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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
24/77

23話

「そうか、サヤたちはあかりにそんなことを」


ひなたとともに一階に降りてきたあかりは、彼女が注いでくれた紅茶の入ったカップを手で包みながら目を伏せた。

掛け時計の音だけがその場に響く。

今後のことを話す前に、これまでの経緯を。

そうなると必然的にサヤたちとの間にあった出来事も話さなければならない。

ひなたと同じ魔法が使えるあかりをわざと他の魔女に襲わせ、自分たちに依存させるようにしたことも。


「それは申し訳ないことをしたね。代わりに謝るよ、すまなかった」


深々と頭を下げるひなたに慌てるあかり。


「いやいや、顔を上げてください! ひなたさんが謝ることじゃありませんって!」

「でも、わかってあげてほしい。あの子たちは君を利用し、悪いことをしてやろうと考えてそうしたんじゃなくて、君を狙う者たちから守るために側に置いておきたかったということを」

「……わかっています。サヤさんたちが悪い魔女じゃないってことは。けど、ああいった扱いをされると、自分は仲間として見られていたんじゃなくて、ただ単にひなたさんと同じ魔法を使える魔女としか見られていなかったんだなってすごく悲しくなって」

「そんな方法しか取れないほど追い詰めれていたんだろうね。絶対に失敗することはできないから、手段を選んではいられないと。あの子はとても責任感の強い子で、一人で抱え込んでしまうタイプだったから。誰か気軽に相談できる相手でもいればよかったんだろうけど。結局、私がいる間は対等に話せる相手を見つけてあげることはできなかった。立場が同じなのはあやめだけど、あの二人はほら、仲が悪いだろう?」


背もたれに寄りかかりながら、苦笑いをするひなた。


「どうして、二人は仲が悪いんですか?」

「それは、サヤが協会に入った経緯と関係があるんだ」


そう言って席を立ったかと思えば、すぐに戻って来る。

掌には収まりきらない程度の額縁を手に持っていた。

ことりと机の上にそれを置く。中には写真。


「これを見てくれるかい?」

「この写真は……?」


二人の女性が映っていた。

一人は目の前の魔女。ひなただ。

今と変わらない容姿で穏やかな笑みを浮かべている。

もう一人は少女。

纏っている厚手のコートはサイズが合っていないようで、下半身まで覆っている。

特徴的なのはその目。

深く被った帽子の下から覗くその青色の瞳は睨みつけるようにして、こちらを見ている。

その表情から感じることのできる感情は警戒と不安。

年端もいかない少女にこのような表情を抱かせるのにはそれなりの過去があったのだろうと想像がつく。

話の流れからするにこの子の正体は。


「サヤさん……ですか……?」


ひなたはこくと頷く。


「これはね、彼女が協会に入ったときの写真だよ。今の丁寧な彼女からは想像がつかない姿だろう?」

「サヤさんに一体何があったんですか?」

「それについて話すには、協会そのものについて話さなければならない。少し長くなる話だが、知っておいて損はない。聞いてくれるかい?」


今度はあかりが頷いた。


「私の目的は、魔女による人間への被害を拡大させないこと。そうして、魔女狩りの事実を悲劇として歴史に刻んで、無辜の魂の無念を晴らすこと。その目的を達成するために、君だったらどんな方法をとる?」

「私だったら……? えと、治安を維持したいと考えると思います。今の協会と同じように。警察的な役割、と言えば良いんでしょうか?」

「治安を維持するため、人間を脅かす魔女たちに対し、どのような手段を用いる?」

「罰する……というのが当然ではないですか?」

「どのようにして罰する?」

「身体を拘束する?」

「そうだね。私の考えも君と概ね同じだよ。あくまでも、考え方を変えてもらう余地を残す。殺すという手段はなるべくは取りたくない。殺すというのはある種、わかり合いが不可能だと諦めたことだとも言えるからね。私たちに宿るのは迫害をされてきた魂。なら、この手は殺し合うためではなく、取り合うべきだ」


殺害は理解の拒絶。

そういう考え方もあるのかとあかりは思った。


「けれども、これを続けていくうちに、疑問が湧いてくる」

「疑問ですか?」

「ああ。私たちはこれを一体いつまで続ければいい? つまりは、この終わりは本当にあるのか」


終わり。

それを聞いて、あかりはサヤの言葉を思い出す。


『魔女たちによる人間への加害がなくなれば、魔女狩りは悲劇のまま歴史に残り、いずれ目的を達成できると』


いずれ。

あのときはぼやかされていることに気が付かなかった。

人間への加害を完全になくすことなど可能なのか。

そんなこと、この世界から一切の犯罪行為をなくそうとすることと何ら変わりないのではないか。

そうだとすれば、その目的を達成することなど。


「そんなやり方は甘すぎる、現実的に不可能だと、協会内では次第に不満が募り始めた。そして、一つの派閥ができあがったんだ。人間に危害を加えるような魔女を殺していけば、確実に目的達成のために前進する、と。まあ、今となっては、そんな考え方が出てくるのも時間の問題だったんだろうけどね。すまない、話が逸れた。そうしてその派閥は協会から独立し、むしろこちらと敵対をするまでになってしまった。そして、サヤは元々そこの生まれだったんだ」

「現在、東の勢力内ではサヤさんとあやめの二つに分裂している話があるんですけど、それとはまた違うということですよね?」

「ああ。そのもっと前の話だよ。そんな場所から来たサヤのことをあやめは好ましく思っていなかった。信用できないと思うのも当然の話だ」

「でも、どうしてサヤさんはそんな場所から協会に?」

「その派閥。ここでは便宜上、過激派と呼ぼうか。彼女たちは、規模は小さいが、着実にその勢力を拡大させてきた。拡大させるために効率的な方法は、危害を加える魔女に対し、憎しみを抱いている者を引き入れること。その憎しみを抱いている者たちの一人だったんだ、サヤは」

「憎しみ……」

「──彼女は家族全員を魔女に殺されている」

「……!」

「孤児の彼女を、過激派は引き入れたんだ。彼女と同じように、大切な人たちを殺されている者たちは多くいた。サヤと同じくらいの年齢の子どもたちもね。けれど、彼女には他の子たちと違ったところがあった」

「違ったところ?」

「サヤは家族を殺された瞬間を見ていたわけではなかった。つまり、本当に魔女が殺したという証拠がないため、実感があまり湧いていなかったんだ。経緯としては、憎んで当然。周囲も憎まないといけない環境。それなのに、みんなと同じ熱量で憎むことができない自分に苦しんでいた。そんなときに私が声をかけたんだ」

「ひなたさんのおかげで、サヤさんは救われたんですね」


あかりの発言にひなたの表情が曇る。


「いや、むしろ彼女をさらに苦しませることになってしまったと思っている。協会では、仲間と信じてもらえない。過激派はサヤが洗脳をされていると思い、取り返そうとしてくる。なんとか彼女の誠実さと実力で、今では協会の大多数が彼女のことを信用してくれてはいるし、慕ってくれる部下もできた。だが、きっと今でも苦しんでいるだろう。従うだけの立場ならまだしも、指導する立場になればなおのこと。彼女は自分すら信じられていない。私も死んだとなれば、この先も迷い続けるだろう」

「そう、だったんですね」

「だからこそ、そんなサヤを支えてくれる存在が必要だ。そして、あかり。私は君がその適任だと思っている」

「へ?」


突拍子もない発言に、間の抜けた声を出してしまうあかり。

まさか、話に自分が入ってくるとは思ってもいなかったからだ。


「いや! いやいやいや! 何を言っているんですか!?」

「サヤから受けた仕打ちを水に流せとは言わない。けれど、協会というストッパーがなくなったら、世界はめちゃくちゃなことになってしまう」

「ひなたさんが生き残る方法を考えましょうよ! 私も一緒にいますから!」

「これは私の運命だ。私自身が立ち向かうべき運命なんだ」

「そんなことを言っている場合ですか!」

「さて、決められている私の死という運命は、君が来たことで変わったのか、それとも、織り込み済みなのか。いや、楽しみだね」


逡巡した。

東の魔女殺害の容疑者がきょうかであることを伝えるかどうかを。

しかし、真実は違って、これを伝えたことが原因で死に繋がるようなことがあったとしたら。

そう考えると言い出せなかった。


「……頼まれついでに、もう一つ聞いてくれるかい?」

「まだ受け入れてもいないんですが!?」

「戻ったら、サヤにこれを渡してほしい」


差し出された手に乗せられていたのは、銀色の太陽と月の形をしたイヤリングだった。


「このイヤリングには西の魔女の魔力を封印している術式が刻まれている」

「……!」

「本来であればリスク分散のため、あやめとサヤに別々に持っていてもらうのがいいんだろうが……。予想だと私の死後、サヤを出し抜こうとしたあやめが痛い目を見るような気がしてね」


そこで、あかりは異変に気が付いた。

自分の体が徐々に光の粒になっていくのだ。


「そろそろ時間みたいだね。もっと君とは話したかったんだが」

「ちょっと待ってください! もうちょっと延長することとかできないんですかこれ! 私だって、もっと話したいことがあります! わからないことがあまりにも多すぎますよ! せっかく、信頼できる相手に出会えたのに!」

「あっはっは! 嬉しいことを言ってくれるねぇ。でも、本来の時間軸であれば、私たちは巡り合ってはいけない存在同士。それを私のわがままで無理矢理捻じ曲げてここに連れてきた。これ以上を望んでは、それこそ罰があたってしまうというものだ。私だけならまだしも、君にもそれが及んでしまうのは忍びない」


笑いながらも、あかりの手にイヤリングを握らせる。

そこで、インターホンのチャイムが鳴った。

どくりと心臓が波打つ。

来客。

こんなときに? このタイミングで?

嫌な予感がした。


立ち上がるひなた。

途端に視界が彼女を中心に、ぐにゃりと歪みながら回転していく。


「待って! ドアを開けてはダメです!」


手を伸ばすあかり。

だが、こちらの声は届いていないのか、彼女がこちらを振り向くことはない。

これで終わり?

彼女は殺されてしまうのか?


様々な思いが自らの内で交錯する中、やがてひなたもその回転に巻きこまれ、あかりの意識も沈んでいく。





ぐらぐらと揺れる意識に若干の吐き気を覚えながらも上体を起こす。

どうやら自分はもといた時間に戻ってきたらしい。

場所はひなたと話していた場所。机に突っ伏していた。

確かに左手には握らされたイヤリングの感触がある。

過去に行ってから、こちらではどれくらいの時間が経過していたのだろう。

一瞬の出来事だったのか。

そう思いながら、時計を見ようと見上げた瞬間。


「お帰りなさい。時間旅行は楽しかった?」

「……まだいたんだ。随分と暇なんだね」


先ほどひなたが座っていた目の前の席には西の魔女、フェレネがいた。

つまりは、彼女が死ぬ運命は変えられなかったということ。

ぎりと奥歯を噛みしめる。

それに気付いてか気付かないでか、フェレネは組み合わせた両手の上に顎を乗せ、笑みを浮かべている。

何かを期待しているようなその表情に辟易させられた。


「そう邪険にしないでほしいものね。……30分くらいかしら。戻ってきたときに一人だと本当にもとの時間なのか不安になるでしょう?」

「待っていたところで、話すことなんて何一つない」

「私が聞きたいのは一つだけ。……その左手に持っている物が何か教えてくださらない?」

「話聞いてた? これはあんたに教えるようなものじゃないって言っているの、────西の魔女」


その言葉に、心底楽しそうに笑い出す。

だが、その視線だけは一瞬の隙もなく、冷たくこちらを射抜き続けた。


「まぁ、見せてもらうか、見させるかの違いなんて、私にとってさしたる違いはない」


そう言って、すぅと伸ばした指先をこちらに向ける。

その時、玄関の扉が開いた。

次いで、フェレネが舌打ちをする。


ということは、この来客は西の魔女にとっても予想外だったということ。


彼女の方を振り向くが、もうその時には姿はどこにもなかった。


「あかり、さん……?」



聞き覚えのある声にもう一度玄関を振り向くと、そこにはサヤの姿があった。

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