第十八話:家族ってなんだ
革ジャンのおじいさんに連れてこられた所には見覚えがあった。
病院から抜け出した初日、苦労してやっと辿り着いた、あの家だ。
「ばあさん、帰ったでぇ」
引き戸をガラガラと開け、中に入る。
革ジャンのせいか、少しだけ背中が大きく見えた。
「おかえりなさい……まぁ!」
「あ、どうも……」
中から顔をのぞかせたおばあさんが僕の顔を見て驚いた。
数日前に会ったばかりだが、なぜかとても懐かしく思えた。
「なんじゃあ? 知り合いか?」
「ええ、そうですよ?」
「ほうか……」
玄関先で一人待たされる僕に気遣ってか、背中を押されるように家の中に案内された。
すぐに晩御飯の準備がされ、僕の前にも美味しそうな食事が並んだ。
「遠慮せんで、どんどん食べるんよ」
おばあさんはそう言ってほうれん草のお浸しを出してくれた。
「いただきます」
これがおふくろの味なのだろうか。一口食べるだけで懐かしさがよみがえってきた。
僕の母親は料理が不得意で、ほとんどがレトルトだった。
おふくろの味は、他人の味だった。
おじいさんも色々と話しかけてくれた。
これが家族団らんというものか。
共働きの両親とはだんらんの時間なんてなかった。
だから寂しいというのはあったけれども、当たり前なのだと思っていた。
僕はその後床につかせてもらって、久しぶりにまともな半日を過ごせる事ができた。
それもこれもすべてこの家のおじいさん、おばあさんのおかげだ。
何か、僕が生きている間に何かを残したいと思った。
枕に頭を乗せ、布団を首まで引き寄せながら考えた。
高齢者の朝は早いというが、ここまで早いものだとは思わなかった。
大きな柱時計は六時半を指している。
僕は眠りが浅いのだが、おばあさんはそんな僕よりも早く起きて洗濯物を干している。
「あ、おはようさん」
「おはようございます……」
眠い目をこすり、蒲団をたたむ。
もうこの家族の一員になったような気分だった。
家族のありがたさを初めて知ったのだ。
「おはよう」
革ジャンのおじいさんはさすがに寝巻姿だ。
だがもう朝飯はとっくに平らげたらしく、台所には僕のぶんだけが置かれてあった。
「作った時に起こそうかと思ったんじゃけど、気持ち良さそうに寝とったけぇおこさなんだんよ。ごめんね」
おばあさんがそう言ってくれた。
いつもの僕なら「なんで冷たいもん食わせるんだ」と言ってしまうだろうが、そんな感情は微塵も感じなかった。
むしろ感謝だ。
細かい気づかいに申し訳なさがこみあげてくる。
「いえいえ、食べさせてもらえるだけで幸せです」
一口食べると、頭が回転しだした。
今日はまた彼女探しをはじめよう。
さぁ、どこにしようか……。
「今日はどこにいくんね?」
洗濯物を干し終わって台所にやってくるおばあさん。
「どこにしましょうか……。人が集まりそうなところ、ありますか?」
「海とかどうかのぅ? 近いし」
「ばあさん、海はまだ早いじゃろ」
二人でみつめあって笑っている。
幸せそうな老夫婦だ。
「海かぁ……」
海と言えば彼女だ。
あの日がまた頭の中でフラッシュバックしてきた。
もしかしたらいるかもしれない。
可能性はゼロではないだろう。
とりあえず行ってみる価値はありそうだ。
僕はそう告げると、また多めにお小遣いをもらった。
さすがに二度目は遠慮しておいたのだが、どうしてもという言葉に根負けした。
何もかも老夫婦のためになれなかったのが後悔すべき点だが、またいつか『親孝行』をしに戻ってくると約束し、海に向かった。
海は昨日の雨の影響か、少々荒れているようにも思えた。
そしてきっと冷たいだろう。
岸壁から見る海にはほとんどだれもいなかった。
ただ、見覚えのある人影が一人。
あれはもしかして……。
見た感じは女性だ。砂浜でうろうろしている。
多分違うとは思うが、可能性はゼロではない。
僕はゆっくり近づき、後から声をかけた。
「あのっ」
「えっ、あっ、わわっ!」
その女性はこちらを見ながら海の方へと倒れていった。
その顔は驚きばかりの表情だが、確かな事が分かった。
彼女だ。
紛れもなく、探していた彼女だった。
綺麗な顔立ちで僕を睨んでくる。
かと思えば表情を一変し、さっきとは違う驚きの表情を見せた。
僕ははやる気持ちを抑えきれず、単刀直入に聞いた。
「いや、あの久しぶり……ですよね?」
イグニッションって……何??




