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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
29/77

28話

「──そう。そんなことがあったんだ……」


翌日、まつりたちの元へ向かったあかりたち。

突如の訪問に彼女たちは警戒した。

東の魔女殺害の容疑者、自分たちを裏切った者、自分たちが傷付けてしまった者。

彼ら全てが揃いも揃って自分の前に姿を現してきたのだ。

復讐か何かで自分たちを襲いに来たと勘違いしても無理はない。

だが、あかりに対しては、申し訳無さもある。自分たちがそうされてしまっても仕方ないと思う余地が。

だから、あかりが先頭に立って、これまでの事情を全て説明した。

そんな彼女の言葉だったから、特に反発もなくまつりたちは受け入れた。

そして、むしろそれを聞いて落ち着いたかのような顔をして。


「まずはお帰りなさい。あかり、まり、きょうか。私たちはあなたたちを受け入れるわ。もちろん、このことは協会には隠しておく。そして、あやめたちが聖女らに反撃を受けたっていう話は本当。あやめはなんとか一命をとりとめたみたいだけど、意識は不明。それ以外の、例えばあかりを襲ったかおり。あいつとかはもう命を落として……」


その瞬間、あかりの胸がズキリと痛んだ。

確かに攻撃してきたあいつを許せないと思うところはある。

だが、こうして目の前ではっきりと死を告げられると。そうなるまでのことをしたのか。

なんだか、現実ではないような気がして。頭の中がぼやけてくるような。

殺すだの殺されるだの。それって、どこか遠い場所の話で。ニュースで聞くのは他人事だし、ゲームとか物語の中でしか自ら触れたことなんてなくて。


「まあ、あいつらがしなかったら、私たちがあやめを襲おうとしていたから。ある意味では庇ってくれたとも言えなくはない」

「私たちも、これからどうしようか悩んでいたところなんすよ」

「……問題は山積み。今はまつりが頑張って動いてくれてる」

「とりあえずは他の勢力が襲っては来ていないけど、これからどうなるかはわからない」


「きょうか……?」


そこで、みんなが集まっていた食堂のドアが開く。

そこにいたのは、こことなつ。

本来協会に囚われているはずのきょうかの姿を見て、体が固まっている。

だが。


「きょうかぁ……!」


二人で彼女のもとに駆け寄ると、強く抱きしめて顔を埋める。


「きょうかぁ! 信じてました! 信じてましたよ!! 必ず帰ってきてくれるって!!」

「……きょうか。もうどこにも行かないで……!」

「……あぁ。本当にごめん。とても心配をかけた」

「こことなつはきょうかに一番懐いていたから」


声を上げて泣き出した二人を暖かい目で見つめながら、まつりはそう呟いた。

一気にその場の雰囲気が柔らかくなった。


「また、次の東の魔女を決めることになるの……?」

「決めないといけない。やっぱり私たちはサヤ様が適任だと思ってる。もう、戻ってきたくはないのかもしれないけど……」

「今は信じて帰ってくるのを待つことしかできないか」

「ええ、証拠を得られれば、私たちはまたやり直せる。でも、やっぱり心配ね。弱体化している西の魔女はともかく、きょうかを操ったっていうその魔女。あの西の魔女と一緒にいるなんて一体何者なの……?」


だが、その答えなど出るはずもなく。


「とりあえず、今はサヤ様が戻って来るこの場所を守ることに専念するしかないわね」


それに全員が頷いた。





────時は少し、巻き戻る。

昨夜、あかりたちと別れた後。


「……何よ、ここ」


黒い渦に入ったサヤとことねが出た場所は檻の中だった。

まるで見世物小屋のようにも見えるその場所の環境は非常にお粗末なものであり、石造りの所々には苔が繁茂しているのも確認できた。


「違うの、サヤ様! 別に騙したとかじゃなくて、いざ西の魔女と直接連絡を取りたいときには入れって言われていたチャンネルがあって……!」


わたわたと手を振って、これが意図したものではないことを伝えようとすることね。

サヤは特に反応せず、檻の中から見える階段を見つめていた。

やがて、コツコツとこちらに誰かが来る音。それが徐々に大きくなっていく。つまりは、誰かがこちらに来る。

それに気が付いたことねも口を閉じ、表情を引き締めていく。


「あら、随分騒がしいと思ったら。次に連絡を取るのは、協会を潰してからっていう約束だったはずだけど」

「とっても良いお土産を手に入れたから、つい。あなたにとっては喉から手が出るほどほしいもののはず」

「ふぅん?」

「あなたが、西の魔女ですか」


その言葉を聞いて、金髪青目の魔女はサヤに目を向ける。

極限まで冷却された針のような冷たくて鋭い視線が彼女を射抜いた。


「……お友達まで連れて来ていいと言った覚えはないけど」

「私の大好きなお方。日向サヤ様! あなたと話したいことがあるって言うから連れてきたの! どうせ友達とかいないだろうし、あなたにとってもちょうどいいでしょ?」

「東の魔女どもの無礼は留まることを知らないな」

「友好的って言ってよ! それよりほら!」


ことねは例のイヤリングを取り出す。

片方の太陽の形をしたそれを見て、西の魔女の眉が一瞬だけ動いた気がした。


「……なるほどね。それを交渉の道具として使いたいと?」

「頭が良いと話すのが楽でいいわ。そう、今日ここに来た目的はそれ」

「西の魔女、聞きたいことがあります。東の魔女が殺害されたとき、あなたの隣にいた魔女は一体何者ですか」

「そんなことを聞いてどうするの?」

「その魔女が私の部下を操り、東の魔女を殺させたはず、なのです。それを私は直接確かめたい」

「殺させたなら、なんなの?」


ことねがイヤリングをよく見えるように左手で掲げる。


「いい? 主導権を握っているのはこっち。あなたはただサヤ様の質問に答えればいい」


流れる静寂。

イヤリングではなく、目を見つめてくる西の魔女。

張り詰める緊張感。


「……はっ」


その末に出された返答は、あまりにもあっけないものだった。


「あそこにそんな魔女なんていなかったけど?」

「っ……!」

「嘘をつくな。操られた本人が証言している。ご丁寧に記憶まで魔術で隠してくれちゃってさ。そっか、よっぽど隠したいんだね、そいつの存在」

「さあ? 何のことだかさっぱり」

「そう、あくまでも白を切るつもりなんだ」

「話は終わり? じゃあ、対価としてイヤリングを渡してほしいんだけど」


そのとき、ことねの体から青白い雷光が迸り始める。

大きさは徐々に増していき、それに伴って音も増していく。

西の魔女は全く動じない。雷光の一つが彼女の体を掠めようとも。

やがて、両者を隔てていた格子に接触すると、それらは弾き飛ばされる。

遮りなしに両者は相まみえた。


「場末の魔女が調子に乗んなよ? 魔力を封じる格子なんてくだらない小細工なんてしてきやがって。死にたくなければ情報を吐け。これまで生かしてもらっていたということに感謝しろ」

「突然押しかけてきて随分と注文が多いこと」


「楽しそうだね、フェレネ」


その声とともに、階段を誰かが降りてくる。

サヤはすぐにそれが誰かを思い当たった。


「(金髪に赤い目。西の魔女と対照的な赤……!)」


その少女の姿は、きょうかの証言と一致していた。

まさか、自分から出てくるとは思わなかったが。

僥倖。

ごくりと喉が音を立てた。

真実に近付いている確信。


「……何で出てきたの。この場面で出てきてメリットの一つでもあった? 私の苦労が台無しじゃない」

「私も混ざりたかったから出てきたんだよ。一人だけ仲間外れは寂しいでしょう?」


西の魔女は荒々しく息を吐いて、舌打ちをする。


「それに、せっかくのお客さんなのに、こんな場所じゃ可哀想だよ」


言い終わると同時に、視界がぐるりと反転する。

くらとする頭を抑えながら、目を開けたサヤは驚愕した。

いつの間にか自分たちがいる場所が移動していたからだ。

おそらくは客間。

洋風に調度されたそれらを照らす、窓から注ぐ月光。

ここは本当に日本なのか。

先程の黒い渦とは違うこの感覚。

まさか、この少女もそれに類する魔術を使えるというのか。

そうであるならば。


「あなたがきょうかを操って東の魔女を殺させたの?」


そうだ。

──どうやって、きょうかを操った?


ことねの問いかけに少女は首を傾げる。


「操る? 私は操ってなんていないよ? ただ──」

「余計なことを喋るな」


西の魔女は少女を睨む。


「ふふっ、怒られちゃった。ごめんね、これ以上喋ることはできないみたい」

「そう。じゃあ、無理矢理にでも喋らせてあげる!」


先ほどと同じようにことねの体から青白い雷光が迸る。

それらは真昼間以上に室内を眩く照らしていく。


「東の魔女たちは随分と野蛮なのね」

「……ことね一人と私たち二人ならともかく、隣の魔女もやる気になって二対二になると今の私たちでまともにやり合ったら間違いなく不利。まあ、あなたの底もいまいちよくわからないけど」

「やるなら早めにってことだね。フェレネはどうしたい?」

「一矢は報いたいところ」

「いいよ、手伝ってあげる。あのイヤリングがほしいんでしょう?」


会話の途中で、二人に雷撃が襲いかかる。

だが、その雷撃は届くことなく途切れたように消えていく。

それを見て、ことねは大声で笑う。


「その抵抗もいつまで持つかしらねぇ!?」

「ことね……」

「サヤ様は手を出さなくていいよ! あたしがいかに頼れるかってところを見せてあげる!!」


雷撃はさらに勢いを増し、衝突した内装を破壊し、窓ガラスを割っていく。


「……それに、お部屋をこんなにめちゃくちゃにして。少しお仕置きが必要だよね」


聞こえるか聞こえないかの声量で少女が言い終わると同時に、ことねは違和感を覚える。

体が左側にふらつく。

脳は正常だ。めまいがしているわけではない。

あるべきはずの重さを感じないような、そんな感覚。

自分の半身に目をやる。

なかった。

イヤリングを持った左手から肩にかけての全てが。

噴出する血液。

そこで、笑い声は、絶叫へと変わる。

サヤはその様子を注意深く見ていたが、何が起きたかを理解できなかった。

少女を見れば、太陽のイヤリングを月光に反射させていた。

その足元には、ことねの腕。


「……ぶっ殺して、やる……!!」


痛みに耐えながら、残った右手を二人に伸ばす。

それに対し、少女は赤い目を細め、小さく手を振る。


「それは、また今度ね」


それと同時にサヤとことねの視界が反転する。

最初の場所からここに移動してきたときのように。

声を出す間もなく、二人の姿が消える。

ブツリと、まるで始めから誰もそこにいなかったかのように。


少女が指で摘んでいたイヤリングが二つに割れ、床に落ちる。

それを見ることなく、割れた窓に西の魔女は歩み寄る。

夜風が髪を靡かせた。


「どう?」

「……悪くない。ここまでの感覚は久し振り、本当にね」

「そっか」

「でも、足りない」

「うん?」

「イヤリングは基本、二つでしょ?」

「あ、そっか」

「だけど、ここまで戻れば、後はもう一つのイヤリングを取りに行くタイミングの問題だけね。そっちは?」

「う~ん。まだまだかかりそうかな」


返答を聞き、ふんと鼻を鳴らす。


「……それよりこれ、どうするの?」

「片付けるしかないでしょ」


家具の焦げた部分を指でなぞりながら、少女はくすっと笑った。


「何よ」

「西の魔女ともあろうお方が、自分で片付けるの?」

「じゃあ、あなたが全部片付けてくれるの? というかそもそも、あなたがここに場所を移したのが原因なんだけど」

「全部は難しいかも。でも、手伝ってあげる」

「はぁ。想像するだけで億劫ね」

「でも、手作業でやるよりは随分楽でしょう? 取り戻した魔法の力、さっそく見せてよ」

「あなたのそれもね。どこまでのことができるのか未だによくわからない」

「本当はもっと便利なんだけどね。そのためには、死んでもらわないと」


西の魔女は振り返り、少女を見る。

笑っていた。

夜色を堪えて。

心底楽しそうに。


「もっともっと、多くの魔女に死んでもらわないと────」

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