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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
13/77

12話

翌日、あかりは東の魔女の家に行くために電車に揺られていた。

結構な距離があるようだが、車は使えなかった。

それは、すでに施設で所有している車を他のメンバーが使用しているということもあるが、あかりと本日の同行者はそもそも運転免許を持っていないからだ。

そう、その同行者は。


「何?」

「いや、なんでもない……」


あかりが接することに気まずさを覚えているまつりだった。

もう一度ちらりと見てみる。

向こうは自分と一緒にいて、不機嫌なのだろうか。

よりにもよって、あまり関係のよろしくない相手とこれまでで一番長い時間を過ごすことになりそうだとは。運命とはなんと残酷なものなのであろうか。

いや、でももしかしたら、この気まずさを感じているのは自分だけかもしれない。案外もう彼女はあのことなどとうに忘れているのかもしれない。


「だから、何?」

「あ、ごめん」


そして、再び流れる沈黙。電車が線路と接する音と振動のみがその場を支配する。

他の乗客はまばらであり、そのほとんどが手に持ったスマホを眺めている。まつりは次の停車駅を表示している液晶ディスプレイを眺めている。

ただ座っているだけの時間に耐えられなくなったあかりは、自分もスマホを取り出そうとする。

その矢先だった。


「……あのさ」

「は、はい!」


向こうから声をかけてきた。何か嫌味の一つ二つ、いや三つくらい言われるのかもしれないと身構える。


「あのときは、ごめん」

「え?」

「サヤ様の力になりたいっていう気持ちが先行しちゃってた」


意外にも、素直に謝ってきた。


「その直前までは、あなたの気持ちに寄り添えていたのに」


その言葉を聞き、思い返してみる。


『そんなに身構えなくても大丈夫。って言ったところで、信じられないよね』


確かに、高圧的になったのは話題が自分の力のことになってからだった気がする。


「どうしても、私を助けてくれたサヤ様の力になりたくて。ごめん。すぐに謝らなきゃって思っていたんだけど、なかなか言い出せなくて。どうして私っていつもこうなんだろう」

「いや、別に私は気にしてないから大丈夫! 全然大丈夫!」

「少なくとも、混乱している相手にかける言葉ではなかった」

「それほど、サヤさんのためを思っていたってことでしょ?」

「……あかりは優しいね」


そこで、少し鼻をすする音が聞こえる。

まずいと思ったあかりはほかの話題を振ることにした。


「じゃあ、今まで話せなかった分、まつりのことを教えてよ! これから一緒に生活していくんだしさ!」

「私の、こと?」

「そう! 例えば何歳かとかさ。見たところ、私と歳近いみたいだし。ちなみに私は17歳だよ。今年誕生日をもう迎えてるんだ」

「16歳。私も今年誕生日迎えてる」

「一個下じゃん! テンション上がるぅー!↑↑ 高校一年生ってことだよね!」

「わかんない。中学で行くのやめて、高校には入学していないから」


あ、まずい。調子に乗って話を進めすぎた。

そこで、次の駅に到着し、まつりが立ち上がる。


「別の電車に乗り換えるわよ」


ローカル線に乗り換えたので、乗客の数はさらに減り、自分たち以外には数人という有様だった。乗り継ぎの最中、ずっと次の話題は何にしようか考えていたせいで、電車の名前も次に行く駅の名前もまつり任せにしていた。

だが、今度も先手をまつりに取られてしまった。


「私さ、児童養護施設で育ったんだ」

「……そうなんだ」

「母親が精神病を患ってて、子どもを育てられる状態じゃなかったから」

「……お父さんは?」

「顔も知らない。行きずりの男との間に生まれた子どもなの、私。そんなんだから、母親は親族からも縁を切られちゃって」

「ごめん」

「ううん、いいの。さっき、中学で学校に行くのやめたって行ったでしょ?」

「うん」

「うまく馴染めなくてさ、いじめられたんだ、私。他のいじめられている子をかばって、無駄な正義を振りかざして、今度は自分がターゲットって、どこかで聞いたことあるような話。母親がああだったから、自分は道を間違えちゃいけないと思って。だから、正しいことをしなきゃって思って。あのときの自分の行いが間違っているとは今でも思ってない。だって、困っている人に手を差し伸べるのが良いことだっていうのは、どんなメディアも、物語でも謳っているし。だから、私の行動を受け入れないこの場所自体が間違っているんだって思って。でも、その頃には自分の無力さを自覚しつつあったから、逃げ出したの。その場所は他の力を持っている人に任せて、自分は今の自分の実力で何とかできる場所を変えていこう。それが効率的で、一番無駄がない正義の実現だって」


あかりは、彼女の話を黙って聞いていた。


「それで、唯一の場所になってしまった施設でも、同じことを繰り返して、いじめられた。そして、同じように逃げ出した。端から見れば、自分の思い通りにならないから逃げ出してしまった、ただのわがままな子どもだよね」


自嘲するまつり。

駅に着き、乗客はさらに減っていく。


「行く宛なんて決まっていなかった。ただ、どこかに自分の力を活かせる場所があるって、そう信じて。そうして、彷徨っている中で、サヤ様に出会ったの。サヤ様は初めて自分の力を必要としてくれて。こんな子どもの私に役目を与えてくれて。……警察官にでもなれば、活かせたかもしれない。でも、なるには勉強が必要だし、勉強にはお金が必要。それに採用の年齢も決まっている。中学生の自分を雇ってくれるところなんて、警察じゃなくてもまず見つからない。年齢問わずに採用されて仕事をすることがあんまり良いことじゃないのはわかってる。採用の年齢が決まっているのは、成熟して、知識とか経験とかも付いてきて、自分で判断できるようになってから、みたいなちゃんとした理由があるんだろうから。でも、年齢問わずすぐに受け入れてくれて、住む場所も、役目も与えてくれるこの魔女の世界は私にとっては救いだった。しかも、その役目は勧善懲悪。まさに私にぴったりだったから」


今の法律では救えない存在があることをあかりはこのときに初めて知った。それは確かに稀有な例だろう。法律があることで守られる存在の方が多いはずだ。それでも、確かに救われた存在がある。目の前にいる。だからといって、法律を破っていいという話には当然ならないにしても、今回の件に関しては、頭ごなしに破ったからと否定して、切り捨てていい話ではないと思った。

だが、とあかりは思う。


「だからこそ、私は居場所を与えてくれたサヤ様にも、ひなた様にも報いたいの」


彼女は気付いているのだろうか。魔女の目的を。

魔女狩りで殺された無辜の魂の無念を晴らすとサヤは言っていた。そして、無念を晴らし、この世界から魔女の力を消すとも。

それはつまり、今存在している魔女は人間に戻るということだ。

今はその目的を果たすために行動している最中だからいいが、もしもその目的が達成された暁には。

一度人間社会から弾かれた彼女は、果たして今度こそ人間社会で上手くやっていくことができるのだろうか。


「ん? ひなた様? それって誰のこと?」

「東の魔女の名前よ」

「あれ、サヤさんの名字って」

「そう。サヤ様の名字はひなた様がお与えになったの」

「そうなんだ。東の魔女ってどういう魔女だったの? 何も知らずに家に行くのは気が引けるというか……」

「その名前のとおり、とても温かい方だったわ。全てを包み込んでくれるような。ずっと触れていたくなるような、そんな温かい魔女」

「そっか、誰からも好かれそうな方だね」


まつりはスカートの裾を握りしめる。


「だからこそ、殺したやつを私は許すことができない。それどころか、きょうかに罪まで擦り付けて……本当に、許せない」

「私も精一杯力になれるよう頑張るよ」

「ありがとうね、あかり。私たちの誰もが、あなたに感謝してるわ」


目を見合わせて微笑む二人。電車に乗った頃の気まずさの影はもうなかった。

窓の外に目をやる。そこには、とてもきれいな海景色が広がっていた。

空もため息が出そうなほど晴れ渡っている。

しばし、電車の揺れに身を任せる。


ガタン ガタン ガタタン ガタン


規則性のある振動。

どこの電車でもあるはずのその振動に、徐々に血の気が引いていくのを感じた。


まさか、偶然だろう。


電車はトンネルに入る。


いや、自分はこの光景を知っている。


「……あかり?」


こちらの様子を見て、まつりが声をかけてくる。


「ねえ、まつりは東の魔女の家に行ったことってあったりする?」

「ええ、あるけど」

「その家ってもしかして、海を見下ろすことのできる一軒家だったりする?」

「そうだけど?」

「……もしかして、全体的に黒っぽい灰色で、玄関ドアが木目調だったりする?」

「──! あかり、あなたどうしてそれを」

「夢の中で」

「え?」

「私が夢の中で行ったのは、東の魔女の家だった……?」

「……詳しく説明してもらえる?」

「私は夢の中で何度かこの電車に乗ったことがあるの! それで、最終的に私が降りたのがその家だった!」

「その夢を最初に見たのはいつ頃?」

「正確な日までは覚えていないけど、多分二週間とちょっと前くらいだったと思う」


まつりは少し考え込む。


「ひなた様が殺されたのとほぼ同時期ね」

「……!」

「それに、夢っていうのが引っかかる」

「……どういう意味?」

「あかりは人々が夢を見なくなっている事件について知ってる?」

「そう言えば、学校でも噂になってたけど……。いや、でも偶然じゃないの? 夢を見ていないことが連続することだってあるだろうし」

「いえ、偶然じゃないわ。だってあれは魔女の仕業だもの」

「え……?」

「夢が消失しているのは、あなたの学校だけにとどまらない。あれは世界的に起きている現象なのよ」

「そんな規模で? でも、原因が魔女だっていう根拠は……?」

「消失地は微量の魔力で包まれているの。そして、今包まれているのはあなたが住んできた街」

「一体、何のために……?」

「それを探るために、サヤ様含めた私たちはこの街にやってきたのよ」

「そう、だったんだ」

「消失地の法則性はまだわからない。でも、場所が移り変わるタイミングはおそらく、その地域全員の夢が消失したとき」


電車はトンネルを抜ける。


「そんな中で、あなたは行ったことのないひなた様の家の夢を見た。さらに、ひなた様と同じ力を得ている。とても無関係だとは思えない」


言葉が、出なかった。


「それで、ひなた様の家で、あなたは何をしたの?」

「私は──」


地下室の扉を開けた。


あかりはそのことを言い淀んだ。

そうだ、自分はあの部屋に入って、ひどい頭痛を起こした。

力や犯人に繋がる重要な手がかりがあるのかもしれない。

だが、本当にそれだけか。

何か嫌な予感がした。


「あれ、何をしたんだっけ? 気付いたら目が覚めてた気がするけど……」


だから、そう誤魔化した。


「……行ってみれば思い出せるかもしれないわね」


今回いるのは自分とまつりの二人だけ。そのうちの一人は魔術を扱うことができない。

不測の事態が起きても、対応しきれる自信がない。

ならば、戻ってからサヤに直接伝え、万全の準備を整えてから臨んだ方が良い気がした。


電車は次の駅に停まり、また発車する。線路近くに生えている木の枝が、車体に当たる音がする。

その何もかもに見覚えがあった。


不安を抱えたあかりを乗せて、電車は次の駅へと進んでいく。

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