倖ですよ! まさかあかりさんが東の魔女になるなんて……! あかりさんが日本での私の商売を認めてくれれば、勝ったも同然! よっしゃ! 第一部完ッ!)」
だが、そんな思惑などはあかりに筒抜け。
「……認めてあげられるかはわからないからね?」
「ぎくぅ!?」
「まあ、それでも渦に飲み込まれていた私のことを助けてくれたマゴちゃんのことを覚えているから」
「あかりさん……」
「だから、お詫びと言ってはなんだけど、ご馳走してあげたくて。いいかな?」
「おぉ~~~! ジャパニーズ寿司……!」
ご馳走と言っても、ついこの間までただの高校生だったあかりに想像がつくのは寿司チェーンくらい。
そんな何万もする寿司屋などは知るはずもなく。
でも、食べる前から大喜びのマゴちゃんの姿を見ると、連れて来て良かったなと思えた。
「マゴちゃんはお寿司を食べたことある?」
「スーパーで売ってるパックのものなら食べたことあります! 日本で一番好きな食べ物です!」
「それは良かった。いろんなメニューがあるんだよ」
取り付けられたタッチパネルでいろんなメニューを見せてあげる。
近頃はこういった注文方式が主流になり、常に回転しているレーンに乗せられた寿司を見ることも少なくなった。
あの光景を懐かしく思いながらも、時代の潮流に身を任せる。
これからそう思う機会も増えていくんだろうな。
しみじみとそんな感情を抱いた自分に大人になって来たのかもと思いつつ。
目の前のマゴットに目を向ける。
声を上げながら凄まじい勢いでサーモンを連打していた。
一応、歳上なんだよな……?
「ん? 何ですかこの黒いボタン? マゴチャンアンマリカンジヨメナイ」
ということは、自分よりも大人、なんだよな……?
「えいっ! て、熱っちゃぁ!?!?」
噴出したお湯に叫び声を上げるマゴット。
それを見て、あかりは思った。
大人って、なんだっけ。
「ふぅ~~~。食べました、満足満足です」
マゴットが食べきれなかった大量のサーモンを口に頬張りながら、あかりは思っていた。
こうなることを想定してあまり自分の分を頼まなくて正解だったと。
モヤモヤした気持ちは残るが、今回は彼女が満足してくれることが第一だ。
だから抑えろ。
抑えるんだ。
そんな時、電子音が鳴った。
自分のではない。
「あ、すみません。ちょっと電話が」
ポケットからスマホを取り出し、耳につける。
その後、聞き慣れない流暢な言語を話し始めた。
おそらくは母国語なのだろう。
英語とも異なりそうな発音の際の舌の巻き方。
真似をしようものなら、舌がつりそうだ。
確か、出身は北の方なんだっけ。
その表情はコロコロと変化していく。
焦った表情になるのかと思えば、落ち込んだり、泣きそうになったり。
動作も突然立ち上がったかと思えば、首を振ったり、へなへなと座り込んだり。
まるで、劇を見ているかのようだ。
やがて、耳を離し、スマホをしまった彼女はうめき声を上げながら、頭を抱える。
「大丈夫? どこからの電話だったの?」
「親からです。あかりさん、大変なことになりました」
「どうしたの?」
「実家に帰らないといけなくなりました……」
「あー、実家に戻って商売を継げ的な?」
「────北の魔女が殺されました」
「……え?」
「クーデターが起きて、新しい北の魔女が誕生したんです。まあ、それ自体はこれまでに何度かあったことですから、別に驚くことではないんですけど……」
「驚くことじゃないんだ……」
「圧政によって、実家の経営がヤバいらしいんです。だから、ほっつき歩いてないで、戻って手伝えって。うぅ、私は夢を追いかけてて、別に遊んでいるわけじゃないのに」
「東の魔女に加えて、北の魔女も。なんか全てが一つに繋がっていたりしないよね……?」
「あかりさぁん……」
今にも泣きそうな顔でこちらを見つめてくるマゴット。
「持ち前のポジティブ思考だよマゴちゃん! 私を励ましてくれたでしょ。いつかまた戻ってくればいいじゃん」
「そう、ですね。きっといつまでもこの状況が続くわけじゃないでしょうし! うん、そうです! だからそれまで日本とはしばしのお別れです! さらば日本、アデュー!」
驚きの立ち直りの早さ。
彼女のこういうところは見習うべきところかもしれない。
「えへへ、あかりさんに励まされちゃいました」
「私も励ましてもらったしね」
「あかりさんがこっちに来たら、案内してあげますね!」
「……その物騒な政権が落ち着けばね」
「またクーデターが起きて、北の魔女が殺されますように!」
「物騒な願いすぎる」
連絡先を交換し、マゴちゃんと別れたあかりはサヤたちのところに帰った。
ざわついているみんなに声を掛けると、話題は当然北の魔女の件だった。
「新しい北の魔女はどんなやつなの?」
「同じくオーガルフェルデン家っすね」
ヘッドセットを装着し、忙しなくパソコンを叩いているころもが答える。
「有名なの?」
「今回北の魔女になったのは先代の末娘。彼女は分裂させた軍を率いて家族全員皆殺しにしてその座に就いた」
「それは、どうして……?」
「さあ、現状そこまでは。でも、タイミングから見るに、合わしてきた可能性があるわね」
「こっちにってことだよね。こっちの戦力が削れているから、邪魔はされないだろうと思ったっていうことか」
「ええ。でも、逆に言えばあかりの就任に際してこちらを襲撃してくる可能性は低そうね」
「あっちも状況は一緒だもんね、削れている者同士」
「だからこそ、なんかいや~な予感がするんすよねぇ」
「そうね」
「例えば?」
「……その戦力が削れている者同士、同盟を結ぼうとしてくるとか」
「うわぁ!?」
ビクッとしたあかりの背後にいたのはななだった。
「ごめん、あかり。驚かすつもりはなかった」
「……一体何を考えているのかしらね」
「しょぼん、そこまで言われると落ち込む」
まつりの発言にがっくりと肩を落とすなな。
「違う違う! 今のはななに言ったわけじゃなくて!」
「なんだ、よかった」
「そういえば、北の魔女の方針って何なの?」
「魔女として振る舞うこと」
見れば、まりときょうかも集まってきていた。
「それってどういう意味?」
「魔女として殺されたのなら、魔女らしい行動をしていないと筋が通らない。そういう方針なの」
「魔女狩りに正当性を持たせるっていうこと?」
「いや、というよりかは自由という側面の方が強い」
「魔女狩りされたことを免罪符に好き放題やってやりましょうみたいな感じか。でも、それって無辜の魂のためっていうよりも、それを口実にして自分の欲望を満たすためっていう印象だけど」
「そこは向こうとこっちの見解の相違っていうやつっすね。で、そういう方針だからこそ、人間に危害を加える行為も向こうは容認しているんすよ」
「じゃあ、なおさらこっちとの同盟なんて無理じゃない? そもそも向こうだって、こっちの方針を知っているでしょ?」
「そうせざるを得ないほど西の魔女を危険な存在として認識しているとか」
力を取り戻しつつある西の魔女。
世界を終わらせようとする彼女を止めるために団結する。
それ自体は確かに良いことだとは思う。
だが、彼女たちと手を組むということは、人間に危害を加える行為を認めたということにもなりかねない。
西の魔女を倒したときのことを考えるとそれは。
いや、同盟を結ぶとすれば、むしろそっちが本命な気がしなくもない。
「う~ん、考えると頭が痛くなってきた」
頭を抱えるあかりに対して、まつりが声をかける。
「そういったことは今まさにみんなで考えているから、あかりは自分の為すべきことを為しなさい」
「為すべきこと……」
「そうよ。東の魔女になるんだから、それ相応の力を扱えないと」
なながあかりの肩に手を置く。
「そう、待ちに待った修行の時間。ビシバシいくから覚悟して、あかり」




