第二話:春の蛍と流星
目が覚めると目の前にはバスの運転手が私を起こしていた。
「……あーすみません」
「何度起こしても起きないので死んでいるかと思いましたよ」
「あはは、すみません」
一度深く礼をした後私は自動改札気に小銭を何枚か入れバスを降りた。降りたところはどこか殺風景な田舎だった。田園がびっしりと並び、綺麗な平坦な村だった。
軽く背を伸ばすと関節がぱきぽきと鳴った。さっきまで変な姿勢で寝ていたからか、肩が凝っている様な気がした。まあ、少なくとも田園みたいに平坦な胸の所為ではないと確信している。
あはは、次からは豆乳を飲んで置こう。
男って胸が大きい方が好きだって言うし。最低目標最初から三番目くらいだよね!
そんな一人喜劇をしていると後ろから笑い声が飛んできた。
ばっと振り向くと、一人の男性がいた。年からにして二十代後半だろうか? 私は初め警戒心駄々漏れで男性を見た。
そんな視線に気付いたのか男性は一つ咳払いし、笑うのを止めた。
「どうも、この村に何かの観光かい?」
「いいえ、ただの旅です」
恋人探しのと言わなかった。自分探しだといわないのかと言われそうだったからだ。少なくともこの人には絶対言われるだろうと思った。
「へえ、こんな年なのに旅かあ。いいね」
「普通警察に言いませんか?」
そんな反応に男性はきょとんし、そしてにたりと笑った。
「実は僕が警察官なんだけどね」
「……まじですか?」
「本当ですよ」
さんさんと降り注ぐ太陽光線。
旅して早々私はすぐに捕まった。
「……で? 私を帰さないんですか?」
「ん? 帰されたい?」
いいえ、と即答すると男性はぷっと息を噴出し笑った。
どこが楽しいのかよう分からないなあと思った。少なくともこの人は私を家に帰すつもりは無いらしい。
このまま犯されるってのはまずありえない。相手も公務員だからそんな事はできないし、あっちは二十代。もう結婚でもしている時期だろう推測を立てる。
「そこまで警戒する事は無い。こっちだってそこまで鬼じゃないし、逆に君くらいだと旅したくなるのは仕方ない事だろうと僕は考えているよ」
「え? と言う事はそちらも旅したことあるんですか?」
まあね。と彼はやや困ったような笑顔をした。私も少しだけ親近感が湧く。
少しだけ、心を落ち着かせて私は問いかけた。
「何処に行ったんですか?」
「んー、北海道かな? 高校卒業して、すぐにバイクの免許とってスーパーカブで北海道まで走った覚えがあるよ」
「え、それ凄いじゃないですか!」
「まあね、一般道だから二ヵ月くらいはかけて走ったね」
私は喰い入るように彼に詰め寄った。
「やっぱ凄かったんですか? 北海道って寒くなかったんですか?」
「ちょっと君落ち着いて……」
おっと、私とした事が……私はすぐに椅子に座り、少しだけ反省した。
「まあ、北海道に入る前にスーパーカブは壊れたんだ」
「え?」
「僕の旅は終わって無いんだ。途中でバイクが壊れてもう歩けなくて食料もお金も底に付き、そして警察に捕まってこの場所に戻った」
「……」
彼は悲しげな顔をした。そんな顔を見ると心が痛くなる。ズキズキと痛んだ。
「それからだねこの村から出られないのは、僕は警察官となってこの村に定着する事にした」
「どうして、北海道に行こうとしたんですか?」
私を見る顔はどこか儚い、触れると溶けてしまいそうな雪みたいな表情をした。
「彼女がそこにいたんだ。彼女は昔この村から出て行って北海道で住む事にしたんだ。僕は会いたくて会いたくてたまらなかった。手紙を送って、送って、最後には君に会いたいって書いていたんだ」
懐かしいなと彼は笑った。
「そしてある時、彼女から手紙が来たんだ。『自分の足で来れたら結婚してあげる』と一言しか書いてなかった。僕は懸命にバイクの免許を取ったんだ。だけど会えなかった」
「奥さんいるんですか?」
「その彼女じゃないけどね」
あはは、空笑いする。私は机にある、ラバーケースに挟まれた写真を見た。
昔の写真、フォーカスはバラバラの幼い二人の写真。
「自分の足で来れ無かったって事は、結婚すら出来ないって意味だ。僕はその約束を守れなかった事に後悔したんだ。その時に見守ってくれたのは今の奥さんなんだよ」
「愛されてますね」
愛されてますよと彼は言った。
「今日はここで泊まっていけばどうだい? 僕は夜もここにいるから相手にされる事も無いだろう」
「いやです。男性のすぐ近くで寝ると襲われそうな気がして寝れません」
「残念だね、僕は君みたいな年は守備範囲では無いんだよ」
一本取られた。例えるなら、ボーリングで九本取られて最後の一本が真ん中にあるようなものだ。
「それに今日はここで寝たほうが君にとってもいいと思うよ」
「え? 何があるんですか?」
それは夜になってからのお楽しみだよ。と彼はイジワルそうに笑った。
夜になると、彼は私に目を閉じろと命令をした。しぶしぶ私は目を閉じると私の両手が彼の手に掴まれた。
どきどきはしなかったけど、どこか懐かしい感触だった。
肉刺がつぶれて、固まったような歪な硬さのある手。
お父さんの手みたいと、思った。
真っ暗の中私はその手に引かれていた。ゆっくりと動くと、すれ違う空気。足元で紙を踏み締める様な音。
どうやら少し高い山に登っているようだった。
「じゃあ、このまま座って? 後ろにベンチがあるから大丈夫だよ」
その言葉を信じて座ると本当にベンチがあった。
「じゃあ目を開けてごらん」
「……凄い」
一面光の粒子の世界。としか言いようが無かった。目の前が真っ暗なのに緑色の蛍光色のような光が綺麗に漂っている。
「この時期は蛍が飛び交うんだ」
「春なのに……この近くに綺麗な川があるんですね」
「ああ、そんな事分かるのかい?」
「まあ、現役高校生ですから」
とやり取りすると、一つの光が私の鼻頭に止まった。
少しだけくすぐったくて、思わず指でその光を押した。するとその光はまた空中へと飛び立った。
「……本当に綺麗ですね」
「そうだろう? 僕はここがお気に入りだったのさ。昔の彼女がここを教えてくれてね。それ以来ここは僕の秘密基地さ」
だからここを教えたのは君だけだ。と暗くて見えなかったけど彼は笑っているに違いない。
私は空を見上げると空にも蛍が沢山飛んでいた。何千何億とある白い光は天の川を作り出し、きらきらと光っていた。
あ、流れ星。
あの彼は元気にしているのだろうか?
「昨日はどうもありがとうございました」
「いいや、こちらもありがとう」
朝私は鞄を空に掛けて彼に別れの挨拶をしていた。彼の目にはクマが出来ていた。本当に寝ていなかったらしい。
「じゃあ、私はこれで」
「ああ、そうだ。また来いよ。旅の途中にでも」
「……ええ」
「あと、一つ聞いて言いか?」
私は彼を見た。朝はまだ肌寒く、肌がピリピリと締まるような感覚があった。
「君の目的地は何処だ?」
「……彼の元ですよ」
「……僕と同じ目的か」
「でも違いますよ? 居場所が分からない彼の元です」
そんな目的地は存在しない。ましてや移動する目的地などそんなものは目的地ではない事は分かっている。
だけど私の目的地はそれしかなかったのだ。
「そうかじゃあ気を付けて行けよ」
「はい。本当にお世話になりました」
私は一礼し、また一歩旅の足を進めた。
さて、寝不足決定ですね。後は頼んだ! 竜皇神さん!
全ては君にかかっている……! (事尽きた
あ、そういえば竜さん新しい名前考えてたでしょ?
こう言うのどう? 『春一番』