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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
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10話

「それは間違いなく、朝狩あやめのやつらによるものっすね」


襲撃後、ななとともに夕食を食べたあかりはサヤらの本拠地に行った。

その姿を見るや否や、サヤは食堂を案内した。

みんなにも声をかけてくれたが、大半が夜の見回りに出ているとのことで、集まってくれたのはころも一人だけだった。


「その人たちも東の勢力に属しているの?」

「そうっす。東の魔女が殺害された後、勢力は二つに分かれたんすよ。東の魔女に信頼されていた二人、サヤ様と──」

「その人っていうわけか。じゃあ、サヤさんってすごい魔女なんだ」

「そうっすよ! 次の東の魔女はサヤ様以外ありえないっす!」

「後継者争いをしているから、二人は敵対しているってこと?」

「私としては、後継者争いをしているつもりも、敵対しているつもりもないのですが……」

「きょうかが東の魔女殺害の容疑者になっているのをいいことに、サヤ様を後継者の地位から落とすため、こっちを目の敵にしてくるんすよ。まあ、一部の馬鹿は本当にこっちが事件を企てたと思っているみたいっすけどね、あかりさんを襲ったやつみたいに」

「それもあって、きょうかさんの容疑を晴らさないといけない……」

「しょうもないやつらっすよね。内部で分裂しているなんて、表沙汰になっていると他の勢力に知られたら大変なことになるから、裏でこそこそそうやって潰しに来ようとしてくるんすよ」

「そういうわけで、あかりさん。申し訳ありませんが、しばらくの間、私たちの誰かと一緒に行動していただきたいのです」

「いや、私としてもそれはありがたいんだけど。それについてちょっと話したいことが……」

「……?」

「私、なんか人間としての痕跡? が消えちゃったみたいで。初めから世界に存在していなかったことになっているみたいで。帰る場所も何もかも、なくなっちゃったみたいで……」

「詳しく説明していただけますか?」

「友達も、家族も私のことを覚えていなくって。魔女としての私の存在が確定? したからって言ってたけど」

「誰が、ですか?」

「えと、なんだっけ。セト? とかいう人の言葉を話す黒猫なんだけど」

「……一体何者でしょうか」

「聞いたことないっすね……。というか、魔女になったことで、人間としてのあかりさんの存在が消えたっていうことが意味わからないっす。私も別に人間から魔女になったときも、そんなことはなっていないっすけどね」

「……同じく」

「え、元から魔女じゃないの? じゃあ、みんなはどうやって魔女になったの? そもそも、魔女って……」


サヤは机の上で手を組む。


「そうですね。まずはそこからの説明をしましょう。あかりさんは、『魔女狩り』をご存知ですか?」

「中世くらいに起きた出来事だっけ。魔女と疑われた人々が殺されたっていう。悲劇として認識してるけど」

「そうです。その始まりがいつどこでだったかまではわかりませんけどね。ですが、確かな根拠もなく、悪い存在だと決めつけられて殺されるという事態が社会的な出来事として発生していたのは事実です。当然殺された中には無辜の人間もいる。そんな無辜の魂の無念が力となり、魔女が誕生したと言われています」

「魔女と疑われて殺されたから、魔女が生まれたっていうこと? それってなんか腑に落ちないな」

「おっしゃるとおりです。魔女というのは便宜上、私たちがそう名乗っているだけです。私たちの言う魔女が誕生する前から存在していたかもしれない本来の魔女とは本質的に異なります。魔力も魔術についてもそうです」

「魔女云々を置いといて、誰かに自分たちの無念を晴らしてほしくて力を与えたっていうのなら、まだ流れとして理解できなくはないけど。でも、人の無念だけで、あんなことができるようになる力が使えるようになるのはおかしくない?」

「確かに、この力についてわからない部分はあります。ですが、この力を用いて何をすべきかという目的ははっきりしています」

「目的?」

「それは、殺されてしまった無辜の魂の無念を晴らすことです」

「晴らすとどうなるの……?」

「晴らすことで、この世界から魔女の力を消します。無念から生まれた力が、この世界に存在し続けて良いわけがありませんから」

「……その目的って、どうやってわかったの? 力の詳細はわからないのに、その力ですることがわかっているのはおかしくない?」

「東の魔女がそう言っていたのです」

「言っていたって……」

「この世界に初めて誕生した魔女は4人いたと言われています。そして、その4人は力となった無辜の魂の無念を直接受け取っています。そこからはっきりとわかったそうです。力の薄まってしまった私たちにはわかりませんが」

「なんか釈然としないなぁ」

「まあ、聞いて下さい。その4人は各々の方法で無念を晴らそうとします。そのうち、一人は、『魔女狩りを悲劇として人々の記憶に植え付けるためにも、魔女による被害を拡大させないこと』という方法を考えました。やがて、その魔女は方角を冠した名前で呼ばれることになります。────東の魔女、と」

「無念を晴らすために、魔女による被害を拡大させない……」

「魔女狩りの事実は十分に悲劇として人間に認識されていると彼女は考え、これ以上の啓発は必要ないと考えました。あかりさんも同じ認識でしたね。そこで、魔女たちによる人間への加害がなくなれば、魔女狩りは悲劇のまま歴史に残り、いずれ目的を達成できると」

「なるほど、そういうことだったのか」

「そして、彼女は目的達成のため、他者に自分の力を分け与えて、新たに魔女を作り出しました。それが私たちです」

「私も、誰かに力を分け与えられたってこと? でも、そんな覚えなんて……」

「謎っすね……。私たちは全員東の魔女直々に力をもらっているんすよ」

「うーん……」

「まあ、それについて今ここで考えても仕方がありません。さて、本日の授業はここまでにしましょう。あかりさん、行く場所がないのであれば、ぜひここで生活してください」

「い、いいの……?」

「当然っす!」

「あかり、よろしくね」

「もちろんですよ、一緒に行動していただきたいと言ったのは私ですし。空き部屋がありますから、お好きに使ってください。他のみんなも喜ぶと思います」


あかりはほっと胸をなでおろす。

良かった。野宿なんてまっぴらだし、この制服姿で夜中にうろうろしていたら、補導されること待ったなしだ。


「ですが、私たちの一員になるのですから、当然仕事や家事はしていただきますよ?」

「それはもちろん!」


「ではさっそくですが、明日はころも、まりとパトロールに行ってもらいましょうか」





翌日、支給されたスマホのアラームを止めたあかりは、寝ぼけ眼で見慣れない天井を見上げていた。


ああ、現実だったんだ。


起床して一番最初に頭に浮かんだのがそれだった。


胸の中にぽっかりと穴が空いてしまったように感じる。魔女になってしまったんだ。もう、自分の家には帰れないんだ。学校には行けないんだ。さつきとなおにも、会えないんだ。

手袋をしている両手を見て、深くため息をついた。


最後に力を使ったのは、学校の屋上か。あれ以降、まだ暴発はない。自分の意思で使用しようと思ってもいない。

時を操る能力、そうサヤは言っていた。

それが本当なら、なんてとんでもない力を手に入れてしまったんだろう。

自分に使って、過去に戻れるのだろうか。なら、あの幸せな時間に──。いや、それができているなら、同じ能力を持っていた東の魔女は死ぬ未来を回避していたのではないか。


というか、なぜ東の魔女と同じ能力を持っているのだろう。彼女の顔すら知らないのに。やっぱり、時を操る能力ではないのではないか。そう思い当たる。


それに力を与えられた覚えもない。この力は一体どこから来た。誰に与えられた。可能性があるとすれば、夢の中の少女だが。


『あれは紛れもないあなた自身の力』


「……じゃあ、私が東の魔女だったっていうこと?」


呟いてみて、乾いた笑いが出てしまった。

そんなわけがない。東の魔女が殺されたのはつい先日だと言っていた。私はもっと前から生まれている。


きっと、この力を使いこなせれば見えてくるはず。そのための一歩を今日から踏み出していくんだ。

そう自分を納得させたあかりは、ベッドから降りる。


一応寝間着は余っていた分があったため、貸してもらえた。しかし、普段着がない。どうしても制服になってしまう。


「今日買いに行かせてもらえるかな」


まずは顔を洗いに行こうと、あかりは洗面所に向かった。





準備を整えたあかりは食堂に向かう。

すでに部屋には焼けたトーストのいい匂いが漂っていた。

だが、食欲はそそられることはなかった。


「あ! おはようっす、あかりさん!」

「おはよ、今日はよろしくね?」


ころもとまりはすでに席について朝食を食べていた。


「おはよう、こちらこそ今日はよろしく……」

「どうしたんすか? 立ったままで」

「実は、昨日食べたラーメンがまだ胃の中にあって、お腹は空いてないんだ……」

「ラーメン?」

「うん、昨日の夜にななと食べたんだけど、あまりにも量が多すぎて……」

「……しろう」

「うわひゃっ!?」


いつの間にか背後に立っていたななに耳元で囁かれた。エプロン姿から見るに、今日の朝食当番のようだ。


「しろう?」


ころもが首を傾げる。


「そう、ラーメン死狼」

「ああ、ななのお気に入りだっていうお店ね?」

「今流行っている死狼系ラーメンってやつっすね?」

「違う。行ってきたのは直系の死狼。直系と死狼系は別物。よく覚えておいて」

「どっちもラーメンっすよね?」

「直系は厳しい修行を積み重ねて、初めて名乗ることができる。ぽっと出の死狼系とは違う」

「そ、そうなんすね……?」

「大丈夫、あかりの朝食は私が食べてあげるから。後輩の失敗は先輩が拭う」

「失敗……?」

「なんか、小ラーメンっていうやつを頼んだんだけど、普通のラーメンの大盛り以上の量があって……」

「大盛りのお店なのね。ななはいっぱい食べるものね~」

「もうラーメンはしばらくトラウマだよ~。あれ、そう言えば他のみんなは?」

「サヤ様は用事があるからって、なつとここを連れて朝早くから出ていったっす」

「あ、そうなんだ」

「全員が集まっていることの方が少ないっすね~」


「ちょっと。喋ってないで早く食べてくれる?」


台所から声だけがする。おそらくはまつりだろう。ということは、今日の家事当番はななとまつりということになる。


あかりは聞こえてきたまつりの声に気まずさを覚えていた。彼女と直接最後に話したのは、あかりの力について、言い合いをしたときだったからだ。


「んじゃ、さっさと食べて行くっすか!」


そう言って、口に食パンを詰め込むころも。

だが、お決まりのごとく喉につまらせて、今度は牛乳を流し込む。

その姿を見て、あかりの気は幾分か紛れた。

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