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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
19/77

18話

「さてさて! 一息ついたところで、本題に移りましょうか!」


腰に手を当てながら、胸を張って立ち上がるマゴット。


「マゴちゃんが所有している中で、一番高価なものをくれるという契約だったね」

「ああ。そう言えば、そんな契約していたっけ……」

「覚えていてくださいよ!? 私の命がかかっているんですから!」


彼女は振り向いてこちらにツッコミを入れながら押し入れに向かう。


「今から取ってくるので、ちょっと待っていてくださいね」


開けた押し入れに身をかがめながら入っていく彼女。

そこには、部屋のような空間が広がっていた。

その材質は押入れそのままだが、明らかに本来の大きさではない。

これでは、隣の部屋を突き破っていることになってしまう。


「魔術、だよね」

「空間の拡張。空間魔術の一種だね。扱うのが結構難しいはずだけど。意外と魔術の才能もあるんだねぇ」


薄暗い押し入れの中。あれでもない、これでもないとぶつぶつ言っている声が聞こえてくる。


「あったあった。ありました!」


その声が聞こえたかと思えば、とたとたとこちらに走ってくる音。

そして、ひょっこりと襖から顔だけを出した。


「さあさあ、驚かないでくださいよ~~~。じゃ~~~~ん!!」


彼女が手に持っていたもの。

それは。


「カメラ?」

「もちろんただのカメラじゃありませんよ? 撮られた人の状況が、リアルタイムで写真に反映されていくんです! 例えば、子どものときに撮った写真なら、成長していくにつれて、大きくなっていくように。それが写真を持っていれば、遠く離れていてもわかるんですよ! 」

「なにそれすごい。魔術すごい」

「せっかくですし、記念に撮ってみましょ! ほらほら、お二人ともこっちへ!」

「え~、私はいいよ~」

「セトさんもです!」


押し入れの上の段にカメラを置いて、マゴットはあかりとセトに立ち位置を指示する。


「では行きますよ~! 3、2、1。はい、チーズ!」


パシャリと。その声に呼応するかのようなタイミングで、自動的にカメラのシャッターが2回切られた。

すると、カメラの下部に空いている横長の穴から、写真がそのまま2枚続けて出てくる。

それを手に取ったマゴットは満足そうな顔で頷いた。


「うん、よく撮れてます! 思い出ですね! えへへ」

「ちなみに、そのカメラのお値段はいかほど?」

「プライスレスです!」

「え?」


彼女は愛おしそうにカメラを抱きしめる。


「これは、祖母の形見なんです。だから、私にとっては値段がつけられないほど高価なもの。でも! それでも! あかりさんにお譲りします! だって! 契約だから! そういう契約だから!!」


そう言って、涙をこらえるような表情をしながら、あかりの手にカメラを握らせる。

その瞬間、彼女にはめられていた指輪が崩れて消えていく。


「マゴちゃんは確かに契約の際、所有している中で一番高価な魔道具と言っている。でも、その高価の基準は明言していなかった。誰から見て、どう高価なのか」


表情はそのまま、少しうつむき加減でちらっとあかりの表情を上目遣いで覗くマゴット。


「……まあ、そんなことだろうと思ったけど。いいよ、別に期待してなかったし。大切なおばあちゃんの形見なんでしょ? はい」

「その言葉が聞きたかった!!」


返してもらったカメラを鬼の首を獲ったかのように頭上に掲げる。


「きっと、心の優しいあかりさんなら返してくれるって信じていました! 嬉しくて涙が出てきますよ……! お返しと言っては何ですが、今撮ったこの写真を贈呈しましょう!」


今度はあかりの手に写真を握らせる。


「恥じることなく堂々と詐欺まがい。なんか商人って感じがする。まあ、別にいいんだけど」

「自分のこと、頭良いとか思ってそう」

「アレ、コノナミダウレシイトキノジャナイカモ……!?」





「じゃあ、これからのことについて話し合おっか」


セトの言葉を皮切りに、二人は座り直す。


「まずは状況の整理から。あかりは今、協会に狙われている。それは、東の魔女殺害の重要参考人として。そうだよね?」

「うん」

「殺害!? どうしてそんなことになっちゃったんですか!?」

「それはあかりの魔術が東の魔女同じ、時を操るものだからだ」

「あかりさん。まさか東の魔女を殺害して、その魔術を……」

「いや、ないない。むしろ、私としては魔術も魔力もいらないし、今すぐにでも無くなってほしいんだけど。元の人間として暮らしていきたいよ」

「魔女としての存在が世界に確定している以上、それは無理だよ」

「存在が確定しているっていう意味があんまりよくわかっていないんだけど」

「要するに、ゆで卵はもう二度と生卵には戻れないってこと。……協会に狙われている以上、あそこに所属している魔女と接触することは避けたほうが無難だね。でも、あかりには居場所がない。だからマゴちゃん。次の生活場所が決まるまで、あかりを援助してあげてほしいんだ」

「でも、ただ住ませてもらうわけにはいかないから、もちろんマゴちゃんのお仕事を手伝うよ」

「おお! シェアハウスですか!? あかりさんなら大歓迎ですし、日本語がペラペラな方がいると心強いです! あっ、あとキャットフードも買ってこないといけないですね!」

「いんや、私は住まないよ。こっちはこっちでやらないといけないことがあるからね」

「そうなんですか……。もっと賑やかになると思ったのに残念です」

「マゴちゃんはこれからどうするつもりなの? ネット販売も協会に目をつけられているわけだけど」


彼女は腕を組みながら、口を尖らせる。


「そうなんですよねぇ……。ネット販売も、都心に住むのも諦めて、人の少なく目立たない地方での店舗販売から始めるのが妥当かもしれません……」

「まずは情報収集からだね」

「はい! 明日から忙しくなりますから、ちゃんと着いてきてくださいね、あかりさん!」

「うん、今後の方針も決まって、私も一安心! じゃあ、そろそろ行かせてもらおうかな」

「もう行っちゃうんですか? せめて今日くらいは泊まっていっても……」

「私はさすらいの猫なのさ~」


ひとしきり伸びをし終えた後、玄関に向かう彼女を二人は追いかけ、扉を開けてやる。


「ではでは。またね、あかり。マゴちゃん」

「助けてくれてありがとね。セト」

「セトさん! またお会いしましょう!」


こちらに背を向けたかと思えば、次に瞬きをしたときにはやはりもう姿が見えなくなっていた。


「……本当に便利な魔術ですよね。どういう経緯で、猫のセトさんはあんな魔術を行使できるようになったんでしょうか?」

「本当は猫じゃないらしいよ? 元の姿を取り戻すために私に協力してくれているんだってさ」

「そうなんですか!? 呪い、とかですかね? 本当の姿に戻ったセトさんにもいつかお会いしてみたいです」





「う~ん。でも、やっぱり気になりますねぇ」


夕食後、次の拠点探しのため、ノートパソコンで日本の土地情報について調べていたマゴットの手が止まる。


「何が?」

「あかりさんの魔術ですよ。東の魔女と同じだなんて」

「自分がそんな力を持っているだなんて、今も信じられてはいないんだけどね」

「だって、東の魔女と同じって言ったら、それはただの魔術じゃなくて、魔法ですよ?」

「魔法? 魔術と魔法っておんなじ意味じゃないの?」


彼女はずいっと身を乗り出してくる。


「違います! 魔術というのはあくまでも世界の法則の範疇でしか行使することができません。ですが、魔法は世界の法則そのものに触れる最上級の魔術です。いわば、世界を変える力と言っても過言ではありません! 時間はあらかじめ世界が定めた一定の速度で進んでいきます。そんなものを操ることのできる東の魔女の魔術は魔法そのものです」

「そんなもの、使いこなせる気がしないんだけど……」

「というか、今まで知らなかったんですか?」

「私が魔女になったのって、ほんと最近の出来事だし。気付いたら魔女になって、こんな力を使えるようになっていたりで、正直もう何がなんだか……」

「誰かに与えられた……? でも、与えられたにしても、それを受け入れられるほどの器がなければ……。あかりさん、あなたは一体何者なんですか……?」

「ちょっと、怖いこと言わないでよ。私は本当にただの一般高校生だったんだから。家系も魔女がいたなんて話聞いたことないし」

「むぅ。謎は深まるばかりですね……」

「でも、本当にこれからの人生どうしよう。いつまで協会の目を気にしなければならないんだろ」


思わずため息が出てしまう。


「東の魔女殺害の重要参考人として拘束されていたんですよね? なら、殺害の犯人が見つかれば、と考えるのはあまりにも単純すぎますか……」


もういっそ、死んでしまえば楽になれるのではないか。

そんな考えが頭をよぎる。


「ならやっぱり、あかりさんが東の魔女になるしかないのでは? そして、魔術商会日本支部の経営を認めるしかないのでは?」

「後半欲望が溢れ出してますけど……」

「まあ、それは半分冗談として」

「もう半分は本気なんだ……」

「残る方法としては、あかりさんがその魔法を使いこなして過去に戻り、魔女となった原因を取り除く! これです!」


指を鳴らし、不器用なウインクを見せつけてくる。


「セトは私を魔女としての存在が確定しているって……」

「だったら、確定する前に戻ればいいだけですよ!」

「というか、そもそもそんなことができるなら、東の魔女は死ぬのを回避できたわけでしょ?」

「彼女は過去に戻るところまで、力を使いこなせていなかったのかもしれません」

「でも、東の魔女は中世の頃から生き続けているって聞いたけど。そんな魔女が使いこなせていないものを私が使いこなせる道理が」

「実は私たちには死んだように見えているだけで、彼女の魂はすでに過去に行っていて、今まさに自分の死ぬ運命を変えよう抗っていたりするのかもしれませんよ? 何もしていないのに、諦めるのはまだ早すぎます! 諦めるのは全ての可能性が潰れたその時だけです!」


真剣に語る彼女の顔を見て、あかりの顔に笑みが浮かぶ。


「ポジティブだね、マゴちゃんって」

「思考は行動にも現れます。つまり、どうせ何をしてもと諦めモードで取り組むよりも、絶対に成功させてやるんだと心に決めて取り組んだ方が結果も着いてくるというわけです!」

「確かにね。たまには良いこと言うじゃん」

「従業員のメンタルケアも経営者の役目ですから!」


えへんと胸を張るマゴット。

二人の笑い声が、木造アパートに響き渡った。


その後、顔を真っ赤にした隣人にピンポン連打をされるのはまた別のお話。





~一方その頃~



「(ほうほう、これは激アツな展開。まさかあの伏線がこんなところで活かされてくるとは……)」


漫画を読んでいる男性の膝の上。

そこで、体を丸めながら、セトはページに目を通していた。


「(いや~。部屋もあったかいし、鳴けばおやつももらえるし、漫画も読める。全くここは最高の空間だねぇ。って、まだ読み終わってないから捲らないで!)」


ここは猫カフェ。

透明になって侵入し、今度は元々いた黒猫を透明にしてその猫と成り代わる作戦。

今のところ、無機物にしか見た目を変えることのできない彼女はこうして毎日を過ごしていたのだった。

最初は快適な空間を求めて。しかし、次第に利用客が読んでいる漫画の面白さに惹かれていった。

そして、あかりと会っているときでさえも常に脳内の片隅では続きが気になっているほどに。

忙しいと、やることがあると言い訳をつけて、読もうとしに来てしまうほどに。


「ねぇ、あの子本当にうちのみーちゃん? なんか微妙に違くない?」

「そう? あんな感じじゃなかった?」

「(野郎、勘付きやがったッ……!)」


しかし、この作戦。意外とバレる。

人間に猫の見分けなど大してつかないだろうと高を括っていたセトだったが、長く在籍している店員や常連客にはバレてしまう。

そんなときは元の猫と交代し、ほとぼりが冷めたらまた成り代わる。

それでもどうにもならなさそうなときは、店を移動する。


「(ごめんねあかり、一緒にいてあげられなくて。でも、これは世俗を知って、君の力になるために必要なことなんだ。この知識が、後々活きてくるはずなんだ! 多分!)」


そんな淡い希望的観測を抱きながら、今日も彼女は誰かの膝の上で丸くなる。

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