表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
21/77

20話

「さっきも言ったように、私はあの場所には戻りませんよ」

「はいはい。今は、ね」

「これからも、です」


公園に連れて来られたことねはくるりと一回転してから、ベンチに腰を掛ける。

トントンと叩いて隣に座ることを促すが、サヤは立ったまま、彼女を見下ろす。


「でもさぁ、協会を離れたら本当に居場所なくない? 一体どうするつもり?」

「あそこに戻らないことだけは確かです」

「あははっ、強情だなぁ。変わってなくて安心した。サヤ様も、この場所も」


ことねは周囲を見回してから、目を細めて微笑む。

そして、目線だけをサヤに向けた。


「あ。でも、その大きな目の下のクマはあたしがいたときにはなかったわ。ちゃんと寝ないと。夜ふかしは美容の大敵だよ?」

「……それで、本題は何ですか? ただおしゃべりをしに来たわけではないのでしょう?」

「あ、もうそれ聞いちゃうんだ? 久し振りの再開なんだし、もっと思い出を振り返ろうよ?」

「あなたにとっては、今もあの日々は思い出なのですか?」

「当たり前でしょ? 口うるさいまつりのことは嫌いだったけど、それ以外のやつらとは上手くやっていけてたと思っているし」

「そう、ですか」

「それに今でもあたしはあの日の行動を後悔なんてしていないよ。あたしはあなたを守りたくて行動をしたその結果だから」

「……」


ことねは大きく伸びをする。


「じゃあ、そろそろお待ちかねの本題タイムと行きましょうかね! なんと、本日はスペシャルゲストお二人をお呼びしています!」

「スペシャルゲスト……?」


立ち上がり、マイクを持ったふりをして司会者の真似事をし始めたことねのことをサヤは訝しげな目で見つめた。


「では、どうぞお入りくださーい!」


そう言って、指を鳴らす。

すると、空間の一部が回転しながら歪んでいく。それはやがて、ブラックホールのように中心を黒く型取る。

そして、そこから現れた二人の人物を見て、サヤは驚愕した。


「まり……それに、きょうか……!? どうして……!!」


裏切ったはずのまり、そして彼女が肩を支えているのは現在、東の魔女殺害の容疑者として協会に囚えられているはずのきょうかだった。

そんなサヤの反応を満足気に眺めながら、腕を組むことね。


「いやー便利すぎるねこの魔法。全く、本当に羨ましいなぁ」

「魔法……? ことね、あなた何を言っているのですか?」


この状況に理解が追いついていないサヤに対し、あはっ、と声が漏れた。


「驚いていただけたようで何よりです! 黙っているだけじゃなくて、お前らも早く挨拶しなよ! まずはきょうか! ほら! あなたのために自分があの憎き東の魔女を殺しましたってさ!!」


興奮冷めやらぬ上気した表情で言い放つ。

その言葉に当のきょうかは顔を手で覆い、震えながら嗚咽を漏らす。

明らかに普通の精神状態ではない。


「これは一体、何なのですか……?」


まりに目を向けるが、彼女は目を逸らす。


「だから、答え合わせだよ! 答え合わせ! サヤ様たちがずっと追い求めていた東の魔女殺害の犯人!」

「ことね、あなたがあの事件に関わっていたというのですか……?」

「そうだよ?」


ことねはあっさりと認めた。


「ひなた様が殺されることなど……」

「知りたい? でもこの先は有料! サヤ様が戻ってきてくれるなら、教えてあげてもいいんだけどな~」

「それならば、私は私で真実を追い求めるのみです」

「冗談! 冗談ですって~!」


少し焦ったような表情を見せてから、こほんとことねは声の調子を整える。


「もう一度言うけど、東の魔女殺害の犯人はそこにいるきょうかで間違いないよ。きょうかが刺した刃物によって、東の魔女は死んだ」

「だから──」

「そう。莫大な魔力を抱えた魔女には死という概念がなくなる。どれほどの傷を負ったとしても、魔力で自然に癒えていく。なら、どうして東の魔女は死んだのか。至極当然な理由。それは、死の概念が付与されてしまうほどに、あいつの魔力が減っていたから」

「どうして」

「その魔力は、ある人物の元へと流れていった」

「ある、人物……?」

「浜野田あかり」

「……!」

「まあ、あたしはそいつに会ったことはないから、名前だけしか知らないんだけどね」

「ひなた様の魔力が、あかりさんに……? あかりさんがひなた様の魔力を吸収していたというのですか……?」

「吸収。確かにその言葉は言い得て妙ね。ただ、そのあかりっていう人物が意図して吸収したのか、それとも別の要因によって吸収させられていたのかまでは現状不明。そして、そのことを知ったあたしは、サヤ様を縛っているあの憎き東の魔女を殺す算段を考え始めた。そして、二人の魔女と手を組んだ。そのうち一人はそこにいる翡翠きょうか。あたしと同じようにあなたを縛る東の魔女に不満を抱いていたきょうかと手を組んだ」

「縛っている……。また、それですか。いや、この際それはいいです。それで、そのもう一人というのが、まりというわけですか」


ことねは首を傾げる。


「いや? 違うよ? まりは東の魔女殺害とは何の関係もない。まりはただ、幼馴染であるきょうかのことを救おうとしただけ。きょうかが犯人だという事実をあたしが教えたことで、処罰を逃れられないことを知っていたから」

「まり……。まさかあなたは、きょうかの逃亡幇助の責任を全て自分で背負い込むために、あかりの情報をあやめに提供し、裏切り者として私たちとの関係を絶ったのですか……? 自分が処罰を受けるようなことになったとき、他の者たちは一切関係ないと主張するために……」

「……事実を話すと、みんなも協力しかねないと思いました……」

「さっすが、サヤ様。理解が早い! 全く、泣ける友情よねぇ。でも、当の本人はその幸せを噛み締められていなさそうなのが残念なところだけど」


全員の視線がきょうかに集まる。

乱れた前髪の隙間から顔をのぞかせている瞳は今も細かく震えていた。


「……私は、あの日。ひなたさまを、殺せていなかった……」


がちがちと歯を震わせながら、きょうかは声を絞り出す。


「はぁ!? ふざけたこと抜かしてんなよ! あの日、東の魔女を殺したのは間違いなくお前。自分で言ってたよね、刺したときの感覚が手から離れないってさ!」

「私だけど、私じゃない……」

「意味分かんないこと言ってんじゃねえよ!」

「……自分の意思ではない。そういうことですよね?」


こくりと頷く。


「いや、そんなことできるやつが、あの場所のどこにいたって……」

「ことね。あなたが手を組んだもう一人について教えて下さい」


待ってましたとばかりにことねは口角を吊り上げる。


「聞いて驚かないでよ? 私が手を組んだ魔女。そのもう一人はなんとあの魔女!


────西の魔女、だよ」


サヤは背中にひやりと冷たいものが走るのを感じた。

方角を冠する絶大な力を持つ魔女。そのうちの一人。

姿をこの目で見たことはない。あくまでも、ひなた様の話の中だけの存在だったから。

その話の中では、扱う魔法は確か。


「空間を操る魔法……!」


その瞬間、答えが繋がった。

先ほど、まりときょうかが姿を現した空間の歪み。

ことねが言った魔法の正体。

そして、あの日、きょうかが施設から姿を消して、東の魔女の家に行けた理由。


「西の魔女は東の魔女によって、力を封印されている。それに、自分の行動を邪魔してくる協会が目障りだった。だから、それらを解決してあげると持ちかけて、あたしは彼女と手を組んだの。そして、その対価としてあたしは彼女の力を使わせてもらっているっていうわけ。安心していいよ、ここにはいないから」

「それが事実だとするならば、西の魔女がきょうかに殺させた……?」

「サヤ様。精神状態がおかしくなっているこいつの発言なんて真に受けないでよ。大方、現実逃避でそう思い込んでいるっていうだけでしょ?」

「ことねはきょうかがひなた様を襲う場面を見ているのですか」

「え? あぁ。今なら東の魔女を殺せるって持ちかけたあたしの話を罠だと思った西の魔女が、保険をかけてあたしのことだけ別の場所に飛ばしたんだよね。でも、最終的にあいつを殺したのはきょうかだし。殺そうと思って殺したのであれば、その過程はどうあれ、こいつが犯人なことに間違いはないでしょ」


何かが引っかかる。


「……きょうか。あの日にあったことを詳しく教えてくれませんか?」


だが、ことねがそれを制した。


「もういいでしょ、そんなことは! これ以上深堀りしても結論はおんなじ! こいつが東の魔女を殺した! この話にそれ以上の意味なんてないよ。それに、あくまでもこの話は前座なんだから!」

「前座、ですか」

「そう。あたしが話したかったのはこれからのこと」

「あの場所には戻らないと、何度も言っているでしょう」

「正直さ、私自身はサヤ様に必ずしもあそこへ戻ってほしいっていうわけじゃないんだよね」

「……?」

「ただ、あなたが東の魔女に利用されていることが許せなかった。救ってあげたかった。だって、協会にいるあなたの表情はいつもどこかで辛そうだったから」

「ことね……」

「あなたを苦しみから解放する。そのための手段の一つとして、あたしは戻ることを提案しているだけ。だって、魔女を憎んで殺すだけ。それだけを考えて行動すれば良いんだよ? こんな場所よりも気持ちは楽になるじゃない。でも、あなたを救うもっと簡単で良い方法が他にあるのなら、あたしは別にあの場所じゃなくたって構わない。とはいえ、そんな方法も、あの場所へ戻ることも無理矢理させたところで、意味はない。だって、そんなもの救いでもなんでもないから。サヤ様自身が心の底から望んで、受け入れて、選んでもらわなければ、サヤ様の苦しみを和らげてあげることはできないから。だから!」


ことねは指を鳴らす。

すると、先程と同様に空間が歪み、真っ暗な出入口が出現する。

そして、甘い蜜をとろりと回しかけたような笑みでこちらを振り返った。


「……だから、サヤ様にそう思ってもらえるまで、あたしは何度でもあなたを追い詰めるよ。追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて! ……こんな苦しみから早く解放されたいと思ったその先で、あたしが差し伸べた手を取ってもらうの。そうして、あたし自身が、あなたの希望になるの」


恍惚とした表情のまま暗闇に身を沈めていく。


「あたしはもう自分から協会には手を加えないよ。そんなことしなくても、後は勝手に崩壊していくだけだから。この崩壊は誰にも止めることはできない。サヤ様、あなたも例外なく。過熱した行動はその身を焼き尽くすまで止まらない」

「過熱した、行動……?」

「大切な部下たちのことだよ。あなたに戻ってきてほしい部下たちが取る行動は、排除してきた者の排除。至極当然なことでしょ?」

「あやめの、ことですか」

「あははっ! 結局はこうなっちゃうんだね! 私と同じ行動にさ!」

「……」

「……あぁ、その二人は置いていくよ。そいつらでも、あなたを追い詰める一因になるからね」


体は暗闇に消え、空間の歪みが先ほどとは反対方向に戻っていく。


「────全てが終わったその先で会おうね、サヤ様」


声だけが、残響のように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ