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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
30/77

29話

「はぁ、こうやって落ち着いて朝食を取るの、すごい久し振りな気がする。何年も前のような感覚だよ……」


熱々のトーストにバターとはちみつをかけ、口いっぱいに頬張ると、心地の良い音とともにじわりと旨味が溢れ出してくる。

そして、それらを淹れたてのコーヒーで胃に流し込む。余韻を引きずるように鼻腔を擽るその匂いで、思わずため息が漏れた。


「こんなに大勢で朝ご飯を食べるのなんて、久し振りでテンションが上がっちゃいますね!」


ここは満面の笑みでヨーグルトを口に運ぶ。


「ほっぺたについてるよ」


そう言って、彼女の頬についたヨーグルトを指でなぞり取ると自らの口に運ぶ。

その瞬間、ここの頬が一気に紅潮していく。

それを見てささやかにやきもちを焼いた顔をしているなつ。

う~ん、よきかなよきかな。

下手なサプリメントよりも体にいいぞ。


「あかり、あんた顔が溶けてるけど、だ、大丈夫……?」

「大丈夫だ、問題ない」


というか、きょうかはここでは王子様キャラだったのか。

弱気な姿しか見ていなかったから、意外だった。

だが、そんな平穏は突然音を立てて崩れてしまうもの。


「どこだ! 浜野田あかり!!」


突如響き渡る怒号。

つい最近聞いたことのある。というか、昨日か。

頭を抱えるあかり。

せめて。せめて、もう少しこの時間を満喫させてくれてもいいじゃないか。

そんな心の奥底の訴えも虚しく、もはや蹴破られるように開けられるドア。

そこから入ってきたのは、紫峰ことねだった。


「ことね!? あんたその腕……!」


まつりに返答することもなく、ことねはそのままあかりの前に立つ。

そして、昨晩と同じように襟元を掴み上げた。


「おい、治せ」

「……ぅぐっ」

「まりと同じように時間を巻き戻せ。できないとは言わせない」

「ことね! 手を離しなさい! あなたはまたあかりさんにそうやって……!」

「サヤ様……!」


続いて姿を現したのはサヤだった。

ここに来てくれるとは聞いていたが、実際に目にすると実感で胸が詰まる。

まつりの目尻には涙が滲み出していた。


「ということは、真犯人がわかったっていうことっすか……!?」


びくりときょうかの体が震えた。


「あぁ!? そんなことよりも先に──」


言い終わる前にことねの体が吹っ飛び、壁に強く打ち付けられる。

あかりを庇うように前に出て、うめき声を上げながら腹部を押さえてうずくまることねを見下ろすのは、ななだった。

右足からは今も魔力が迸っている。


「──先に、私の後輩から手を離して」

「なな、ありがとう……」


軽く咳き込むあかりにつま先を軸に回転して振り向き、Vサインを見せるなな。


「……まずは、みなさんに謝らないといけません。突然協会を抜けて、心配をかけてすみませんでした」

「いや、いいんすよ! サヤ様が無事に戻ってきてくれさえすれば!」

「そして、あかりさんにも謝らないといけません」

「え?」

「────あかりさんからいただいたイヤリングの片方が西の魔女に奪われました」

「え、ええっ!?」

「私とことねは西の魔女ときょうかが見たという魔女と会いました」

「それで、その魔女がきょうかを操ったんだよね……?」


サヤは首を振る。


「結局、明確な証言は得られませんでした。彼女がそれを話そうとしている最中に西の魔女が遮ったのです。そして、その魔女が力付くで喋らせようとしたことねの左腕を切断し、イヤリングを奪いました」

「なんだ、腕を失くしたのは結局ことねの自業自得じゃないっすか。それにイヤリングまで奪われて。それでよくあかりさんに突っかかる気になれたっすね?」

「うるさい……。お前らとは覚悟が違う……!」

「覚悟覚悟って、それで周りに迷惑かけりゃ世話ないっすよ」

「でも、むしろそれだけでよく収まったね。その魔女ってそんなに強いんだ」

「西の魔女は、二対二でまともにやり合ったらあっちが不利と言っていました。むしろ、あの場面ではそれだけしかできなかったのかもしれません。……ただ、奇妙なのはその魔女の魔術です」

「どんなものだったんですか……?」

「西の魔女と同じような、空間を操るものです。それは目で見て確かめました。おそらくことねの腕を切断して、イヤリングを自分の手に移動させたのも同様のものでしょう。ですが、それではきょうかを操ったことに結びつかないのです」

「単に操作系の魔術も使えたというだけでは?」


サヤは顎に手をやり、考える。

その様子を見て、まつりは話を続ける。


「にしても、西の魔女が力を取り戻したというのは脅威ですね。力を増したあの魔女がもう片方のイヤリングも狙いに来るとなると、いよいよ抑えられる者が……」


そのとき、あかりは軽くため息をつきながらことねに近付き、その体に手を添える。


「ようやくやる気になった?」

「うるさい黙って」


まりと同じように想像する。

時計の針を逆に回していくのを。

やはり、抵抗は感じられるが、回しては行けた。

だが、それも少しだけであり、それ以上はどうしても動かせない。

ついには、時針が回っていくのを抑えられなくなる。


「~~っぷはぁ! 無理! これ以上は無理! ……どうやら直近の時間までしか戻せないみたい」

「ちっ、役立たず」


ことねは立ち上がる。

お腹の痛みは消えるところまでは巻き戻せたらしい。


「まあいいわ。お前に治してもらわなくてもこっちにはゆらがいる。ここに来たのはサヤ様を無事に送り届けるため。サヤ様、私はこれで終わらないよ。最後に頼れるのが誰か骨の髄まで理解させてあげるから、覚悟しててよね」


そう言い残すと、身を翻して立ち去っていくことね。

ばたんと音を立てて、玄関を閉める音が遠くからかろうじて聞こえてくる。


「せっかく全員で集まっていたのにね」

「あかりさん、大丈夫ですか……?」


心配して、ここが駆け寄ってくる。


「心配してくれてありがと、大丈夫だよ」

「本当何なんすかねあの態度! いつにも増してむかつくっす! あんなことされてもあかりが手を差し伸べてくれたのに! 腹の痛みも消してやることなかったっすね! 全く!」

「……同感」

「あかりさん、ことねがすみませんでした。でも、どうしてあかりさんにだけあれほど強く当たるのでしょうか……?」

「ん? あ、あぁ……別にいいよ。大丈夫大丈夫……」


さっき、こことなつから栄養を摂取して、心が穏やかだったから掴み上げられてもことねに手を差し伸べたなどとはとても言えないあかりだった。


「サヤ様も、帰っちゃうの……? 東の魔女には、なってくれないの……?」


普段あまり発言をしないなつが、不安そうな顔をサヤに向けていた。


「……そう、ですね。私がいることで、やはりみなさんに迷惑をかけてしまいますし」

「あやめの勢力は完全に沈黙してるっすよ」

「ことねを始めとする聖女も私を追ってここに来るでしょうし」

「あいつらとはそのことじゃなくてもずっと前から対立していました。それは組織として対処していくべき問題です」

「導くような才能も、自信もありませんから……」


目の前で仲間が死ぬのはもう見たくない。

そんな直接的な表現は避けていた。

後悔とはまた違うそんな思い。

けれど、とあかりは思う。

目の前の死でなければ、それは簡単に受け入れられるのか?

やっぱりそうなってしまったかと簡単に納得できるのか?

繋がりを持った瞬間に、それは衝撃となり心に響くだろう。

乗りかかった船。

すでに巻きこまれてしまった運命という名の渦。

そこから逃げることは、救えたはずの命を見捨てるのも同義ではないか。

同じ渦に飲み込まれてしまった仲間たち。

自分がみんなと一緒に全力で立ち向かっていれば、救えたかもしれない仲間の命。

確信。

────彼女は、後悔に向かっている。



『自分で進むべき道を決めて、全てを捧げる覚悟がないから、後悔なんてものをすることになるんだ』


あの時ことねが言っていたその言葉。

一理あると、そう思ってしまった。

毎回そんな行動ができるほど、私たちの大半は強くできていない。

でも、その結果を十分に見込めるほどの能力。自分、そして自分に着いてきてくれる仲間たちを含めたその能力を有しているのにもかかわらず、そこから目を背けて逃げるのは────。


「じゃあ、────あかりが次の東の魔女になるのはどうっすか?」

「……へ?」


予想外の一撃。


「それで、みんなであかりを支えるっす! ひなた様と同じ魔法も使えますし、何よりこれだけみんなをまとめ上げたあかりなら、相応しいっす!」

「え!? いやいやいや、急展開すぎるでしょ!?」  

「自分の後輩が東の魔女になるのは、とても誇らしい気持ちになる。その後輩を支える私は影の支配者……!」

「……確かに、象徴としては申し分ないけど」

「まつりまで!? ちょ、ちょっと待ってよ。サヤさんも何か言ってやって!」

「私はもう、協会の所属ではありませんから……」

「そういうことじゃないっす! 立場じゃなくて、サヤ様自身の意見を聞きたいっす!」

「私、自身ですか……? えーと。その、あかりさんが、いいなら、いいんじゃないでしょうか……?」

「いいわけあるか~い!! そもそも私協会のことなんて全然知らないし、魔女になって日も浅いしどう考えても不適格! 仮にあなたたちがよくっても協会が絶対反対するでしょ!」

「じゃあ、協会が認めればなってくれるんすね?」

「認められるならね。って、いや……え?」

「はい! 言質取りました! みなさん言質取ったっすよ!」

「もはやいじめでしょこんなの! 忘れてない!? 私は重要参考人として拘束されていたんだよ? そんな私が出ていったらまずいでしょ!」

「それはあやめが勝手にやっていたことっすから。サヤ様のお墨付きがあれば、大丈夫っすよ?」

「あかりさんが東の魔女になれば、サヤ様はここにいてくれるんですか……?」


ここの発言にみんなの視線がサヤに集まる。

サヤは腕元を掴み、眉をひそめる。


「……少し、考える時間をください」


そう言ってその場を立ち去ろうとするサヤと一瞬だけあかりの目が合う。

着いて来いと言っているのだろう。

数秒後、あかりは口を開いた。


「心配だから、ちょっと私がサヤさんの様子見てくるね」





「あークソが!!」


苛立たしげに声を上げながら、歩いていく。

道路を往来する人たちは訝しげにことねに目をやる。

だが、彼女が睨みつけると、目を逸らして足早に離れていく。

片腕を失くした体の重さにイマイチ慣れない。

だが、今一番苛立っているのはそこではなかった。

失敗した。

頼れるところをサヤに見せるはずだったのに。

あまりにもあっけなく。正体も、能力も見破ることができないまま、イヤリングも奪われ。


「絶対に、殺してやる……!」


道を行く。

行き過ぎる車の音すらも気に障る。

何が足りなかった。

全力は尽くしたはずだ。勝てない敵ではなかった。


────結局、あいつらと変わらないのか……?


「違う! 私はあんなやつらとは、違う……!」


変えられる。

それだけの力を手にした。

あれは偶然だ。偶然の出来事だ。

これは失敗じゃない。終わってなど。

だから、くじけている暇なんかない。

泣いている時間なんか。

だって。

口先だけのやつなんかとは。


「──私は、違うんだから……!」


「何が違うのですか?」


すいと通り抜ける風のように声が聞こえる。

振り返ると、真後ろにゆらがいた。


「ゆら……。ちょうどよかった、この腕を治して」

「その腕は?」

「きょうかを操った魔女にやられた。すぐにやり返しに行くから、早く」

「成果は得られたのですか?」

「……これから得るわよ」


ゆらはガードレールに寄り掛かって空を見上げる。


「自分を過信し、独断専行。その上、何の成果も得られず敗走。もう西の魔女との繋がりは消え、こちらから接触する貴重な機会は潰えた」


足を揺らしながら、立てた指を三つ折る。


「確かに違うかもしれませんね。協調性の欠片もないにも関わらず、何の成果も得られなかった。そのうえ、何の反省もしていないことねちゃんは」

「くだらない説教を言いに来たの?」

「そんなに身構えなくても大丈夫なのですよ。ちゃんと腕は治してあげますから」


そう言うと、ことねの体が繭に包まれていく。

ことねはその直前、コツコツと自分の頭をつつくゆらの姿を見た。


「────ただ、ちょっとしつけが必要かもですね?」

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