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第五話:大男とアイスキャンディー

 朝露の残る竹藪を進む。

 地方でも開発が進んでいる現代、こういうところにも竹が生い茂っているのかと思うと、日本もまだまだ捨てたもんじゃない。

 山道が獣道に代わる頃、登山客であろう、重そうな荷物を持った大男に出会った。

「すみません。ここから街までどのくらいですか?」

 そう。僕は今、街を目指している。

 街に出て、徹底的に聞きこみをするのだ。

 そうでもしないと、この旅の目的に一歩も近づけない。

 この山を進んでいる時でさえ彼女の後姿が不意に浮かんでくる。

「ああ、それなら逆だ。君が今来た道をそのまま下ると良い。私も今下る所なんだ」

 どうやら僕はちょうどいい時にちょうどいい人に出会ったらしい。

 それにしても今までの苦労はなんだったんだ。

 ただの時間の無駄遣いだったのだろう。

「そうなんですか。助かります」

「よかったら私についてきなさい。見たところ登山客ではなさそうだし」

 そう言いながら大男は舐めるように僕を見る。

「あっ、ありがとうございます」

 こうして僕は大男と一緒に、来た道を戻った。

 

 しばらくすると土の道路から整備された黒い道路が見えてきた。

 整備されているとは言ってもヒビはいたるところに伸びており、時々掘ったような穴もある。

 ガードレールは曲がっているし、時々それも無いところがある。

 これを見て日本が最先端の技術を駆使した先進国だとはとうてい思えない。

 一部の裕福な層の人間が何不自由なく暮らせる国、日本。

 これじゃあ社会主義国と変わらないじゃないか。

 そんな事を頭の中だけで声に出しながら道路を歩く。

 渓流沿いのマイナスイオンは確かに気持ちが良いものだ。

 自分が癌だった事もいつの間にか忘れていた。

「君はどうしてあんなところにいたんだ?」

 大男が荷物を背負い直しながら言う。

「旅です。僕はもう後が無いので」

「後が無い?」

 大男の表情が一変する。

「はい。実は癌なんですよ」

「そうは見えなかったなぁ」

 いつの間にか腕を組み直し、遠い目をしている。

「そうですか?」

「うん。何かこう、希望を感じるんだ」

 大男は自分の胸の前で両手を使って円を描いている。

「希望ですか……」

 今の俺の希望とはまさに彼女のことだろう。

 彼女の事を考えない日はここ最近ない気がする。

 癌患者である僕がここまで歩いたりできるのも、きっと彼女という希望のおかげなのだろう。


 渓流沿いの道を下ると、一軒の店が佇んでいた。

 どこからどうみても古びていて、店の看板もくすんでいる。

 店の前に置いてある大きめのアイスボックスに目が行く。

「君、食べたいか?」

 大男は微笑みながら聞いてきた。

 もちろんだ。歩きっぱなしで喉はからから、腹は減っている。

「食べたいです」

 遠慮はしない。

 せっかく言ってくれたのに、断ってしまってはもったいない。

 僕はその中にある水色のアイスキャンディーを引っ張り出した。

 それとほぼ同時に大男が抹茶のアイスを取り出し、店の人に勘定を払っていた。

「君の出世払いだからね」

「はい」

 いつ会えるのか、それとももう会えないのか、それはまだ分からないが、僕と大男は指きりで約束を交わした。

 アイスキャンディーは懐かしい味がした。

 入院する前によく食べたこの味が、まさかこんな歳に懐かしいと感じるとは思わなかった。

 キーンとした冷たさが頭を叩き、僕は目を閉じながら溶けはじめたそれにかぶりついた。

「あぁ美味かった」

 わざとらしくそういう大男は、どうやらその大きな口で抹茶アイスを一気に食べたらしい。

 食欲というか、さすが大男だなぁと感動した。

 こういう小さな感動が力を生むのだとナースに教えてもらったのを思い出す。

 あの頃はまだ大人を信じる事ができていた。

 だが今はそうではない。

 多少は変わったかもしれないが、それでもまだ完ぺきには信用できない事もある。

 あのおばあさんが食べさせてくれた飯だって、もしかしたら毒が入っていたのではないかという変な想像が時々心に巡ってきたりもする。

 そういう所はまだまだ病人なのかもしれない。

 心に病を患っているのだ。


「ごちそうさまでした」

 僕は大男に一礼して席を立つ。

「よし、じゃあここでお別れだな」

「えっ?」

 ここでお別れだなんて聞いていない。

 だがそれは性だろう。

 もともと一緒の団体というわけではない。

 それに付いて来てくれるという約束も交わしていない。

「まあまたいつか会えるさ。出世払い、忘れるなよ」

「あっ、はい!」

 僕はそう言ったが、気持ちは複雑だった。

 一歩も先に進めない僕。

 店の前で立ちすくんでしまった。

「おい、どうしたんだ」

「いや、寂しくなるなぁって……」

「そんな大げさな。もともと他人同士だろ?」

「まぁそうですけど」

「じゃ、無理するなよ。希望を見失わずにな」

「はい。ありがとうございました」

 そこからは振り返らずに道を進んだ。

 僕が癌患者だから同情でもしてくれているのだろうか、この旅に反対する人には今のところ出会っていない。

 これは幸運ととらえるべきか、それとも不幸だととらえるべきか。

 少なくとも今は心が穏やかで幸運でしかないと感じている。

 この調子で旅が進めばきっと彼女にも会えるだろう。

 曲がってしまっているガードレールから見降ろすと、そこには確かに現代の街並みが広がっていた。

ダイナマイト?

格闘技のことですか?

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