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第七話:シャッター通りのど真ん中

 トラックに追い抜かされた後の排気ガスはいつ吸い込んでも気持ちが悪いものだ。

 山を降りると、寂れた町が広がっていた。

 空気は山中ほど澄んでは無かったが、都市部よりはだいぶ気持ちがいい。

 その中を散策しながら彼女らしき人を探す。

 いるかどうかは分からないが、確率はゼロではない。

 限りなく気が遠いが、なぜかきっといつか会えるという自信があった。

 灰色のコンクリート塀を伝って進む。

 目に飛び込んでくるのは昭和を感じさせる風景だった。

 クリーニング屋、足袋屋、文房具屋……。

 そのどれもがカーテンを閉められ、人の気配さえ感じれるものではなかった。

 きっとバブルの崩壊と共に一気に閉めたのだろう。

 ガランとしている道を通り抜けると、大きなショッピングモールが目の前に現れた。

 とてつもなく広い駐車場。

 とてつもなく大きな建物。

 そしてさっきまでは気配さえもなかった人影が溢れかえっている。

 ざわついている周辺の人間は、活気に満ちていた。

「ここらへんも随分変わったもんじゃねぇ……」

 ふと後から声が聞こえた。

 振り返ると、見知らぬおばさんが周辺と不釣り合いに大きな建物を見上げて独り言を言っていた。

「あ、あの……」

 ゆっくり近づいていくと、そのおばさんから二度見をされたあと笑みを見せながら応えてくれた。

「あら、いい男ね。どうしたん?」

 片手に手提げ袋をかけながら反対の手で口を押さえている。

 おばさんポーズだ。

「さっきなんか独り言をされていたので、それがちょっと気になって」

「あぁ、あのね、ここらへんは昔は綺麗じゃったんよ。海も山も近いし、自然は溢れとるし、川には魚が泳いどったし」

「へぇ~」

 想像もつかない。

 今はただのコンクリートの世界と化している。

「それでね、商店街も活気があふれてねぇ……あの頃の方が貧しかったんじゃけど、今よりもなんか良かったんよ」

「そうなんですか……」

「昔はあたしも八百屋の看板娘じゃったんよ!」

 今はどこからどう見ても世間話が好きそうなおばちゃんだ。

 でもどこか顔立ちはすっきりとしているように感じる。

「うちももう閉めちゃってねぇ。人が全然こんけぇ。あ、そうじゃ、ちょっと付いて来てくれる?」

「あ、え、あ、はい」

 強引に引っ張られ、再び寂れた雰囲気が漂う方へ向かった。


 着いた所は商店街のど真ん中だった。

 看板の大きな『八百屋』の文字が薄汚れていて、茶色い錆が固まっている。

「ささ入って入って。由美子ぉ、ただいま~」

 そう言いながら僕を引っ張るおばさん。

 ドアを開けて、靴を脱ぎだした。

 由美子というのは誰なのだろうか。

 もしかしてあの彼女だろうか?

 淡い期待を寄せながら玄関の前に立つ。

「おかえり~」

 中から澄んだ声が聞こえた。

 この声は、どこか聞きおぼえがある。

 本当にあの彼女なのか?

 思わず顔がほころぶ。

「ええ人連れてきたけん、ちょっと来てみんさいやっ」

 家の中から大きな声が聞こえた。

「ええ? もう……」

 背中を押されて中から誰かが出てきた。

 背が高く、肌も白い。

 髪は後で一つに結んでいて、こげ茶色。

 顔立ちも整っている。

 綺麗な方だと素直に思った。

 綺麗だが、あの彼女ではなかった。

「どうかね? うちの娘なんじゃけどねぇ」

「はぁ……」

 そういうことか。

 僕を婿にってか。

「もう、やめてよ母さん! この人困っとるじゃんかぁ。……ほんまにすみません、うちの母が」

 ぺこぺこと頭をさげられるが、どう反応していいのかわからない。

「ああ、いや別に……」

 きょろきょろと目線を動かすが、一定にならない。

 どこを見たらいいのか分からない。

 おばさんが急に横からはいってくる。

「まぁそう言いなさんなや。中でお茶でも飲んで。ね?」

「あ、はい……」

 由美子さんは困惑の表情だが、おばさんが力でねじ伏せるように説得し、しぶしぶ中に通してくれた。


 家の中は思った通りせまかった。

 ちゃぶ台にお茶とせんべいが並ぶ。

「……なんだかごめんなさいね?」

 向かい合うように座る由美子さんが申し訳なさそうにそう言った。

「いや、大丈夫ですよ」

 こういう他なかった。

「お忙しいんでしょう?」

「いや、全然」

 確かに人探しで忙しいが、そういう意味の『忙しい』ではないような気がした。

「これだけ飲んでもらったらもう帰っても大丈夫ですので。母も諦めてくれると思いますので」

「は、はあ……」

 どうしよう。

 これだけ飲んで帰るのはなんだかもったいない気がする。

 でも僕は人探しに忙しい。

 どうしよう……。

「どう? 会話は弾んどる?」

 飴玉が入った器を持ってきて由美子さんの横に座るおばさん。

「由美子ねぇ、こんな歳になってもまだ結婚相手を連れてこんでねぇ、あたしは心配で仕方無いんよ」「やめてよ母さん! あたしはもうええの。独りの方がずっと楽じゃし」

「そんな強がってぇ」

 親子の口げんかはとてもテンポが良い。

「家から出んで家事ばっかりしとるんよ。じゃけぇあたしがこうして未来のふ、ふいあんせを連れて来たんよ?」

 フィアンセと上手に言えないおばさんはどこか微笑ましい。

 反対に、由美子さんはいらいらが蓄積していってるように感じた。

「いいお世話ですっ!」

 それを見ている僕は、とうとう言葉が出なくなった。

「ほら母さん、困っとるよ。あの、名前知らんけど……」

「あ、ごめんごめん。お兄さん、独身かい?」

「あ、はい。一応」

 まだ高校生だ。

 男はまだ結婚できない。

「そうかそうか。何をしよったんね?」

「あ、人探しです。大切な人を探してまして」

 そこから色々説明し、事態の重さを理解してくれた。

「そうかそうか。苦労されとるんじゃなぁ。職業は?」

「え、あ、高校生ですが」

 それを言った途端に由美子さんとおばさんは顔を見合わせ、「高校生?」と声を揃えた。

「あ、はい」

 腰が抜けたような表情で僕を見る二人。

「高校生には見えんかったなぁ……」

「大人っぽい高校生じゃ……」

 そこまで大人っぽいだろうか。

 確かに水泳をやっていたから体はがっちりしている方だ。

 高校生なら顔が大人っぽく見えるのも仕方ないか。

「てっきりどこかの大学生かサラリーマンかぁ思ぉとったよ」

 おばさんが愕然としている。

「ほんなら娘の半分ぐらいしか生きとらんのんじゃあなぁ」

「ええっ??」

 今度は僕が驚く番だ。

 由美子さんはもっと若いのかと思っていた。

 僕が一八だから、由美子さんは三十六か。

 そうは見えない。

 さすが元看板娘の娘さんだ。

「じゃあ結婚はまだ先じゃのう」

 おばさんが言う。

「そうですね……じゃあ僕はこれで。ごちそうさまでした」

 席を立った僕をおばさんは引きとめる。

「これからどこへ行くん?」

「とりあえず適当に」

「ほんなら今日は泊まっていきんさいや。体に気をつけんと」

「いや、僕はもう行きます。では、お元気で」

 そう言って八百屋を出た。

 相変わらず寂れている商店街に、燃えるような夕日がかかっていた。 

ダイナマイト横須賀って^^;

名前の件はもう大丈夫です。

このままこの名前で続けていこうと決めましたので。


樋口一葉さんは女流作家ですよね。

「たけくらべ」で有名です。

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