1話
「まあ、あなたのことは戻って来るだろうなと思っていたというか、戻って来てもらわないと困るから問題はないだろうけど……」
オフィスカジュアルといった服装の女性は腕を組み、怪訝そうな目をこちらに向ける。
「浜野田あかりを東の魔女に推薦するっていうのはさすがにね……」
でしょうね。
極めて真っ当な判断だ。
同じ時を操る魔法を使えると言っても、つい最近魔女になったばかり。
そんなどこの馬の骨かわからない者を東の魔女にさせるわけにはいかないだろう。
あかりとサヤは協会を訪れていた。
それはサヤの協会への再所属申請と、あかりを東の魔女に推薦するためだ。
サヤの知り合いだという目の前の女性は安澄みねかという名前で、もちろん魔女である。
そもそも、東の魔女連合協会は3つの部署から成り立っている。
1つ目が、サヤとあやめが所属している治安維持のための実働部門。
2つ目が、実働部隊が捕まえた魔女を裁く司法部門。
3つ目が、組織の運営を担う総務部門。
二人が訪れていたのは、その総務部門。
そして、サヤたちとよくやり取りをしていたみねかを呼んだ。
「まあ、サヤの推薦だし、一応ともえ様には話を通してみるけど、期待はしないでよね?」
「ありがとうございます、みねか」
「一応聞いておくけど、彼女が協会から抜け出したのってあなたたちが協力してたりってことはないわね?」
「ええ、私たちは関わってはいません。話によると、姿を消すことのできる猫に助けてもらったということですが、その猫の詳細は不明です。ですがそもそも、あかりさんが身柄を拘束されていたというのは、東の魔女殺害の重要参考人としてです。西の魔女とその側にいた魔女の関与があったと判明した今、あかりさんには力を貸してもらうこそすれ、拘束しておく意味は薄いでしょう。魔法への対抗には魔法が有効。そのため、あかりさんには経験を積み、一刻も早く時を操る魔法を使いこなしてもらう必要がありますから」
「同時期に、翡翠きょうかとマゴット・ハルトローベも姿を消しているんだけど、心当たりは?」
そのとき、あかりの脳内に電流が走った。
『あ゛か゛り゛さ゛~~~~~ん゛!!!』
大声で泣き叫んでいるマゴちゃんがありありと浮かぶ。
そういえば、西の魔女に連れて行かれてから、マゴちゃんとは連絡を取っていなかった。
彼女は今頃何をしているのだろうか。心配してくれているのだとしたら、申し訳ない。
すぐにでも無事を伝えに行かなければ。
「翡翠きょうかは紫峰ことねによるものです。マゴット・ハルトローベについてはわかりません」
「……そう、わかったわ。ともえ様のところに行ってくるから、そのまま待ってて」
退室したみねかの背を目で見送りながら、あかりは座っている応接間のソファーに背を預けながら伸びをする。
「ともえっていう魔女が総務のトップなの?」
「はい、宇名崎ともえ。先程のみねかは彼女の直属の部下です」
「へえ、総務ってなんか会社みたいだね」
「ええ、でも中には実働部門よりも強い魔女もいるんですよ?」
「そうなの? どうして、こっちには配属されなかったの? 人格的な?」
「いえいえ、実働部門を含めた組織内部で規則を破った魔女を取り押さえるためです」
「組織内部の監視と処罰……。か、かっこいい……」
「それ以外にも東の魔女や総務統括者の命令で、特殊な任務を遂行していると聞いています。だからこそ、素性は明かされず、ほんの一部の者たちしか知りません」
「サヤさんも知ってるの……?」
「いえ、私も知りません。言葉は悪いですが、一応監視と処罰の対象ですから。彼女たちは通称、特務班と言われています」
「うおお! エリート中のエリート!!」
思わず鼻息が荒くなるあかり。
「ふふ。あかりさんが東の魔女の座に就けば、もっと知ることができますよ?」
その瞬間、へなへなと倒れ込む。
「ついさっき、期待しないでって言われたばっかり────」
「話は聞かせてもらわったわよん!」
勢いよく開いた扉。
そこから、ズザーッと勢いよく滑りながら、誰かが入ってきた。
亜麻色の髪に赤色のインナーカラー。深緑色のケープを纏ったその姿。
細身の彼女は唖然とするあかりを前に言葉を続ける。
「その推薦、認めましょう!!」
ビシとピースサインの指を横向きで目の近くにやり、ポーズを決める。
……ひと目見ただけで、癖のある性格であることはわかった。
わかったが、まさか。
いや、そんなわけが。
特務班に命令を下しているのは、だって、もっとこう、スマートで、理知的で。
ニヒルな笑みを浮かべるような……。
「久し振りですね。相変わらず元気そうで安心しましたよ、──ともえ」
ドウシテ。
「サヤの推薦なら安心だし、認めるわよん!」
わよんて。
「……ですがともえ様。それにはあまりにも実力不足ではありませんか?」
「協会に戻ってきたサヤがサポートするのよねん? なら、経験の不足しているあかりんはひなた様と同じ魔法が使えるという象徴で周りには示しておいて、実際の指揮とかはサヤが補うということ。なら、その実質は、サヤが東の魔女になったも同然っていうわけよん! 私は元々サヤが東の魔女になることに賛成だったから、何の問題もないのよん!」
「ちょ、ちょっと待ってください。今聞き捨てならない名称が聞こえてきたんですけど……」
「どうしたのかしら、あかりん?」
「それです! それ!」
「あかりはあかりんって相場が決まっているのよん!」
ここに来てまさかの魔女っ娘☆あかりん再来か!?
そ、そんな……。
「まあ、サヤへの評価は依然として風当たりが強い部分もありますから、その隠れ蓑としてはこの上ない存在だとは思いますが……」
「推薦状を送ってもらえれば、すぐに魔術印を押しちゃうわよ~~ん?」
ともえははんこを押す真似をする。
「突然来たのにもかかわらず対応していただき、すみませんでした」
「ううん、むしろ安心したわよん。サヤが出ていってあやめが東の魔女になるっていう話を聞いたときには特務班による工作でもしようかと考えたところだったから」
「ともえ様、それしゃれになっていませんよ……」
「ですが、あやめは聖女に攻め入り、反撃されたと聞いています。どうしてあやめは突然そのような行動に出たのでしょうか?」
「先手を打とうとしたのかもしれないわねん」
「先手ですか」
「あやめは各勢力が注目する東の魔女就任式に聖女が襲撃してくると思っていた。だから、そこに向けて準備をしようとしている最中、つまり、襲う側という意識が強く現れ、逆に襲われるかもという意識が薄れて油断しているところを襲撃すれば、潰せる可能性が高いと考えたんじゃないかしらん? とはいえ、無謀なことはしないはずだし、予想外のことがあったのかもしれないわねん」
「あやめは今も意識不明な状態なのですか?」
「ええ、命の危機は脱したらしいけど。だから、今があかりんを東の魔女にするチャンスってわけよん! それより、次に行くのはあの子のところよね? あかりん、心の準備は済んでいるかしらん?」
「どういう意味ですか……?」
腕を組んだともえはどこか遠くを見つめ、懐かしそうに呟いた。
「あの子は癖が強いのよん……」
あんただよ。
誰かこの方に鏡を持ってきてあげてください。
そう言いたくなる気持ちを必死に抑え込む。
でも、あまりにもなそれはきゅっと結んだ口の端から漏れ出していたかもしれない。
言われてしまった誰かに同情する。
だって、これ以上に癖の強い者などそうそういないだろう。
「にゃっはは~~~!! サヤ、元気だったのだ~~~??」
いた。
嘘だろ。
「久し振りですね、はるな」
にゃははって……。
のだって……。
「あかりさん。彼女が来栖川はるな。司法部門の統括責任者兼魔女裁判長です」
「浜野田、あかりぃ……?」
小柄な彼女は鋭い目つきでこちらを見てくる。
身長はマゴちゃんくらいで、赤縁のメガネを掛けている。
浅葱色の肩ほどの長さをした髪が揺れた。
「はい。私は彼女を東の魔女に推薦します。今日はあなたにその推薦を認めてもらいに来たのです」
「ふ~ん。でも、どう見てもこの子に東の魔女が務まるとは思えないのだ?」
「もちろん、私もサポートします。認めていただけないでしょうか」
つま先から頭のてっぺんまでジロジロと見られる。
裁判長という肩書がある者にされると、緊張してしまう。
ごくりと喉が音を立てた。
「ま、サヤのお墨付きなら誰が東の魔女になろうと構わないけど、こっちには干渉しないようにしてほしいのだ」
「ええ、そのようにいたします。私もあなたのことは信用していますから」
その言葉に肩の力が抜けた。
こんなにもスムーズに進んでいいものなのだろうかと不安になる。
だが、同時にサヤの存在の大きさを実感した。
信頼。
彼女が協会でこれまで築いてきたそれは、絶大な力を持っていた。
そんな彼女が支えてくれるなら、なんとかなりそうな気がしてくる。
「にしても」
はるなはため息混じりに声を漏らす。
「実働部門はいつまで悠長なことをやっているのだ? ひなた様が殺害されて混乱しているのはわかるけど、事件の解決に一つもたどり着けていないし」
「申し訳ありません」
「これからの方針は?」
「あかりさんを東の魔女に就任させて式典を開いた後、西の魔女らを追います。混乱している協会内を一つにするためにも、それが望ましいでしょう」
「ひなた様が封印していた力を取り戻したと聞いているのだ。勝算は? それに、夢が消失している件についての手がかりだって」
夢の消失。
その言葉を聞いてあかりの中であの少女の姿が思い浮かぶ。
夢で会ったあの少女。
やはり彼女がこの事件と関係しているのだろうか。
聞いてみたいが、こちらから会う術などわからない。
「……ま、それについては君にも考えがあるだろうし、私の管轄外だから深くは突っ込まないのだ。でも、早く凶悪犯を連れてきてくれないと耐えられないのだ」
「耐えられない?」
あかりは顔を上げ、疑問の声を漏らす。
すると、はるなの口端から八重歯が覗き、両手の指をわきわきと動かし始めた。
「裁いて牢屋にぶち込む! あのときの快感といったら忘れられないのだ!! 早く! 早くぶち込みたいのだ!」
よだれを垂らし、子どものように目を輝かせながらそう叫ぶ彼女を見て、あかりはガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
目の前がチカチカする。
本当にぶち込まれるべきは彼女の方ではないか。
そんな感想を抱いたあかりを見かねてか、サヤは声をかける。
「大丈夫ですよ、あかりさん。こう見えても、彼女は私利私欲で不当な裁判は行いません。確かなる証拠がなければ解放しますし、温情判決を下すこともあります。ただ、本物の凶悪犯が許せないだけなのです」
どう見てもそれ以上の感情に支配されているようにしか見えないがと今もトリップしている彼女を見て思った。
「あれ。有罪判決を受けた魔女ってみんな拘束されるだけ?」
「いえ、有罪判決を受けた魔女は──」
「協会の地下で魔力電池となっているのだ!!」
あ、変態が話に入ってきた。
「なんか不穏なワードが聞こえてきたんですけど……」
「拘束された魔女から魔力を吸い上げて様々なことに活用させてもらっているのだ!」
「そ、そうなんですね……」
「様々」という言葉が気になったが、ここではあまり深く突っ込まないでおこう。
こういう危機管理能力大切よ、マジで。
そんなことを思ったあかりに対し、まるで美味しい料理を目の前にしたかのような目をはるなは向けてくる。
「……気になるのなら、事件を起こせば味わえるのだ」
「やっぱぶち込まれるべきはこの方じゃないですかね!?」




