第三話:夜道の明かりに導かれ
海岸沿いの道をずっと行くと、山道に入った。
夜道はどこかさびしい雰囲気で、背筋が凍る。
僕はあれからおばあちゃんの家に向かった。
とりあえずこの服装では街に出られない。
僕は病院着のままだった。
とりあえずおばあちゃんの家で食料と服を確保しなければ。
おばあちゃんの家はここからとても近かったはずだ。
僕には後が無いと思い、両親が配慮したのだろうか。
まぁそれでもいい。もう親は関係ないのだ。
上り坂はとても苦しかった。
病院で寝たきりのままだったためか、体力が落ちている。
僕はこんなではなかった。
小学校に通っていた頃から水泳ではクラスの誰にも負けなかった。
大会でも上位に食い込むような選手だった。
それが今ではこれだ。
情けない。
上に走っている高速道路の明かりに導かれながら、やっとおばあちゃんの家に辿り着いた時にはもう朝になっていた。
壁にもたれかかるようにドアをノックする。
意気は上がりっぱなしだ。
「はいはい、どなたぁ?」
おばあちゃんがそう言いながら引き戸を開けて出てきた。
「……ちょ、飯……」
僕の様子に動じることなく「はいはい」と中へ連れ込む。
どこか様子が変だ。
だが僕はそんなことを考えているような余裕はなかった。
夜通し歩き続けてきたのだ。
それこそ死にそうだ。
「お兄さん、どっから来たんね?」
口調もおかしい。
よくよく見ると、それは僕のおばあちゃんではなかった。
丸いしわしわの顔で優しい頬笑みをくれるおばあちゃん。
僕は今、他人にお世話してもらっているのだ。
「あ、その、人違いっていうか、その……」
どうにか謝っておかないと失礼だと思ったが、どうも口が言う事を聞かない。
「旅のお方じゃろう? 時々『泊めてくれぇ』ゆうて訪ねてくるけぇ、もう慣れとるよ」
「あ、そうなんですか……」
それならば話は早い。
僕も一応旅人だ。理解されやすいだろう。
「お口に合わなんだらすまんの」
そう言って出されたたくあんと白米をのどに流し込む。
あまりの勢いにおばあちゃんは喜んでいたが、いつまでもこうしてはいられない。
「あの、ごちそうさまでした」
「はいはい。よぉ食べたなぁ」
「あの、ちょっとお願いがあるのですが」
「ん? ゆうてみ」
ここで僕は身ぶり手ぶりを加えながらいきさつを話した。
病院での事、海の彼女の事、山道がつらかった事、おばあちゃんにお世話になった事。
彼女に会いたい事、そして、もう僕の命に後は無い事。
謝る時には動いてくれなかった口も、上手く機能してくれた。
流れるような言葉の波に、おばあちゃんはうんうん、と頷いてくれた。
「で、このままだと街に出られないから、服を貸して頂きたいんです」
「ほうか。ならこっち来んさい」
おばあちゃんは笑顔で親身になって聞いてくれた。
親達の偽物の笑顔ではない。
僕はおばあちゃんに先導されて押入れの方へ向かった。
「これ、孫たちの服なんよ。もう孫も大きゅうなって入らんらしいけぇ、これに着替えんさい」
差し出されたTシャツとズボンを貰い、早速着替えた。
少し小さく感じたが、これで街に出られると思ったら我慢するレベルの問題でもなかった。
「ありがとうございます」
「あとこれも。少ないけんどな」
そう言って少しの小遣いをもらった。
「銭湯とか食事とか、これで少しはもつと思うけん、大事に使うんよ?」
「ありがとうございます!」
ここまでしてもらって何かお礼をしなければならない。
そう思って聞いてみたが、意外な答えが返ってきた。
「そんなんええよ。強いて言うなら、また遊びに来んさいね」
病室でいつのまにかひどく現実主義になっていたのか、現金を要求されるかと思った。
周りにほとんど友達がいないから寂しいのだそうだ。
僕は、彼女を見つけたら一緒にまたここに来ると約束し、深々と礼をした後、家を出た。
そして家を出た途端に気付いた。
ここは僕のおばあちゃんの家とは雰囲気が全く違う。
全然知らない、薄暗い村だったのだ。
うまく思いつかない^^;
やっぱり行き当たりばったりはむずかしいなぁ。
「春一番」かぁ……なんかしっくりきませんね。すみません。