16話
「『アッ』て言いました! 『アッ』て!!」
「さっきまであんな頼れそうな雰囲気を出していたのに!」
「ちょちょちょ、ちょっと待って! 失望しないであかり! 私は普段ゆるい感じだけど、いざというときにはかっこいいギャップ系キャラを目指してるんだから!」
「そんなの今はどうでもいいから! どうすんの!? 契約不履行になって死んじゃうのはマゴちゃんだけじゃなくて、私もってことでしょ!? 契約を解除する方法は!?」
「簡易的な方法を用いた契約だから、両者間の合意があれば……」
今度は視線がマゴットに寄せられる。
「……マゴちゃん、一つ提案があるんだけど」
「短い時間だったけど、君のことは忘れないよ。強く生きて」
「み゛ず゛て゛な゛い゛で゛~~~~!!!」
「大丈夫! 契約解除をして、一旦外に出てから、君を助ける方法を考えてまた来るよ! だから君の家の場所だけ教えてくれない? 脱出に使えそうな魔道具も持ってくるからさ!」
「……本当ですか? でも、手錠も扉も破壊しているところがカメラに映っちゃってるから、罪も重くなって、より厳重なところに入れられてしまいそうですけど……」
「ふっ。全く、何を言っているんだ。君と過ごしたこれまでの時間が、本当かどうかなんて聞くまでもなく、それを証明しているだろ?」
「は、はぁ。それなら……。ん? いや、それってせいぜい数分じゃないですか! ぜっったい嘘ですよね!? 嘘ってことが証明されちゃってますよね!?」
「ちょっとセト! かっこつけて余計なこと言わないでよ! このまま行けばいい感じに言いくるめられそうだったのに!」
「言いくるめる! はい! 言いくるめるって言いました、この魔女! あーもう、怒りましたよ! 意地でも契約解除なんてしませんから! 死にたくなかったら、何としてでも私のことを助け出してください!」
騒然とする場。
そんな中、けたたましい音が響き渡る。
警報であることは、考えるまでもなく明らかであった。
途端に赤に染まり出す通路。
「こうなったら一旦見捨てて、一週間以内に何かしら方法を考えてからまた助けに来るしかないんじゃない……!?」
「それだと、私がマゴちゃんを気付かれないようにできる力を取り戻すところまで、一週間以内にあかりが成長すれば、ワンチャンみたいな感じになるかも! いいね! 期限の決まった修行編はお決まりの展開だし! あ、私はネコチャンなんだけど!」
「言ってる場合ですか! セトさんもちゃんと考えてくださいよ!」
あかりは握りこぶしを口元に当て、考える。
先ほどから何か引っかかっていた正体。
それが分かれば、もっと成功の確率が高い方法を取れるかもしれない。
セトの力の限定。
それは東の勢力。
マゴちゃんの所属は東ではない。
だから、対象にできない。
そこで、あかりは顔を上げた。
それならば。
「マゴちゃんが東の勢力に所属すればいい……?」
「商会を抜けろってことですか!?」
「ん~、でもどうやってこの場で……」
「……あかりがマゴちゃんに魔力を分け与えれば、その条件を満たすことはできるね」
「どういう意味……?」
「魔力にもさ、特徴があるんだよ。力の対象が東の勢力に限定されていると私は言った。なら、どこで東の勢力だと判別しているのかって言うと、東の魔女の特徴がある魔力かっていうところなんだ。東の勢力は、東の魔女からその魔力を与えられているから、その特徴を有している。なら、あかりがマゴちゃんに魔力を与えれば、その魔力が消えるまでの間、彼女は東の所属ともみなされる! んだけど……」
「だけど……?」
「北の魔女たちは、基本的に東の魔女たちのことを嫌っているからさ。一時的であっても、自分の魔力に東の魔力が混ざることを許容できるかどうか……」
「そうなの? マゴちゃん」
「私たちを取り締まって来ますからね、いい気持ちを持っていないのは確かですけど……。でも、私はこの地で商売をすると決めた身! 背に腹は変えられません! さあ! どうぞ!!」
そう言って、顔を背けたマゴちゃんがシャツを捲った腕を突き出す。
予防接種か。
「でも私、まだ自分の魔力をよく理解していないんだけど……」
「じゃあ、私が力の受け渡しを仲介してあげるよ。あとマゴちゃん、別に腕を捲る必要も突き出す必要もないよ」
「いいんです! これが私の覚悟なんです!」
「「……」」
「じゃあまあ、始めようか……」
「急に姿が消えたとはどういうことだ!?」
「浜野田あかりの扉も破壊されています! 同じく中に姿はありません!」
「扉を破壊したのはおそらく浜野田あかりの仕業だ! そこまで使いこなせているという情報はなかったが……。手錠はちゃんと付けていたのか!」
「おお~! おおお~~!! すごい! すごいです! 本当に気付かれていませんよ!!」
続々とその場に集まってくる協会の魔女たち。
目の前にいるのにもかかわらず、全くこちらに気付くことのない状況に感激の表情を浮かべるマゴット。
しっかりと立てたその中指を彼女たちに向けていた。
「ほら、もう行くよ……」
「あはははは!! 見てくださいよ、あの慌てた顔!」
「じゃあ、出口に向かうよ」
「食らえぃ! 積年の恨み!」
もう片方の中指も立てる。
「あはは! 間抜けですねぇ、こうして目の前にいるっていうのに!」
「やめときなって……」
「……」
瞬間。
目の前に立っている魔女とマゴットの目が合う。
「ん?」
「……え?」
彼女は固まる。
両の中指を立てたまま。
「いたぞ!! 私の目の前だ!!!!」
「どわひゃ~~~~~~~~~~~い!?!?!?!?」
「おい!? どうした!?」
「なんだ今の声は!?」
「いない!? 目の前からいなくなった!?」
「やつの持っていた魔道具は全て押収している! 協力者がいるんだ! そいつが姿を見えなくさせている! まだ近くにいるぞ、探せ!!」
「だからやめときなって言ったのに」
「ししし心臓が、心臓が止まるかと思いました……」
目を見開き、肩で息をするマゴット。
その両足は生まれたての子鹿のように震えていた。
そんなこんなで、地上に上がるための階段を上がっていく一行は、ついに協会の外へと出ることに成功する。
すると、あかりの左中指に嵌められていた指輪がぱきりと音を立てて、崩れていった。
「これで、私が契約不履行で死ぬことはなくなったっていうわけか」
「次はマゴちゃんの番だね」
「ふい~。久方ぶりのシャバの空気ですねぇ。一時はどうなることかと思いましたよ……」
「姿が見えなくなってからは、ほんとすんなりだったね」
「ちゃんと頼れるでしょ?」
「そういえば、この建物も人間には見えないような魔術が施されているんですよね~」
振り返って見上げる彼女にならって、あかりも見上げる。
一般的な役所のような見た目をしていた。
周囲を見渡すと、木々に囲まれており、まるで山の中にでもあるかのようだ。
「私のものとは仕組みが全然違うんだけどね」
「……ねぇ、ちょっとさ。せっかく出たところ、あれなんだけど。もう一度中に入って確かめたいことがあるんだよね」
「ん?」
「どうしました? 忘れ物ですか?」
「翡翠きょうかっていう魔女の様子を見れたらいいな~って」
「あ、知ってます! 東の魔女殺害の容疑者になっている魔女ですよね!」
「ふぅん。そんな子に会って、あかりはどうするつもりなの?」
「いや、私が仲間だと思っていた魔女たちが、必死に助けようとしていたのはどんな魔女なのかな~って」
だが、その提案はセトにばっさりと切り捨てられることになる。
「私は賛成できないな」
「……」
「その子の場所の見当だってついてないでしょ? そんな中、一から手探りで探していくのには労力がかかりすぎるよ。それに、全員がここまで来るのに私の魔力の大部分を消費してしまっているし」
「……そうだよね。ごめん、馬鹿なこと言った。今のは忘れて」
「少なくともそのタイミングは今じゃないよってお話。焦らなくても、機会はまたあるよ」
「さて~~? そうと決まれば~~~!?」
両手を広げながら、前に飛び出るマゴット。
彼女たちの方を振り返ってから、親指を突き立てた拳をくいくいと背後へと向ける。
「ウチ、来ちゃいます?」
本人はウインクをしているつもりなのだろうが、閉じようとしている片目が半開きのままになってしまっている。
本気でやっているのか。それとも、狙ってやっているのか。
本気でやっているのであれば、指摘するのは可哀想だ。
けれども、狙ってやっているのであれば、スルーする方が可哀想だ。
どっちだ。どっちなんだ。
ぐるぐると回る彼女たちの思考。
その間も無慈悲に時間は流れる。
つまりは、沈黙が続いた。
「ほら! あるでしょう!?」
「何が……?」
「お決まりのあれですよ! もう一度行きますよ~~~!」
「ウチ、来ちゃいます?」
成功しないウインク。
顔の向きはそのまま、目線だけを合わせるあかりとセト。
再度流れる沈黙。
「いく……いく……?」
ようやく絞り出したあかりの回答。
何だそれと言わんばかりに、口を開けたまま見上げてくるセト。
「くぅ~~~~~~~~」
それを聞いたマゴットは体を丸め、半ばしゃがむような体勢で声を漏らす。
合っていたのか。それとも、間違っていたのか。
彼女が求めていた答えとは。
息を呑むあかり。
走る緊張。
「一度やってみたかったんですよね~~このやり取り! 満足満足! さあ、お連れしましょう、私のお家へ!」
どうやら、正解だったらしい。
肩の力がどっと抜けた。
「何だったの、今の緊張感は……」
「緊張からの反動で、思わずマゴちゃんにかけた力を解いてしまうところだったよ」
「どうして私だけなんですか!?」
「私もそうなったと思う」
「あかりさんまで!?」




