第四話:歩く国家公務員
てくてくと歩くと車が通れそうな道に入った。……と言っても車は一切通っていなかった。
とほほ……ヒッチハイクも何も出来ない。
昔の番組であったような気がしたんだけどなんだっけ?
電波何とか……後で調べておこうと思った。
道路には四十と黄色い文字で書かれていた。ここはそんなに信号無いから結構飛ばせるのにと思った。私は右左と道路を端から端まで見た。
うわー。歩きたくなくなるなあ。
一応鞄の中にはヒッチハイクと言う単語と、右手を書いた紙がある。
もしもようであって、そんなに使う事も無いだろうなと思いつつ道路の真ん中を歩いた。
なんか変な気がするよね。道の真ん中を歩くなんて滅多に無いからなあ。
そんな事をしているとなんか悪い餓鬼に見えてくる気がした。
道路交通法違反にでもなるのかなこれ。
「おーい、そこのお嬢ちゃん何をして居るんだい?」
ぴくっと肩を揺らし、振り返る。そこには身軽な服装をした。中年の男性だった。
「そんなところにいると轢かれるぞー」
やや出た腹を揺らしながら私に近づいてくる。なんか旅を初めてかなり男性発生率が多いような気がするなと思った。
「道路交通法違反になりますかね」
「いや、本当はここ車すら通らないからね」
「あはは、閑散としていますね」
そうだねえと相槌を打つ彼は健康そうな汗を流していた。だけどそんなに近寄らないで欲しいなと思った。
加齢臭って言うしね?
「一緒に歩きませんか? その歩き方だと、膝を壊しますよ?」
「え? 歩き方でかわるんですか?」
「ええ、そうですよ」
んじゃよろしくお願いします。と私はお辞儀をした。
「何でこんな歩くのって疲れるのですか?」
「あはは、無い筋肉を使うからだよ。無理しないでゆっくりと歩けばいいよ」
すたすたと歩く彼は綺麗なフォームで歩いて……いるのかどうか分からなかった。私と全然歩き方が変わらないのに彼は疲れないだろう?
不思議でたまらなかった。
「歩き方はこう、踵からつけて親指まで重心を移動させて歩くそうすれば足の筋肉とか全然使わないよ」
「え、ええ? こうですか?」
「違うね。だからこうですよ」
全然違いが分からない! 歩きのリズムとか、腕を振るとかそんな詳しく言われても凄く困るんですけど……。
「まあ、しばらくはそう言う歩き方をすれば大丈夫ですよ」
「そう…ですか」
私はへとへとだ。脹脛が石みたいに張っている。
「はいこれ、ぬるいけどあげるよ」
渡されたのはキャップが開いていない生ぬるいお茶だった。私の鞄には飲み物が無くて、少し困っていたのだ。感謝を言い、口を付けて飲んだ。
何キロ歩いたのか良く分からなかったが、かなり歩いたと思う。
「そういえばどうして歩いているんですか?」
ん? と彼は変な顔をした。
「ああ、どうして歩いているかね」
「はい」
「ダイエットですよ」
それは見て分かる。
どうしてこんなところを歩いているのかを聞きたかった。勿論彼は何も気にしていないようにまた歩き出した。
「本当は他の人に内緒なんですけど」
「……」
「僕は国家公務の歩く人なんです」
「……は?」
ポケットから財布を取り出し、名刺を出した。
道路交通省と書かれた名刺。
「どうしてこんな事をしてるんですか?」
「ええっと、趣味と言うか……道路の設備がちゃんと出来ているか歩いてみる人なんですよ。どこか壊れてるところが無いか、後道路の標識が錆びて見えていないか……などを見る人ですよ」
「車で見れば良いじゃないですか」
「車じゃダメですよ」
「どうして?」
彼が言うには歩くときの視界と車の視界ではかなり違うらしい。
速さの問題だろうか?
「あと、歩いているほうが健康にいいしね」
腹が出てる彼にそんな事言われてもそんなに説得力が無かった。
「今日はすみません歩き方のお世話をしてもらって」
いいえ、いいですよ。と彼はにこやかに言った。
「そういえば君、どうしてこんなところを歩いているんだい?」
「あ、えっと……旅してるんです。自分探しの」
いいねえ。と暢気に言う。
このご時世、女子学生が旅するのは当たり前の事なのだろうか? 訝しげに彼を見ると話を続けた。
「僕には娘がいたんです」
それは突然だった。
「その娘が高校卒業してからかな? いきなり旅に出るとか言ってね。自分の資金を全部はたいて海外に出たんだよ」
「意外と無謀ですね」
「そうだろう?」
もし私が旅していなかったら腹を抱えて笑っていたに違いない。私と同じ身分でしかも現在進行系と言う事に共感めいたものがあった。
「今は音信不通。消息不明だけどね……そんな時、君に会った。いやー、本当に夢みたいだったよ」
「は、はあ」
妙に足が浮いているような気がしてならなかった。
私は彼と別れてまた歩きだした。
前とは違う妙に疲れない感じ。
そんな事を三十分もしていると、後ろから車が走ってきた。私は鞄の中からヒッチハイクの紙を出そうとしたが、鞄から出すのを止めた。
車は私を横切っていき、だんだん離れてゆく。
これでいいのだ。そう思いながら私は鞄を背負い直す。
たまには歩くこともいいころだよね。そう思いながら歩く人を思い出した。
ダイナマイトっていいよね。